第83話・悲劇を越えて強さとせよ。
ここは元王室と言うには、あまりにも狭い宿泊施設だった。
岩盤に掘られた洞窟のシェルターを、王室の移動の際に宿泊施設として解放したのが始まりらしい。
警備員の立つ正門を、王子の影に染み込むようにして通過、ホテルのエントランスへと入る。
中にも機関銃装備の警備員が立っていて、警戒が厳重だった。チェックインの対応は全てエリオット王子。
僕は見てるだけだったが、ノリコを抱いていたら確実に入れなかったし、みすぼらしく汚れた僕も一人では入れなかっただろう。
デフィーナに運び込んで貰って正解の実感が湧いてくる。
施設はどこか洋風で、リゾートじみたエントランス。カウンターには古風のエプロン姿の受付嬢。この世界に来て以来、ずっと感じていたのは、土と鉄と火薬の匂いだった。
それから離れた、初めて異世界ファンタジーの世界に来たかのような、エスニックな香りが漂っていた。
カチャリ……
僕の事を上から睨む、この圧力たっぷりの機関銃警備さえ居なければ……
奥へ進むと階段には装飾等は無く、岩盤を掘って固めただけのようなキツめの階段があり、上の階へと続いていた。
「なんかエントランスは立派でしたけど、狭いっすね……」
僕はポツリとつぶやいた。エリオットは答える。
「この施設はね、旧王室なんだよ。この国の始まりの場所なんだ。この小さな通路から、掘り進めて、さっきの崖から見た街の景色にまで広がって行ったんだよ」
「そうなんすね、詳しいっすね」
「僕のドラキールにも、同じように始まりの王座がある。それはその国の広がりと言う、大きなシナリオの出発点さ、僕はね、そういう場所は好きなんだよ」
一言会話する度に発言のスケールが大きくて気が滅入る。
「確かに、こんな通路から、あんな大都市になるなんて、相当頑張ったんすね」
階段を登り切ると、階段が通路の途中になるような形で廊下が走り、廊下にはいくつもの部屋扉。右側の奥には待機ロビーがあって、そこには外からの光が差し込んでいた。
その差し込む光を背にデフィーナが近寄り、王子を睨みあげた。
「チェックインだけでしょ、ずいぶん待たせるわね、また長話でもしてたわけ?」
王子は落ち着いて返した。
「すまないね、スゴミ君は面白い少年でね、少し話が弾んでしまったよ」
あれは話が弾んでたのか……そんな事を思う僕を尻目に、今度はブリアンがデフィーナを押しのけて王子の胸に飛び込んできた。
「王子……!! 私、すごく心配していたわ……!!」
それに対して王子がブリアンの背に手を当てて言葉を返そうとした瞬間、デフィーナが割り込んできた。
「ああ、やかましいのが始まったわね。私は身体を流してくるから、あとは勝手にやってなさい。死体は置いてあるわよ」
デフィーナが指さしたロビーのソファに、ノリコが横たわっていた。それに覆い被さるように、白い子供の影が張り付いていた。スレイちゃんだ。
円形のロビーに差し込む光とノリコの姿は、まるで教会の葬式の風景のように僕の目の奥に焼き付いてきた。
トーチカ。
重厚なコンクリートの小型ドームに、銃口を通す程度のスキマ窓のついた防衛施設。
このロビーはその名残だそうだ。
そして、宿泊施設として絨毯とソファと机が置かれたお茶の間のようなロビーを作り出している。
ソファの上のノリコの遺体。
背中の下にはシーツが挟まれている。致命傷となった背中に空けられた大きな三つの穴から血が出てくるんだろう。
そこにスレイがしがみついて泣いていた。
「ノリ姉……なんで、ノリ姉……」
ネオさんの基地では、実務的なことはネオさんがしていて、マグナさんが製造、ノリコが家事の担当だ。それ以外の基本メンバーはいなかった。
特に親もおらず、狙撃以外の役割が無かった不眠症の子供であるスレイにとって、ノリコは本当の姉のような存在だったのだろう。
デフィーナはシャワーに行くと言って席を外した。目の前には高身長のエリオット王子と、それに泣きつくブリアン姫。
エリオットは胸にうずくまるブリアンの肩をとり、そっと離してその目を見つめた。
「私たちがこうして再会できたのは、犠牲となった英雄たちがいてくれたおかげだ。まずは弔いをしましょう」
その一言が空気を変えた。
自然と全員の視線がノリコへと向き、トーチカのロビーへと集まり、落ち着いた空気の中で弔いが始まった。
王子がノリコの遺体の前に立ち、胸に手の平を当てて祈る。
「ノリコさん、マグナさん、二人の尊い命が犠牲になりました。彼らの死、この悲劇を越えて強さとし、その魂と共に、永遠に歩みを進める事を誓いましょう」
地下都市の人工照明は時間帯で強さが変わる。今は昼過ぎの一番明るい時間帯。高窓から差し込んだその光が、静かに王子の横顔を照らしていた。
ブリアンは王子の横で黙って手を合わせている。神社にお参りをしに来た人のようなポーズだ。
そしてスレイは姿勢を起こし、掌底から親指と人差し指だけを曲げたハンドサインをノリコに対して突き出した。
「ノリ姉……ヤクッ」
その一言は普段の眠そうな、ゆったりとしたスレイとは思えない程にキリッとした発言だった。
『ヤクッ』スレイが狙撃の時に言ってた言葉だ。
