第62話・僕の絶対の場所
バイクが一直線に駆け抜ける。
そのテールランプが描く軌跡は、まるでレーザー照準のようだった。
ノリコはそこまで蛇行運転していた。沿岸の未舗装道路をフェイントを入れながら右へ左へスラローム。それが音速の砲弾となるストームの直進突撃『スサノオテンペスト』を警戒するための唯一の手であった。
しかしノリコは、僕の提案を受け入れた。
直進で走り始めた瞬間、ストームとの距離は一気に開き始めた。
その光景を見て、ストームはニヤけていた。
「街に入るために距離をとるつもりか。はっ、焦ったな、墓穴だ!!」
大剣を握った巡行飛行の姿勢から起き上がり、岩盤を踏んで高速で地面をスライディング。土煙を巻き上げながら踵だけでバランス制御。。
「次の一発で限界だったからな!! 今なら直線でぶちぬける!! 」
剣のエンジンの変速機構のレバーを動かしていく。 ガチガチ、ギコンッ!! 刻み良い音と共に、エンジンが青白く光り出す。
そしてスライディングから駆け出してジャンプ。
大剣を精密にノリコのバイクのテールランプへと向けた。
「一撃必殺……!! 特攻だっ!! 急転直下神風爆雷!!」
シュバアアア!! ゴォウン!!
ストームの体までもが光を帯び、肌を焼きながら加速を開始する。
僕は振り返ってその光を見つめていた。
起動は直線。
発射の目印は水蒸気の輪。
音は遅れてやってくる。
僕はドグマをバイクのテールランプの上で構えていた。
ドグマは……
サザナさんのトランクから出てきた際に、トランクを机に固定していた。
スレイさんが引き抜こうとした際に、トランクすら全く動かなかったのを見ていた。
ドグマが取り得る位置は3パターン。
・トランク内部に固定されている。
・空間に固定されている。
・僕に固定されてる。
それだけと言うのが、何も知らない僕の今の見解。
サザナさんがトランクに固定して持ってきたドグマ。
机で開いた際に空間に固定され、スレイさんでは引き抜けなかった。
そして僕に固定されてここにある。
ドグマは僕が手中にあると思ってるから、手の中を追従しているだけだ。
それならば
手放せる。
ドグマが僕以外の誰にも動かせないと言うのならば、これをストームと僕らを繋ぐ直線の上に
置いてくる。
ただ、それだけだ。
僕はストームの水蒸気の輪を確認した瞬間
静かに、迷いなく、ドグマをそっと手離した。
バイクは凄まじい勢いで、一糸乱れず前進している。
ドグマは僕の手を離れた瞬間、止まった。
その場で物理法則を完全に無視して慣性を失い、空中にぴたりと固定された。
ストームは、それを見て何かを投げられたように思っていた。
しかしこの直進はもう止まれない。
「なんだこれッ!!」
ドッ!! グシャアッ!!
