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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第3章・前夜編

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第75話・トゥートゥ・モエモエ・モグモグ・バースト!

 ブォォオオン、ブォン、ブォン、ギュギィィイイ!!


 ノリコが室内でバイクを激しく空ぶかししている。



 前輪が砕けて後輪だけでバランスを取り続けるノリコの勇姿は、まるで敵軍侵攻の為に山岳を馬で駆ける、かの有名なナポレオンの絵画のようであった。



 しかし暗殺者ジャスティスの鉄拳は容赦が無かった。身長190は有りそうなジャスティスの頭上を取るノリコのバイク。


 しかし、ジャスティスの攻撃には迷いも容赦も無い。その太い腕がフックの軌道で、ノリコの足をめがけて放たれていた。ノリコはバイクを更に傾けて打点をずらし、エンジンの部分でガードした。


「エンジンは硬いぞっ!!」


「無駄だ」


 交通事故のような金属音が響き渡り、ジャスティスの拳から突き出たボルトが、ノリコのバイクのエンジンに強引にめり込んだ。バイクからヨダレのように液体がこぼれ落ち、ガソリンの匂いが部屋に充満する。



「マジ!?」


 ノリコはバイクごと吹き飛ばされ、僕がいた脱出ポッド脇の壁にバイクと共に激突。自分のバイクと壁の間に挟まれ、力なく崩れ落ちた。



「ぐふ…っ」



 僕はポッドの入口から動けないでいたが、真横の壁でバイクの裏にぐったりと沈むノリコを目に入れると、駆け寄ラズにはいられなかった。



「ノリコさん!!」


 ノリコはぐったりしながら、薄く開けた目で僕を見た。


「ラブたんなんで逃げてないの……逃げなきゃ、ウチ、無駄死に……」



 カツ、カツ……


 鉄板製のメインルームの床の上を、ジャスティスの軍靴の音が迫って来る。距離にしてバイク三台分。もうじき僕も殴られる。もうポッドに座って扉が閉まるのを呑気に待ってる時間は残っていない。



「ごめん、僕、ネオさんみたいに強い判断、できないっすよ!!」


 会話を交わす時間は無かった。ジャスティスは目の前、今のが自分の最後の言葉、後悔に終わる最後の言葉だと思っていた。しかしノリコは震える手を持ち上げて、笑顔で僕に向かって親指を立てた。



「それがラブたんの優しさだね、ノリコちゃんはこれから燃え燃えするぜ、 だから見ないで。これ最後だから、次こそラブたん、しっかり逃げろよ!」


 その顔に涙は無かった。涙が終わった後の、覚悟の笑顔だった。


 ノリコは僕の方へと僅かに身体をずらし、身体の重みでバイクのハンドルをかたむけた。


 そして……


「ファルコンストライク・バースト!!」


 ノリコは思い切り叫んだ。


 ネオ製のガジェットは音声認識だ。バイクの後部に取り付けられた超加速用のロケットブースター、ファルコンストライク。そのジェットの火口が赤く光り出す。


 その噴出口の目の前にノリコの身体があった。ファルコンストライクの威力は大門橋の戦いで見ていた。ネオさんのバイクが戦車に突っ込み、戦車を破壊する威力だった。そのジェット噴射の威力だって計り知れない。


 『燃え燃えするぜ』その言葉の意味は明快だった。


 ジャスティスにバイクを飛ばして、自分はブースターの炎に包まれる。ノリコの最後の覚悟、僕を助けるための犠牲付きの『作戦』なんだと認識すると、僕はノリコに手を伸ばしていた。



「その作戦は無しじゃ無かったんすかーっ!!」


 手を伸ばしたのは、ブースターの噴出口とノリコの間だ。ブースターの目の前に球体のドグマを挿入した。僕はその位置にドグマを固定。ドグマを軸にしてからだを引っ張りこみ、ノリコの隣へと座り込んだ。



