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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第3章・前夜編

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第85話・デフィーナの本当2

 六畳間の密室で、立ち上がった僕の目の前に、ギリギリの姿のデフィーナがいる。



 浴衣の上だけを下手くそに羽織っており、何かが見えてしまいそうな危うい格好でありながら、僕を見上げている。



 異様に距離が近い。


 アルハにキスされた、自分の部屋を思い出す近さだ。


 しかし、そんな状況を忘れてしまうくらいに、デフィーナの発言は僕にとって重かった。



「ちょっと待ってくだい。整理して良いっすか!?」



 僕はデフィーナの眼前で両手に収まる程度の白い球体。ドグマを掴み込んだ。


「まず、ナラクさんって人は、このドグマの本来の持ち主で、亡くなった人なんですよね?」


「そうよ、ナラクは4日前に死んだわ」


「ナラクのアルハって、どういう事っすか? 彼女だったって事っすか?」



「まったく、そういう発想が毎回だるいのよね。ナラクはネオにしか興味ないのよ。そもそも、そんな話はしてないでしょ」



 そういえば、ノリコも言ってた。『ナラクはネオっちにゾッコン』って言ってた。


「じゃあナラクのアルハって、どういう意味っすか」



 そう言うと、デフィーナは舌打ちしてから説明しだした。



「ナラクは走者キュリオスよ。走者キュリオス一人に、支持者アルハ一人が割り当てられる。だから私はナラクのアルハってなの事よ」


「キュリオスってなんすか」


「ドグマを掴んで物語を走る人間。ドグマを掴んだ瞬間にキュリオスとなり、アルハも同時に現れる」



 そう言うシステムだったのか。


 思い起こしてみれば、アルハさんも天使さんも、ドグマだの物語だの言いまくってた。二人とも説明が下手過ぎて意味が分からなかったけど……



「じゃあ僕は、野球ボールのドグマを掴んでキュリオスになった。だから黒い髪のアルハが来たって事なんすね?」



 その質問をした途端に、デフィーナは機嫌が悪くなりはじめた。


「野球ボールってなによ、私はアルハが見たものしか知らないのよ。ドグマ捨てたんでしょ? アルハ見捨てたんでしょ? どうでも良いのよそんな事。私はエクリプスが来るって話をしたんでしょ」



 アルハさんもそうだったが、僕が知ってることを前提で話進めようとしてくる。無理矢理さはあるけど、確かにデフィーナの言う通りでもある。


 しかし……



「分かりますよ、エクリプスが来るんすよね……!!」 僕はドグマを掴んだ拳を握り、胸に当てていた。


「ヤツらはドグマが原因で来るって事なんですよね!?」


 エクリプス、黒い爪のカイブツ。アレは音もなく壁の向こうから突然、人を殺す。あんなのは理不尽の塊だ。開戦した事に気づいた時には確実に一人は殺されている。


「デフィーナさんは、ナラクさんのドグマの事を知ってるんですよね!!」


 僕の叫びは本物だった。もう誰も失いたくない。

 右下には顔に白布を被されたノリコ。守れなかった後悔そのものの姿。


「だったら、教えて欲しいんすよ! ドグマの使い方とか、エクリプスへの対策とか!!」





 それに対してデフィーナは再び、氷の瞳で僕をみた。




「断るわ、だるいもの」




「は?」



 意味が分からない。ここまで説明しておいて、『断る』?

 じゃあなんで説明した。再び理解の限界を超えた。



「だるいってなんすか!! 人が死ぬんすよ!? なにがそこまで嫌なんすか!!」



 デフィーナは大きくため息をついた。そして僕が胸に当てているドグマに指を突き立てた。

「ヒサヅカスゴミ、あんたのドグマはナラクの物よ。あんたが歩いてるのは、ナラクの物語」


 デフィーナの仏頂面、その眉間にシワが集まっていく。憎悪、怒り、怨念がドグマを通して僕に向けられている。


「ナラクは死んでしまった。だからアンタが代理で走者に割り当てられた。アルハを簡単に失ったアンタがね」




「代理の走者……僕は、ナラクさんの代わり?」


「そうよ、ドグマを掴んで走者キュリオスの物語が始まる。そこにアルハが割り当てられる。そして二人の内のどちらかが死ぬと、残った片割れ同士が組として割り当てられるのよ」