確か、繋がって届くみたいな意味と言ってた気がする。
彼女なりの弔いの言葉なんだろう。
すると、その言葉の直後、スレイの身体が重心を失い、左に倒れてソファに当たった。エリオットは素早く腰を落とし、その身体を支えた。
「スレイさん……!! 」
一瞬スレイを抱え込んで様子を見たが、すぐに鋭く周囲を見渡し始めながら、ブリアンにキツく指示を出す。
「ブリアン伏せて!!」
敵襲だと思ったのだろう、反応と判断が早い。
僕は前に出て王子の横でスレイの足を取った。
「驚きますよね、スレイちゃんって、いきなり寝るんすよ、寝てるだけだと思います」
それを聞いてエリオットは、白の手袋を外し、スレイの口元に手をかざした。
すぴー、すぴー
気の抜けるようなスレイの鼻息が聞こえると、エリオットはふっと肩を落としてからスレイを抱きかかえ、ソファの上にノリコと頭合わせになる向きで寝かせた。
「奇特な症状ですね、専門医に見せた方が良いかも知れません」
その時、背中側の廊下で、扉がカチャリと開いた。
その音に全員が振り向く。廊下の手前の部屋から、煌めくような真っ白な長髪の女性が出てきていた。
一瞬で目を奪われる美しさだった。
「天使さん……!?」白の長髪に、天使さんを思った。
しかし、振り向くと全然違った。
天使さんは高校生くらいのパッチリ明るい顔立ちだが、その女性は顔も空気も全てが大人だった。
女性は黒いロングの優美なドレスに身を包み、クリーム色の柔らかそうなカーディガンを羽織っており、ふわりゆらゆらと、幽霊のように雪のような髪を揺らして近寄ってくる。
思わず声をもらした。
「だ……誰っすか」
するとエリオットが歩いて近寄り、彼女の正面に立った。
「来ていたんだね、プロメティダ」
プロメティダと呼ばれた彼女は冷淡に返した。
「軍医を一人寄越せとの事でしたので、少年の施術は終了しました。私はこれにて失礼します」
凛々しくもあり、透き通るような声だった。しかしまるで感情を感じない抑揚のない報告。それを受けてエリオットが僕達に振り向いた。
「紹介しよう、彼女はプロメディダ、ドラキールの将校の一人で軍医あがりなんだ。彼女は真面目でね、ブリディエットへの単独先行も彼女に手伝って貰って来たんだよ」
「よ、よろしくっす……」
僕はその盗み出した芸術品のような美しさに圧倒されながらも、頭をかいて腰低く挨拶した。
「はい、よろしくお願いします。それでは」
プロメティダの目にはまるで光が灯っていなかった。
固く凍ったような真っ白な表情だったが、デフィーナのような敵意や冷たさがあるでもなく、普通に歩いていて偶然目があって、挨拶しただけの人くらいの、遠い人の印象を受けた。
そしてその髪は蜘蛛の糸のように空気に乗って揺れて輝きながら、狭い階段へと音も立てずに降りていった。
ブリアンが口を開く。
「あの人と、もう一人の兵士がストーム連れてきたのよ、処置した少年ってストームだわ、あの部屋に入っていったのよ」
「そういや、自分がノリコさんとストームを逃がしたあと、ネオさんがストームは片付けたって言ってたんすけど、これの事だったんすね」
プロメティダの退場を見守った、ボク、エリオット、ブリアンの三人は、ロビーでソファに腰をかけた。
そしてブリアンが今日までいかに大変だったかを王子に説明する時間が始まっていた。ブリアンはマシンガンのように出来事を彼女独自の解釈で口にしていく。
「最初にノリコが迎えに来たのよ! そしたらバイクに乗れって言うし、私バイクなんて乗ったこと無いでしょ! ノリコの後ろはそれは危険だったわ!!」
「でもノリコちゃんのバイクは神業ですし……」
「ネオの元についたらね、護衛を申し出たのはスゴミ一人だったのよ!! あり得ると思う? 本当に死ぬかと思ったのよ!!」
「でも見守っててくれましたし……」
酷い主観だったが、僕とホテルに入ったことは、一切報告しなかった。まあ、僕としてもアレを報告されるのはまずいと思いますが……
その十分後にスレイが起き、十五分後にデフィーナが戻ると、各部屋で待機の形となり、解散となった。
スレイはストームを見ると言ってストームの部屋へ入った。ストームには拘束首輪が付いているとはいえ、同じ部屋には入りたくない。
エリオットとブリアンは二人で隣の同じ部屋へ。
ブリアンは王族の部屋である事と、緊急時でもノックはする事、隣だからって聞き耳は立てないことを、特に僕に強調して注意していた。
盗聴なんてしませんけど、何する気なんすかね……
そして僕は今、貸された部屋の中、堅い椅子の上にいる。
ノリコの遺体は僕が座ってる隣のソファの上に寝かされている。
そして、ベッドの上には何故か浴衣一枚を下手くそに着崩した、危ない姿のデフィーナがいた。
浴衣の紐の結び方がめちゃくちゃで、正面の布が重ならずに開いており、胸元からヘソまでの素肌が一直線に見えている。
下衣の存在を知らないのか、短い浴衣がミニスカート状態。下着以外をつけている形跡がなく、スラッとした白い太腿が丸出して放り投げられている。
「あの……なんで僕の部屋にいるんすか」
「私、チェックインしてないから部屋無いもの」




