第77話・もう帰っていいっすか?
♪ マジマジ!(まじ?) マジ! (マジ!)マジカル!
つらくても、あきらめないで、天使がハートを射抜くから!!
♪ マジマジ!? (まじ!) マジ!(マジだよ!!)
魔法で貫いてぇ!! エンジェルハートは君のため!!
魔法少女マジカルエンジェルは、日本のアニメーションである。
天使のような魔法少女に変身する少女達の日常を主軸とした、女児向けのストーリー展開でありながら、登場キャラクターの変身衣装のデザインがビキニアーマーなどの際どい設定になっており、成人男性の視聴者を意識して作られていると話題になった作品。
当初は日曜の朝に放送を予定していたが、深夜枠に移動した経緯を持つ。
それが僕の推しアニメの実態だ。
最後にマジカルエンジェルを歌ったノリコ。
僕はノリコの遺体を抱き上げて、地下都市の天井を見渡していた。
湿気た空気、土カビの匂い。古びたコンクリートの街並み。遠すぎる天井の下のドーム内都市。
熱の無い人工照明、人のいない裏通り。
僕は地下基地のメインルームの炎の地獄から生還してここに立つ。
「……で、どうすれば良いんすかね?」
ネオさんの指示で出てきたのがこの出口だ。
ネオさんの事だから計画があるだろうし、きっと監視カメラで見てくれている。
「待つしかないか」
そう思っていると、細い裏通りをトラックが道をいっぱいに使って走ってくるのが見えた。
しかもかなり速い。
危険運転だ。
「トラック……!? やば、隠れ……!!」
ノリコを抱えたままでは速くは走れない。とは言え道路に置いていくわけにもいかない。
僕は壁にノリコを押し付けて、それを覆うように壁に張り付いた。
トラックが避けてくれると信じるしかないと思った。
しかし……
キィィイ!!
トラックは急ブレーキをして目の前に停車。
運転席から人が降りてきた。
僕を狙ってる人!? 僕の心に緊張が走り、降りてきた人を確認した瞬間、その見覚えのあるシルエットに安堵が走った。
「ネオさん……!!」
緑髪のボンバーポニーテール。その強烈なシルエットは、僕が今最も頼りにするべき人だった。
ネオさんはそのまま駆け寄ってくる。
「おい、ノリコ! どうした、大丈夫かノリコ!!」
ネオさんは僕の腕の中のノリコだけを見ていた。
当然だ。ノリコが死んだのはポッドの中の暗闇。監視カメラも届いていないだろう。
僕は静かに報告した。
「すみません。ジャスティスが追ってきて、なにか投げてきて、ノリコさんは……」
報告すると共にノリコとの別れに涙が零れてきた。
そして事態を察したネオの顔が青くなる。
「嘘だろ、そんな……」
「僕の腕の中で、冷たくなっていきました……」
「くそぉ! あのジャスティス野郎、許さねぇからな!!」
ネオさんが感情的な叫びをあげた。
その顔は歪んでいた。しかし涙は流していない。悲しみよりも、悔しさと怒りに支配されている。そんな表情だと感じた。
ネオさんは自身の顔を両手で一発叩きながら隠した。
そして、両手をゆっくり離しながら指示をした。
「分かった、ストームは既に片付けたから、スゴミは荷台に乗れ」
切り替えが早かった。悔しがる顔は一瞬で冷静になり、次を見ている、計算と計略の目だった。
しかし、それと同時に、僕たちが乗ってきた脱出ポッドの出口で、轟音が鳴り響いた。
振り返ると、出口となっているコンクリートの一般住宅のような構造物の、天井の鉄板がめくれ上がり、砂煙が渦を巻いていた。
僕たちが乗っていた座席のユニットが、アルミホイルのようにクシャクシャになって、背骨のようなモノレールのレールと一緒に、脊椎のように天井の上に押し上げられている。
「まさか、追いついたんすか!? モノレールをよじ登って……!?」
「チッ、バケモンかよ!!」
脱出ポッドのあった箇所の砂煙の中に人影が見えたと思うと、その腕のあたりで何かがギラリと光った。
僕は咄嗟にネオさんにタックルを入れた。
「危ないっ!!」 「なんだっ!?」
ネオさんは大股を開いてすっ転び、僕もノリコを抱えたままバランスを崩して転んだ。
その直後、ネオさんが乗ってきたトラックのフロントボディが大きくへこみ、鉄板が折れ曲がる高い爆音が響いた。
トラックのボディに、親指をそのまま突き刺したようなサイズのボルトが突き刺さっている。そのボルトの頭の部分、六角形になった箇所は、ちょうどノリコの背中に空いた穴と同じ大きさをしていた。
「コレでノリコさんを……こんなの三発も打ち込んだんすか!!」
髑髏のように歪んだ脱出ポッドの残骸の上に、ジャスティスが姿を現した。
「ストームはどこにいる」
それだけ短く聞いてきたが、僕はストームの行方は知らない。
ジャスティスを睨んでいると、ネオさんは素早く起き上がり、号令をかけた。
「トランスヒッポート、アンディブル、オープン!!」
すると、ガンッという音と共に、トラックの前面がふたつに割れてカバの顎のように勢いよく開いた。
そして座席からネオさんの銃器、キメラフォームが滑り落ちてくる。ネオさんはそれを拾い上げながら立ち上がった。
「スゴミ、トラックでの逃走は無しだ! こいつ相手に運転してる余裕はねぇ!!」
「は、はい……っ!!」
「私が応戦する。タイミングは指示するから、そしたらノリコを置いて逃げろ!!」
ネオさんの戦場の指揮は的確だ、正しい。
