第93話・贈るカタチ
「え、僕の……?」
僕がここに立っている理由。
それはドグマを掴んだからに他ならない。
意志を反映して形を変える白い球体『イマジンドグマ』
そのドグマが今、デフィーナが足をかけるトランクの中にあった。
僕は昨日、逮捕されて投獄された。その際に部屋に置いてきてしまったドグマ。
それが無ければ戦えないと思った、逃げられないと思った。
その檻の中に、デフィーナが持って来てくれた。
「ドグマって自分以外は動かせないんじゃ!?」
「当たり前でしょ、だからトランクに入れて持ってきたのよ」
なるほど、サザナさんもトランクに入れれば持ち運べると言っていた。デフィーナさんも同じ原理で持ち運んでいたって事だ。
「ほら、さっさと外してもらえる?」
僕はすぐに牢屋の中に駆け寄って、トランクの中のドグマに手をかけた。ドグマはスッと僕の手に張り付いた。
「わざわざ持って来てくれて、ありがとうございます」
膝をつく僕の目の前でデフィーナはスカートをはたいた。
「走者のくせにドグマ手放す方がどうかしてるのよ」
そうしていると、巨大エクリプスの攻撃が始まっていた。
デフィーナの後方、砕けて大きく開いた牢屋の壁に片腕をかけて、エクリプスが切断された腕を振りかぶっている。切断された肘がそのままの形で金属の装甲を削りだした巨大な槍となっていた。
それを見るなり、僕の後ろからストームが叫んだ。
「突き刺しだ、避けろ!!」
「こいつ、生け捕りやめたんすか……!!」
見上げる僕の前で、デフィーナは素早く伏せて、跳びはねる体勢に入っている。避ける気だ。
僕はこれを避けたら、後ろのメイアさんたちまで攻撃が届いてしまうかもしれない。
「いけるっすよ、ドグマは、この手の中にある!!」
大丈夫だ。僕は今、ノリコのゴーグルをかけている。
ゴーグルに仕掛けは無い。でも気持ちがたかぶる。
僕は立ち上がって前に飛び出した。
そして腕を突き出した。
目の前のデフィーナの頭の左を抜けて、ドグマを前へ。前へ。
半分向こうを向いていたデフィーナの頭が、僕の胸にぶつかった。
「スゴミ……!?」 瞬時に僕の胸に手をあてるデフィーナ。
しかしここで突き放されると体勢が崩れる。
僕は即座にもう片方の腕でデフィーナを自分の胸へと繋ぎとめた。
「入らせませんから! ドグマ開放―――秘密の食卓!!」
突き出したドグマは即座にちゃぶ台に変形した。
直径50センチの円盤が、エクリプスの突きの角度に対してキッチリ直角をとって盾となる。
空間固定によって固められた、防御力無限の盾。
そこに真っすぐに突き出された、敵の掘削機のような金属の腕。それはさっきまでの捕獲しようとするゆっくりとした動きではなく、当たれば確実に粉々の肉塊にされると確信する、弾丸のような突き刺しだった。
その突きが激突、盾はその攻撃をど真ん中で受け止めた。空間固定は全く動かない。
その攻撃の反動は相手の殺意を100%そのままそっくり返す、エネルギー損失無しの反撃となる。
自分で突き出したその腕が自身の攻撃力によってカニカマのように裂け、腕が付いていた右肩の肉を装甲ごと後方へと吹き飛ばした。
「ギャォォォオオオオオン!!」
崩壊壁の向こうのエクリプスは、肩から大量の液体を噴出しながらうつむいた。
「そらぁ! 硬いもん殴ったら、痛いんすからね!!」
僕はドグマの後ろで拳を握り、言葉の通じないエクリプスに煽りを入れていた。
デフィーナは胸にピッタリついてて顔は見えないが、僕に抱き寄せられても特に暴れるでもなく大人しくしている。
そして後ろでストームが驚愕している。
「なんだよソレ、強すぎんだろ……!!」
クロス君もそれに乗ってきた。
「すごいよっ!! 戦車以上の防御力だ!!」
僕はハイになっていた。
「ノリコちゃんとの無敵の夜っすからねぇ!!」
秘密の食卓の防御力は絶対だ。そこは僕も信頼している。
しかし僕には自ら攻める為の攻撃手段が無いことも分かってた。
エクリプスはのけ反ってうつむいている。
今なら攻撃できるスキというやつだ。
僕はすぐに食卓をしまった。
そして胸の中で黙ってたデフィーナの肩をつかんで離し、顔を見た。
驚く程無表情だった。怖がるでも、怒るでも、恥じるでもない無表情。
何を考えて大人しくしていたのか、全く分からなかった。
それでも僕は、すかさず頼んだ。
「デフィーナさん、反撃お願いします!!」
「無理よ」
即答だった。
「えっ、無理って、イジワル言ってる場合じゃないですから!!」
