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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第4章・王国編

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第94話・初めての共同作業

 左右から迫る電柱サイズの黒い刀。



 巨大エクリプスの爪が牢屋の中、僕とデフィーナを挟み潰す寸前の所で止まっている。


 デフィーナの触手攻撃と、僕のちゃぶ台の盾。


 その同時展開で握りつぶし攻撃を防いでいた。


 ギチギチという金属の曲がる音と、立ち込めるコンクリートの砂埃。エクリプスは腕の力を弱める気配は無く、ゴリ押しで攻めようとしている。



 僕たちの後ろでメイアさんが明るい声を出した。

「出来たわ、これでどう!?」



 すると、ストームが腰を押さえながら立ち上がった。

「うお、すげぇ、立てるぞこれは……!」


「そうでしょ、コルセットの付け方がおかしいと思ってたのよ、伊達に白衣着てるワケじゃないんだから!」


 メイアさんがミイラみたいに包帯まみれとなったストームの、腰の保護具をつけ直していたようだった。



 ストームは突如元気になり、吠えだした。

「っしゃあ! 完全回復だぁ!! ぶち殺す!!」


「あ、ダメよ、何も治ってないから、安静にしないと……」


 メイアさんはストームを止めていたが、ストームはそれで止まるほど、マトモなヤツではない。


「ノロマのデカブツがぁ! てめぇからぶっ殺す!!」


 ストームはエクリプスに対して吠えると同時、駆け出していた。



 立ったばかりだと言うのに軽快に牢屋に侵入し、爪を押さえる僕達を通り越し、デフィーナが切り落としたエクリプスの爪の先を二本拾いあげた。


 エクリプスの腕に飛び乗ると、曲芸師のような軽やかな動きでエクリプスの顔面へと突っ込んでいく。



「死ねやクソが!!」


 発言は短絡的。しかし本気の殺意が背中から感じられた。


 ストームは爪の刀をエクリプスの顎の下の装甲の隙間、生肉となっている首の部分へと思い切り突き刺した。



「ギャゴォォオン!!」


 タンカーの爆発事故のような強烈な悲鳴が響き渡り、音の振動でコンクリートの壁にヒビが入った。


 ストームは悲鳴にも怯まず、突き刺した爪を手放し、爪に踏み込むような蹴りを入れて更に深く突き刺した。


 そしてもう一本持ってた爪を反対側からも首に突き刺した。


 エクリプスはのけぞり、僕たちをつかもうとしていた腕も、牢屋の中から引いていった。



 そこで今度はデフィーナが動いた。


「そんなの効くわけないでしょ」



 触手のナイフを床に突き刺し、エレベーターのように高く上昇を始め、流れるように自身の身体をエクリプスに向けて放り投げた。


 そして空中で前転しながら触手を螺旋状に絡めながら回収して束にした。



「ドグマ開放───ブライダルナイフ」



 デフィーナの掛け声とともに、束ねられた触手はその一本ずつの境界を失い、一本の巨大なナイフへと変形した。



 それはリボンがついたナイフ。


 まるで結婚式のケーキ入刀に使うナイフだ。


 それを思い切りエクリプスの脳天から叩きつけ、そのカブトムシのような重厚な頭部装甲を、まるでケーキでも切るかのように容易に両断した。


「キャォオオオウン!」


 エクリプスはジェット機の降下のような声をあげ、赤と黒の螺旋状の粘液を吹き出しながら、壁の穴の向こうへと沈んでいった。



 僕は一歩踏み込んで大声をあげた。


