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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第3章・前夜編

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第68話・日を蝕む者

「そのクズの勇姿? 何かをやった気になって、節操無くなってるだけじゃないの?」



 毒まみれの金色の瞳が僕を睨みつけていた。



「そういう人種って本当に死んだ方が良いと思うのよね」



 デフィーナの冷めきった目は、アルハが僕を殺しに来た時に見せた目と、寸分違わず同じ形をしていた。アルハの瞳は赤く、デフィーナの瞳は金色なのだが、その奥に宿す憎悪の色に変わりはなかった。



「なんなんすか、そのキツい絡み方……」

 僕からも思わず反論の声が出ていた。


 デフィーナはどういうわけか、僕とアルハの二人だけの時間を知っていた。それなら僕が蜘蛛の怪物を一体倒した事も、知ってて良さそうなのに……


 険悪なムードが広がりそうになったのを、エリオットがデフィーナの胸の前に手を出し、ほんのわずかに目を細めて話しかけた。



「デフィーナ、言葉を選ぼう。場に合わないよ」


「あら、悪かったわね、話しかけられて気分が悪かったのよ。もう話しかけないでちょうだい」


 苛立ちを隠す気もなく、デフィーナは視線を外して、つま先で床を軽く蹴った。その動きを目で追いつつもエリオットは僕たちに振り向き、言葉をかけてくれる。



「すまないね、ストームの件に関しても、君たちの活躍がなければ、ブリアンが無事でいられたかは分からない。本当に感謝してもしきれない気持ちなんだ」



 それに合わせてノリコもオーバーなジェスチャーをしはじめた。


「そうだよ! スゴミっちのドグマがな! バチッって言って、ズバーってな! すごかったのよ!!」


 エリオットはくすりと笑った。


「それも含めて、正式な謝礼を用意させてもらうつもりだ。君たちがしてくれたことは、国の未来にとってとても価値ある行動だからね」


「やったなラブたん!! 焼肉行こーぜ!! 焼肉ー!!」


 ノリコは僕の周りをうろつくように小躍りを開始した。デフィーナとの会話で険悪になった空気を、何とか盛り返そうとしてくれているのが分かった。


 しかし僕は、どうしても気になっていた事を聞かずにはいられなかった。



「あの王子様、なんで今日になって、ようやく来たんですか?」


 一同の注目が僕に集まり、再び空気が重くなった。それを聞くのは失礼な事だ、それは分かっていた。


 ノリコも僕と王子の視線の間からそれた位置で、僕の首のネックレスを見つめていた。ノリコには話した。僕がヒメガミさん達に先に逃げる事を指示した結果、守る間もなく手遅れになっていたと言うこと。


 婚約者の命の危機に後から参加、それがどうしても納得いかなかった。


 すると、王子よりも先にブリアンが怒りをあらわにした。


「こら、スゴミ! 王子になにか文句でもあるの!?」


 僕は目を見開いていた。僕は彼女の事を思って聞いたのだが、今のブリアンにはエリオットしか映っていないらしい。そんなブリアンを制したのは、エリオットだった。彼女の肩に優しく手を置き、諭すように声をかける。


「いいんだ、ブリアン。彼らは命を張って戦ってくれた。私の不備について知りたいのは当然のことだよ」


 すると、ネオさんも僕を睨んできて、きつく言葉を発した。


「防壕国家ってのは、全部地下要塞だ。防壕国家間の移動ってのは、そんなに簡単じゃねぇんだよ。ましてや軍単位となるとな」


 エリオットはネオさんをみて軽く頷き、続けるように言葉を継ぐ。



「それも一因だった。加えて私の国の同盟国家の一つが、エクリプスの襲撃を受けていてね。その対処をしていたんだ」


 そう言ってエリオットは、再び綺麗なお辞儀をして見せた。


「君たちには、不安な思いをさせたと思う。誠に申し訳なかった」



 王子の礼節ある説明にも不遜な態度を崩さないネオさんが、確認を取るように聞いた。


「ダージ・エクリプスか」


「そうだ。ここ四日ほどで、各地での目撃例が急増している。彼らは残酷だ。私にとっては国民の命も、ブリアンと同じく重い。頭を抱えたのだが、助けに出られる手の数を戦術的に判断し、今回の配置を取らせてもらった」



