第88話・追悼の花
僕が掴んだ謎の玉。イマジンドグマ。
それは僕の強い感情に反応して形を変えるようだった。
そしてノリコとの思い出、盾として使える防御力無限の秘密の食卓。
その次に出せるようになったのは、完全に本物の質感と精巧なレースをかたどったネオさんのパンツだった。
ネオさんはブツブツボヤきながら立ち上がり、こめかみに手を当てている。
「まあいい。ちゃんと戻す方法は研究しとけ。さあ、そろそろ土被せて戻るぞ」
「あ、ちょっと待ってください! 最後にお別れだけさせてください」
僕はノリコの墓穴へ駆け寄った。綺麗に掘られた穴の中で横たわるノリコ。顔の周りには百合の花が数本添えられていた。
ノリコを埋めた高台には、地下ながらも草木が生えており、足元には小さい小花がちょこちょこと咲いている。
「僕も、なにかお花を供えたいっすね」
僕はキョロキョロと辺りを探す。しかし白くて小さい花がちょっとあるだけで、まともな大きさの花は無かった。
その動きを見て、デフィーナが平然と言い放つ。
「早くしてくれる? この辺に生えてる大きめの花なら、もう全部使ったわよ」
「慈悲は無いんすね……」
仕方なく茂みの足元にある小さくて白い花を拾おうとすると、ネオさんが声をかけてきた。
「それやめとけ、ドクダミだ。臭くなるぞ」
「え、臭いんすか……それはちょっと」
僕は仕方なく何も持たずにノリコの前に立ち、パンツを持ったまま手を合わせた。
「ノリコさんすみません、花はありませんが、気持ちだけは贈りますので……」
目を閉じて、頭を下げた。
「ノリコさんに教わった笑顔、大事にしますんで、どうか空から見ててください」
本当にこれでお別れだ。 デフィーナの話では、今後も敵が襲ってくる。
僕の戦いは続く。
そう思うと、閉じた目から自然と一粒、涙がこぼれ落ちた。
すると、握っていた三角布状態だったドグマが変形しはじめた。
パンツは手の中でちゃぶ台の形へと変化し、ノリコの前に合わせていた手は、それを両手で掴む形に広がった。
「あれ、勝手に変わった……」
そして、その円版の頂点に白い花が伸びてきて、咲いた。
一本の茎からふわりと咲いた、ギザギザの花弁。
白い花びらが折り重なって、まるでウェディングドレスのように。
「なんで、意識してないのに……」
デフィーナが目を細めてその花を見た。
「なにそれ」
「いや、わからないっすけど、見たことある花の気はします」
ウェディングドレス姿のネオが少し身を乗り出して花を見た。
「カーネーションじゃないか?」
カーネーション。そうか、母の日になると至る所で目にする花だ。
「特に考えてなかったんすけどね、お花を添えたいって思ったから、ノリコちゃんが選んでくれたんすかね」
デフィーナは機嫌悪そうに悪態をついた。
「ドグマがキュリオスの意志以外を反映するわけないでしょ、ましてや死体が選んだって何よ」
「いや、知らないっすよ。マジレスしないでくださいっすよ……」
ネオさんはウェディングドレスの姿でも、ヘッドギアは装備していた。ヘッドギアに片手を当てて指示を出した。
「ガジェットGEAR・ディクショナリーコア。白いカーネーションの花言葉を教えてくれ」
ネオの頭部のヘッドギアから、ネオさんの声を編成した機械音声が出てきた。
『白い、カーネーション、の、花言葉は、生き続ける、愛情……』
ネオさんはそれだけ確認すると、僕の目を見た。
「……だそうだ」
僕はそれを受けて、自然と笑顔が浮かび上がった。
「生き続ける愛情、ノリコさんにピッタリっすね。僕はコレをお供えしますよ!」
円卓の頂上で咲くカーネーション。その茎を摘むと花はそれを待っていたかの如く、スッと机から外れた。そして地面に膝をつき、穴の底へと手を伸ばす。
ノリコの重ねられた手に掴ませるように、花をそっと差し込んだ。
その時、僕の耳の奥から確かにノリコの声が聞こえた。
『おーい! ラブたん、防壕都市に空は無いんだぜー? 空とは言わず、すぐそばで見ててやるからなー! ノリコちゃんオバケと一体化の呪いだぞ。どろどろー!!』
「ははっ、そっすね、たっぷり呪っててください」
僕はその声になんの違和感も感じなかった。自然と微笑んで回答していた。
そこにネオさんが後ろから、僕の肩に手を置いてくる。
「お、おい大丈夫かよ。呪いって……」
「いえ、ありがとうございます。大丈夫っすよ! 埋めましょう!」
僕はすぐに立ち上がった。
そして、二人の方へと振り返ると……
デフィーナの様子が豹変していた。
髪がふわりと逆立って広がり、恐怖の底に落とされたかのような顔をしていた。
目を白黒させて、眉間にしわを寄せ、肩を震わせながら絶句している。