ネオさんは戦える人。僕は足手まとい。
そこまでは分かる。
しかし……
「ノリコさんは、連れていきます」
「はあ!? やめろ無理だっ!!」
自分が迷惑を言っている。
合理的でない事は分かってる。
それでも、こんな薄暗い路上にノリコを置いて去るなんて選択肢は、僕には取れなかった。
ジャスティスが残骸の上から僕たちの会話に割り込んでくる。
「ストームとブリアンの居場所を知ってるのはどっちだ。知ってる方だけ生かす」
ジャスティスの交渉は一方通行、話し合いに意味は無い。
どっちかが死んで、残った方が拷問を受ける。
言葉そのままの意味だ。それを僕は笑って返した。
「ははっ! なるほどね、それは面白ぇじゃねぇっすか……!!」
ネオさんが僕に振り返った。
その顔に本来の凛々しさは無く、バケモノを見たような顔をして困惑しているのが分かる。
「ス……スゴミ?」
なんだか可愛らしいとすら思える。
「ストームの居場所を知ってんのはね、ネオさんの方っすよ!」
「そうか、じゃあお前は殺す」
僕の狂ったような痛々しいテンションにも、ジャスティスは眉ひとつ動かさずに、行動指針だけを淡々と告げていた。
「マジっすか! じゃあ逃げます、超逃げますよ!! 僕は爆走して逃げるんで、追いかけっこになるっすねー!!」
ノリコを抱えたままの手が震えていた。
声は明るいのに、体は正直だった。
怖い。コイツは普通に怖い。
……でも。
ネオさんが一歩進み、僕の腕を外から引っぱたいた。
「スゴミお前どうした、無理すんな、それ面白くねぇから! 良いからノリコを置いて逃げろ!!」
「ネオさん。自分ノリコさんにゴーグル貰いました! これはね、呪いのゴーグルなんすよ! 自分とノリコさんは一体化してるんですから、離れられません!!」
僕の頭には確かにノリコのゴーグルが装着されている。
きっとノリコだって、意思があれば自分の遺体を置いて逃げろと言うだろう。
ネオさんは困惑の顔。無理もない。
「いや、その、錯乱するのは仕方ないけど……」
ジャスティスは抉り上がった脱出ポッドの残骸の上で立ち上がると、目を細めて厳格に声をあげた。
「俺の正義を執行する」
その一言に対して僕の口調も早まった。
「執行するぅ!? ああ、正義の味方と暗殺者は高い所好きですもんねぇ!」
にらまれてる、怖い。
「あんたの正義? バカじゃないっすか!! 人殺しが正義とか、そんなことに正義を掲げて良いんだったらね……!!」
でも、目はそらさない。
「自分の正義は、あんたから全力で逃げる事にしてやるっすよ!」
ジャスティスは僕の言い返しにも全く動じなかった。
むしろ殺意に満ちた目で僕を賞賛してきた。
「良い正義だ。貫いてみろ」
瞬間、残骸の上からジャスティスの姿が消えた。
現れた時と同じ、影のような高速移動術だ、とても目では追えない速度。
しかし…
「秘密の食卓!!」
ノリコのファルコンストライクから、ずっと腕に貼り付けて持ってきていた、ドグマ製の丸いちゃぶ台。それを正面に向けた。
腕の中のノリコ、食卓の中、ここは二人だけの聖域。
「入ってくんな!! 筋肉野郎!!」
ボゴオオオオオン!!
激しい炸裂音と共にジャスティスの拳が机を叩いた。
空気が揺れて肌が痺れる。
しかし空間固定されて物理干渉を受けないドグマ。
守る位置さえ合っていれば、びくともしない完全防御。
ジャスティスの鉄拳を完全に無効化していた。
「はは……っ! こっわ!! もう帰っていいっすかあ──!?」
恐怖はある。
血の気が引いて吐き気もする。
お腹も痛くなってきた。
それでも、止めどなく流れる涙と共に、精一杯の笑顔で受け止めた。
ノリコとの約束だから、辛い時こそ、嘘でも笑顔で。
ジャスティスは揺るがず、僕を睨んだ。
「貴様の正義を、他人に問うな」
眉間にシワを寄せて僕を睨みつけ、二撃目の打ち込みは行わないジャスティス。
ドグマの空間固定は防御力無限。
殴ってる拳の方がダメージになっている。
そしてその一瞬の停止を、ネオさんが見逃さなかった。
既に構えていたアサルトライフルを乱射してジャスティスを攻撃。
真横で激しい銃声が弾けるが、ジャスティスは射線に腕をひとふりすると、数発の弾丸を腕で受け、身をひるがえして一瞬で距離を取った。
「よくやったスゴミ! それ計算に入れるからな!!」
「もちろんっすよ! 僕が出来るのはノリコちゃんとの無敵の夜に、誰も踏み入れさせない! それだけなんですからね!!」
「なるほど、メイドのやつより硬いな」
ジャスティスが机を見下ろしながら評価する。
「僕はね、この机の中にだけはね!! 絶対入って欲しくないっすからねー!!」
これは強がりでもなんでもいない。
僕の本心そのものの叫びだった。
そしてネオさんが銃を両手で持ち、腰を低く落として唱えた。
「トラップ、コンバットモード、ストレンジARMS、有効化!!」
「来たっすね!! ネオさんのトラップ包囲網……!!」
僕は驚き役のモブキャラのように騒ぎ立てた。
盛り上げ方も、面白くする方法だって知らない。
ただ、今は自分の思うままで行く。
対してジャスティスは表情を変えず、ボクサーの構えを解いて足を摺り足でひろげ、達人の空手家のような、静かな構えをとっていた。
それを見てネオさんが挑発を入れた。
「持ち技のお披露目大会ってか?」
狭い裏路地に、短い静寂が訪れていた。