「本当の事よ。私が使う分のドグマまで、あんたが取ったじゃないの」
デフィーナはそう言いながら床からトランクを拾い上げ、中央に開いた窪みを指さした。
僕は手の中で丸く収まったドグマを見てすぐに理解した。
「え、コレ、デフィーナさんの分も混じってるんすか!? 残しといてくださいよ!!」
「勝手に全部取ったの、あんたでしょ」
「そういうの、先に言って貰えます!?」
そんな言い合いをしていると、後ろでクロス君が叫んだ。
「来るよ! もう一本の腕……!!」
見上げた。
うつむいていたエクリプスは、右腕が壊れただけだ。
右腕は既に大破。液を垂らしながらぶら下がってる。
しかし、よろめいて左腕を持ち上げて準備をしているようだった。
攻め方を考えるかのように、目の無い顔で自分の左腕を眺めていた。
僕は焦ってデフィーナのトランクの穴に、両手でドグマを押し込んだ。
「じゃあやっぱドグマ、お返します。お願いしますよ、デフィーナさん!」
「無理よ」
「もう、今度はなんすか!!」
僕は若干デフィーナ……というか、アルハの都合ってやつに慣れてきていた。
支持者は嘘をつかない。それは前提。
言う事がどんなに理不尽で残酷でも、意味不明でも、本人の認識では事実と本音しか言ってない。
それがアルハだ。
だから『無理』と言われたら、無理を受け入れた上で話を進めるしかない。
「無理って、弾切れの事っすか? 弾切れって何ですか!!」
デフィーナはトランクの穴に入ったドグマを、トランクごと僕に差し出すように持ち上げた。
「ドグマは走者の意思で動くもの。アルハはキュリオスの意思が込められたドグマに共鳴してカタチが使えるだけ。私が今まで使ってたのはナラクの意思の残滓。それがさっき弾切れしたのよ」
デフィーナは抑揚なく、聞かれた事だけを淡々と答えていた。
だが、なるほど。分かった。
廃病院での戦いで、アルハも弾切れを宣言していた。
アルハの高速移動もドグマ能力を使っていたんだ。
そして蜘蛛のエクリプスに一撃叩き込んだところで弾切れしていた。
だからあの時アルハは戦えずに、殺されてしまった。
僕はトランクに詰められ、差し出されたドグマをバンバンと叩いた。
「じゃあ僕のドグマあげますから! これ僕の意思です! 弾あります? いけますか!?」
「無理ね。ナラクのドグマ本体は大きすぎるのよ。ゴミクズ程度の意思では密度も散漫。そんなしょぼい意思は私では拾えないわ」
そう言ってデフィーナは、目の前に細い薬指だけを立てて、見せつけてきた。
「指の先程度の量を、私に分ければいい」
「分けるって、どうやるんすか!!」
「物を贈るってイメージかしらね。指ちぎって渡す程度のイメージで良いと思うけど」
「指ちぎるって、イメージ出来ないっすよ! 欲しいんすか僕の指! それ贈り物じゃないですよね!!」
「どうでもいいわね。カタチになってりゃいいのよ」
勢いで反論をしていたが、要領は分かった。
つまり僕のドグマ変形の内、デフィーナさんに渡せる物をイメージすれば良いって事だ。
確実に使えるのは、ちゃぶ台、パンツ、お花……
「じゃあお花です! 女の子に贈るイメージで!!」
それを言うと、ドグマの花が咲いた。
ノリコの追悼の時に使ったカーネーションの花だ。
ドグマの球体の天辺から誇らしく咲いていた。
しかしそれを見るや、デフィーナはつぶやいた。
「花って嫌いなのよね」
それを聞くと、すぐにドグマの花はしおれて球体の中へと埋まってしまった。
「ああ、ちょっと。好き嫌いしないでくださいよ!!」
「ゴミクズの意思が曖昧なのよ、そんなの貰っても弱いわよ」
そうしてると、エクリプスの左腕が動き出した。
蜘蛛のような黒い爪をカチャカチャと打ち鳴らし、建物の外から壁に押し付けるようにポーズをとった。
直後、コンクリートの壁に亀裂が入り始める。
エクリプスは学習していた。
つかんで生け捕りはダメだった。
突き刺すのもダメだった。
だから部屋ごと握りつぶしに来ている。
エクリプスの爪は容易にコンクリートを切り裂いて牢屋に入って来た。
あとは避けようが無い狭い部屋でまるごとスライスされるだけだ。
その崩落を背にして、デフィーナは振り向きもせず、僕を睨んでいる。
「やるという、明確な意思を込めなさい」
クロス君が吠えている。「やれぇ!!」
メイアさんも叫んでいる。「やって! お願い!!」
ストームは雄叫びをあげている。「やれ! ぶっ殺せ!!」
僕は考えていた。
『やる』というイメージ?
