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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第2章・継承編

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第63話・拘束を受けし者

 ピピピピピ──


 ネオさんのヘッドギアから通信音が響く。ネオさんは静かにつぶやいた。



「応答」



『ネオ、サザナから暗号通信だ。受けてくれ』 届いたのは、メインルームのマグナの低い声だった。


「了解、今行く」


 ネオはそう言って通信を切ると、ストームの独房に向かって一歩踏み出した。



「おすわり」


 そう唱えると、ストームの電磁石の首輪が起動した。


 それが拘束首輪スレイブドッグの起動の号令だった。ストームは床の鉄板に首と両手が張り付けになり、鈍い金属音と共に頬を鉄板に擦り付けながら、叫びをあげた。



「このおっ! クソがっ!!」


 ネオさんはその喚きすら許さないように、足のホルスターから拳銃を取り出して、ストームに向けて即座に二回発砲した。


 コンクリート製の廊下に響く銃声の反響。火を吹く銃口と共に空間は凍りつく。


 弾丸は横を向いて這いつくばるストームの眼前を通過して、鉄板から二回の金属音を奏でさせた。ストームの目の前の鉄板に小指の先ほどの窪みが出来て、めくれた鉄板が赤く発熱している。火薬の匂いが鼻をつき、騒いでいたストームですら一瞬で押し黙った。



 そしてネオさんが冷淡につげる。


「おい、私は急に忙しくなった。だから質問に三秒で答えるか、答えないならここで死ね」


 あまりの尋問速度と発砲音に、その場の誰もが口を開けなかった。ネオさんは構わず質問をする。


「てめぇに暗殺を依頼したのは誰だ」



 誰もしゃべれない。それはストームが死ぬか答えるまでの、絶対的支配の時間だった。そして……



「三、二、一……」



 ネオさんが無情にカウントダウンをはじめると、ストームは這いつくばったまま拳を握り、吠えた。



「ハハハッ!! 知るかバカ!! 俺から 聞くなら、てめぇが死ぬのが先だっ!!」



 ストームがそう叫ぶと、独房の周囲は再び沈黙に落ちる。そして……




「そうか」


 ネオさんはそう呟いて拳銃をホルスターにしまった。そして何事も無かったかのように、平然とメインルームの方へ向けて歩き始めた。圧倒されて固まった一同の中、ネオさんが数歩進んだタイミングで、ようやくブリアンが我に返る。



「ねえ!! コイツ答えてないわよ!! 良いの!?」



 ネオさんは立ち止まって振り返ると、呆れたような口調で軽く言った。



「あ? 答えてたじゃん」

「え、誤魔化してたわよ……」


ブリアンの言ってる事はもっともだった。ストームは強がりを吐いただけで答えていない。僕にもそう思えた。しかしネオさんは腰に手を当てて、首だけ振り向き、左目でこちらを流すように見ながら説明した。



「ソイツは馬鹿だからな、依頼主を知ってりゃ『言うかっ!』って答えるんだよ。でも本気で知らないから『知るかっ!』って言ったんだろ? それはそいつが、組織から依頼主すら教えて貰えない下っ端の戦闘員って事だ」



 それだけ言うと、再び何事もなかったかのように立ち去っていく。それを聞いていたストームが、身動きが取れないままに暴れだす。



「お、おい!! 舐めてんのか!! ふざけんな!! 殺す! ぶっ殺す!!」



 その屈辱的な身振りと暴れ方を見ていると、僕でもそれが図星だったと分かるほどに、ストームの反応は真っ直ぐで分かりやすかった。唖然とする僕とブリアンを横目に、ノリコも歩き出して僕の腕をとった。



「ささっ! ここはやかましいから、行こうぜラブたんっ!!」


「は、はい……でも」


 僕は一つ気になっていた。ストームには首輪がついてるとは言え、独房に扉が無い。



「この部屋、扉とか無くて大丈夫なんすか……?」


「大丈夫、大丈夫!! スレイブドッグがある限りは出れないし、外すには首切るしか無いからっ!! 『おすわり』はだれでも使えるから、万が一外で見かけても、『おすわり』使えば近くの鉄板に張り付いて抵抗出来なくなるしね!! 大丈夫よっ!!」


 ノリコは親指を立てて自信満々だが、ノリコのセリフの途中にあった『おすわり』で、再び何度かストームの体が理不尽に張り付けになっていた。


 そして僕達は、騒ぎ続けるストームを置いて、メインルームへと向かった。





 一同が独房前から居なくなった後も、ストームの抵抗は続いていた。真っ直ぐに出口に近づいては磁力で叩きつけられ、鉄板の壁を殴っては拳から血を吹き出していた。


「あいつら余裕こきやがってよぉ!」 ガキン!

