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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第3章・前夜編

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第67話・前夜の朝

 てんしさん、てんしさん!!


 今日はね、とってもおっかない、死神のお話だよ!!

 死神はね、風よりはやくて、とっても強いんだよ!

 でもアトラスはもっと強いからね、すぐやっつけるよ!!


 頑張ったら、みんな優しくしてくれるからね!


 てんしさんも、頑張ろうね!!



 意識が灯り始める。聞こえるのは静かに唸り続ける空調の音と自分の呼吸だ。地下施設の窓ひとつない部屋では音はこもり、空気循環用のコンプレッサーの音だけがゴウンゴウンと鼓動を鳴らしているようだった。



 目が覚めた。



 なにかとても嫌な夢を見ていた気がする。内容は覚えてない。


 僕の体を包むのは、使い古されているがちゃんと暖かさを溜め込む毛布。暖かいと言うか若干暑い。僕は目を閉じたまま、毛布をどかそうと手を動かした。


 その瞬間、柔らかくて暖かい感触が手のひらを包んだ。目の前に何かがある。生物だ。生物がいる。



「んっ……はあ……」


 目の前で甘い声が聞こえ、僕の鼻頭を生暖かく湿気た風がくすぐった。それに反応するように僕は急いで目を開いた。



「ちょ、 ノリコさん!? 」



 僕の視界の七割程を、ノリコの寝顔が占有していた。


 フライトキャップは流石にかぶっておらず、黒い髪が乱れるように流れている。ジャケットも脱いで、ノースリーブのU字襟の緩い白シャツ一枚だ。


 僕の手を包むあたたかいものは、ノリコの胸の下と腹部の間の柔らかい窪みだった。



「ん……あ、ラブたん、おはよ」


 ノリコはのんびりと目を開けて、薄暗くニヤける。そして胸の下にある僕の手の甲に、手を重ねて握ってきた。


「まったく、ラブたんは朝から甘えん坊だなあ」


「いや、なんで僕のベッドにいるんですか!? 昨日、話の後に出ていきましたよね!?」


 寝起きドッキリにツッコミを入れる勢いで声を上げると、ノリコの眉が八の字に広がり、重ねる僕の手に爪を立てた。



「ラブたん……昨日あんなに激しかったのに、忘れちゃったの……? ノリコちゃん悲しい……」


「え……!? ああ……それは……」


 そうか……僕達はあの後……




「いや、絶対なんも起きてないですよね!? 夜はあの後、すぐに寝ましたもん!!」


 そう、何もなかった。間違った事は何も起きていない。……ハズだ。


 僕はそう言って身を引いて起き上がり、ベッドから降りて正面に立った。ノリコはめくれ上がった毛布を巻きとって肩を隠した。


 めくれ上がる瞬間、毛布の奥が暗がりを覗かせ、ノリコのシャツの裾の向こうに、丸みを帯びた肌色が見えた気がした。


 もしかしてスカート履いてない……? そう思いながら毛布に包まれた後の、腰の形になった毛布の丘に視線を移していると、ノリコのテンションが爆発していた。



「夜は何もなかったって、なんの話ー!? ウチはあの死神ストームとの激しい戦いの事を言ってるのにー!? なんだー!! ノリコちゃんで変な夢でも見てたのかぁー!?」


 そう言って毛布で身を隠しながら、わざとらしくモジモジと揺れて、笑いながら下から見上げてくる。


「あ、ああ!? そっち! そっちですよね!! 本当に死ぬところでしたからね、生きてて良かったっすよ!!」




 そう返すとノリコはベッドに目を落として唇を尖らせた。


「ぷっふ、はあーかわよ」


 コイツ……!!


 そう思うと、今度は毛布を体にくるんだまま起き上がり、ベッドの上で立ち上がって僕を見下ろして来た。


「でも昨日はよく話し、よく泣けました! いい子だいい子だ!」


 そう言ってノリコは毛布の隙間から手を出して僕の頭を撫でてきた。昨日、話を聞いてもらった事で気持ちが軽くなった以上に、恥ずかしい事をしてしまったような気がする。話したこと自体に後悔はないけれど。


 大人しく撫でられたまま正面、ノリコに巻きついて縦に揺れる毛布を眺めていると、ノリコが僕の肩を叩いた。


「ラブたん、机の上にスカートあるから取って」


 後ろを見ると、ちゃぶ台にノリコが普段から身に着けている、黒のレザースカートと空色のジャンバーとフライトキャップが置かれていた。僕は言われたとおりに一番上に置かれていたスカートだけを手に取り、ノリコへと手渡した。


「あんがとっ!」


 礼を言ってスカートを受け取ると、毛布を巻いたままの状態で器用にスカートを履き始めた。めくれた毛布から一瞬覗いた太ももの裏が気になったが、スカートを履き終わると毛布をベッドに戻してベッドから飛び降りた。僕はその時になってようやく気付いた。



「あれ、今まで履いて無かったんすか……」


「ベルト硬いもん! 寝る時つけてる訳ないでしょ!!」


 完全に下着のままベッドに入り込んできていたのだと気づくと、僕は体温が上がってノリコの顔を直視している事は出来なかった。ノリコは気にも止めない様子でジャンバーを羽織ると、軽く言った。


