第59話・狂気の暴風雨6
そこは閑静な市街地の公園だった。
人工照明に照らされて、太陽が無くても木々に緑が茂り、中央の噴水には建国の英雄の像が雄々しく立っている、地域住民の憩いの地だった。
そして今、ネオとストームの衝突によって、レンガ畳は銃痕と斬撃痕が走っている。
ネオはパチンと指を鳴らす。
「トラップGO!! グリフォンストーム!!」
すると公園中の側溝から突風が一斉に吹き出し始め、風は渦を巻き、公園中央に一瞬で巨大な竜巻を作り出した。その中程にストームは立っていた。
ストームはバイク剣の風圧と超加速の機構を一斉に開放して突撃をする構えに入っていたが、ネオのトラップ起動から一秒も経たない内に、公園全体を包む暴風の前に立つ事すらも出来なくなる。
「ぐっ!! な、なんだこの風……!?」
巨大旋風罠のスペックは風速60メートル。
それは木も根こそぎ持ち上げる凶風。公園の植木は石畳から根を剥いて傾き、レンガが発砲スチロールの泡玉のように竜巻の中を暴れ舞った。
その竜巻の中でストームは身を投げ出されて空を舞い、それでももがいていた。
「くっそおおお!! 制御が効かねぇッ!!」
公園の脇、旋風の排出口よりも外の位置でネオはヘッドギアに手を当てて通信を送る。
「スレイ、今だ」
「うん、いくねぇ」
スレイは、スゴミと会った300メートル離れたビルの屋上で大型の対物狙撃銃を構えて軽く息を吸った。
「ヤクッ」 パァン!!
例の掛け声と共に狙撃銃が火を噴いた。ストームの撃ち落としの時は消音器付きの静かな狙撃だったが、今度は大音量の炸裂音と硝煙が一帯に弾けた。その一発を発射し終えると、スレイは着弾も見ないで即座に狙撃銃を折り畳んでしまい始めた。
狙撃のターゲットはストームではない。公園脇の塔の屋上に備え付けられた巨大な給水タンク。そのタンクの下辺のど真ん中を弾丸が貫いた。
直後......爆発。
大質量の火薬を仕込んだ徹甲弾が炸裂し、タンクの外装の前面を綺麗に吹き飛ばした。破裂したタンクから水が噴き出して、公園で渦を巻く暴風の中心へと吸い込まれていく。それは真っ逆さまで空中を舞うストームを直撃した。
「うぐっ……水だと!? 息が……!!」
バス! バス! ボシュン!!
「まずい、エンジンに、水が——ッ!!」
ツゥ―――ン。
ストームの剣のエンジンが水を吸って停止、その無骨でエンジンという大仰な装備を取り付けた起動兵器は、ただ重いだけの鉄の塊と化した。その光景を竜巻の外からしっかりと観察していたネオは、その長い髪をなびかせながら、指を鳴らした。
「ディスエイブル、終わりだ」
その瞬間、暴風が止んだ。あたり一面を飛びまわっていたレンガや水が、重力の存在を思い出したかの様に公園に土砂のようになって降り注いだ。滝のような水の塊が弾け飛び、一帯は静かな霧雨のようになっている。
その公園の中心の噴水の脇に、ずぶ濡れになったストームが落下する。全身を強く打ちつけ、石畳に沈んだストームの元へネオが歩いて近寄り、見下した視線を突きつけた。
「エンジンが水吸ったら終わりだろ。生身で来るなら相手してやるよ。今度はこっちだけ武器ありだけどな」
ストームは水浸しになって咳を吐き、立ち上がれないながらもネオを睨み返した。
「てめぇもよぉ、バカなんじゃねぇのか?」
「はぁ?」
「俺は……どっちかが死ぬまでって、最初から言ってるよなあ...?」
「そうか、でも、それはお前のルールだな。ガジェットGEAR・スパイダーバインド」
ネオは腰を大きく回って垂れ下がる形になっているベルトから、白くて手の平サイズの、カップケーキのようなケースを取り外して、ストームに向かって軽く投げつけた。それは空中で粘液のように広がってストームの身体を覆うと、とりもちとなってストームの全身を地面に拘束した。
「……なんだよコレ!!」
喚くストームに向かって、ネオはスナイパーライフルになっていたキメラフォームを再び構えた。
「アサルトホーネット」
キメラフォームから全ての変形機構が折りたたまれて、元のアサルトライフルの形状に戻る。
「てめぇに暗殺依頼だしてんのは、どこのどいつだ」
「本当に馬鹿だぜ、てめぇはよ! 今が俺を殺す最後のチャンスだった!!」
全身を拘束されたストームだったが、腕を無理矢理に伸ばして剣を掴んだ。
「エンジンが水吸ったらよぉ、確かに加圧が効かねぇ……」
「機械の事なら、お前より詳しいよ。その為に公園まで誘い出したんだしな」
ストームはほとんど身動きが取れないその身体で、ニヤケて見せる。
「これは使いたくなかった……けどな。俺のガストライダーには減圧機構もついている...」
「その剣って名前あったのか。グラスホッパーブレードにしようかと思ってた」
ストームはとりもちで地面にはりつけになりながらも、顎を上げ、剣だけを前に引きずって構えた。びしょ濡れの髪が、青くなりつつある顔面に張り付きながらも、目だけは一切衰えない殺意でネオを睨んでいる。
「余裕こいてんのもそこまでだ。まず、てめぇはもう助からない。そして俺も助かる保証はねぇ。コイツは反則級だからな、正々堂々とそれだけは宣言しておくぜ」
「エンジンの機構的に、水吸って動くことは無ぇんだよ。自爆とかなら対策済みだから効かないぞ」
「馬鹿が終わりだ……! 嵐の中心に居るのは俺なんだよ!!」
ストームはガストライダーのハンドル脇のカバーを開き、押し込み防止のガードが付いたボタンを、親指で思い切り押し込んだ。
「千切れろっ!! 無塵暗黒台風!!」
ガゴンッ! ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……!
