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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第3章・前夜編

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第74話・トゥートゥ・ランラン・ウェイウェイ・ゴー!

「トゥートゥトゥ、ランラン、ウェーイ、トゥー、ウェイウェイ、ゴー!! 」



 僕らはジャスティスとの戦いから離脱した。


 戦いをネオさん、デフィーナ、エリオット王子に任せ、ノリコのバイクの後ろに乗って逃げ出している。窓のないコンクリートの長廊下をバイクで駆け抜けているところだ。


 ネオさんはG8ポッドでの脱出を指示したが、僕にはそれがどこか分からなかった。しかしノリコはメインルームに向かっているようだった。とにかく来た道を戻っている。


 廊下にはずっと血痕が続いていた。マグナさんがジャスティスの攻撃に耐えながら、「逃げろ」の一言を伝える為だけに、命懸けで歩いてきた痕跡なんだろう。


 スレイちゃんと、ブリアン姫が即座に逃げられたのは、マグナさんの声と、ネオさんの即断のおかけだ。


 マグナさんが歩いた地獄への道と、バイクに取り付けられたストームから流れる血による、逃走の道との痕跡が交差していた。



「ルララー、フフフーン、トゥラ、ウェーイ、ウェイウェイ、ホー!!」


 ノリコは狭い通路でバイクを加速させながら、別に上手いとも下手とも言えない歌を歌っていた。


「なんか……こんな時なのに、歌ってて、ご機嫌っていうか……大丈夫っすか?」



「うーん!! ノリコちゃんはねー、ラブたんがカッコよく守ってくれてー、ご機嫌のテーマだよー!!」


 ノリコはそう言って楽しそうに茶化してくるが、バイクの操作はふざけない真面目の両手運転だった。


「メインルームの脱出ポッドで逃げるよ、部屋着いたら扉開けてねっ!!」


「はい……」




 メインルームの廊下に出ると、扉は開いていた。と言うか、ぶち破られる形で鋼鉄製の扉が歪んで、壁にぶら下がっていた。おそらくジャスティスが殴り壊した跡だ。殴り壊す必要性は……マグナさんが閉じ込めていたから、なのかもしれない。


「開いてるじゃん!! ラッキー!!」


 ノリコは速度も落とさず廊下からメインルームに飛び込むと、すぐに壁際まで走り、バイクを停車した。


「モールズゲッタウェイ!!」


 ノリコが脱出ポッドの発動号令、モールズゲッタウェイを唱えると、壁の隠し扉が開いて、脱出ポッドの座席が姿を現した。


 メインルームの脱出ポッド……僕が初日にブリアン姫と一緒に詰め込まれた、狭い脱出ポッドだ。次にノリコはバイクに貼り付けられたストームの前で唱える。



「ディスエイブル、スレイブドッグ!!」


 ガチン。機能停止ディスエイブルの号令が、首輪の電磁石の起動を解除し、ストームは気絶したままで地面に崩れ落ちた。僕はその腰を支えていたドグマを取り外して手の中に戻した。ストームには体温がある。まだ生きている。


「よくこれで生きてますね、ストーム……なぜ助けたんですかね」


「そんなの決まってんじゃん! スレっちが仲良しだったからだよっ!! ほら、ポッドに詰め込むから上の方持って!!」



 ノリコはストームの両膝を掴み、僕は両脇に手をつっこんで持ち上げた。


「ネオさんって冷静って言うか、人殺すのとか平気そうだし、ストームを助けるとは思ってなくて……」


 二人で持ち上げて運びながら、ノリコはストームを見ていた。


「ネオっちはね、優しいのよ。殺さなくていいなら殺さない。ただ、殺すべきかの判断で迷う事は無いって、そんな感じかな」



 ストームをポッドの座席に放り込むと、ノリコは壁を一回押しこんだ。壁から財布ほどのサイズのカバーが開き、上昇ボタンが出てくる。それを押し込むと、ポッドの入口は閉まり、ストームを基地から出すためのモノレールのモーター音が響いた。



「戻ってきたら、今度は二人で入ろうねっ!!」


「はい、お願いします」



 僕はメインルームを見渡していた。壁の端のマグナさんの机が目に入る。彼はずっとアソコで背中を向けて作業をしていた。直してもらったウサギネックレスに指を当てる。


 僕は廃病院でその時のメンバー全てを失った。


 バイクを持って援護に来たネオさん、最も高い実力で足止めをしていたデフィーナ。 混乱の戦場で指揮をしてくれたエリオット。


 また置いて逃げてきた。それしか無かった。


 ボーン、ボコーン……と、拠点の通路の遠くから音が響いている。ジャスティスとネオさん達との戦闘がまだ続いてる。その理不尽な存在感に唇を噛んだ。


「ドグマを使って逃げることは出来たっすけど、結局僕には、みんなを助けるなんてできないんすね」



 卑屈だ、それは分かってる。実力が無い。それも分かってる。しかし依然として感情の整理はついていなかった。


「何言ってんのさラブたん! ウチは病院の話を覚えてるよ! その時は本当に誰一人助けられなかったって言ってたけど、今はウチとストーム、二人も助けたじゃん!」


 ノリコは励ましてくれる。僕がネガティブ言っても、ポジティブに書き換えようとしてくれる。しかし……


「僕の力じゃないっすよ。どっちかって言うと、ノリコさんのバイクの方が……」


「それでいいんだってば! 出来ないことを助け合うのよ、ラブたんがナイスキャッチしなきゃ、ウチは今ごろ、自分のバイクに轢かれて、ぺちゃんこノリコちゃんだったよ!?」