「それじゃあ、僕のアルハさんは……」


「見殺しにしたんでしょ。戦えって言ってたのを無視して」



 そうだ、確かに僕は天使さんが襲って来た時に、アルハを見捨てて逃げた。アルハは戦えと叫んでいた。僕がドグマ使いのキュリオスだって知っていたからだ。天使さんと戦う事が僕の物語。天使さんも始めからそう言っていた。


 ただ説明順がおかしい。

 天使さんが先に襲って来たんだ。

 ドグマの説明も無しに。

 バグってる。


 真相を知るごとに矛盾が生まれていく。



「でもデフィーナさんは、僕のアルハとは別人なんすよね? なんでそのこと知ってるんすか」


「全てのアルハは、アルハの記憶を見る事が出来る。だからアルハが見たものは全て知ってるわよ。あんたが見殺しにしたことも、無理矢理キスさせた事も、匂い嗅いでたことも。全部アルハの視点でね」



 なるほど、デフィーナさんが僕とアルハさんとの間の出来事を全て知ってた理由がこれか。僕は胸に当てていたドグマ、その掴んでいた手をスッと脇におろした。


「それで最初から辛辣だったんすね……」


「それもあるけど、どうでもいいわ、他のアルハの事なんて。どうせ他人だし」


「どういう事っすか……?」


 デフィーナは手を自身の浴衣の胸元へと運び、さらけ出されていた素肌を、浴衣を重ねて軽く隠した。


「私はナラクのアルハ。ヒサヅカスゴミ、あんたが死ねば、私の元には新しいキュリオスが割り当てられるわ。もっとまともで戦えるキュリオスがね」



「それって……」




「つまりアンタはハズレくじ。私が見届けるのは、ナラクのドグマの行く末だけ」

 デフィーナの視線が静かにノリコの顔のハンカチへと落ちた。


「私はね、ドグマの周りで起きてる人間の死なんてものはね、本当にどうでもいいのよ」



 僕が死んだら次のキュリオスが割り当てられる。僕は戦えない雑魚。だからデフィーナさんは僕を殺そうとしていた。つまりはそういう事か。



「なるほど、分かってきたっすよ。つまりデフィーナさんは、僕に死んでもらって、走者キュリオスの厳選がしたい。そういう事なんすね」




「厳選? どうでもいいわね、次のキュリオスもどうせ死ぬんだし。私はナラクの物語を見届けるだけ」

 デフィーナは再び正面から僕を睨んだ。殺意のこもった、人間性を感じない瞳だ。



「だから、じきに始まるエクリプスに襲撃で、あんたは勝手に死になさい」




 その一言は冷たく、突き放すような一言だった。

 だがデフィーナは揺ぎなく本気で言っている。


 キュリオスの命なんて、彼女はソシャゲを始める時のガチャのリセマラ程度にしか思って無いって事だ。


 そしてSSRキュリオスを配属させるためには、僕を殺してガチャを回すしかない。



 アルハの言葉が頭によぎる。

『すぐ死ぬセミに説明するのは無駄だからだるい』

 アルハも同じだったんだ。

 確かにそれが分かってたら説明が嫌なのは当然だ。

 むしろ逆に、よく見逃がしてくれたと思う。


 僕だってリセマラする予定のゲームで、雑魚カードのレベル上げなんてしない。見向きもしない。



 僕は天井の明かりを見ながら、ノリコに貰ったゴーグルに手をかけた。


「なるほど、デフィーナさん、それはだるいっすね、分かりましたよ」


「そうでしょ、分かったなら自害しても良いわよ。次のキュリオスが戦って、何かするかもしれないし」




 僕は視線を落とし、デフィーナの顔を見た。

 相変わらず顔色ひとつ変えずにらんでいる。

 それに対して僕は、笑って見せた。


「ははっ、自害? デフィーナさんって真面目そうなのに、冗談とか言うんすね」


「本気だけど、そんな事も分からないの?」



 寸分も変わらない無表情。それに向かって僕は腰を曲げて彼女と顔の高さを合わせ、ドグマを顔の前へと差し出した。


