第58話・狂気の暴風雨5
給水塔の前の公園、中央には噴水があった。
そこはレンガ造りの地面に金属製のベンチが並び、地下都市の中ながら、モダンな雰囲気を作りだしていた。
数名の市民がくつろいでいたが、ビルの頂上に上がる煙と、ストームの大剣の爆音に注目が集まり、命知らずの観客以外はほとんど逃げ出していた。
ネオがキメラフォームと名付けられた、ゴテゴテのアサルトライフルを構える。
「武器ありで良いんだよな、まあお前は最初から使ってるけど」
「なんだって使いなっ!! 先に死ぬのはテメェだけどなぁ!!」
ストームは剣を両手で持って構えに入った。
そのにらみ合う二人のもとへ、息を切らせたスゴミが駆け込んできた。
「ちょっと!! 待ってください!! 止まって、ストップストップ!!」
僕は二人の間に立ちはだかり、肩で息をしながら言葉を紡ぐ。
「やめてくださいよ、二人ともっ!! 殺し合い良くないですからっ!!」
それを見て、ネオとストームのセリフが重なる。
「……スゴミ?」「……スゴミ!」
二人は目を合わせた。
「あっ?」「ああ?」
ネオさんが目を細めて僕の方を見て質問した。
「おい、こいつ知り合いか?」
知り合いと言えば知り合いだけど、会ったばかりだしなんと回答すれば良いのか……考えていると、ストームが先に吠えた。
「俺はスゴミにテメェらの居場所を聞いたんだよ!」
「スゴミお前……」
ネオさんの冷たい視線が僕の胸を焼いた。
「違うんです! いや、違わ……無いんですけど……その、やめてくださいよ! ストームさん!!」
ネオさんは頭に手を置いて苦そうな顔をした。
「おいおい、スゴミがスパイだったのかよ。雰囲気無さすぎだろ、お前……で、コイツとグルって訳か」
「いえ、本当に、仲間とかじゃなくて……!!」
ストームの目は真剣だった。
「スゴミの頼みでも、これは譲れねぇ!! 俺の仕事は暗殺者、こいつは標的!! アリクイと、アリみたいな関係なんだよ!!」
僕が返す前に、ネオさんが話に割り込んできた。
「その例えなら、アリとアリジゴクの方が合ってないか?」
「……はあ?」
「どっちにしても、お前がアリだよ。」
「ぶっ殺す!」
ストームはエンジンをふかし始め、ネオさんも銃を構えた。そしてネオさんは僕に冷たく告げてきた。
「スゴミ、どっちにしたってな、もう止まらんから邪魔だ、それにお前は関係ないだろ」
僕の顔は悔しさに歪んでいた。せっかく止めに走ってきたのに、二人は話を聞く気配すら無い。無関係と言えば確かに無関係だ。それでも僕は大声を出していた。
「関係なくないっすよ!! 僕が教えちゃったんですから!! ストームさんにも暗殺なんてやめて欲しいですし、何に命賭けてるんすか! こんなの意味無いじゃないっすか!!」
ストームは剣を地面に擦らせて削り、レンガを擦った赤い煙が僕の方に流れてきた。
「どきな、軟弱病がっ!! 俺は一度ぶち殺すと決めたら必ず正面突破でぶち殺す。それだけが俺の正義だ。決めた事貫けないやつは、カスなんだよ」
「そ、そんなの……正義じゃないっすよ!! お金稼ぐならもっと色々あるじゃないっすか!!」
「もういい、俺はこのまま正面突破だ。ジョババとの間に居たら、そのまま斬る」
ストームは剣を浮かせて横に構えた。それに対してネオも呆れ口調で宣告する。
「なあ、射線に立たれると撃てなくて邪魔なんだよ、私の方が近距離不利なんだからさ、空気読んで下がってくれ」
僕は二人から邪魔者扱いだったが、動けないでいた。自分が殺されるのが怖かったからでは無い。自分が発端で始まったこの戦いで、どちらが死ぬのを認めて下がるのが一番怖かった。
