表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第4章・王国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/117

第89話・祝福から遠い場所

 白い








 白いね! 白いよ、てんしさん!




 明るい? そうだね!


 夢の中かな? 夢の中だよ!






 てんしさん! てんしさん!


 天から正義のシシャがやって来るんだよ!

 怖くないさ、僕が守ってあげるからね!!



 ちょっと、なになに?  あんたたち!!

 楽しそうなことしてるじゃないのよ!!



 あ、今シナリオの途中なんだよ!!

 途中で入ったらダメだってば!!



 なになに?  シナリオ!?

 超楽しいってやつ!? ウチもやるやるー!!



 ダメだよ、やめてよ!!

 君はてんしさんじゃないでしょ!!



 天使だってぇ、やば! 超楽しそう!!

 じゃあウチが無敵のヒーロー仮面するからね!!



 やめてよ、ごめんね、待ってて、てんしさん!!

 てんしさんごめんね!!  あれ……?


 てんしさん、どこなの?






 ───目が覚めた。



 最悪だ。




 最高に最悪の夢を見た気がする。


 内容は覚えてない。



 寒い、あまりにも寒い。



 僕は眠っていたんだ。掛け布団が無い。

 だから寒いんだ。



 目を薄くあけ、正面を見る。


 薄黒く湿気た、コンクリート床。

 ひび割れた、コンクリートの壁。

 電球一個に照らされた、コンクリートの天井。



 まるで牢獄だ。


 なんと言っても目の前には鉄格子の柵。規律よく並んだ鉄棒が冷たく出口を塞いでいる。



 背中に温かみがあった。他人の体温だ。


 僕の意識は覚醒した。



「ちょっと!! ストームさん、毛布全部取らないで下さいっすよ!!」



 僕は身体を震わして飛び起きた。


 昨日、宿にチェックインしたのだが、僕の寝床は宿ではなかった。

 隣で寝ていたのはストームだ。寝言を言っている。



「うるせぇな……甘いのはスレイが食えって、むにゃむにゃ……」


「はあ、なんで僕がこんな目に。マジでコイツ、ノリコちゃんと取り替えてくださいっすよ……」



 僕はストームと二人、冷たい牢獄の中にいた。



 ドンッ! ドン、ドンッ!!


