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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第1章・始動編

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第7話・帰るね! 天使さん!

 赤い瞳の、白と黒。


 二人の女子が僕を見つめている。


 慈愛と憎悪。どちらも僕を押し潰そうとしている。

 僕はその両方に押され、壁に追い込まれていた。


 手が震える。足が動かない。


「ふざけんなよ……」


 純白の天使さんは、底抜けの笑顔を向けてくれる。

「物語を続けようね。天使さんはスゴミ君の全てを受け止める、君だけの味方だよ!」


「やめろ……」

 可愛い顔して、マジカルエンジェルを汚しやがって。

 セイントハートはこんなこと言わない。

 この天使さんは、壊れてる。

 狂ってる。

 マジで誰っすか、あんた。


 黒髪のアルハは血まみれで、この世の全てを憎むような、疲れきった顔を向けてくる。

「だるいわね。あなたがドグマをつかんだから物語が始まった。あなたの手で天使を殺す事でしか、この物語は進まない。早く殺しなさい」


「やめろ、やめろ……!」

 ドグマってなんだよ。ちゃんと説明しろよ。

 こんな意味不明のチート天使に挑むなよ。

 人殺しを正当化するなよ、この犯罪者共が。


 天使さんは剣を横に振り払った。

 すると衝撃波だけが飛び、アルハの耳を切りつけ、その血と髪が風に舞って、僕の頬にぶつかって弾けた。


「あう……っ!」

 耳を押さえるアルハ。既に全身血まみれの女子高生。


 僕の頬で弾けた血液、戦慄に染まった僕の顔を、天使さんは慈しむように見つめている。

 血液の匂いと冷たさが、ここが戦場であるという現実を叩きつけて来る。

 それが彼女の無言のメッセージとすら思えた。


 天使さんは振りぬいた剣を横に伸ばしたまま、アルハへと一歩づつ歩み寄っていく。

 まるで死刑執行人。

 血を流して膝をつくアルハを処刑する、儀式のようだった。


 僕は膝に左手をついた。

 足がガクガクと震えている。

 右手を天使さんに伸ばした。


「やめ……」


 僕が言いかけた。

 停止の懇願。

 天使さんは止まった。

 アルハの目の前で。

 聞いてくれたのかと思った。


 違う、歩き終わっただけだ。

 そして剣を握る腕を曲げて、剣先を天に向けて見せた。

 それは、振り下ろすだけでアルハの命を断てるという合図。

 無言の『今から殺すよ』宣言。


 その状態で再び僕を見た。

 まるで初めて立ち上がった子供を見守る母親のような、愛情以外を排泄された表情を向けてくる。

 ヨチヨチ歩きの子供を勇気づけるように首を傾げた。


「いいよ、おいで?」


 彼女の白毛に包まれた丸い瞳の赤色が、僕の姿を映しだす。

 まるで血の池に溺れ、もがくような自分の姿が見えて……


 僕の聴覚が故障した。



 最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低……

 呪いのように『最低』が無限再生される。

 言葉の意味すら失われ、ただ感情だけが支配してくる。

 最低最低最低最低最低……



 腹からむせ返ってくる胃液の匂いが、吸う息と乱闘していて上手く呼吸ができない。


「うぉえ……」

 何も入ってない唾液の塊を落とした。


 僕は人を助けたくない。

 出しゃばるから目立つ。

 目立つから報復に遭う。

 報復を受けても、誰も助けてくれない。

 それどころか、助けた相手にすら『最低』と言われるんだ。


「ああああああ!! やめろ、やめろ、やめろ……!!」


 理不尽だ。

 でも理不尽なのは当たり前なんだ。


 だって、僕が最低だから。


 最低なヤツは見捨てていい。

 最低なヤツはイジメてもいい。

 最低なヤツは死んでもいい。


 世界がそう決めてる。


「 僕を責めるな! 僕が何をした!! 僕のせいじゃないだろ!!」


 滅びろ、滅びてしまえ。


 アルハに手を貸す……?