「ほら、今日は王子が来る日でしょ!! 姫様を引き取って貰ったらさ、もっと色々教えてあげるから……メインルーム行こ!!」


「は……はい、どうもっす」





 ―――メインルームにて


 二人で部屋を出て共にメインルームの鉄製の扉を開くと、部屋の中には既に数人が集まっており、一斉に僕たちへと視線が移った。


 メンバーの内容は、まずネオさんだ。机の脇ほどに立っており、相変わらず透明パッドだらけの顔で、腰に手を当てて険しい表情を浮かべている。


 マグナさんは機械いじり禁止命令のもと、机の端で膝を揃えて大きな体を極力小さくするようにしている。手元では無意味にひたすらコーヒースプーンをかき回している。コーヒーは入っているが既に湯気は立っていない。


 スレイはその向かいで、袋に入ったお菓子を並べては、右へ左へと謎の仕分け作業に夢中だった。



 そして、ネオさんの正面に、見知らぬ男が立っていた。


 スラっとした高身長にブロンドのミドルヘア、威厳ある貴族風の装いで腰に剣を携えており、姿勢正しく立っていた。


 そして、その脇では赤いドレス姿のブリアン姫がオマケのように立っている。口に手を当てたり、胸の下で腕を組んだり、ソワソワとしながらクネクネ動いており、一般人がコスプレしながら『お上品ムーブ』を出そうと必死になってる。そういう風にしか見えなかった。


 その立ち振る舞いと周りの反応から一瞬で理解できた。


 この男性が、ドラキール帝国の国王、エリオット・ド・ラクロワだ。



 僕は天皇とか、芸能人すら生で見たことは無いのだが、力を持つ人間ってのは纏う空気が違うと聞いた事がある。僕は王たる彼の美しさに、男ながらに魅了されて圧倒されていた。



 そしてその王家の男女の影に、無言で佇む小柄なメイド服の女がいた。


 それはマネキンのように、息ひとつ感じさせず立っていた。そして扉を開けた瞬間、その無表情で一瞬だけ目が合っていた。


 僕たちが扉を開けた事で集まった注目。その時が止まったような空気の中、最初に動き出したのは僕の言葉だった。その光景を目のあたりにして、反射的に口に出していた。



「デフィーナさん、なぜココに……」



 僕の口が滑るのと同時に、すぐさまデフィーナが睨み返してくる。



「あら、ヒサヅカスゴミ、まだ生きてたの?」


 ワザとらしい。さっき目が合ったのに、この他人行儀。アルハにそっくりな顔立ちで発言センスも同じとはいえ、僕に協力してくれたアルハと比べてあまりにもトゲトゲしい。


「見れば分かるでしょ、王子の護衛よ。そんな事も分からないなんて、本当に無駄に生きてるだけで、何も考えていないのね」



 デフィーナは言いたい放題だった。しかしそんな彼女の暴言を断ち切るように、静かに貴族風の男性が一歩前へ出た。そして長く整った顔立ちで微笑んで、僕とノリコに視線を向け、穏やかに言葉を紡ぐ。



「君たちがスゴミ君とノリコさんだね。ブリアンのために動いてくれたと聞いた。君たちの存在が、どれほど心強かったことか、感謝の言葉もない」


 そう言って胸元に軽く手を添え、自然な動きで優雅に一礼する。その仕草は儀礼というより、心の温度を伝えるような、控えめで誠実な礼だった。



「私はドラキール帝国、国王のエリオット・ド・ラクロワ。本来ならもっと早く顔を見せるべきだった。遅れてしまった無礼を許してほしい」


 その一通りの所作の全てが完璧であり、全世界お辞儀選手権があれば、チャンピオン級間違いなしだと感じられた。そして送られた言葉は感謝と謝罪だったが、その第一印象は、人としての仕上がりの差を突きつけられ、その育ちと格の違いに劣等感のほうが深く刺さる。



「やば、帰りたいっすねこれは……」


 僕は小声でそう呟いていた。



 その反面、僕の隣でノリコが騒ぎ始めた。


「うお!! 噂以上のイケメン王子様だ、眩しい、まぶし過ぎて目が潰れる!! いや生き返るー!!」



 礼から顔を上げ、ブリアンが擦り寄る王子の姿に目を覆いながら、王子の前であるというのにいつものテンションを崩さない。僕はそんなノリコの態度を抑えるように前に出て、ペコペコと頭を下げた。



「お、お会いできて光栄です。その……お疲れ様っす」



 僕のぎこちない対応に緊張を見透かしたのだろう、エリオットは口元に小さな笑みを浮かべた。



「気を使わせてしまったようだね、そんなに堅くならなくていい。私は君たちと対等に話がしたいんだ。これから共に手を取っていく、仲間としてね」



 そう言って手を差し伸べて来る王子の姿は、まるで神か救世主か、とても同じ空間にいる人間と思わせない凄みがあった。


 しかし、その奥、王子の陰に隠れてほとんど顔とスカートの裾しか見えないような位置から、デフィーナが吐き捨てるように言った。



「このクズが、何かをしたとは思えないけどね」


 目も合わせないまま吐いた毒と悪態。


 でもその発言は、僕を追い詰めたいとか、空気を壊そうとしてるのではなく、本当に思ったことをそのまま口に出している。そんな感じをうけた。それに対して僕が顔をしかめていると、隣でノリコが大声を上げた。



「あー! デフィーナは見てなかったもんなあ!? ラブたんの勇姿を!?」


 その煽りに対して、デフィーナはノリコを睨んだ。今にも火が付きそうな温度が、メインルームの空気を熱膨張率させ、肺を圧迫しているような感覚だった。

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