そこにノリコのバイクが勢い良く駆けて来た。
「ラブたん!! 右足上げろ!!」
「ノリコさん!?」
反射的に右足を上げると、ノリコは僕の股下にバイクをドリフトさせて滑り込み、僕の左足を轢くギリギリで起き上がって、僕をバイクに拾い上げた。一瞬の早業の前に僕の選択権は無かった。
僕が後部座席でバランス取ったのを確認すると、すぐさまバイクを立て直して現場を去って行った。
「良かったよ! ラブたん生きてて!! ラブたんいなくてノリコちゃんの一人の夜がどれだけ寂しかったか!! しくしくしく……!!」
「いや、僕追い出されて数時間しか経ってないですよね!? ってか、そんな事より戦いを止めないと!!」
「ネオっちは大丈夫! 相手は暗殺者…? 暗殺者だよ! いいや、バーサーカーかも! とにかく戦う運命だからさ!!」
僕は何も出来なかった。できる限りの事をしようと走ったが、相手にすらされない。全員が僕を空気読めないやつのような扱いをしていた。
「僕は……なんにも出来なかったっすよ……」
ノリコの腰を掴む手が、震えていた。するとノリコはハンドルから両手を離して僕の手のひらをさすった。
「おお、可哀想にラブたんは必死に走って来たのになあ!! でも安心しろぉ? ネオっちはストームを生け捕りにして、情報を吐かせるつもりなのさ、二人とも死なんからさ!!」
「そう……なんすか?」
「そうともさっ! ネオっちは、殺すつもりならトラップでも、狙撃でも、バイクで轢き殺すんでも、いつも速攻殺してるし、やらないなら即撤退してるからねぇ」
「おっかない話っすね……」
「邪魔が入ったな! さあ、ぶっ殺すぜ! 今度は正面突破だ!!」
ストームは轟音とともに、ネオに怒声を浴びせていた。
「お前、それしか無いのな」 ネオは冷静に煽っていた。
「それしか必要ねぇからなっ!!」
ストームは剣のエンジンを起動させ、爆発的加速で地面スレスレを滑走して直進。ネオはライフルを構えた姿勢から、肘固定でそのまま引き金を引いた。
「キメラフォーム・アサルトホーネット」
ズドドドドド……!!
ライフル銃の乱射がストームを迎え撃ち出すと、その銃声に見物に残っていた野次馬の市民が一斉に逃げ出した。しかしストームの顔は余裕だった。
「無駄だ!!」
ストームは剣を突き出し、剣と体を一直線に並べる。その周囲を取り巻く空気の渦がライフル弾の軌道をわずかにずらして、反れていく。数発がストームの体をかすめる様に引っ掻いて衣服と皮膚を破くが、直撃はしない。
「豆鉄砲がよ!!」
そして何よりストームは怯まない、止まらない。そのままネオに一直線に突っ込んでいく。
「ブレードフィッシュ」
ネオはライフルをおろした。キメラフォームの底から折り畳みの刃が出現して展開し、太刀式の銃剣となった。
ストームの突撃に合わせてネオは棒高跳びのように跳びはねる。太刀の先をストームの剣に合わせて受け流した。
ストームはすぐに着地してエンジンを吹かすと、切り返して再び突撃の構えに入った。
「良いねぇ! 刀剣勝負か!!」
「スクイッドミスト」
銃剣の上で逆立ち状態のネオが唱えると、キメラフォームの正面から勢いよく黒い煙が噴き出し、剣の足元から黒い空気が周囲を包んでいく。ネオが逆立ち状態から煙の中に入る瞬間、ストームを睨んだ。
「馬鹿か、なんでお前に合わせなきゃいけねぇんだよ」
ネオが着地すると同時に、横に広がった煙幕が縦に弾けて、ネオの全身を隠した。
ブォオオオオン!!