「え、デフィーナさん……?」
僕にはその異常反応の理由は理解できなかった。とにかく声をかけてみる。
しかし、デフィーナはトランクをぶら下げる腕を、もう片腕で強く握り込み、僕から顔を反らして小さくぼやいた。
「……いや」
「僕なにかマズいことしました?」
「そんなの、戦闘じゃ……使い道ないでしょ」
それだけだった。
弱々しい言葉。それだけを言って、あとはもう僕の方など一切見ずに、触手の爪で土を掬ってノリコの身体にかけ始めた。口をつむぎ、揺れて壊れそうな目で、無言で埋葬作業を続けている。
ネオもそれに続いてジャケットをスコップ形態に変形させて土を被せ始めた。
二人とも淡々と土をかけている。
僕は、ちゃぶ台のドグマを使って土を寄せる作業に従事していた。
土を被せ終えて軽く手を合わせて祈ると、宿の方へと振り返る。
崖の上からの眺めは良かった。防壕国家ブリディエットが広く見渡せる。
風を受け、ウエディングドレスと長髪を揺らして、ネオさんがつぶやいた。
「今日この宿で寝て起きたら、ブリアン姫の護衛の任務は終了だ。監視カメラの情報の限りでは、ジャスティスは私の基地の中を探索しつづけている、他の勢力が動いてる様子もない」
「結婚式が終われば、ジャスティスが姫様を狙う意味も無くなりますもんね」
「ああ、ストームは狙われるだろうが、守る義理も無い。警察に引き渡して、後の処理は任せればいい」
そうだ、いまネオさんが着ているこの衣装を、明日ブリアン姫が着て結婚式が始まる。
姫の護衛任務も終了して、ノリコを失った僕の存在理由は決定的になくなる。
「ネオさん、自分……っていうか、ドグマがあるとエクリプスが来るらしいんですよ」
デフィーナが言ってた。エクリプスが来るって話。
きっとナラクさんもエクリプスと戦っていたんだ。
その相棒であるネオさんにそれを宣告した理由は、自分でも整理できていなかったが、期待か甘えにちかい感情だったんだと思う。
対してネオさんは軽く返してきた。
「ああ、エクリプスな、別に私は勝てるからいいけどな」
「え、そんな簡単に勝てるんすか」
「この都市の仕掛け使えば、大したことねえよ。元々その為に作ったんだし」
意外だった。
僕にとってエクリプスは理不尽の塊。
何も出来ずに肝試しのメンバーとアルハを次々に惨殺した悪夢そのもの。
それをネオさんは、余裕で勝てる?
僕は思い切って、声を張って打ち明けた。
「ネオさん。僕はドグマを使える、ナラクさんの後継者みたいなんです! ただ、知っての通り、出せるのって机だけで、誰かを守ったりとか、戦ったりとかって、イメージが全然湧かなくて……」
僕はネオさんの目を見て懇願した。
「あの……自分に、戦いを教えてくれないっすか?」
ネオさんは腕を組んで目を細めていた。何か考えているようだった。
「ナラクはな、エクリプスと戦うために、ブリディエットを出てったんだよ。デフィーナと一緒にな」
「それって……」
デフィーナが割って入った。
「当然でしょ。あいつは自分がいる事で、ネオやスレイを失う事にビビってたのよ」
「言い方な、ビビってたんじゃなくて、心配してた。な」
「同じでしょ」
デフィーナはネオを押しのけて前に出た。
「ゴミカス、パンツや花を出した程度で調子に乗ってるみたいだけど、キュリオスはドグマを使わない限りエクリプスに勝てない」
パンツの一言にだけ、ネオさんはムッとしてデフィーナを見た。しかしデフィーナは躊躇ない。
「この都市の罠はナラクのドグマだから、ナラクに寄ってきたエクリプスは倒すことが出来る。でもアンタを殺しに来たエクリプスは、あなた自身の殺意で殺さないと、必ずあなたを殺すわよ」
「別に調子に乗ってたわけでは……」
ドグマで敵を殺す。殺さなければ死ぬのは僕。
夜明けまでに、ドグマを使って敵を殺せる形を作らないといけない。
「敵を殺せる、白いモノって……なんすかね」
僕は高台から見渡せる街を眺めた。
防壕都市ブリディエット。 戦争の避難民が作り上げた、対空防衛の要塞都市。
僕は、この世界の空を知らない。
コンクリートの天井と人工照明に照らされた街並みの、その照明が一段階暗くなった。
時間によって明るさが調節されるこの都市に夜が近づいている。
明日起きればエリオット王子と、ブリアン姫の結婚式が始まる。
それが終わればこの国は安泰だというのに……
僕とドグマのある所には黒い爪の怪物、エクリプスが人を殺しにやってくる。
「やるしか……ないって事っすよね」
不安と恐怖に包まれながらも、三日目の天井は夜へと向かって行った。
明日僕は、この世界の空ってやつを見る事になる。