ストームの発射から着弾まで1秒も無かった。
音速で突っ込んできたストームの剣がアルミ缶のようにグシャっと潰れて弾け飛んだ。
ストームは肩がかすり、固定されたドグマに僅かに接触。それだけで肉がちぎれ、骨が砕けて、血が爆裂し、その身体がキリモミ状に回転しながら吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられたストームは、そのままボロ雑巾のように100メートル以上を滑り、ようやく止まった。
「クソがよ……」
路上に投げ出されたストームは、まるで轢かれたハトのようにもう動かなかった。
ドグマは手放した空中の同じ場所に、微動だにせず固まっていた。
ノリコにその衝撃音が追い付き、バイクを停止して振り返る。
「あれ、ラブたん、マジで倒しちゃったの……?」
僕は血を撒き散らして滑りゆくストームの姿をずっと見ていた。
そして高速道路の正面衝突のような凄惨な現場を見て、震えて歯を打ち鳴らしていた。
「あ、あわわわ、こんな威力になるなんて……」
ノリコはバイクの上で片膝をシートに乗せて振り返り、僕の脇の下から腕を回して抱きつくと、背中をポンポン叩いてきた。
「すげーじゃん! さすがはウチのラブたん、信じてたよ!! ほらご褒美にチューしてあげるから、お口を出しなさい!」
「い、いやいやいや……!! 倒せたっぽいですけども……!? もしかして死んじゃいましたかね?」
ノリコは抱擁を解いて僕の脇腹に手を下ろすと、目を見ながらも困惑した顔をした。
「さぁ? そんなの気にするんだ! ラブたん優しすぎだってー!!」
「いや、その、人殺しとか嫌なんですよね僕……できれば殺人には関わりたくないというか……ひぇえ」
ノリコは両手の人差し指を立てて、僕の胸をズシズシつついてきた。
「全くラブたんは、カッコいいんだか、ダサいんだか分からん奴だな! でも可愛いからノリコちゃん的にはオッケーだぞ!!」
「恐縮です……」
ノリコは僕をつつくのをやめ、事故現場を覗き込んだ。
「でも、どーやって倒したの?」
「あ、そうだ。ドグマ……」
ドグマは手放したまま空中に静止していた。
あまりに物理法則を無視しており、異質感が強いというか、現実という世界に、白い玉を書き込んだだけの絵のようにすら見えた。
そっと近づき、手を伸ばす。触れた瞬間、それは自然に手に吸い付くように戻ってきた。
「頭から取れたんで、空中に置いてみたんすよ、それにストームがつっこんで……」
「空中に置く!? ラブたん、それってマジで、マジカル聖剣じゃん!!」
「いや、ほんとに、身体から外せただけなんすけど……」
「もっと自信もって! ノリコちゃんもビビったけどね! ラブたんに命預けて正解だった! ウチは誇らしいぞ!」
「ど、どうもです……」
僕はそのノリコの底抜けの明るさに、少し笑顔を取り戻していた。
ストームにネオさんの場所を教えて戦いが始まってしまった。
そしてネオさんの重症。
抱える責任の重圧はあったが、僕はノリコさんを守る為、初めて考えてドグマを扱った。
その実感が確かに胸を焦がしていた。
「でも……ノリコさん、信じてくれて嬉しかったっすよ」
「さっきみたいに、ノリコちゃんって呼んでくれたほうが、ノリコちゃんは嬉しいかなー?」
「ははっ……ありがとうっす、ノリコちゃん」
「ヒャッハー!! イエーイ!!」
ノリコは僕の手を取って、謎の小躍りを披露してくれた。
両手を高く持ち上げて、可愛いともカッコイイとも言えない、子供のようなガニ股のダンスだ。
僕は思わず噴き出して笑っていた。
すると、ノリコのフライトキャップのスピーカーから、マグナさんの声が聞こえてきた。
「おうっ! ノリコ無事か? ネオは大丈夫だったぞ!」
「うおー!! 流石はオッサン!! やるじゃん!!」
僕はその一言を聞いて、ノリコのダンスを解除して、ドグマを挟んで手を合わせた。
ネオさんの無事に関しては、ストームを倒した以上にホッとしたかもしれない。
「良かった……良かったっすよ、ありがとうマグナさん……」
そのマグナの報告に対してノリコが返す。
