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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第3章・前夜編

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第86話・ネオの内側1

 デフィーナから、とんでもないカミングアウトを受けてしまった。



 デフィーナはネオさんに連れられて浴衣を着直しに行った。


 ネオさんは「ジャスティスを撒いてきた」と言っていたが、全身土ホコリと擦り傷にまみれており、先に体を洗って来るとの事だった。



 僕は今監獄のような狭い寝室で一人、ノリコの顔にかけられた一枚の白布を眺めていた。



 僕はナラクの代替品。



 ネオさんの部屋にあった写真でナラク本人を一度だけ見た。ネオさんが初見で水に濡れた僕を、ナラクだと勘違いしたほどに顔の雰囲気が似ている僕と彼。



 自分の首から下がる、ウサギのネックレスを指でつまんだ。これはヒメガミさんの遺品。



 僕のいた現実にいた人たちと、地下都市ブリディエットで出会った人たち。



 ヒメガミさんがブリアン姫。

 ネオンさんがネオさん。

 アルハは役職名でデフィーナ。


 色違い、設定違いだけで、まるでコピーした人間のような彼女達。



 そして僕自身もドグマの物語の走者キュリオスとしてここに来た、ナラクさんのコピーなのかもしれない。



 ドグマの物語という枠に囚われた、登場人物たち。


「ノリコちゃん、あなたは僕の世界のどこに居たんすか……」


 彼女の遺体に、返って来ないと分かっている質問を投げかける。



 すると、右で部屋の扉が開いた。


 入って来たのはデフィーナだった。


 グチャグチャだった浴衣を着なおして、下もちゃんと履いているし、肌着には黒いインナーを着ていた。顔は赤くなっている。さっきの格好がいかに常識外れだったか悟ったんだろう。


 そして何かに突かれるように少しづつ入りながらも、扉の外をしきりに振り向いている。



「ねぇ、なんで私が先に入るのよ、私もうゴミクズに用事は無いんだけど」


「いいから、いいから入れって……」



 扉の向こうでネオさんがボソボソと何か言っている。僕はそれをチラチラと見つつも、落ち着かないので手を伸ばした。



「何してんすか、ノリコさん待ってますよ……」


 そう言ってデフィーナが開きかけのままだった扉を掴み、引っ張り開けた。



 すると、そこにはネオさんが、デフィーナの腰を突き押しながら、腰をかがめて立っていた。


 しかし様子がおかしかった。


 普段のネオさんは格好良くて、ホットパンツに武装ジャケットとボンバーヘアのイメージだ。


 その顔はデフィーナ以上に赤くなり、白いワンピースのドレスに身を包んだ姿だった。



「え、ウェディングドレスっすか? ネオさんも結婚するんすか……」


「ち、ちげぇよ!! 服洗ったからさ、着るもんなくて、ブリアンに借りてんだよ!!」



 肩を出して胸の上半分はほぼ晒し出し状態になった白ドレスのネオさん。


 風呂に入ったからか、いつもの爆裂ポニーテールではなく、緑のウェーブ髪が腰まで降りており、普段の野性的なスタイルとはまるで別人に見えた。



「そうだったんすね、ちょっと意外っすけど、良いと思いますけど……」

「い、良いってなんだよ、お前な……」



「ああ、女性的で綺麗って言うか……」

「き、綺麗……!?」



「可愛いと思いますけど」

「可愛い……!?」



 ネオさんの声が裏返り、デフィーナの腰を強くつかんだ。



「ちょ、なによ、痛いわね!!」


 デフィーナは怒ってネオさんの手をはたき落とす。


 そうだ、ネオンさんもそうだったけど、この人は褒められると弱いんだった。


 強いし、賢いし、格好よすぎて完全に忘れていた。



 僕は立ち上がって、ネオさんに対し、深く頭を下げた。


「ネオさん、ありがとうございます。ネオさんがジャスティス引き受けてくれたおかげで、自分はここまでノリコちゃんを運べました」



 そう言うと、ネオさんの縮こまっていた体は、一瞬硬直したのちに起き上がり、普段のネオさんが帰ってきた。


「ああ、こちらこそだよ。私は正直、ノリコは置いて行くしかないと思ってた。こうして再会できたのも、お前がノリコの尊厳を守ってくれたおかげだ」



 そう言うと、ネオさんは迷いなく僕の隣へと来て、ノリコを見下ろした。ブリアン趣味のウェディングドレス。薔薇の香りが鼻につき、大胆ではじけ飛びそうな胸につい視線が寄ってしまう。



「ノリコ、すまなかったな。ストーム回収は私のエゴだった。欲張り過ぎたツケにしちゃ、お前を失ったのは重すぎるよ」



 僕より身長の高いネオさんの横顔を見た。彼女の金色の目は確かに悲しみを含んでいたが、涙は流れていなかった。ネオさんなりの追悼の言葉なんだろうと思った。



 僕はそれに対して返す。


「僕のドグマ、ナラクさんのものなんです。僕がもっとドグマを使いこなしていれば、何か違ったかもしれない……」



「あ……?」



 それを聞いたネオさんは、強烈な眼光で僕を睨んだ。何が引っかかったか分からない。それは一瞬で僕の危険信号を全開にするほどに強烈で、デフィーナ以上に芯からの殺意を感じさせるのであり。背筋に鉄棒を突き抜かれたように体が伸びた。