「ちくしょう!!」  ガキン!!

「うぜぇえええ……!!」 ボコォン!!



 ただでさえ瀕死だったストームは、体力の限界を向かえていた。床にうつ伏せ、息を荒げながら呟いた。



「ダメだ、コレは逃げられねぇ、腕は引きちぎるとして、首はどうすっか……」



 虚ろな目で鉄板に手をついて起き上がり、ベッドへと腰を下ろし、考える姿勢を取った。


 その時、廊下をゆっくりと歩く人影があった。白装束、拘束着に身を包んだ白髪の少女。スレイだった。スレイは独房の入口の目の前で止まると、ストームの方を見もせずにゆらゆら揺れてから、あくびをした。



「ふぁあ、ねむ……」



 ストームにはそれが、ワザと自分の目の前で余裕を見せるという挑発に見えていた。ベッドの上からスレイを睨みつけて、声をかける。



「ああ? 眠いだと……? テメェ舐めてんな」


「んっ、呼んだ? ごめんね、なぁに……?」


 スレイは眠そうにしながら足を閉じ、ちょこちょこと何度も切り返しながら振り返る。その異様な動きに困惑しながらも、ストームは吹っ掛ける。



「何? じゃねぇよ、舐めてっと、テメェらすぐにぶっ殺して、血祭りだっつってんだよ」



 スレイはそれを受けて、キョトンとした顔で目をぱちぱちとしながら、唇に指を置いた。そして身体を傾けて、やんわりと微笑んだ。



「あっ……そうなんだねぇ、お祭り……楽しいね。ふふ」



 脅しているのにまるで通じていないスレイのその反応に、ストームの困惑はさらに強まり、眉間にシワを寄せつつも、低い声で返した。



「おい、テメェ、なにを笑ってやがる……」



 するとスレイは目を見開いて、焦った顔をし、両手を胸の前で小さく開いて横に振り、否定のポーズを取った。


「えっ? 怒ったの、ごめんね……その、訛りが強い人の日本語、何言ってるか分からなくて……ごめんね」


 その発言は申し訳なさそうにだんだん小さくなっていき、言い始めにはストームを見ていた瞳も、右往左往して視線が定まらない状態だった。


 ストームの困惑は頂点に達していた。



「殺すって、言ってるんだけど……」


「ひっ……こ、殺す!? な、なんで……!?」



 ようやく言葉が通じたように怯えだし、キョロキョロと足取りがまとまらなくなっていくスレイ。それを見てストームは、奇妙な生き物を見ているような空気に飲まれ、声も出せずにいた。


 すると、フッとスレイの動きが鋭く直立姿勢を取った。



「あっ……来た」


 その瞬間、スレイの意識が途切れ、ストームの独房の中へと酔い潰れの千鳥足のように、ふらつきながら入り込んで行った。



「うお、来るかっ!」


 ストームはベッドから立ち上がって構えたが、スレイはストームの左脇に向かって全体重を滑らせるように転倒。意識ある者の動きでは無いと察したストームは気づけば咄嗟に手を伸ばし、スレイを受け止めていた。


 ストームはスレイの異常行動に戸惑っていた。



「死んだのか!?」



 突然死にも見えるその動きの中に、スレイの鼻息の音が静かに響く。


「すぴー、すぴー」 

「あ? 寝た……!?」


 ストームは気絶したスレイを抱えたまま、動けずにいる。予想外の展開に完全に面食らうと同時に、スレイの身体の柔らかさにも動揺していた。



「なんだこいつ……筋肉入ってんのかよ」


ストームは右肩が動かなかった。立ったまま寝ているスレイを左手で引っ張り、ベッドの上に座ると崩れ落ちた形のスレイの頬を軽く叩いて声をかけた。


「おい、殺すからとりあえず起きろ。俺は真っ向勝負で殺人したいんだよ」



 しかしスレイは安らかな寝息を立てるだけだった。支えていると、スゴミのドグマに激突してダメになった右肩に痛みが走り、崩れるように寄りかかってるスレイの形が良くない為、拘束着のベルトを左手で掴んで、ベッドに引き上げた。



「起きたら改めて、宣戦布告してからぶっ殺してやる」


「すぴー、すぴー」


「コイツ、余裕こきやがって……イラつくぜ」


 膝元で眠るスレイの体温が、血を失った自分の体温を温めているのを感じ、穏やかに眠るその表情を見下ろしていると、自然とまぶたが重くなっていく。ストームはスレイの枕になったまま、いつの間にかベッド上で壁にもたれるようにして眠りに落ちていた。



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