 窓の外から軽快な音花火の音が入り込んでくる。


 毛布にくるまって寝転ぶストームの頭の上に、小さな換気口が空いている。換気口に窓はなく、光のさしこむ鉄格子だ。


 遠くから聞こえる、華やかなラッパのファンファーレ。楽しそうなドラムの音。

 キャーキャーと湧き立つ黄色い歓声。



 今日はブリアンとエリオットの結婚式。



 祝福の日。



 しかし僕は今、祝福からはもっとも遠い場所にいた。



 僕は部屋の出口の鉄格子へと走り、冷えた鉄棒をつかみながら叫びあげた。


「ちょっと、出してくださいよ。敵が出るんですってば!! 僕はね、捕まってる場合じゃ無いんですから!!」



 崖の上でノリコを埋葬した後にホテルに戻ったら警察がいたのだ。要件は死体らしきものを見たという従業員からの通報。


 ノリコの遺体が見られていたようで、その確認に来ていたのだ。


 だがそれはエリオット王子が王族の身分を明かしつつ、確保したストームの事だろうと言って冷静に対処。暗殺者ストームを引き渡したいと言う要件に見事にすり替えていた。



 そこまでは良かった。


 その後、身分の確認が始まったのがまずかった。



 ブリディエットは要塞都市であり、違法入国は即逮捕なのだが、異世界から来た僕はどう足掻いても身分を証明出来なかった。


 常に冷静な王子も、少し考え込んでいた。

「まいりましたね、防壕国家で身分が証明出来ないのは、少し厄介で手配に時間がかかります」



 さらにその時、僕はデフィーナと共に部屋に戻されており、警察が部屋に入って来た時、捕まるとは思っておらず、ドグマを手にしていなかった。


 ドグマはホテルの机に置きっぱなしで、僕以外は動かせない。


 警察に両脇を抑えられた僕に対して、デフィーナが最後に言った言葉は……



「ああ、死んだわね。さよなら、ヒサヅカスゴミ」


 無慈悲であった。



 そうだ。敵が来る。黒爪のエクリプスがやってくる。

 それはアルハであるデフィーナの宣告。おそらく確定事項。


 ここは牢獄内で武器も逃げ場もない。

 外では結婚式が始まり、僕の元には狂気の時間がやってくる。



「ノリコちゃん様、ノリコちゃん様!! この超ピンチに笑ってられるほど、僕は強くないんすよ。どうすればいいんすかぁ!!」


 膝をついて絶望を叫んでいると、僕の背中で包帯でグルグル巻きになったストームが目を覚ました。



「なんだ、やかましいな。一晩牢屋にいたくらいで喚きやがって」


 僕は振り向いてストームの元へと駆け寄った。


「呑気過ぎますよストームさん!! 敵が来るかもしれないんすよ!!」



 ストームは毛布を巻きながらあくびをした。


「はぁーあ、バカかてめぇは、敵が来たら、ぶっ殺せばいいだろ」



 マジで言ってんのかコイツ。

 エクリプスなんて人間が太刀打ち出来るものじゃない。

 最低でもドグマは必要。デフィーナさんもそう言ってた。


「勝てないですよ。それに僕らだけじゃ無いんすよ! 周りでも死人が出るんですから!!」



 ストームは仰向けに包帯だらけの顔で、悪魔のようにニヤけた。


「だからな、てめぇは頭使えよ。ここには囚人と看守しかいねぇ。囚人なんて死んでもいいし、看守が死ねば逃げられるだろうが。敵はいつ来てくれんだよ」



 絶句した。


「もっともらしいけど、イカれてるっすね……」



 だが追い詰められた僕は、ストームの言う事も一理あるのかもしれないと思い始めていた。

 エクリプスは壁に穴をあけて襲って来る。上手くすれば脱出の機会もあるかもしれない。



 すると、廊下の方からノイズ交じりのテレビ音声が流れてきた。


 廊下の奥の待機室の小さい机に置かれた、古びたブラウン管テレビによる放映だった。


「本日、ついに歴史の扉が開かれます」


 爽やかでハッキリとしたアナウンサーの声。結婚式の中継だ。

 僕は近寄って冷たい鉄格子に顔を押し付け、隙間から廊下の先の待機室に置かれたテレビを見ようとしていた。


「ブリディエット公国と、ドラキール帝国。群雄割拠する防壕国家間の戦争に差す光として、ここに正式な和平を結び、新たな未来を共に築くと宣言いたします」


 パー♪ パッパパー♪


 アナウンサーに合わせ、ファンファーレが鳴り響く。


「その証として今、王女ブリアン・ブリディエット様と、国王エリオット・ド・ラクロワ陛下の

 婚礼の儀が執り行われます」


 キャー! 姫様ー!!


 キャー!! 王子様ー!!


