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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第3章・前夜編

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第71話・正義の鉄拳

 ネオの地下基地に緊急事態発生のサイレンの音が鳴り響いていた。


 ストームの独房の前に集まる一同、スレイがストームとの会話の中で掴んでいた新たなる情報を唱えた直後だった。ストームの先輩の名前。


 その名はジャスティス。


 サイレンが鳴り響いたと同時に、しゃがんでいたネオは立ち上がり、ヘッドギアに手を当てた。


「アウルウォッチャー、センサー作動位置……!」 素早い反応だった。ヘッドギアの全性能は不明だが、即座に監視カメラの情報を呼び出そうとしている。次の対応を取る為の即座の一手に感じた。


 しかし、ネオさんが情報を獲得し始める間もなく、僕たちが歩いてきたメインルーム側のT字路の奥から、太い声の怒声が飛んできた。


「逃げろ!! ネオ!! 逃げろーっ!!」


 それはメインルームに一人残った、マグナさんの低い絶叫だった。普段寡黙で感情的な動きを見せないマグナさんとは思えない、鬼気迫る声だった。


 直後、ドンッという低い音が通路の奥から響いたと思うと、T字路の曲がった先から、凄まじい勢いで何かが飛び出して来た。それはT字路の壁に激突すると、水に大の字で飛び込んだ時のような音を出して、赤く弾けた。


 何が壊れたのか、それとも僕の理解が遅れたのか、分からなかった。


 それは壁をずるりと滑り、折れ曲がるように床に沈んだ。


 ぶつかったのは、太い腕にタンクトップの、マグナの巨体だった。それを見て、スレイを連れて下がろうとしていた、ノリコが反射的に一歩前に出る。



「マグナッ!?」


 それに対し反射するように、独房の入り口にいたネオさんが叫んだ。


「下がれ、ノリコ!! すぐにだ!!」



 その瞬間、T字路の角から影が飛び出して来た。音はしない。T字路の交差点を最短コースで曲がり、こちらに走ってくる人影だった。それは飛び回る猛禽類の影のように、実体が無いかのように滑るように迫ってきた。その動きは一瞬で察するに余りある。明らかに敵。


 独房の前の廊下は一直線だった。一番前にいたのが身を乗り出したノリコ、その後ろに僕とブリアンだった。それから遠い順に、戦えそうな人である、ネオ、デフィーナ、エリオットが並んでいる。


 ノリコは悲惨なマグナを見た動揺からか、目を見開いてその影の前に完全に硬直をしていた。


「え……っ」


「ノリコさん!!」


 僕はこの時、何かを考えてはいなかった。思考が追いつく暇など無かった。ただ身体だけが動いていた。抱きとめていたブリアンをエリオット王子の方へ突き飛ばし、ノリコが羽織っているジャケットを左手で引っ張り、右手に掴んだドグマをとにかくノリコの顔の前へと突き出していた。


 そして直後、ドグマに影がぶつかった。


 ガアァン!! 空気が悲鳴を上げ、大太鼓の音を間近で聞いた時のように肌が震えた。ドグマに衝突して影の動きが一瞬止まった事で、ようやく何が迫って来ていたかを理解できた。


 ドグマにぶつかっていたのは拳だった。それは当たれば一撃で頭をグチャグチャに粉砕できると確信できる、重機のスチールボールのような重みを持った、拳による一撃。



 その拳の先に太い腕が伸びており、腕は硬質な球状の肩パットの中へ、そしてその腕の持ち主は、身長169センチの僕よりも、頭二つ分ほど背の高い巨漢だった。


 その走って来た軌道を示すように、戦隊ヒーローのような赤く長いスカーフが道を作るように流れていた。


 僕は最初こそ咄嗟に動けた。何かを考えていたわけでは無いが、ノリコさんが狙われて、一番狙われたらまずいのは頭だと判断し、その線上にドグマを差し出したのかも知れない。ただ理屈はハッキリと説明できないし、ストームにも勝るとも劣らない、眼前に迫った静かな殺意を認識すると、身体が固まって次の動きを取る事は出来なかった。


 ドグマは廊下の空中に空間固定され、男の拳を受けても微動だにしていなかった。男が一撃目を放って防御されたことを認識し、次の動作に入るまでもまた早かった。次はドグマに対して、下から拳を突き上げるアッパーカットを行っていた。


 拳の動きなど全く見えない。打撃のインパクトでそれがアッパーであったと認識できるのみだ。


 ドグマをその巨大な拳が叩くとともに、大玉の打ち上げ花火が目の前で炸裂したのではと思うほどの轟音が響き、コンクリート製の廊下の壁から砂煙が噴き出して来た。


 しかしドグマは、びくともしない。



 すると男は拳の引き際に、拳の裏でドグマを軽く小突いた。おそらくは自分の拳がダメージを与えられないドグマに対する、最低限の警戒か反応のテスト。僕は既にドクマを手放し、左腕でノリコを支えて、右手を添える形になっていた。


