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第8話・夢であれたなら……

 僕はトラックに轢かれた。


 いや、あれは轢かれたって言うのだろうか、分かる人がいたら教えてほしい。



 天使の蹴りで音速の砲弾と化したトラックが、空から一直線に飛んできて僕を巻き込み、そのまま民家にぶっ刺ささって大爆発したんだ。


 そして意識は白に染まった。


 今の視界は暗い。痛みは感じない、死んだのかすらも分からない。




「スゴミ君……天使さんは、君が帰って来るのを、ずっと信じて待ってるからね」


 真っ白に溶けた景色の中で、優しく微笑む天使さんの顔と赤い瞳が頭から離れない。攻撃さえしてこなければ全てが僕の理想だったのに。



「天使のトラックに轢かれて死んだなら、今度は女神様が出てきて下さいっすよ。そんで最強チートパワーで転生させてくださいっすよ。」



 どうせ願いが叶うなら、もっと楽しく生きれるようにしてくれればいいのにな。暗闇の視界の中で時間だけが無意味に流れていく。何も起きない。



「はあ……もう帰っていいっすか……」



 そう心でつぶやくと、その長い静寂の奥の方から、女性の声が聞こえてきた。




「ケイトォ……」




「ケイト!?」



 それは長く伸びるエコーのかかった音だった。視界は暗いままだが、何か期待のようなものがせり上がって来た。しかし音声の続きが流れてくる。




「丸山ケイトォ、丸山ケイトでございます。丸山ケイトに、清き一票を、お願い致します。」


「なんだよ、選挙カーっすか……」


 あきれるほどの現実感、あまりの期待はずれにどっと疲れが押し寄せた。そんな僕の落胆など誰にも届かない、その騒音は遠慮なく住宅地を進んでいった。


「ご町内の皆様、お騒がせしております。」


「いや、本当に騒がしいっていうか……」



 目が開いた。



「あれ?」


 視界に飛び込んだのはオレンジ色だった、白い壁が夕日に照らされていて、天井にはUFOのようなケースに包まれた蛍光灯。


 僕は起き上がった。知っている天井、見慣れたベッド、棚には僕が大好きな美少女フィギュアが立ち並び、壁にはマジカルエンジェルのポスター。


 僕は呆気に取られていた。


「僕の部屋じゃん。」


 フィギュア棚の端には、小さい頃から大切にしていた、ギリシャ神話の戦士のようなソフビ人形が、いつものように勇敢に腕を掲げていた。


「天使さんは、アルハは……? 全部、夢オチ……? どこからどこまで?」




 ピンポーン♪


 唖然とする僕の意識とは無関係に、玄関チャイム音が部屋に鳴り響いた。



「通販頼んでたっけ、フィギュアかな?」


 僕の胸はザワついていた、夢にしてはリアルだし、転んだときは痛かった。それでも、よれたベッドのシーツを引きづって、立ち上がり、玄関へと思い体を運んでいく。ドアには鍵がかかっていた。鍵を開けてドアノブに手をかけてひねった瞬間だった。


 グンッ!


 向こうから思い切りドアを引っ張られ、体勢を前に崩しながら手を離してしまった。



「ちょっと、開け方……!」


 崩れて前屈みになりながら文句を言った視線の先、息が当たるほどの近さに、逆光の影の中で鋭く赤い瞳が光っていた。




「……アルハさん!?」


 フワッとした黒髪に女子生徒の夏服、鋭く赤い瞳の彼女、さっき天使さんと血だらけの死闘をしていたアルハが、とても綺麗な白い顔のまま僕を睨んでいた。



「あら、元気そうじゃないの」


 彼女は冷淡な一言と共に僕の胸を片手で乱暴に押しかえしてきた。体がのけ反って室内に押し込まれながらも、転ばないように踏ん張りを効かす。そしてアルハは僕が下がった分だけ二歩進み、目の前で靴を脱ぎ出した。