ストームがエンジンを吹かすと、煙は剣のエンジン部分の正面から吸い込まれ、後方から排気。一帯の空気を薄黒く染めていった。
「また逃げんのかぁ!? 丸分かりで隠れられてねぇけどなぁ!!」
煙幕の全体は地を這っており、ネオの着地箇所だけ盛り上がっていた。ストームがそこに目掛けて飛び込もうと、エンジンを唸らせた。
その瞬間に、ネオの号令。
「ライノアセンド」 ボコォォォォオン!!
例のマンホール蓋の爆発罠だ。煙幕で視界を遮った足元からの完全な視覚外からの一撃がストームの胸を捉えた。
「グッファアアア!!」
ストームは血を吹いて空中に投げ出された。そして煙幕の中心からネオが飛び出して素早く接近。
「あれぇ、丸分かりだったか、じゃあなんで避けなかったんだ?」
「ハイドラショット」
キメラフォームの太刀は展開したままで、アサルトライフルの銃身が縦二つに分かれて奥へとスライドし始める。そして上から太めの銃口が降りて来て、ガシッと銃身にハマった。
それはショットガンだった。
ネオはキリモミ状態で空中に跳ね上げられたストームに容赦なくショットガンを連射。
ボンッ! ボンッ!!
「グフッ…!!」
ストームの至る所に散弾が命中し、キリモミ回転が合わさって血が螺旋の様に飛び散った。まるで血の打ち上げ花火。
ブロオオオン!! ドンッ!!
ストームはそんな状態でもアクセルを入れた。爆発的火力がストームの身体を吹き飛ばし、再び距離を取りはじめた。一瞬で30mの距離をとる。ネオはそれを静かに目で追っていた。
「やっぱり緊急脱出は30mがスペックね。キメラフォーム・ウッドペッカー」
ショットガンの銃口が持ち上がり、伸びてる刀を包むように折り畳みの銃身が伸びてきた。キメラフォームは二倍ほどの長さの銃となり、スコープが正面に持ち上がる。スナイパーライフル形態だ。
「狙撃は得意じゃねえけどな」 タァン!!
30m先で停止して振り向きざまのストームの肩を、狙撃弾の大口径の一撃が貫いた。
「うあああっ!! ぐっ!」
声にもならないようなうめきが無人の公園内に響く。ストームは狩られた鳥のように、地面に落下した。それを見てネオはノリコに通信を入れた。
「ノリコ、片付いたから、もう少し後で来てくれ」
血と銃撃でボロ布のようになったストームが、血を噴きながら地面でもがいている。
「くそっ……何が正面だよ、卑怯な手ばっかりじゃねぇか……まだ片付いてねぇぞ……!」
「なんでも良いって言ったじゃん、まだやんの?」
ネオは武器は構えたままに罵る。よろめきながら、ストームは立ち上がった。その瞳はまだ闘志を手放していない。
「どっちかが生きてる限り、終わらねぇよ……」
そう言うとストームは剣のエンジン周りのツマミを調整する。
そして——
クォオオオオオン!!
「天上天下唯我独尊ッ!!
急転直下神風爆雷!!
同時起動だ!! 全力の正面突破ァ!!」
ストームを中心とした旋風が一帯の空気を支配した。同時に青い光がエンジンの内側から漏れだす。
しかしネオはそれさえも冷静に見ていた。
「空気バリアと、音速の突撃のやつか」
「そうだ!! もうてめぇの豆鉄砲なんて関係ねぇ!! コイツは止められねぇぞ!!」
「確かに、止められないな」
それを受けて、ストームの顔が悪魔のようにニヤける。
「この広い公園によぉ!! マンホール以外に罠なんて仕込めんのかよ!!」
「確かに、トラップ仕込みにくいな」
「じゃあ次こそ真正面から、貫いてやるッ!!」 ストームは剣を低く振りかぶって構えた。
対面のネオは棒立ちで銃を下ろし、指だけ前に出して『パチン』と弾いた。
「公園にはな、お前にぴったりのがあるんだよ。トラップGO!! グリフォンストーム!!」
その号令と共に大地が震動し始め、ストームの剣が巻き起こす以上に異様な空気のうねりが、公園全体を包み始めていた。