「ははは……! いいや、分かりますよ! エクリプスが襲って来る。それをわざわざ教えてくれるのが、デフィーナさんって事っすよね!! 」


「アルハだからね、役職として伝えてんのよ」



「そうっすか、そうっすか。良いっすよ、良いでしょう。やってやりますよ!!」



 僕はデフィーナにゴーグルを見せつけるように掴んだ。


「残念ですけど、僕には無敵のノリコちゃんゴーグルがついてますんで!! ヤバい時ほど乗り越えたら超楽しいんですからね……!! 多分キュリオスチェンジは起きないんじゃないっすかねぇ!?」



「あっそ、勝手にしなさい」



「そうっすか!! 勝手にして良いなら、自分はやらせて貰うんで!!」



 ──その時だった。


 ガチャン。



 突如、デフィーナに対面する僕の背中側で、部屋の扉が開く音がした。


 エクリプスと戦う話をしていた最中だった。

 僕の全身の神経が一気に警戒態勢になって張りつめる。



「何……!!」



 腰を落としたままの姿勢で、デフィーナの腕を掴んで振り向いた。



 そこには



 扉から申し訳なさげに顔を半分覗かせる女性の姿があった。緑の前分け髪に、つり目の凛々しい顔つき。


 ネオさんだった。


 ジャスティス戦を引き受けてくれたネオさんが、無事に戻って来たんだ。流石ネオさんだ。僕の心に一気に安堵が広がり、その名を叫ぼうとした。



「ネオさ……」 


「あ、ごめん、そのぉ……まさか慰められてると思わなくて、やらせて貰い終わったらロビー来てくれ」


 カチャン。



 ネオさんはそう言って静かに扉を閉めた。




「ちょっと待って!! ネオさん、誤解ですよ!?」


 デフィーナは腕を掴んでいた僕の手をはたき落とした。そして今にもはだけて全裸になってもおかしくない、危ない浴衣の胸元を押さえた。


「慰めってなによ、アンタはノリコが良いんでしょ?」


「いや勘違いですから!! ってかデフィーナさんこそ、浴衣をそんな変な着方してるから勘違いされるんすよ!! エロ過ぎるんですよソレ!!」



 その発言をした瞬間、今まで素肌を見られようが太ももを見られようが、まったく動じなかったデフィーナの顔が、まるでトマトのように一気に赤くなった。


「はあ!? なにそれ、だってアンタもノリコにしか興味無いんでしょ! だったら私にそういう目線向けるのおかしいと思うけど? それに浴衣って言うけど、着るのこれしか無かったのよ!! 仕方ないでしょ!!」


「いや、ノリコさんは大事ですけど、それとこれって話が別ですよね!? ってか、浴衣は良いんですよ、ちゃんと着てくれって、最初から言ってますよね!!」


「知らないわよコレ!! だってボタンだってついて無いじゃないの!!」



 マジで言ってんのか、挑発とか無防備とかじゃなくて、浴衣の着方を知らなくてその状態だったのか。意味不明すぎる。


「浴衣って、腰の紐で結んで着るんですよ、あと下にも履くやつ無かったんすか?」


「はあ? ズボンの事? あれは男用じゃないの?」



 その時、再び扉が開いた。


 扉を開けたのは、ブリアンだった。

「ちょっと、なに騒いでるの……」


 迷惑そうな顔で頭だけ覗かせているが……


「あ……そう、そうなんだ。その、邪魔したわね……」


 カチャリ。



 そう言って静かに扉の向こうへと隠れて行った。



「もうこのオチいりませんから!!」


 僕のツッコミは必死だった。



 結局、すぐロビーのネオさんに声をかけて、デフィーナを引き取ってもらい、土まみれのネオさんがシャワーを浴びるついでに、デフィーナの着付けに向かって貰うことになった。


「はあ……もう帰っていいっすか」

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