「ばか、ここ燃え……っ!!」


 ノリコの短い反応の一言が飛ぶと同時に、ブースターが爆発。ドクマに激しい炎を叩きつけて、バイク自体がジャスティスへの砲弾となってぶっ飛んで行った。


 ジャスティスは両拳を前に突き出してガード。ボルトを使ってバイクを受け止めたが、バイクの超加速はジャスティスの身体をも押し戻した。


 僕たちの目の前には、熱を放つ閃光。


 ドグマは白い球状だ。ジェット噴射が当たれば拡散してしまう。その熱の方向を逸らし切る事は出来ない。熱噴射を防御することは出来ない。


 しかし、僕もノリコも炎には包まれなかった。


 ノリコの意識はハッキリしていた。



「ラブたん!? 無事なの……? これは!?」



 僕たちの目の前にあったのは、激しい炎を上に逸らし続ける、白い円盤の盾。アンティークが施され、四本の折りたたみ足のついている。盾と言うか、ちゃぶ台だ。



「僕たちの秘密の夜に、他の奴なんて一歩も入って欲しく無いっすからね……!!」


「これ、ウチのちゃぶ台……!?」


「デフィーナさんのドグマ解放の触手を見て思ったんすよ、ドグマって変形するんじゃないかってね……!! 」


 僕は二人の視線が集まるちゃぶ台に向かって腕を伸ばして親指を立てた。


「これが僕のドグマ解放、秘密の食卓!! 僕たちが今見てるのは、僕たちの食卓っすよ!!」


「ラブたん……!!」


「今のうちに逃げます!!」



 再び泣きそうになるノリコを、僕は正面から抱きしめて立ち上がった。ノリコは抵抗しなかった。僕の背中に手を回して思い切り抱きついた。


「ウチ、腰やられた、足が動かん……っ!!」

「ははっ、一体化っすよ。軽い軽い……!!」


 僕はノリコの体重を支えて後退、ドグマを手に取り、脱出ポッドまで必死で後ずさり、スイッチを押してから座席に転がるように倒れ込んだ。



「駆け落ちだって、言ったっすからね!!」

「それは冗談でしょ……!!」


 ノリコの足はまだポッドの扉からはみ出ていた。ファルコンストライクの閃光はジャスティスを壁に張り付けにしている。やつが生きてるか死んでるかなど確認は出来ない。


 僕は締まりくるポッドの扉にノリコの足が引っかからないように、ノリコの尻に手を回して持ち上げ、自分の膝を跨がせるように上へと引っ張り上げて抱き寄せた。


 正面同士で抱き合うような形だ。


「ラブたん、この体勢は……エロいな?」

「す、すみません!! 上手く動けなくて!!」



 ポッドの扉が完全に閉まった。その瞬間まで、扉の向こうでは壁に向かって推進し続けるファルコンストライクと、その裏にジャスティスの影が見えていた。



「このままで良いよラブたん、ありがとう、ウチ、燃え燃えしなくて済んだ」



 声が潤んでいた。バイクに挟まれて腰が砕けて、激痛のハズだ。それでも僕の事を気遣う事を優先してくれている。触れ合う足と足から、それを感じていた。だから僕は軽口で返した。



「僕のいた世界では、モエモエってのは、可愛くてドキッとする時に言ったりするんすけどね」


 脱出ポッドのモノレールが動き始めて体が揺れた。それに合わせてノリコとの密着度も上がった。しかしお互い、既にそれを恥とも照れとも感じていなかった。生きて触れ合う心地良さだけがあった。



「そうなんだ、じゃあ、ノリコちゃんでたっぷりモエモエしな?」



 そう言ってノリコは僕の髪に手を回し、僕の顔を胸の中にしまい込むように包み込んだ。顔中に押し迫るやわらかさ、石鹸と少しの汗の香り……


 その体温と感触が、愛情だと感じられた。


 それが僕の全てでいいとすら思えた。


 モノレールの上昇が始まり、尻にかかる重力と、膝にかかるノリコの体重が増した。



「全くラブたん、無茶しやがって……!」

「無茶しやがったのは、ノリコちゃんの方っすよ!」



「フフ……フフフ……」


「ははっ、あははは……」






 バゴォォォォン!!



  ……それは、突然の出来事だった。


 僕たちの声を引き裂くように、爆裂するような金属音がポッドの中で響き渡り、ポッド内がガシャガシャと激しく揺れた。


 ノリコの体が僕に激しく押しつけられ、やわらかい胸の下、ノリコの肋骨の形が顔面でハッキリ認識出来るほどに抉りこみ、痛みになるほどの衝撃が走っていた。



 そして直後……


「ぐぷっ……」


 上から聞こえる、ノリコの声にもならない音。


 僕の頭皮を暖かい液体が濡らしていた。その液体はぬるりと僕の前髪を滑り落ち、僕の眼前を赤く赤く染めていった。



「え、ノリコさ……ノリコさん!?」



 気付けは上り行くポッドの扉に、ペットボトルの蓋くらいの穴が三つ空いていた。その穴から僅かに見える向こうの景色、燃え盛るガソリンの炎の向こうで、バイクの突撃から抜け出したジャスティスが、肩を張り出し、投球後のピッチャーのようなポーズを取っていた。



「ストームをそれに乗せたか」



 ジャスティスの投擲はコンクリート塊が手榴弾並みの威力になる。壁に空いた三つの穴。その穴と同じ大きさの穴が、ノリコのジャンバーの背中にも空いていた。



「お前……ジャスティス!!」


 僕の叫びは、響く前にポッド用の通路の暗闇に飲まれていった。ポッドの穴から見えた、地獄の炎のようなメインルームの光景は、無機質なポッド用通路の壁に即座に変わり、下へ下へと流れて行った。


 

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