すると突如、ガストライダーが超振動を開始して、石畳の上をガチガチと叩きながら跳ね上がり始めた。そして周囲の空気が電動マッサージのように揺れ、全身のウブ毛を同時に引かれるような、異様な感覚が広がる。
「なんだそれ……!」
それはネオにも観測したことの無い物理現象だった。即座にネオはアサルトライフルのトリガーを引いたが、照準が定まらなかった。一瞬で全身の血管が浮かび上がり……
ネオとストームを包む空間から、音と光の反射が消えていた。
石畳で振動するストームの剣の音も、ネオの乱射する発砲音も、全ての音が途絶えて耳に届かない。
その空間には空気が存在していなかった。窒素、酸素、二酸化炭素。空気を構成するすべての分子が、一瞬で全て消え失せている。音も振動も、分子が無ければ、何も伝わって来ることは無い。
空気が光を拡散するから、世界は輝いて見える。それを失った二人だけの極小の空間は、まるで絵画のような味気ない写真の中の立体のように写し出されていた。
減圧された気圧で、血も汗も給水塔の水も、全ての水分が常温で泡を吹いて沸騰しだす。顔中血管まみれで血が泡立ち、自身の血の霧に包まれたストームが、口を開いて何かを叫んでいる。
その声はネオには届いていない。ネオ視点では、まるで音のないモノクロ映画のようだった。
それでもストームは確かに叫んでいた。
「ガストライダーは減圧したんだよ!! この空間の空気は全部食い殺した!! だがすぐに戻ってくるぞ、空気は空っぽの方に流れるからなァ!」
ガボォオオオオオッ!!!
洗面所の水を抜いて、排水溝に飲み込まれる時の様な、引き込みの音が鳴り響いた。ネオとストーム、二人を包む真空の密室が瞬時に押しつぶされる。外の空気が雪崩れ込む、無を埋め尽くす空気の流動は、ガラスの雨が降る暴風雨のようになり、凶器となって斬撃を生み出す。
「うぐっ!!」
ネオの背中から、体の外側を伝って、無数の赤い線が走る。それは裂傷から出血、耳からも目からも血が吹き出す。弾ける赤い糸の様な血がネオの身体から広がり、ネオは膝をついた。
「かまいたち現象か……!!」
真空が生み出す不可視の斬撃。それがガストライダーの隠し機構。インビジブルストーム。
だが、その流動の中心には、とりもちで拘束されたストームが居た。真空空間は攻撃対象など選ばない。ネオが受けた地点以上の空気の圧縮が、ストームを空気の刃で押しつぶした。
ズズズッ……ズバァアアアアッ!!! 「ガハッ……!」
空気の圧縮は通常視覚ではほぼ同時だった、ほんの一瞬で二人が血の爆弾のようになり、二人の鮮血が拡散しない糸の形を保って、空気の流れの中心であった、剣へと血液の道をえがく。まるでガストライダーが二人の命を啜っているかのように見える光景だった。
お互いを見据えたまま、二人は同時に崩れ落ち、レンガの石畳に頬をつけた。
その会話と音声は、ノリコも通信機で聞いていた。彼女のバイクが急ブレーキでドリフトをして止まり、砂煙を巻き上げる。
「ネオっち!? えっ、うそでしょ!? ネオ!?」
スレイは銃をようやくたたみ終わり、その音に反応してビルの屋上から公園を確認していたが、完全に取り乱していた。
「うあ……ネオ姉、ネオ姉が!! ノリ姉!! ネオが倒れた!!」
それを聞いて通信の野太い声、マグナが声を張る。
「回収に向かう!」
しかしノリコはすぐに切り替えてマグナの行動を静止。
「マグナはいいから! ウチが回収する! 給水塔のポッドのロック解除しといて! 受け取りと治療準備しといてね! スレっちも先に基地に戻ってマグナの手伝い!!」
ネオが倒れた後のノリコの指揮は迅速だった。通信の二人も即座に応答。
「わかった任せろ!」「……うん」
ノリコはバイクを再始動して急転回、全速でネオの元へ向かい始めた。
ノリコの会話を聞いて、後部座席でようやく事態を察したのは、スゴミだった。青ざめた顔で、額に冷や汗が浮かばせ、独り言をつぶやいていた。
「僕のせいだ、僕がストームにネオさんの居場所教えちゃったからだ……!!」
「 気にしたらダメ! ネオっちは逃げれたけど、今後を考えて、敢えて迎え撃ったんだからね!」
「それでも……」
「ほら、うじうじしてないで! 反省するなら、到着したらスゴミっちがネオっちを引き上げてよね! ウチが運転するから!!」
「はい、分かりました……」