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第57話・狂気の暴風雨4

 怠惰、脆弱、運動不足。



 長年に渡る引きこもり生活で衰えた、しょぼい脚力に必死に鞭を打ち、スゴミは走っていた。



 暗殺者と名乗るストームに、ネオの居場所を教えてしまった。


「無事でいてくださいっすよ……」



 だがやばい。どっちが工事現場か分からなくなってきた。街は思った以上に入り組んでて、まっすぐ走る事すら出来ないし、空はコンクリートの天井に等間隔の人工照明だ。方角すら分からない。



「どっちに行けば……」


 闇雲に走りながら息はあがり、脚はプルプルと震えていた。その時ぐらっと、急に頭に重みを感じ、足がよろける。



「うわっ、危ないっ……!」

 思わず掴んだのは鉄製の非常階段の手すりだった。


「なんすか今の、もう限界なんすかね……」

 涙を飲んで上を見上げた。非常階段の螺旋が屋上まで続いてる。


「一度上から見た方が良いっすよね、急がば回れって、言うっすもんね……」




 夢中で螺旋階段を駆け上がった。僕の頭が屋上に顔が出る瞬間、閃光が走り、乾いた発砲音が鳴った。


 パシュン……!! 「あわっ……ひっ!」


 コンクリートへの音の反響、火薬の匂い、思わずしゃがんで頭を抑えて体が固まる。



 ガチッ、ガコン……ギッ、カラカラーン……


 大型の銃をリロードする音と、金属の筒がコンクリート屋根に転がる音がした。薬莢の排出だ。シューティングゲームで何度も聞いたのと同じ音だった。


 目を開けると、僕は別に狙われていなかった。それどころか、知った顔がいた。


 寝癖のような白い髪に、パンダのヘッドホン。そして、拘束着。




「えっ? スレイさん……?」


 対物狙撃ライフルを構え、狙撃姿勢を取ろうとしていた。僕が声を発するとスレイがようやく気づき、顔を上げて目があった。



 スレイはゆったりと、眠そうにニヤける。


 そして2秒程置いて……



「わっ!」


 眠そうな目を丸く見開き、驚く顔を見せた。そのまま石像になったかのように止まる。そして3秒程して、ふんわり動き出す。




「わぁ……びっくりした。敵かと思っちゃった……」


 敵だと思ってその反応は死んでますよね……? とは思ったが、スレイさんと会話のラリーをしてる暇は無いと思った。即座に謝罪した。



「す、すみません……驚かしちゃって……」


「ふふっ」



 スレイは顎に手を当て、優しく笑っている。そうしてみると、ただの可愛らしい女の子だ。そのマイペースに引っぱられそうになるが……すぐに目的を思い出す。


「そうだ! 敵の話なんすよ! スレイさんって、ネオさんに連絡とれませんか!? 剣持ったヤベぇのが来てるすよ!」


「ああ...それ、もう戦ってるよ? ……ほら」


 そう言いながら、スレイは狙撃銃を構える。その顔は先程の眠そうな顔から打って変わって研ぎ澄まされていた。




「……ヤクッ」 パシュン……!!


 スレイは謎の掛け声と共に、迷いなくトリガーを引いた。先程と同じ、静かな発砲音が屋上に響いた。



 銃口の先を見渡した。建物の群れの中、人が小指の先くらいの大きさに見える距離の空中に人影があった。


 飛び上がっては急降下を繰り返す、大剣をもって空中軌道を取るその影。それは遠目でも分かる、確かにストームの影だった。


 それが飛び上がって来た瞬間……


 カコーン!!


 ストームがその場で一回転して、建物の奥に弾き飛ばされてるのが、遠目にも分かった。




「えっ……今の当てたんすか!? 飛び回ってるストームに、この距離から!?」



 スレイは、ゆっくり僕を見上げて、ニッコリと笑う。



「当ててないよ……ネオ姉が身体に当てるなって言うからね……剣にあててるの」


「それ、もっとヤバくないっすか……」


「ヤバクナイス……? んん? ナイスだねぇ……ふふ」



 その微笑みは爽やかだが、まるで他人事だし、意味不明だった。ストームの飛ぶ下、建物の隙間からチラチラと、風を切るネオの緑の爆発髪が揺れているのに気付いた。



「あっ!! ネオさんいた!!」


 ネオさんはバイクの後ろで腕組みしていた。スレイがヘッドホンをいじると、スピーカーモードになって向こうの音が聞こえてきた。




 ネオさんがブツブツ呟いている。

「バッタ剣、グラスホッパーブレード……いや、語呂悪いか……?」


 運転しているノリコの声も同時に聞こえてくる。

「ちょ、ちょっ、ネオっちー! 敵の武器名考えてる場合か!? コイツ粘着質! ストーカー!!」



「敵はバッタみたいに跳ね回って、空中で索敵、一発突撃で一撃必殺狙い。コイツは風圧で拳銃程度の弾は弾く。反撃は出来ない。ただマッハ突撃はタメが要るから、スレイにカットさせてるので問題ない」


「ハイハイ分析お疲れ様ー!! 次どーすんのさ!?」


「給水塔に着くまでは気合いで避けるしかない、ノリコの運転次第だ。お前のバイクは世界一だよ」


「っしゃー! 任せろ大統領! 愛してくれよなぁー!」


「ああ、愛してるぜー」 「ヒャッハー!!」


 ブォンブォンブォオオオン!!