 ガリッ……ジジッ……バチ……




 テレビが机に乗っているのは見えたが、テレビの縁が見えるだけで、画面は全く見えなかった。


「くそっ、ちょうど見えないじゃないっすか、なんであんな位置にテレビを……」



 すると、僕の牢屋の向かいの牢屋にも、鉄柵に顔を挟み込んでいる女性がいた。


「もぉー!! なんなのよ、コレ。牢屋から見えないようにするなら、テレビなんて置くんじゃないわよ!!」


 女性は三つ編みにした赤毛で、服は古くてヨレヨレ。つぎはぎだらけの白衣を着ていた。更に牢屋のその奥には車椅子に座った少年が心配そうに見ている。どうやら足が無い。



「お姉ちゃん、やめなよ。そんなに押し付けたら顔に跡つくよ」


 少年の衣装もくたびれているが、声はハッキリとしていた。女性はそれでも鉄柵に顔をねじり込もうとし続けている。



「クロス、あんたの頭なら通るんじゃない? ちょっと王子の様子だけでも見てみなさいよ」

「僕が見ても意味ないって、お姉ちゃんが見たいんでしょ?」



 僕はそのやり取りを、鉄柵に顔を当てたまま、横目に聞いていた。



「ダメだ……何も見えないっすね」

「ああ、もう、なんなのこれ、モヤモヤするわね」



 僕と向かいの女性は同時に柵から顔を離していた。すると格子を両手で掴んだ、同じ姿勢で目が合った。


 女性はすぐさま僕の顔を見て噴き出していた。


「ふふっ、ヤバ、あなた、顔にものすごい跡ついてるわよ」


 そう言う女性の顔にも、鼻の脇に真っ赤なラインが一直線に走っていた。


「あなたも、ガッツリついてますけどね……」

「えっ、嘘でしょ、嫌だわぁ」



 そう言って驚いた顔で自身の顔をペタペタと触りだす。

 その姿が滑稽に見えたのと、緊張状態が緩んだのとで、つい笑いが込み上げてきた。



「ははっ、まあ牢屋ですし、人の目を気にしてもしょうがないっすよ」


 それを言うと女性は笑顔になって首を傾げた。

「へぇ、あなた面白いわね、名前聞いても良い?」



「僕はスゴミっすね。後ろにいるのはストーム」


「私はメイアよ、後ろのはクロス。あなた達も結婚式見に来て捕まったの?」


「ええと、事情は色々あるんすけど、僕は不法入国の疑いで、後ろの人は殺人未遂っすね」



 その紹介に、仰向けのまま天井を見つめるストームが割り込んだ。


「未遂じゃねえよ。継続中だ」

「それもっとダメじゃないっすか……」



 それを聞いてメイアは引き気味に笑った。

「あはは、物騒な人と同じ部屋になっちゃったのね」


 僕はメイアのさっきの言葉が気になって聞き返してみる。

「あなた達もって言いましたけど、メイアさんは結婚式を見に来て捕まったんすか?」



 メイアは一瞬後ろのクロスに目をやり、すぐに振り向いて答えた。


「そうよ。エリオット様のご婚儀と聞いて駆け付けたんだけど、正規入国はお金かかるし、ブリディエットへの入り口を探してたらね、逮捕されちゃった。結果的に国には入れたけどね」



 そうか、この人はこの防壕都市の外の人なのか。僕がまだ行ったことのない、この都市の外……


「それは、不運だったっすね……」


「ええ、でもテレビは国内放送だと思うし、聞けただけでも良かったかも。あとはエリオット様の声だけでも聞ければね」



 すると、再びストームが後ろから口を挟んでくる。


「はっ、結婚なんて済んでも関係ねえぞ。俺はブリアンをぶっ殺すからなあ」



 僕は苦い顔をしてストームの方に振り向いた。


 ストームは僕のドグマに肩を抉り飛ばされ、ジャスティスに顔面を叩きつぶされて重傷。腰は砕けて一人で立つことも出来ない状態なのだが、強がりなのか本気なのか、強気な姿勢は一切崩さなかった。



 そして、次のストームの発言に、僕の神経は現実に引き戻されることになった。


「で、敵ってのは、いつ来てくれんだよ」



 敵、それはエクリプスのことだ。

 奴らは無慈悲に近くの人から惨殺していく、理不尽の化身。


「敵って何? さっきも叫んでたわよね、ここに来るって話なの?」



 振り向いている僕の裏、鉄格子の向こうからメイアが質問した。


 そうだ。エクリプスがここに来るとして、犠牲者が出るとして……


 囚人とストームは悪党だから百歩譲って仕方ない。

 僕だってドグマ所持者だから、千歩くらい譲ったら仕方ないと言えるかもしれない。


 しかし、目の前のメイアさんとクロス君。

 この二人はどう見ても悪党じゃないし、エクリプスとの因果は無い。



「だ、ダメっすよ、始まったら……!!」


 寒くて冷えたんじゃない。僕の背中に冷たい感覚がよじ登って来ていた。


 廊下の奥、見えないテレビが、ノイズを発していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