 そして敵は瞬時に行動を切り替える。ドグマへの攻撃をやめて、ボクサーのように上半身だけドグマを避けるようにドグマの左へとへ踏み込み、僕に対してフックの形で拳を飛ばしてくる。



 その三撃目に至るまでの刹那を越えて、エリオットの反応が動き出した。



「危ない!」


 エリオットが飛び出して僕の襟を掴み、後方へと引っ張りながら腰につけていた剣を抜いた。それは洗練された無駄のない動きで、研ぎ澄まされた武人の所作だと思えた。


 男のフックと同時に、狭い廊下の中で剣が下から斬り上げられて、男の胴を捉えるかと思った瞬間、男は上半身を大きくのけ反らせ、振りぬいたフックの軌道で剣を弾いた。


 金属と金属がぶつかる高音と、エリオットの剣が楽器のように、クォーン……と、ビブラートを効かせて揺れ響く音が鳴り、男が上半身を起こすと同時に放ったもう片腕での殴り落としが、剣に二撃目をぶつけて真っ二つに叩き折った。


 そして敵は一歩、二歩と後退し、ドグマの向こうでボクサーのような構えを取り始める。



 その瞬間、エリオットは鋭く指示を飛ばした。

「ネオ、ブリアンを頼む!! デフィーナ、援護を!! スゴミ君も下がってくれ!!」


 それに対し、ネオさんが悪態をついた。

「ちっ、こいつがジャスティスか、どんなタイミングだよったく!! スレイ、ブリアン、来い!!」


 そこからのネオさんの判断と行動は早かった。自分が今この場で守るべきものを、スレイとブリアンに絞っているのが分かった。二人の手を引いてすぐに独房の向こうの廊下の奥へと走って行った。


 スレイは心配そうな顔でこちらを見つめ、ブリアンは状況を理解できないといった状態の困惑顔のまま、何も言わず、通路の奥へと去って行った。


 そして拘束されていたストームが歓喜の声を上げた。

「来たのか!! 兄貴……!!」



「こ、こいつが……」


 僕は床に尻を付きながら、エリオットの背中を前にノリコを胸に迎えて、その巨漢と動かないマグナの影という光景に、ただ驚愕しているしかできなかった。


 そんな僕の右側を白くて細い足が踏み出した。黒のメイド服のスカートからすらりと伸びたデフィーナの足だった。デフィーナはトランクを正面に構えたまま、感情無く踏み出しながら僕を見下した。



「そこ邪魔よ」



 僕はすぐにノリコを抱き上げながら二歩下がった。二歩目で止まったのは、ノリコがそこから動きたくなさそうに、動きに抵抗していたからだった。ノリコは僕に顔を合わせた。



「下がる? 下がるって何!? マグナが、マグナ死んじゃうよ!?」


 ノリコの顔の動揺は、ここまでで見たことの無いレベルだった。確かにマグナさんが死んだと確認したわけでは無いが、遠目に見ても助かるとは思えないほどに凄惨な光景が目に焼き付いている。すると、真横にいるノリコのフライトキャップから、ネオさんの通信が届いているのが分かった。


「何やってんだ、ノリコ!! マグナはなんて言った!! 逃げろだ!! マグナの事を思うならさっさと逃げろ!! スゴミはお前が連れて来いよ!!」



 エリオットも僕たちに声をかけていた。

「早く下がってください。どれほどもつか、私にも分かりません」


「でもマグナが……助けないと!!」 ノリコの声が震えていた。




 それに対し、デフィーナは冷酷にハッキリと告げた。



「見たら分かるでしょ、死んでるわよ」



「お前、デフィーナ……!!」


 僕は思わず言い返していた。デフィーナが言ってる事は、間違いないと思う。僕も正直、マグナさんがあの状態で生きてるとは思えない。しかし、恐怖の底にいるノリコに対して追い打ちを放つようなその悪態に、格上の敵が目の前にいるという危機的状況にも関わらず、個人的な怒りが湧き出てしまっていた。


 しかし、その先を口に出すことは出来なかった。何を言えばいいのか分からない状態で揺れていた。


 ジャスティスは依然としてボクサーのステップを踏んでいる。その視線はデフィーナ、エリオット、ドグマを連続で追う動きだ。特にデフィーナを警戒しているように感じた。


 そして数秒のにらみ合いの後、デフィーナが口を開いた。



「あんた、ドグマを浮かせてるけど、どうすんのよそれ」


「えっ……?」


 僕はドグマを手放していた。


 僕たちとジャスティスの間に、絵にかいたような不気味さで、ただ空中固定されているドグマ。攻撃を止めたのは良かった。今ノリコが僕の腕の中で震えているのは、ドグマを使ったおかげだ。


 しかしドグマを回収するには、直接手で触れるしかない。



「回収……しないと」


 歩数にして四歩ほどのすぐ先にあり、同時にジャスティスの攻撃範囲内に浮遊するドグマが、今の僕にとっては果てし無い高山の崖で咲いた花のように、遠く触れないもののように感じられていた。




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