 その会話の後はヘッドホンからはバイクの音だけが響いていた。


 スレイは狙撃銃から手を離して顔を上げた。

「あーあ、高く飛ぶの、やめちゃったみたい」


「そりゃ、高く飛ぶたびにスレイさんに狙われるんじゃね……」



 路地に走り込み、建物の影に見えなくなるストームとネオさん。僕の額に汗が流れる。


「これ、僕の走りじゃ追いつけないっすね」



 スレイは狙撃席から降りて、しゃがみこみ、転がる薬莢を拾い始めた。


 ひとつ拾っては袋の中へ、ひとつ拾っては袋の中へ……

 ゆっくり、のそのそと動き始めた。そして、途中で顔を上げて僕を見た。


「ネオ姉はね、給水塔で終わりって言ってたから……行ってみたら?」




 景色を見る、さっきストームが居たよりもかなり手前。確かに300メートル程先に巨大な給水タンクがあった。あれならビルの隙間を走ってても、常にその頭が見える。


「なるほど、そこなら間に合うかも!! 行ってみるっすよ!!」




 スレイはにっこりと笑い、発砲時の掛け声を投げかけてきた。


「ヤクッ!」


「……え? なんて?」


「ああ、神様の言葉でね、繋がって……みたいな意味かな? ……きっと届くよ」


「なるほど、ヤクっすね! ありがとうございます!!」



 僕はそれを受けて走り出した。ビルを上ってきて良かった。不思議なスレイさんとの接触、なにか導きがあったのかもしれない。そう思った。


 スレイさんもユラユラと手を振って送り出してくれていた。ビルを駆け下り、狭い路地を走り出し、再び屋上を見ると、スレイさんは誰も居なくなった非常階段に、まだ手を振っていた。





 一方でネオとノリコも給水塔が常に見える程の近距離まで接近していた。


 ネオは給水塔を見上げる。

「給水塔に着くぞ。マグナ、キメラフォームの準備はどうだ」


 ヘッドギア越しに野太い声の男、マグナからの通信が入る。


「いつでもいけるぜ!」

「即投入だ、頼んだ」


 ガコン! ウィーン! 「OK! 出たぞ!」


「後は回収だけ準備しといてくれ」

「任せとけ!」



 ネオは次に、スレイに通信を送る。

「スレイ、起きてるか」


 眠そうな声が帰ってくる。

「……だいじょうぶだよぉ」


「ちょっとだけ、時間稼いでくれ」


「はーい」




ネオは次にノリコの肩を叩いた。

「ノリコ、スレイが隙を作ったら、給水塔の脱出ポッドで下ろしてくれ」


「了解〜! こりゃ捕まる気がしませんなぁ!!」


ノリコは曲がりくねった路地の中、器用に歩行者を避けながら現地へと向かっていく。



 ストームは飛行する高さを制限し、家の屋根へと、小まめに着地しながらネオを追跡していた。


「随分逃げまわったな。ったく、飛び上がるとなんか飛ばしてくんのがウザってぇ……」


 ストームはスレイの存在には気づいていなかった。どうせネオが何か卑怯な罠を起動していると思っていた。それがスレイが狙撃に集中出来る条件であり、バイク逃走開始前の序盤で、トラップ森を存分に浴びせたネオの狙いでもあった。


 そしてストームがビルの屋上に一度着地をしようとした瞬間……


 ズドォーン!!


 ストームが立とうとしたビルの屋上が突如崩れ落ち、紫色の硝煙が盛大に立ち上った。


「なにぃ!?」


 足場を失ったストームは、そのまま瓦礫の中へと落ちていく。




 そしてスレイからネオに通信が入った。

「ネオ姉……落ちたよ、識別弾の煙が登ってるビルにいるよ」




 ネオはバイクの上で立って中腰になった。

「オーケーだ、スレイの狙撃で足を奪った。今だノリコ」


「はいなー!! ご乗車ありがとうございましたー! またのご利用を!!」


 脱出ポッドの出口でノリコがバイクを傾けると、ネオは勢いよく飛び降りた。


「次のご利用は、やつを捕獲したら、すぐにだ」




 ネオはポッドの内部から、奇妙な形の武装を引きずり出した。それはアサルトライフルのようでありながら、余分なパーツがゴテゴテついていた、原色カラーのオモチャのような兵器だった。



「来たか『ストレンジARMSアームズ・キメラフォーム』これでやっと勝負できる。ノリコは離れてろ」



 ノリコはピースで敬礼する。

「向こうから不意打ちなんて、滅多に無いもんね!! ネオっち、ウチは先に行ってるぜ! 必ず生きて帰れよ!!」


「それフラグってやつだろ、やめてくれ」


「だっははー!! すまんなーッ!!」


 ブロオオオオン!




 ノリコが風の様に去っていく。去った直後、崩れた建物の中から瓦礫をかき分けて、血にまみれたストームが這い出してきた。


「ようやくその気になったか。遅ぇんだよ、このジョババァ!!」


「武器が届かなきゃ話にならなかったんでね。ここからは、正面からやらせてもらう事にするよ」


 

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