「え、あ……すみません!!」


 僕は恐ろしすぎて反射的に謝罪。目は合わせられなかった。

 だがネオさんはそれ以上追求せず、震えながら、深く溜息を吐いた。



「はぁ……あ、いや、すまん」



 そして僕の肩に手を置いた。



「いいか、その気持ちは捨てんな。あと少しで何かが出来た。そう思うなら今から備えるんだ。悔いがあるなら、それはエネルギーになる。受け入れて力に変えろ」



 ネオさんの目は強く真剣。真っ直ぐな言葉だった。僕はネオさんを見上げて声を張った。



「は、はい!」



「じゃあノリコを埋葬しようか。このホテルの断崖のもう一段上に、見晴らしの良い未使用の園地がある。土葬しかしてやれないけど、ノリコの墓にするには丁度いいだろう」


「はい。行きましょう」



 そう言うと、ネオさんはウェディングドレスのまま手に掴んでいた、白いジャケットを羽織った。ドレスにジャケット。異様な組み合わせだが効率重視のネオさんらしいスタイルだ。


 ノリコの身体はデフィーナのシスターズネイルのネットが持ち上げた。三人で並んで階段を上り、宿の屋上である断崖のテラスに出る。




 屋上扉を出て右手には、広くブリディエットの街並みを一望できる景色。すぐ左手には更なる断崖。5メートルほどの岩の壁が立ちはだかっていた。


 この建物自体が、岩盤をくり抜く形で設計されている。


 僕は崖の上を見上げた。



「ここ、登るんすか……?」



 ネオさんは白いジャケットの袖をつまんだ。

 そして、ガジェット起動の号令をかける。


「ストレンジARMS・マンティスウィング」


 ジャンバーが変形し始める。背中で一直線に裂けて裏返り、両手で掴む形のトンファーへと変形。

 手を伸ばしてトンファーを正面で一直線に構える。



「スティックインセクト」

 左右のトンファーが磁力で連結して、一本の棒になった。



「エレファントサイズ」


 その棒の両端が鎌状にせり出し、棒が3等分に分割され、三節棍のような形になった。それらはワイヤーが繋がっており、先端のひとつが鎌の形になっている。


 鎖鎌だ。



 ネオさんは僕の方を見た。


「私はドグマ使いはナラクしか知らない。ナラクはお前みたいに自分で盾を出したりしなかった」


「え、それってどういう意味ですか」


「私が知ってる事は、ナラクのドグマは、私が欲しがってるモノを創り出してくれるって事だけだ。便利だと思ってずっと使わせてた。だから、お前のドグマがナラクのものだとは思ってなかったんだよ」



 ドグマがネオさんの欲しいものを作る?

 僕はノリコを守りたいと思ったら、ノリコとの思い出が形になった。それだけだと思った。



「ドグマは使い手によって効果が違うって事っすか……?」


「分からない。私とナラクは3歳の頃から18年の腐れ縁だ。私が物心ついたころには、ナラクはドグマを持っていた。それが私にとっての当たり前だった。そうゆうもんだと思ってた」


「18年、そんなに……」



 ネオさんは広いブリディエットの街並みを眺めた。


「良いか。私の地下基地、ブリディエットのトラップ。すべてナラクの創作物だ。私とナラクは2年でこの都市の全てをトラップに改造した。ドグマにはそのポテンシャルがある」



 僕は目を見開いた。


 ネオさんのトラップ包囲網は全て目の前で見てきた。

 あの奇怪な構造物が全てナラクさんの創り出したモノ?


 圧倒的な実力者だ。それが四日前に死んだというのか……



「凄すぎないっすか……ナラクさん」


「ああ、それでもアイツが作るのは、私が欲しがった物だけだ。私は同じドグマを使って、私の知らないところで盾を作ってきたお前の事はな、分からないんだよ」


「えっ……」



 そしてネオさんは鎖鎌を崖の上の木に引っ掛けて、号令をかけた。



「スティックインセクト」


 鎖鎌が木に引っかかったまま、棒の形に戻り始めた。その力でネオさん身体は勢いよく引き上げられていく。


 白いドレスがフワリとはためき、一瞬で崖の上に登ってしまった。


 思わず見上げてつぶやいた。



「すげぇ……」


「呑気なものね」



 ネオさんの動きに見とれていた僕の横、デフィーナが一歩前に出た。浴衣姿にトランクを持ち、触手を展開しながら冷ややかに告げた。



「引き上げて貰えると思ってるなら大間違いよ、間に合わなければ死体は埋め終わるわ」


「え……?」



 また嫌味か。いや、嫌味だろこれ。

 登る手段なんて持ってるワケがない。


 いや、なんでわざわざ助けない事を教えるのか……



「もしかして、今ドグマで新しい形を作って登れって事っすか?」


 デフィーナは僕の質問など耳に入っていないかのように、無言で崖の上を見つめていた。

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