 できない。

 したくない。


 手を貸したところで何にもならない。

 天使さんはアスファルトをサクサク切って、瞬間移動してくる。


 一般人が立ち向かって良い存在じゃない。

 でも天使さんは動かない。

 僕を見ている。

 にらみ返して見れば瞳の中に僕がいる。

 彼女の中の僕自身と、責任を押し付け合うにらめっこだ。


 そんな僕と僕の醜い争いに、輝く白毛の幕が降りる。

 天使さんが目を閉じていた。

 その柔らかい顔でニッコリと微笑み、腕を振り上げたまま僕を誘った。


「天使さんはね、君の信念が、大好きだよ!」


 その瞬間だった。

「くたばれっ! 天使!!」

 アルハが一瞬で立ち上がっていた。


 彫刻ナイフの柄を下から押し出すように突き上げていた。

 刃は天使さんの喉を目掛け一直線。

 膝をついた姿勢から地面を蹴った勢いのと肘の動きのみで、予備動作なしの超速の即死狙いの一撃だった。


 しかしそのナイフが喉に届くかといった瞬間、天使さんの姿が液晶の滲みのようになって消えた。

 アルハの彫刻ナイフは空気を裂いて空に向けられただけだった。

 そう思うと、天使さんはアルハの背後からふわりと現れた。


 二人は背中合わせになっている。


 天使さんの血の剣は、振り下ろした後の形を取っていた。

 剣先が地面に向けられている。

 それは天使さんの行動完了の証明だった。

 直後、アルハを中心として、縦の円形に衝撃波が走る。

 まるで丸時計の目盛りのように放射状に飛び散る血しぶき。


 彼女の姿が分針のように10時の方向にナイフを突き出し、天使さんの剣の軌道が虹色の円となっている。


 パシュゥン!! そして音と風が来た。

「うぐ、やっぱりダメなの……」


 アルハは肩から胸にかけて大きく切りられ、口から血を吹き出して、力なくアスファルトに倒れ込んだ。

 わずかに残った息でアルハは首を曲げて、絞り出すように声を出す。


「スゴミ、あなたの……信念は、どこにある?」


 震える手を、僕に向けて伸ばすアルハ。



 ——その時。

 僕は既に、逃げていた。

 息を上げて涙を流し、転びそうになりながら走る。


「うあああ!! もういやだ、うんざりだ!!」


 アルハの手が、視界の端で見えた。

 血まみれの、震える手。


「帰る、帰ります!! 救急車と、あと警察……!! 呼びますからね!!」


 アルハは目だけにハッキリ意識が戻り、僕を目だけで追っていた。


「アイツ……!!」


 アルハは噴き出る血も気にせず、喉の奥から声を絞り出した。


「どうして……あなた、ドグマ掴んだ男でしょ!? 普通そこで戦うんでしょ!!」

 その声は悲痛に震えている。

 泣いている。

「ここで逃げるなんて……あり得ないわ……!」

 遠ざかる僕を、彼女は必死に呼んでいる。

「立って……戦いなさいよ……! どうして……どうして逃げるの……!?」

 その声は悲痛に震え、確かに泣いていた。

 遠ざかるほどに暴言は加速する。

「物語は動いたわ、敵を殺さなくては物語は続かない! 戦えこのクズ!! おかしいわ、狂ってるわよ! ヒサヅカ スゴミ!!」



 そして天使さんはそれでも嬉しそうだった。

「わあ! スゴミ君の決断だね! 天使さんはね、スゴミ君が選んだ道を信じているよ!!」


 僕はそのまま振り返りもせず、遠吠えのように叫んだ。

「おかしいのも狂ってるのも、あんたら二人っすよ!! 人を斬ったらダメなんですからね!!」

 声が裏返る。

「これが……これが普通な人の、正常な判断なんですよ!! 僕は正常、正常ですから!!」


 夢中で走って電柱に引っかかり転んだ。

 ポケットのスマホと財布が飛び出し、小銭がチャリチャリと散らばっていく。


「なんで僕がこんな目に……!」


 握っていた紙袋が地面に擦れた。

 視線に入った暗い紙袋の中には僕の宝物。

 動かない笑顔の天使のフィギュア。

 天使さんと同じデザインの聖なる誘惑。


『マジカルエンジェル・セイントハート』


「動かなくて良いんすよ、何も……っ! 動いたらダメっすよ! そういうの!!」


 僕は涙を飲んで立ち上がり、スマホを手に取った。

「ええと、110番、110番......え、あれ……?」

 画面ロックの解除操作に110番を押し続けていた。

 画面がカタカタして解除できないまま、さらに逃げるため走り出す。


 天使さんはそんな僕の背中を眺めながら大声を届けて来た。

「スゴミくーん! 物語を続けるよー!  天使さんはね一 !  君だけの為に頑張るからねー!」


 そう言ってアヒルのように両腕を後ろに伸ばすと、ちょこちょこと歩いて道の脇に駐車されていた配送用の2トントラックの正面に立った。


 そして


「えいっ!」 ズガァアアン!!


 激しい音と共にトラックのバンパーを蹴り上げた。

 トラックはありえない角度で直立する。

 さらに一歩踏み込み、足が垂直になるほどの蹴りをトラックの底に叩き込む。

 まるでサッカーのリフティング。

 そうしてトラックを細かく蹴って空中20メートル程まで打ち上げると、今度は羽のようにふわりと飛び上がり、踊るバレリーナのように鋭い回転蹴りをトラックに打ちつけた。


 バゴォオン!!