「ブライダルナイフって、デフィーナさん! めっちゃノリノリじゃないっすかぁ!!」



 デフィーナは綺麗に割れたコンクリート壁の上に着地し、メイド服のスカートと長いリボンをひらつかせながら、コチラに流し目を送った。


「あんたが結婚指輪なんて出すからでしょ、一番殺意高そうなのがこれだっただけよ」



 直後、壁の向こうから、壁につかまっていたストームがよじ登り、部屋の中へと入ってきた。


「しゃあ! ぶっ殺した!!」


 そう言って、牢屋のベッドへと落下した。



 デフィーナは壁の上で振り向き、ストームを冷ややかな目で見ていた。


「殺したのは私だけどね」


 そしてブライダルナイフを僕の目の前の床に突き刺して、自分の身体を僕の目の前に持ってくるようにフワリと着地した。


 僕は助かった興奮、勝った興奮で体温が上がっていた。


「ってか、そんな威力出せるなら、最初からそれで良かったじゃないっすか!?」



 デフィーナは触手をトランクにしまいながら僕をにらみあげた。


「コレは補給を受けたから、今使えるようになったのよ。ナラクの意思の残滓は、節約して使ってたからね」


「あ、そうだったんすね、じゃあ文字通り、僕との共同作業だったってワケっすね!!」


「解釈がイチイチだるいわね……」



 そんなやり取りをしていると、クロス君が車椅子で牢屋の格子まで寄ってきた。


「す、すごいよみんな! デーダッドをこんなにあっさり倒しちゃうなんて……!!」


 メイアさんも近寄って来ていた。

「本当に助かったわ、まるでエリオット様を思い出すような果敢さだった」



 僕はそれに振り返り、笑顔を見せていた。


「二人とも無事で良かったっすよ!」



 メイアさんは一瞬引いたように笑って見せたが、またすぐに不安そうな表情に変わった。


 その目は、待機室の中継カメラを見ていた。


「でも、街中にエクリプスが出てるみたい。結婚式だったのに、エリオット様は大丈夫かしら……」



 それを聞いて僕もハッとした。


 思い出したのはブリアン姫の事だ。彼女は王子が到着してからずっと王子の前でくねくねしてるだけだったが、僕は彼女の心の底を知っている。


 国のために政略結婚という形で身を捧げる覚悟を持っていたブリアン。それを妨害するかのようなこの巨大襲撃。


 あんなのが大量に襲撃しているなら、街中の人がタダで済むわけが無い。



 そう思ったのもつかの間、ベッドの上のストームが立ち上がり、切断されたエクリプスは爪を手にしていた。


「っしゃあ! 動ける、今度は姫をぶっ殺す!!」


 そう言うと、話しかける間もなく壁をよじ登り、エクリプスの残骸を足場にして牢屋の外へと駆けていった。



「マジかよアイツ……!! 僕も姫の元へ行かないとっすよ!!」


 焦る僕の目の前、デフィーナは相変わらず無表情で語った。


「アレは城に居るんじゃない? 式中に一番騒がしかったのも城の辺りだし」


「分かりました、行きましょう……!!」



 僕が居るのは拘置所の二階だ。


 ストームのようにエクリプスを足場にして降りていくなんて僕には出来ない。階段に向かおうと思い、廊下に飛び出そうとすると、メイアさんと目が合った。


 それはとても不安そうな顔だった。


 僕は思わず足が止まる。この二人を置いていけない。


「あ……退避が先、っすかね」



 すると、クロス君が鉄格子を掴んで叫んだ。


「ダメだよ、スゴミさん!!」


 その強い瞳に、僕は一歩、気圧された。


「僕たちは大丈夫、僕たちはエクリプスに襲われるの初めてじゃないし、二人でこの都市に不法入国しようとしてたくらいなんだよ! スゴミさんは姫様を、エリオット様の妻になる方を助けてあげて!」



