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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第3章・前夜編

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第70話・尋問

 生爪を剥ぐ。水に頭を突っ込む。針を刺す。ムチで打つ。

 木馬に跨らせる。正座させて石を乗っける。



 一般人である僕が『拷問』と一言に聞いて、すぐに思い浮かべるのは、そのあたりだった。どれも考えただけで、自分の指先や膝が痛むような気がした。


 しかし、それを執り行うのは、冷徹と思える程に冷静で、様々な奇妙なガジェットを使いこなすネオさん。僕は不安を感じていた。ネオさんなら、もっと効率的で、もっと確実で、そしておそらく、もっと残酷な方法を知っているはずだ。



 ストームへの尋問に行くと言って部屋を出たネオさん。首謀者のエリオット王子も同行。となればブリアン姫はもちろん同行。護衛のデフィーナも同行。ノリコはネオに同行する。となれば僕も同行。


 結局メインルームに残ったのは、かき混ぜ過ぎてカプチーノのようになったコーヒーを、更にひたすらかき混ぜ続けるマグナさん一人だけだった。



「オッサンはああ見えて、機械いじってない時は話聞いてるから、自分の出番にはうごくから大丈夫よ」


 ノリコはそう言っていた。




 長く入り組んだ廊下を歩き、ストームのいる独房に近づいていくと、ストームの独房の前にあるT字路で部屋の方からストームの声が聞こえてきた。


 それは暴れるでもなく、叫ぶでもなく、楽しそうな明るいトーンで聞こえてくる。


「……でさー! ……でよぉ!」


 全員の足が止まった。僕は思わずノリコを見た。ノリコも困惑した表情を浮かべている。


 その声にネオが顔をしかめる。


「ああ? 通信機も発信機も、身体の中にも、歯の中にも、何も着いてないのは確認したんだけどな」


 それを受けてエリオットは、引っ付いていたブリアンを引き離して後ろに下がらせた。


「ネオと私が先行する、デフィーナは外からだ。スゴミ君、何かあれば姫を連れて逃げられるように、見ていてくれ」


「は、はいっす……!」



 え、僕? と一瞬思ったが、ブリアンの不安そうな顔と、僕の隣に居るのはノリコと言う状況。僕はすぐに受け答え、後頭部に付いていたドグマを手に取った。


 そして、デフィーナが一歩引いて、廊下の真ん中に立ち、壁沿いのネオとエリオットを見守る位置に立って、トランクを手前にぶら下げた。


「ったく、だるいわね」



 ネオさんが部屋の壁に背をつけて接近していくのに合わせ、全員が前に進んでいく。するとストームのセリフがハッキリと聞こえてきた。



「昔は剣で飛ぶの下手でさぁ。何度も真っ逆さまで落っこちて、血が噴き出て、骨がぜーんぶ折れるんだよ。それが折れてはくっついて、気づけば骨太よ!」


「ふふ、あはは……骨なのに、太いの……? おかしいね……」


 ストームの狂気交じりの体験談の後に、自然に混ざってきたのはスレイの声だった。



「スレイ……!?」


 ネオさんが監視カメラ再生デバイス付きのヘッドギア、アウルウォッチャーをいじり始めながら、入口へと駆け出していた。


 それを追って全員で前に進むと、目に飛び込んできた光景に一同は絶句した。ネオさんは顔をしかめ、エリオットは腰の剣に手を置いて硬直、ブリアンとノリコは目を丸くして口を押さえていた。



 独房の中では、スレイとストームがベッドの上でお菓子を一つの山にして囲み、談笑していた。


 その脇には、先程スレイが必死に分けていたお菓子入れの紙袋が二つ転がっている。なんの為に分けていたのか分からないような状態だった。



「腕ってよぉ! ぶった斬られてもくっつくんだぜ! ! ほらここの傷がちぎられた時のやつでよ、それでも俺は飛んでる時に剣は絶対手放さ無いんだよ」


「あははっ……! くっつくの? ジョイントみたいだね……」



 あの超マイペースゆっくり不思議ちゃんのスレイが、ストームの話を聞きながら、腹を抱えて笑っている。内容がバイオレンス過ぎて、本人たち以外には何がどう面白いのか、さっぱり分からず困惑だけが広がっていた。



 それを見てブリアンが、前にいるエリオットを避けてその前へと出た。

「ちょっと、スレイちゃん!? そいつは危険なのよ! 近寄っちゃダメでしょ!?」



 ブリアンの警告に、ストームが振り返り、一瞬で表情が変わった。さっきまでの楽しそうな顔が消え、獰猛な獣のような目がブリアンを捉える。



「あぁ? なんだよ姫か、ぶっ殺されに来たのか?」



 するとネオは、前に出た姫のドレスのコルセットの結び目に指をつっこんで引っ張り、僕の方へと投げつけて来た。


 倒れそうになるブリアンを両手で支えると、胸を大胆に晒したドレスが引っ張られていて、胸に被さるように張り付いているテカテカの布から、中身がこぼれ落ちそうになっていた。本人は両手でそれを必死で抑えており、転びそうになってるバランスを取るのは僕任せ状態だった。