 ノリコはそういいながら、冗談のように自分の胸を両脇からポヨポヨと張り出すように動かした。確かに僕は必死にドグマで出来る事をした。考える間もなく体が動いていた。


「確かにあれはビビりました、ネオさん無茶しすぎっていうか」


「違う違う、ネオっちはね! みんなの出来ることと、出来ないことを、ちゃんと見てるんだよ! あの場だって監視カメラで見てたハズだし、ラブたんならやれるって思ったから、バイク止めるの任せたんだよ、ネオっちにとっては計算のうちなの!」


「それ、この短期間で作戦にいれちゃうの、すごいっすよね……」


「でしょ? でもラブたんやり切った! ネオっちは凄い! そんなネオっちに指示を出されるってことは、ラブたんだって凄いんだから。自信持ちなってば!」



 ノリコは両手を僕の肩に乗せて、ドラムロールでもするかのように高速で肩を叩いて来る。その振動で声が揺れながらも、僕は続けた。


「ノリコちゃん達は心が強いっすよね、マグナさん失って辛いのに、泣くのもすぐやめたし、ずっと前向きで、ネオさんとも信頼し合ってて……」


 すると肩を叩くノリコの手が、ピタッと止まった。その後、目を逸らして、トーンを落として話し始める。


「ラブたん、ノリコちゃんはね、別に強いわけじゃ無いんよ。ただ、前のツレ達がね、全員ネオっちに殺されたのよ。泣いてビビってるやつから、順に死んでいって……」


 シュオ―ン、キン。


「え……?」


 話を遮るように、脱出ポッドが戻ってきた。


「おっと! ゴメン、この話はまたいつか!! ポッド戻って来たから詰めて乗ろうね、変なところ触ったらねぇ……別にいいけどね!!」


 再びテンションが上がりだすノリコ。


「気をつけるっすよ……」


「ほら、ラブたん男なんだから先に座って!! ノリコちゃんは、その上ー!!」


 話す間もなく遮られたが、ノリコのツレがネオさんに殺された。と言っていた。二人の関係の根の深さに怯えつつも、開いたポッドの座席へと座り込んだ。


 その時、目の前でポッドに入り込もうと立つノリコの向こう側、メインルームの破壊された扉の前に、ジャスティスが音もなく立っていた。


 僕はそれを見た瞬間、思わず叫んだ。

「ジャスティス、 なんでこっちに!?」



 ジャスティスは僕をまっすぐ見据えていた。

「ストームがこっちに来ているはずだ」



 ノリコは上半身だけ振り向いてジャスティスを無言で見ている。僕はノリコの手を取って、ポッドに引きずり込もうとした。


「ノリコさん、早く逃げ……!!」


 しかしノリコは僕の手を払いのけ、すぐさまバイクに飛び乗った。またがる瞬間、足をあげながらキーを捻り、片足でギアを踏み、乗りながらの操作で、尻がシートにつく頃には既に後輪が空転し始めていた。


「先に出発して!! ウチがちょっと時間稼ぐから!」


 時間を稼ぐ……? 無理だ、自殺行為だと思った。


 外ならまだしも、教室の半分ほどの広さのメインルーム、ジャスティス相手にバイクでどうにかなると思わなかった。



「無茶っすよ!! 一緒に逃げ……!!」


「黙って早く行け!! 入口の扉見ただろ、こいつの前で二人で座るなんて棺桶と同じ!! ウチは別のポッド知ってるから!! それ使うから!!」



 ブロロォオオン!!


 ノリコのバイクがウィリーして横滑りした。室内とは思えない滑り出しと機敏性、パイプを蹴って飛び上がり、ジャスティスへ向かった。ジャスティスはノリコの動きを目だけで追うが構えを取っていなかった。


 それはノリコの動きがジャスティスにとって警戒するに値しない事を意味していた。


 しかしノリコはバイクで飛び掛かりながら叫びあげる。


「ノリコちゃんはなー!! 一途なんだよ!! 追って来たって振り向いてやんないぞ!!」



 ジャスティスは姿勢も表情も一つ変えないで、バイクの前輪に裏拳を叩き込んだ。



 ボゴォン!!


 バイクの前輪の支柱部分が大きくひしゃげ、ホイールが折れ曲がった。ノリコのバイクは後輪ひとつだけとなるが、その駆動で一回転しながら着地した。それでもノリコの体幹は崩れていなかった。



「こんにゃろー!! ノリコちゃんの愛車を!!」



 ここで正面のジャスティスがようやくボクサーの構えをとった。そしてノリコに問う。


「お前がしゃべれる機会はあと一回までだ。ストームをどこへやった」


「なんだあ、てめぇ!! 興味あるのは男のケツだけってかあ!! おいおい、ノリコちゃんと一緒だなぁ!!」


「話にならんな」


 ノリコは挑発で返したが、ボルトがねじ込まれた鉄拳を構えるジャスティスの表情は、一切ブレていなかった。

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