エクリプスを殺すイメージ? 殺すイメージなんて出来ない。
その上で、デフィーナさんに渡せる物のイメージ?
分からなかった。イメージが出来ない。
それが、指をちぎって渡すほどの、覚悟って事なのか!?
「渡せる、覚悟の形……!!」
その時だった。
ずっとノイズと雑音だけだった待機ロビーのテレビから、中継放送の地点にいる人達の声が聞こえてきた。
「なんて日だよこれはぁ!」
「姫様の結婚式だってのによお!」
ほんの通りがかりの避難民の言葉なんだろう。
だがそれが僕の中で響いた。そうだ。今日は結婚式だったんだ。
ブリアンとエリオットにとっての特別な日。
そして地獄ははじまってしまった。
姫様は純白のウェディングドレスを着ているんだろう。
結婚式なんて、ノリコが生きてたら大はしゃぎだ。
ウチもドレス着たいとか、ブーケはいただきだー! とか言って騒いでいただろう。
目の前にはコンクリートを突き破って迫るエクリプスの黒い爪。
手前には小柄なメイド服、デフィーナ。
ピンチだってのに、何一つ変わらない、動く気配のない無表情。
棒立ちして濃淡なく僕を見つめている。
贈りモノ。
贈るカタチ。
それでいて
やってやる心。
覚悟の形。
デフィーナさんはアルハだ。
アルハはキュリオスを見守っている。
そしてアルハは女の子だ。
贈るもの……
そうか。コレなら……!!
「コレって、行けちゃいますかねぇー!?」
僕は独り言を叫んでいた。
誰かに確認とることを意識したわけじゃない。
思い付きにテンションが上がっただけだった。
だが、僕の叫びに答える者がいた。
僕の意識の中でノリコの声が叫んでいた。
「いっけぇ!! ラブたん、告っちまえ!!」
そうだ、贈る。
イメージするのは夜景だ!!
身の丈に合わない豪華なレストラン。
白いテーブルクロス、白いお皿、白いナプキン。
僕はぎこちないタキシード姿でにやけている。
デフィーナは可愛いドレスだ。もちろん愛想の悪い無表情。
そして、窓際で見つめ合う二人の姿のイメージを今に重ねる……!!
「整いましたァ!」
デフィーナが目を見開いた。
「ドグマ開放───結婚しましょう、アルハさん!!」
その宣言と共に僕のドグマから、小さく輝く、白い指輪が生成された。
すかさずそれを指でつまみ上げ、デフィーナの胸元に突きつける。
デフィーナの顔は突然赤くなり、眉間にシワを寄せた。
「なに、結婚って、本気で言ってんの!?」
エクリプスの爪は既に部屋の半分を飲み込んでいる。
破壊音と共にブルドーザーのように迫っている。
聞き返してる場合じゃないだろう!?
「命懸けで言ってんすよ!! さっさと受け取れぇ!!」
僕はデフィーナのトランクの中に、指輪を叩きつけた。
それと同時にデフィーナは、トランクをヒザで蹴り上げて閉じた。
そして顔を歪めてひと睨み。
「チッ……後悔するわよ!!」
「後悔出来るって、生き残るって事っすよね!!」
「ドグマ開放───シスターズネイル!!」
「ドグマ開放───秘密の食卓!!」
二人の声は重なった。
デフィーナが左から来る爪4本。
僕が右からくる親指の爪1本に対応。
エクリプスの挟み込み攻撃を両側から防いだ。
僕の側、秘密の食卓にぶつかった爪は大きくひしゃげてその場にかたまった。
「贈るイメージ出来たっすよ、これで良いってことなんすよね!!」
デフィーナは左から迫っていた爪を5本の触手で器用にせき止めて、一本の触手で少しずつ切断処理を行っている。
その無表情を変えないままに、小さく返事を返した。
「まあ、及第点ね」
贈るイメージ。
僕がしたイメージは簡単だ。
誰もが思うような、ドラマで使い尽くされたシーン。
ド定番の直球プロポーズのシーンだった。
やりきる覚悟。渡すイメージ。
結婚指輪を贈る形。
そのシーン自体が、僕の中で『カタチ』として完成していた。
「反撃開始っすね、デフィーナさん!!」
「ったく、だるいわね……」




