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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第2章・継承編

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第66話・無敵の夜におにぎり二つ。

 僕の仮部屋にノリコがやって来て、小さなちゃぶ台を食卓として囲い、二人きりの小さな晩餐会が始まっていた。



 ノリコの意味深な一言を聞き返すが、ノリコはそれをはぐらかして来る。


 あぐらで座っていた足を組み替えて揃え、床に手をついて身体をこちらに傾け、ニヤケ顔で話題を変えてくる。



「それよりさ! ラブたんの事を教えてよっ!! どっから来たのかとか、なぜネオっちの風呂に突入なんて、命知らずのドスケベ行為をかましたのかとかさ!!」


「あれは違うんすよ!? 僕にも何が起きたか分かってなくて、その……!!」


「どういう事!! 気になる気になる……!! 」

「なんて説明すればいいんすかね……」



 正直言って、敵も異世界も、僕も何も分からず流されてきただけだった。説明しようにも何から話せば良いのか分からないし、語るには内容が重過ぎる。そう思っていた。


 しかし、ノリコはその核心から切り込んでくる。



「そのネックレスは何!? いきなり出したけど、なにか関係あるの……!?」



 聞かれた瞬間、僕は自分の首元に触れていた。関係はある。突如現れた怪物に六名が殺された。ウサギのシンボルの耳の形が指に食い込むと、あの廃病院で感じた血とホコリの匂いが自身の臭覚を占領していく。



 アレをどういう事か、説明するのか……?



「僕は……」



 僕は無力で何も出来ず、目の前でヒメガミさんの遺体と、アルハの惨殺を目にしてきた。ネックレスのシンボルを撫でるだけで、百合の花のように崩れ落ちるヒメガミさんの白い手の儚さが、網膜の奥から投影されてくる。


 まるで今、目の前で起きてるかのように鮮明だった。



「僕は……」



 続きが話せず、震えていた。


 ノリコはそんな僕を見つめて顔をこわばらせると、静かに立ち上がり、僕の隣に腰を下ろした。そしてネックレスを触れる僕の手に、そっと手を重ね、声のトーンを落とし、静かに聞いてきた。



「ラブたんさ……それをオッサンから受け取った時、様子おかしかったよね、朝もデフィーナにそれを貶された時、普通じゃ無かった」


 僕はゆっくりとノリコの顔に視線を移した。その眉はキリッと引き締まり、真剣な面持ちだった。


「ねぇ、アルハって誰? 亡くなった子? そのネックレスの持ち主? ドグマと関係あるの?」


 ノリコは朝の会話をちゃんと聞いていた。推理は完全では無いが核心に近かった。



「ソレは……」



 そう言葉に詰まっていた。僕は唇が震えて下唇を噛んでいた。彼女を見ながらも瞳孔が震えている。


 するとノリコはそんな僕の頬をつかみ、顔を正面の壁へと向けさせた。そしてノリコ自身も同じように正面を見つめる。そしてちゃぶ台の置いてあった棚の上を指でさして見せた。



「ラブたん、アレ、なんだと思う?」


 そこには重厚な黒のショーケースの中に、親指程のサイズの薬莢が、敷き詰められた赤い布の中に埋もれるように飾られていた。



「え……弾丸……ですか?」


 見た通りに回答してノリコを見るが、ノリコはその薬莢を見続けていた。なので僕も薬莢に視線を戻す。



 そしてノリコは答えた。



「ウチもアレがなんなのかね、知らないのよ。飾られてるのも今初めて気づいた」


「えっ……?」


「でもナラクがあんなに良いケースで飾ってんだから、大事なものなんだよ、多分ね?」


「なんすかソレ……問題になってないんじゃないっすか……」


 もう一度ノリコを見るが、ノリコは相変わらず薬莢から視線をそらさない。




「ウチがその答えを知らないまま、ナラクは居なくなった。ネオっちは知ってるかもしれないけど、別に聞こうとも思わない」


「じゃあ、なんでそれを問題に……」



 そう聞くと、ノリコはしばらく黙った。


 弾丸の入っていない空の薬莢の飾りを、二人でただ眺めている。それだけしか感じない程に、沈黙が部屋のルールとなっていた。


 そしてノリコは何も話さないまま、ちゃぶ台からおにぎりを一個手に取った。他にもおにぎりはあったが、ノリコはそれを半分に割りだした。



「ウチに一個は多いからさ、半分貰ってよ」


 そう言われて、僕は無言でその半分のおにぎりに手を伸ばした。その半欠片を掴んだ瞬間に、ノリコは告げてくる。



「今こうしてさ、同じ所を見て追えるラブたんの事をさ、ウチはもっと知りたいんだよ」



 言葉の意味はすぐには入ってこなかった。しかし、おにぎりを掴んだ手が震えていた。


 ただ無言で不完全に割れたおにぎりの境目の、ほぐれた米粒の形を見ていた。それは一粒一粒が別の方向を向きながら、乱雑に煌めいていた。



「ほら食べな、ノリコちゃんはな、おにぎりが一番得意なんだよ」



 そう言われ、おにぎりを一口かじると、ほんのり効いた塩味が米の甘さを引き立てて、ほのかに香る梅しその香りが口いっぱいに溶けて広がり、いくらでも食べられそうだと思った。きっと身体が求めている味だった。