「オッサン!! もう一人重症患者出来たから、取りに来てー!! スレイブドッグは持ってきてね!!」
「もう一人重症って……」
僕が力無く質問すると、ノリコは動かないストームの塊を指さして告げた。
「ラブたんは殺人したくないんでしょ!! あれが生きてりゃオッケーじゃん!? ネオっちも生け捕り予定だったみたいだし、最善は尽くすよっ!! オッサンがなー!! 」
「ありがとうございます……」
その後、マグナさんが迎えに来て、僕らを収容し、肩が粉々に粉砕したストームの手術が始まった。
五時間に渡る手術をマグナさんが一人で行ない、終わった時もマグナさんは疲れひとつ見せていなかった。
そして結果だけを言っていた。
「修理は済んだが、生き残るかは分からねぇな」
修理。この人にとって人体と基盤に差は無いのか。
そう思うや、マグナさんは休憩もせずにメインルームの隅の定位置で、基盤いじりをやりに行った。
ネオさんは全身にジェルの膜のようなものをつけて出てきたが、怪我の割には元気そうだった。
ストームが使った真空攻撃で失血して失神したが、傷は表面的で、普段から自分の血を抜いて保管してあるので、それの輸血で治ったということらしい。
ジェル膜は肌の傷を綺麗に早く直せる自作アイテムだと言っていた。
ノリコが何とかネオさんに説明してくれて、誤解は解けつつも、僕は平謝り状態だった。
「マジで申し訳ないっす、自分が巻き込まなければ……」
ネオさんは僕を攻めるでもなく、論理的に割り切っていた。
「ヤツが姫を狙ってたなら、いずれこうなってた。私も油断してたし、お前のせいじゃねえよ」
ブリアンは頭を抱えていた。
「なんで、そこまでして私を殺したいのよ。ハァ……」
そして更に五時間ほど経つと、ストームが早くも目覚めたと、ヘッドギアの監視カメラで確認していたネオさんが言った。ストームの生命力が本気でゾンビだった。
そしてネオさんの指揮でマグナさんとスレイさんを除いたメンバーでストームを見に行く事になった。
扉の無い独房に近づくと、ストームの怒声が響いていた。
「うおおお!! クソがあああああ!!」
ストームは大きな首輪をつけて、床に張り付いていた。
拘束首輪。ガジェットGEAR・スレイブドッグ。
リング状の拘束装置を首と腕に取り付け、逃走を試みれば電磁石が作動し、作動中のみ鉄の壁や床に吸いつけられる仕組みになっている。
暴れ回るストームを見て、早くもノリコが引いていた。
「えぇ……あんたさっきまで死にかけてたよね!? 元気すぎじゃん!!」
ブリアンはネオの後ろに身を潜めながら憤慨していた。
「私を狙うなんて、命知らずにも程があるわよ!」
ネオさんは、あんな目にあったのに冷静で、特に恨むような様子もなく、ストームを見下ろしていた。
「まぁ、起きてくれる方が話も早い」
独房から再び怒声が響く。
「テメェら全員ぶっ殺してやる!! かかって来いよ!!」
ガシャン!!
ストームが身を乗り出すたびに、首輪が作動して床の鉄板に叩きつけられる。
「ぐわあああ!! この首輪ァああああ!!!」
ノリコが手を腰に当てて呆れる。
「何回張り付けば気が済むの!? 学習能力ゼロかっ!」
ネオさんはヘッドギアをいじりながら、壁に映像を映し出していた。
ネオさんのヘッドギアは通信、監視カメラ、プロジェクターまでも内蔵している。
映像は紙に文字が書かれた報告書の写真だった。
「サザナの報告によると、こいつは傭兵派遣組織クロウガストの暗殺部隊の一員。コードネームはストーム・クロウガスト」
ブリアンはネオの背中に付きながら、ネオを見上げて不安そうな声を漏らす。
「軍とは別に、そういう組織もあるの……?」
ノリコがブリアンに顔を近づけた。
「おおー! 聞いた事あるっ!! 誘拐、略奪、拷問、なんでも有りの殺戮傭兵団、クロウガスト! 防壕国家の戦争ある所、どこにでも絡んでいるという噂っ!! 」
それは説明と言うよりは、ブリアンをビビらせる為の煽りであった。
しかし不安がるというか、煙たそうな顔をするブリアンを前にして、その精神ダメージを受けていたのは、むしろ僕の方だったかもしれない。
「なんすかそれ、怖すぎるっすよ。もう帰って良いっすか……」