 僕の視線が思わず引っ張られてる間にブリアンは体勢を立て直し、顔をあげてネオに文句を言おうと息を吸った。だがネオさんは既にスレイに声をかけていた。



「スレイ、こっちに来い」


 短い呼び声、スレイを呼んだというよりは、命令を下したようなトーンだった。しかしその呼び掛けに、スレイは首を横に振る。



「……だいじょうぶだよ。ストームはね……おもしろいの、ちゃんと話してくれるし……」


「スレイ、私は同じ事を言うのは二度までだ。こっちに来い」


「……うん」


 ネオさんの顔にも声にも、情のようなものは感じなかった。命令を受けたスレイは素直に立ち上がり、扉の無い独房からよろよろと出て来た。スレイが完全に出るのと見守ると、ストームがのっそりと立ち上がった。


「……で? 誰からぶっ殺されてぇんだ?」


「おすわり」 ガシャン!!


「チッ!!」


 ネオさんの一言で、電磁石首輪のスレイブドッグが一瞬で作動し、ストームの体は強制的に床の鉄板に叩きつけられた。


 その間にネオさんはスレイの肩を押して、ノリコに押し付けた。そして足に巻いたベルトのホルスターからワイヤー付きのナイフを取り出した。



「ノリコ、スレイを連れて離れててくれ。ここからはコイツに見せるもんじゃない」


 その冷たすぎる目に僕もノリコも息を飲んだ。ブリアンも必死に胸を押さえながら苛立っていたが、反論をしようなどという空気は既に無かった。ノリコは動揺交じりに返事をする。



「う、うん…」


「ストーム……」


 それを受けてノリコのベルトに縋りつくように手をかけたスレイが、心配そうに独房を見つめていた。ネオさんはそのままストームの独房の入り口に一歩踏み込み、手に取ったナイフのグリップにあるトリガーを引いた。


 そのナイフにどんな機構があるのかは分からないが、ウィィイイイン、という歯医者のドリルのような音が鳴り響くと共に、ネオさんはストームを見下して告げた。



「おい、てめぇの知ってる事は全て吐いてもらうぞ、まずは他の刺客についてだ」



 威圧的な問いかけだったが、ストームはかえって嘲笑を浮かべる。


「ああ? バカかテメェは!! ぶっ殺してやんよ!!」



「やっぱり話すだけ無駄なんじゃ……」

 ブリアンはおどおどしながらも言葉弱く呟いた。


 ネオさんはその場でしゃがみこみ、愚痴を言うようにぼやき、ナイフを構えた。

「ちっ、拷問は趣味じゃねえんだよ、ショック死すんなよ」



 その時、ノリコに張り付いて肩に手を置かれていたスレイが、ノリコの手を振りほどいてネオさんに駆け寄っていった。


「他の人が来てるのかはね……! ストームも知らないんだよ!」


 スレイの意外な証言が始まり、全員の注目が集まった。それに対してストームが焦って暴れだす。


「おいスレイ!! やめろテメェ、死ぬぞ!!」


「おすわり」 ガシン!!


 再び首輪がが作動し、ストームの体が床に叩きつけられる。



「やめろ!! それ以上、一言もしゃべるな!!」


「だって、それ、ストーム死んじゃうよ……!!」


 ストームは大声で抵抗していたが、もはや誰も相手をしなかった。そしてストームの身を案じて抵抗するスレイ。その様子を見たエリオットは、腰を落としてスレイに目線を合わせた。



「スレイちゃん、ストームから聞いた事があるなら教えて欲しい。彼の住んでいるところ、彼の仲間の事、なんでもいいんだ。そうすればストームに酷いことをする必要も、なくなるかもしれない」



 スレイはそれを受けて、必死に弁明するように答えた。


「あの、ストームには先輩がいて……」

「言うなっつってんだろうがっ!! リスト入りすんぞ、マジで言うなてめぇ!!」



 スレイからの情報漏洩を、ストームは必死の脅しで止めようとしていた。しかしそれを無視して、スレイは続ける。



「その先輩は、ストームが手も足も出ないほど強いんだって……」


「なんすかそれ、めちゃくちゃヤバくないっすか……」


 空気が重くなった。変わらない表情で真剣にスレイを見守るネオさんとエリオットとデフィーナ。その言葉に騒めき動揺する僕とノリコとブリアン。


 そしてスレイのたどたどしい口調がその名前をつぶやいた。



「その先輩の名前は、ジャスティス……」


 ウーッ!! ウーッ!! ウーッ!!


 そのセリフが敵の名前を唱えた瞬間だった。甲高いサイレンがその場の空気に火を落とした。基地の警報がけたたましく鳴り響き、身体がビクリと竦むように反応した。


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