 僕はそれを聞いて、言葉を返せないでいた。僕もヒメガミさんを逃がす時に、ネオンさんに任せた。しかしネオさんは頼りになる強さだけど、その生き写しであるネオンさんは無力なただの女子高生で、呆気なく殺されてしまった。


 行きどころも、やり所も無い感情だった。自分の感情に答えも出せないまま、僕は自ら話題をそらすように、次の質問をしていた。



「エクリプスって……何すか」


 すると、ネオさんでもエリオットでも無い、デフィーナが再びこちらを睨みつけて毒のある言葉をぶつけて来た。


「あんたは目の前で見たでしょ。なに知らないフリして被害者ぶってるの? 冗談で言ってんなら、いい加減寒いわよ」


「は? なんなんすか本当に、さっきから……」


 デフィーナに対する怒りが抑えられなくなってきていた。僕の眉間にしわが寄り、鼻の穴が開いていると自覚出来ていた。


 そんな僕の顔を見て、エリオットが初めて、少し優しさから離れた、感情的なトーンでデフィーナに視線を送った。



「デフィーナ……」


 その苛立ちにも思えるエリオットの一言で名を呼ばれただけで、デフィーナはわざと聞こえるように舌打ちしてから黙った。


 その間の悪い空気を被せるように、ネオさんが重々しく答え始めた。


「ダージ・エクリプスはな……無差別に人を食い殺す、黒い装甲と長い爪を持つ、バケモンだよ」



 僕はそれを聞いて、全身の毛が逆だっているのを感じた。フツフツと固くなる毛穴が、肩を、背中を走っていき、Tシャツに擦れているのを敏感に感じ取っていた。


 血圧が下がり、胃が浮いた。思わず胸に手を当てる。

 敏感になった肌が、首にかかったネックレスのチェーンのざらめきを伝えてくる。


「黒い装甲と……長い爪のバケモン?」



 ノリコの表情もこわばり、僕の事を心配するように覗き込んだ。


「それってさ、ラブたんが病院で見た奴じゃないの……?」





 核心だった。黒い装甲、長い爪、残酷で無慈悲なバケモノ。デフィーナからの、あんたは見たでしょの一言……間違いない。肝試しの夜に現れ、立て続けに六名の顔面の半分を切り取って晒した、あのクモのバケモノだ。


 ダージ・エクリプス


 名前があったのか。まだあの時の血だらけの光景が、匂いが鮮明に記憶に焦げ付いている。アルハの涙を忘れられるわけがない。



「あれがいるなら、出来たら会いたくないっすね……」


 そうだ、遭遇したくない。アレは音も気配もなく、壁の向こうからやってくる。襲われてると気づけるのは、最低でも仲間が一人犠牲になった後だ。


 息が詰まる僕に対し、デフィーナはエリオットの影から出て来て、僕に対して正面を向き怒りの表情を見せた。そして口を動かす。


「出来たらって、あんたね……」


「出来たーっ!!」



 デフィーナのセリフを遮るように、突如スレイが立ち上がった。その両手には、さっきからずっとゆっくり仕分けていたお菓子の袋が二つ握られている。


 一同はスレイに視線を送るが、本人は気にも止めず、ゆっくりと机から動き出した。袋はしっかりと胸元に抱え込み、大切そうにしている。


 その間もマグナさんは機械のようにコーヒーをかき混ぜ続けている。スレイはそんな彼の横の席を離れ、僕とノリコの方へとまっすぐに向かって来た。


 そして……



「通るね……」


 そう一言いうと、僕とノリコの間を抜けて、メインルームの扉を開き、廊下へと出ていった。


 僕はそれを見て、純粋に疑問を持った。



「え……今のは、なんだったんすか?」


「さあ、あの子は自由だから……」


 ノリコがそう返したが、それは完全に理解できない者への諦めの一言のように感じられた。


 デフィーナは発言を遮られて、僕達に対面したまま棒立ちしていた。気まずく澱んた空気を、スレイが開けっ放しで行った扉から冷たい風が吹き込み、メインルームの中で撹拌していった。


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