 トラックは激しい音と共に、荷台のコンテナが潰れ、音速の砲弾となって僕に一直線に向かってきた。


 アルハが叫んだ。

「スゴミ! 物語から逃げてはダメ……!! 逃げるのだけは、取り替えしがつかなく……」


 その叫び声を断つように、アルハの背中を七色の光が照らした。

 太陽光が天使さんのステンドグラスの羽を通して真上から降り注いでいた。

 そのまま空中から剣を突き出し、地面に這うアルハをめがけ、流星のごとく突撃した。


 ボゴォン! 「グフっ……」


 轟音と共に剣がアルハの背中を貫いて地面をえぐる。

 血が吹き飛んで霧と化し、アスファルトに大きなクレーターができて砂埃が舞い上がった。


「アルハちゃんお待たせ! 安心してね! スゴミ君はちゃんと旅立てるからね!」


 アルハは指先を震わせ、涙を流した。

「ヒサヅカ スゴミ、なんであんなクズが走者キュリオスに、とんだ……ハズレくじ、最低の物語だったわ……」


 そして静かに、アルハの目から光が消えた。


 天使さんは剣を背中に突き刺したまま、手放した。

 血液の剣は液体に戻って、アルハの背中にパシャリと落ちる。

 二人の血液がアルハのシャツの上で混ざり合っていた。


 天使さんは僕にピースサインを向け、ほっぺを膨らましてウィンクを投げかけていた。

「スゴミ君は最高だったよ!! やっぱり天使さんが一番だね!!」


 僕は……

 トラックを蹴られた爆音に振り返っていた。

 上空から上下逆さまで突っ込んでくるトラックの頭。

 精密に自分を中心に捉えていた。


「うわああああ!!」


 フロントガラスには顎が外れそうな自分の姿。

 顔を引きつらせた自分が映っている。

 それが人生最後の景色だと感じた。

 激突してくる惨めな自分の姿。


「嫌だ……!!」


 そのまま頭からフロントガラスに突っ込んだ。

 その瞬間、世界が真っ白に染まった。


 今日は最低最悪の日だ。


 今日は僕が全てを失った日。


 トラックはそのまま道路をえぐって突き進み、和風の民家に激突し、爆音と共にその外壁に深く突き刺さった。


 直後、大爆発を起こした。

 民家の壁と屋根がチーズのように吹き飛び、炎と黒煙が轟々と立ちのぼる。

 瓦の雨が紙吹雪のように降り注ぎ、歓声のような悲鳴が街を包んでいった。


 僕がトラックに巻き込まれた位置、そこには、羽の折れた天使のフィギュアが転がっていた。

 紙袋から飛び出し、無残に地面に落ちている。


 マジカルエンジェル・セイントハート。

 僕の宝物。


 その凄惨な光景の全てを、巨大な影が呑み込んで行く。

 超巨大ピラミッドの影が広がって、表面を黒く包んでいった。


 壊れたフィギュアのそばで、空気が虹色に滲みだし、天使さんがあらわれた。

 彼女は羽の折れたフィギュアを路上から拾い上げ、恍惚とした表情で胸に当てた。

 そして民家の爆発跡を見つめるようにして、片腕を伸ばした。

 その姿が、真っ白になった僕の意識の中へと、ハッキリと届いていた。


「スゴミ君……」

 天使さんは、フィギュアを胸に抱いたまま微笑んでいた。

「天使さんはね、君が帰って来るのを、ずっと信じて待っているからね」


 その声が、真っ白になった僕の意識の中へと、最後に届いた。







 ……は?


 イカれてるんすか。

 ふざけてるんすか。


 帰ってくる……?

 どこに。なんのために。


 タイムリープ? 転生?

 天使さんに勝つ道を探せってこと?


 ダメだ。

 意味が分からない。

 あんなの、ホラーだ。

 逃げるしかないだろ。


 何が物語だ。何が信念だ。

 このクソ展開が物語?

 それなら駄作にも程があるだろ。


 僕が主人公で?

 天使さんが敵で?

 アルハがヒロイン?


 そうだったとして、敵強すぎるだろ。

 なんの説明もしてくれず。

 僕は能力も無いし。

 それが出遅れヒロインと大敗北?

 物語だってなら勝てるようにしとけよ。


 ああ、面白くない。

 何が面白くて、誰が得するんだよこれ。


 こんな『物語』は、クソだ。


 こんな最悪の物語、大嫌いだ。

 思い通りになんて、なってやるもんか。

 めちゃくちゃにしてやる。


 僕は絶対に、全部拒否する。

 そして僕は帰る。

 自分の足で。自分の意思で。


 ——全てが許されていた、あの聖域へ。


 変な願いはいらない。

 叶わなくていい。

 ただ帰りたい。


 それだけを、僕は願ってるんですよ。



 ───てんしさん。


 次に目覚めた時。


僕は自分の部屋のベッドの上にいた。

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