 その意思、その心の強さは本物だった。


 しかしクロス君は足が無くて車椅子。メイアさんは恐怖に陥ると動けなくなる女性だ。逮捕もされているからこの国の法律では犯罪者。



 ブリアン姫にはきっと軍の護衛がついている。

 どちらが危険か、考えるまでもない。


 廃病院の悲劇を思い出す。

 力の無いネオンさんに任せて、全てを失ったあの地獄。

 力の無いこの二人を、このまま放っておけない。 



 首元のヒメガミさんのネックレスが揺れた。

 しかし、行かねばブリアン姫に何かが起きる。

 そんな不安が、確信に近く渦を巻いていた。


 エクリプスの存在とヒメガミさんの死が、僕の中では強烈に結びついていたんだ。


「いや、でも……」


 デフィーナをチラリと見た。相変わらずの無表情。何を考えているのか分からないが、デフィーナは口を開いた。



「私は誰が死のうが関係ないわよ。あんたへの護衛の指示を受けてるから、行くならついて行くけどね」



 事実だ。この人は事実だけを言っている。

 つまり戦力分散は100対0の宣言。

 クロス君達は城に向かってる場合じゃない。


 僕はダメ元でデフィーナに対して、お願いをしてみる事にした。



「あの……僕は城見てくるんで、この二人の護衛、お願い出来ませんか?」



 冷酷で倫理に欠けるデフィーナだ。聞くわけない。

 デフィーナはサザナさんの命令に従順。

 きっと護衛なら僕だけを護衛する指示だ。


 無関係の一般人である二人をデフィーナさんが守る理由がない。

 彼女は理由が無ければ動かない。


 するとデフィーナは抑揚無く、さも当然のように告げた。




「じゃあ、さっさと行けば?」


「ああ、ですよね……」


 僕はそう言ってクロス君の方へと振り向いた。

 クロス君の不安と困惑に染まった顔が目に入った。




 ……ん?




 ……え?



「行けばって、二人の護衛、してくれるって事っすか?」


 僕は耳を疑って聞き返した。


 デフィーナが僕の発案を素直に採用など、あるわけが無いと思った。

 彼女の顔は露骨に不機嫌そうに歪んでいった。



「はあ? それ以外の意味なんてありえないでしょ?」


 いや、ハッキリ聞こえていたが、ありえな過ぎて理解できていなかった。

 そうは思いつつも、デフィーナが護衛についてくれるなら、心配無くなるのは確かだ。


「いえ、だったらお願いしますよ! まさかこんなにすんなり聞いてくれると思わなくて……!」


「聞くのは当然でしょ。夫からの要求なんだから」


 その瞬間、僕の背筋に謎の寒気が走った。



「え……夫ですか?」


 抜けた声で聞き返す。


 するとデフィーナの顔はみるみる怒りの顔に変わっていった。



「はあ? あんたが結婚しようって指輪渡したのよね。命賭けるって言ってたわよね。それとも、その場しのぎで嘘ついてたの?」



 確かに言った。結婚しましょうと言った。

 指輪の形を渡す方法がそれしかないと思ったからだ。


 しかし、調子に乗った僕は忘れていた。


 デフィーナ、ことアルハの常識ってやつは、根本的な部分でぶっ壊れている。


 これはアルハが僕の彼女になった時と同じだ。

 アルハに、彼女ならキスでもしてみろと言ったら、本当に彼女になるためにキスしてきた。

 僕が逃げ出さない為にやったらしいが普通では無い。

 デフィーナの根本的な価値観は同じ、目的あっての結婚容認に違いなかった。

 そして、ここでデフィーナを否定するのはアウトだと思った。

 アルハに別れを告げられた、学校の廊下を思い出す。



「嘘じゃないっすよ! それなら二人の護衛、お任せしますんで……!!」


「だったら、しゃべってないで、さっさと行けって言ってんのよ」


 妻を自認しだしたデフィーナだったが、その態度は冷淡そのものだった。


 

 メイアさんが、寄ってきて僕の腕を掴んだ。身体の芯が震えている。恐怖が抑えきれないんだ。


 しかし彼女はまっすぐに僕の目を見た。


「ブリアン様と、エリオット様の事、お願いするわね……!!」


 僕はゴーグルをつまみ、笑顔を見せた。


「はいっ! 僕にはノリコちゃんもついてますから……!!」



「浮気だわ」



 デフィーナからのツッコミを入れるかのような低い一言。目はすわっていて、悔しいとか嫉妬と言うより、呆れに見えるのだが、どの辺を見て浮気扱いなのか僕には分からなかった。


 メイアさんは愛想笑いでひきつりながら、手を離して両手を振った。


 デフィーナは、『後悔するわよ』って言っていた。

 本当に後悔が始まるのが早すぎたのかも知れない。

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