「うま……っ」


 思わずしゃぶりつくように、残りをたいらげた。


 すると、気付けば涙を流していた。だが嫌な涙では無い。塩味の効いた濃い一粒だ。それが顎を伝い、僕のシャツの襟首に当たって弾けると、ノリコは覗き込むように顔を寄せて来た。



「何があったの?」


 僕は静かに呟いた。


「僕は……ドグマを掴んだ日からずっとなんすよ……世界から弾き出されているというか、帰る場所が無いというか、どうしたらいいか分からない事ばかりなんすよ……」



 自分で声が震えているのが分かった。言いたい事なんて、まとまってはいない。ただ聞いてくるノリコに対して、思ってる事を口にした。するとノリコは肩を組んできて、突然テンションが上がった。


「おっ!? なんだそれぇ!! 意味深発言じゃん、気になるなあ!! ノリコちゃんにぜーんぶ教えておくれ!!」



 僕は接近するノリコの顔を見た。笑顔、それも普段ノリコが見せるような破天荒な顔ではなく、優しい笑顔だった。僕は一拍おいて、後頭部についていたドグマを手に取った。



「最初に、これを掴んだんすよ、そしたら綺麗な天使さんが現れたんです……」

「おお、天使?」

「そう、真っ白で赤い目をした、僕の好きなアニメに出てくるのとそっくりな天使です」



 僕はそこからは話すのが止まらなかった。それから長らく話した。


 天使が物語を宣言した事。そして天使が殺しにかかって来た事。アルハが部屋に来て殺されかけてキスしたこと。


 初めての高校、ネックレスの経緯、肝試し、謎の化け物、友人たちの死……

 そして謎のワープと異世界、防壕国家ブリディエット。


 この世界で「異物」として感じ続けていた孤独。



 自分が見て来たもの、見たけど分からなかった事。全てを口にした。



 最初の天使の話は、それこそ映画の内容でも聞くように、大げさなリアクションで聞いていた。

「瞬間移動!? やばいな天使さん……!!」「逃げる逃げる! ホラーじゃんそんなの!!」


 アルハとのキスの部分はやたら詳しく聞き出そうとしてきた。

「ラブたんの部屋のベッドで……!? キャー!!」「キスしたの!? どんなだった!?」


 しかし学校に行くのが不安と言う話に入ったあたりからは「うん……」「それで……?」の調子で、プレゼントを渡した辺りからは、静かに泣いて聞いてくれていた。


 廃病院の出来事も詳細に話した。カワダ、ハルハラ、クロノの死、ネオンさん、ヒメガミさん、アルハの死……重い話だったが、しっかりと聞いてくれた。

「それは、どうしようも無いじゃん……」 「本当に辛かったんだね……」


 そしてこの世界に来て、似てる人が出てくると言う話をした。ネオンさんはネオさんとして、ヒメガミさんはブリアンとして、アルハはデフィーナとして。それを聞くとノリコは食い気味に自分の事を聞いて来た。


「あれ、ノリコちゃんは!? 前の世界にノリコちゃんは居なかったの?」

「居たかは分からないっすね、学校は一日だけでしたし、スレイさんとマグナさんも分からないっす」



 僕の体験談は実際どれも突飛も無い展開だった。


 話して信じてもらえるとは思っていなかったが、ノリコは僕の発言を全て真実として受け止めてくれて、終始、肩を組んだままの形で話し続けてくれた。その接触の温かさと、彼女の木の浴槽のような香りに包まれて、気持ちを吐き出し続けた。


 話せば話すほどに、涙が止まらなかった。


 嬉しかったのか、辛かったのか、自分の涙に答えを出せなかったが、全てが始まってから初めて、気持ちが良いと思える涙を流していた。



 そして……


「ぬわーん!! よく頑張ったな、ラブたん!! ラブたんは孤独じゃ無いぞ!! ノリコちゃんがついてるからな―!! うおおおお!!」


 話が終わる時にはノリコは完全に普段のノリコに戻っていた。


 食事を片付けると、ノリコは騒がしく部屋を出て行った。


「よっしゃあ、ラブたん!! 明日からはノリコちゃんがネオっちの工事現場に連れましてやろう!! 仕事を覚えたら、姫様の護衛が終わっても大丈夫でしょ!! ずっとここに居られるように、ネオっちにお願いしとくからさっ!!」


「はい、本当にありがとうございます……」

「じゃあ、おやすみ!! 良いノリコちゃんの夢でも見ろよ!?」


「はは、それは騒がしくて、起きちゃいそうな夢っすね。おやすみっす」

「言ってくれるなー!!」


 ノリコが扉を閉じてからしばらくして、ノリコの温もりを肩に残しながら、僕は一人で静かに眠りに落ちた。



 今日の僕には、帰りたいと思う気持ちが無かった。


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