「ちょっと話があるのよ。部屋にあがるけど良いかしら?」


 既に片足は靴を脱ぎ終わり、白く短い靴下で室内の床を踏んでいた。アルハの質問は形だけだった。薄い夏服のシャツから肌の色が若干透け、逆光が影絵のようにその脇腹の輪郭を映し出していた。近くでかがむ動作に、いい香りが漂ってくる。



「あがるって……どうして!? ってか、なんで僕の部屋知ってるんですか!!」


 せっかく部屋まで帰って来たのに、事件の発端が部屋まで追って来てる恐怖。しかし僕の部屋に女子が上がるのは初めてだった。女の子と二人きりの空間という状況に、同時に変な期待も入り混じる。


 部屋に上がったアルハは、下駄箱を見て答えた。



「幼なじみの部屋なんだから、知ってて当然でしょ。」


「幼なじみ!?」


 絶対に知らない。


 アルハとはさっきが初対面だったし、僕は小二で学校に行くのをやめている。幼なじみなどいるはずがなかった。しかしアルハが見ている下駄箱に視線を送ると、その上に写真が飾られているのに気づいた。


 そこに写っていたのは、中学の学ランでピースする自分と、その隣で無表情でピースしているアルハの姿だった。もちろんそんな写真を撮った覚えはない。むしろ中学の学ランなんて、着たことすらなかった。



「アルハ! 君はいったい何者……」


 キィ…… バタンッ!


 僕の質問を叩き切るように、玄関扉が勝手に勢いよく閉まった。熱された部屋の中を風が一気に走り抜けていく。ああゆう勢いの良い扉の締まり方は、どこか別の窓などが空いてる時に起きる。僕は驚いてベッドのある背中側に振り向いて室内を確認した。


 すると嫌な光景が目に飛び込んできた。ベッド側の壁の窓が割れている。それはピッチングマシンの豪速球でぶち抜いたかのように、窓の中心から激しく砕けてカーテンを揺らしていた。


 僕は駆け寄りベッドの前に立った。


「窓割れてるじゃないっすか!  これ、なんで……!?」


 それを言い切る前に、さらなる絶望が飛び込んできた。窓の外の遠く広がる夕焼けの街並みに、黒い逆三角の巨大ピラミッドが静かに佇み、悠然と空を占拠していた。



「ピラミッド、天使さん……!?」


 僕は枕もとのオモチャのような目覚まし時計を見た。時間は16時38分。 天使さんと出会ったのが丁度16時くらいだったので、同じ日ならば38分後だ。



「これ続いてるんすか、夢じゃなくて……!?」




「はあ……だるいわね。」


 アルハの疲れきった一言が飛んできて、それに振り返る。


 ここは僕の部屋だと言うのに、彼女は出口を塞ぐように立っていた。氷の刃のような赤い瞳が、僕の胸を冷たく貫いてくる。僕は困惑気味にアルハを睨みつけた。


「……で、お話ってなんすか?」


 絶対ろくなことじゃない、確信があった。あの最悪な流れ、最悪の一日が続いているのだとしたら……


 アルハは髪をかきあげ、先に質問で返した。




「君さ……なんで逃げたの?」


「なんで……って」



 ───そうだ、僕は逃げた。


 アルハは初対面だったけど、僕を天使さんの攻撃から守ってくれた。とても痛そうに顔をゆがめていた。彼女は毒舌で、説明不足で、罵ってくるけれども、あの状況ではアルハが味方で、笑顔でガチ殺しにくる天使さんは敵。


 そんな事は明白だった。それでも僕は血塗れで戦うアルハを見捨てて逃げた。



「話ってのはね、まず、それを聞きに来たのよ。」


 アルハの感情のない声。それは怒りでも失望でもない。まるで業務連絡を受けるかのような質問だった。



 僕はうつむいて、顔が歪んでいった。ここは僕の部屋なのに物語が追って来る。

 押しかけ女子と二人きりなのに、鼓動の速さは欲しくない方に加速していった。



 絶対に誰にも邪魔されない僕だけの聖域の中なのに、僕の居場所は、どこにも無かった。無表情で僕の解答を待っているアルハに見つめられて


 ───もう、帰りたい。


 僕の頭の中は、その言葉だけがぐるぐると回っていた。


 僕が逃げた理由……

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