第56話・狂気の暴風雨3
『ソニックブーム』
それは物質が音速を超える時に起きる衝撃波の現象。
音は空気の波であり、波が折り重なり過ぎると強固な空気の壁になる。音速の壁というものだ。その壁を叩き割ったとき、空気が裂けて衝撃波が生まれる。それはまさに空間そのものを叩き壊す爆裂となる。
剣と一体化されたストームの体が音速で打ち出され、空気が割れた。
バッコォオオオオン!!
爆音の衝撃波が周囲を抉り、音より先にストームの攻撃が届く。それが生身で音速を超える狂気の直進突撃
急転直下神風爆雷だった。
そして地上への激突までの刹那、0.1秒にも満たない、人間の反射すら追いつけない、その一瞬の中でストームの超視力は認識していた。
「ネオが消えた!?」
屋上戦だ。見晴らしはいい。もしネオが飛び降りたなら、それを見逃すほどストームの目は甘くない。だが屋上にネオがいない。
ズォオオオオオン!!
無論、音速の発射にブレーキなど存在しない。ストームの剣はそのままビルのコンクリート屋根を撃ち抜き、爆音と同時に大穴が空いて建物が揺れ、窓ガラスが一斉に砕け飛んだ。そしてストームの体は屋根を貫通して、真下にあった隣の建物の壁に叩きつけられ、弾けるように血が噴き出した。
「がふっ!!」
それは生身で音速に挑んだ代償だった。そして巻き込む予定だった、ネオという肉壁を失った状態での石壁への激突。石壁に血を塗りたくったようなアートを描きながら、ストームは地面へずるりと崩れ落ちた。
その後、突撃した建物の一階の壁が丸く切り取られ、中からネオが飛び出して着地した。
「ガジェットGEAR、シャークスライサー」
それはホテル戦でスゴミとブリアンの救出のとき使っていた、壁切断用のノコギリ。それがネオの靴の踵から飛び出すように仕込まれていた。
ストームが血まみれの体で這いつくばって視線を合わせ、にじむ声を出す。
「建物ん中に逃げたのかよ、逃げすぎなんだよテメェ……」
「自滅技の切り方が雑すぎんだよ。予定よりだいぶ早く済んだな」
ネオの不遜な態度は一切揺れていなかった。
しかし瀕死のストームの殺意も一切揺れていなかった。
「……済んでねぇよ」
ストームは言い捨てて、全身から血を垂らし、よろめきながらも立ち上がる。
「俺はテメェを暗殺する。まだてめぇ、生きてんだろうが」
ストームは目の周りの血だけを袖で拭って、剣を引き上げた。ネオが数歩ステップの様に下がって構える。
「おいおい、さっきのソニックブーム出てたよな。もうそれはタフってか、ゾンビだな」
「だったら噛み付いてやんよっ!!」
ストームが剣を持ち上げて、スタートレバーを引こうとした、その時。
二人が向き合う狭い路地に、別のバイクのエンジン音が鳴り響いた。ノリコのバイクだった。
バイクで通るにはギリギリの幅の通路を、迷いも無く全速力で、ネオの背中から突っ込む。その速度は完全にネオを轢き殺すつもりのそれだった。
「ネオっちー!!」
ノリコの奇声が狭い路地に響き渡ると、ネオは弓形態だったジャンバーを頭上に掲げた。
「スティックインセクト」
弓は棒へと変形。両サイドの壁へと突き立てる形となって固定される。その棒を鉄棒のように使い、ネオは逆上がりのようにして身体を回転させながら棒の上に着地。
その下をノリコがバイクで滑り抜ける。直後、狭いT字路をほぼ垂直になるレベルのウィリーで90度ターンをした。前輪のタイヤが着地した瞬間、ネオがバイクの後部に乗り……
「ディスエイブル」
ネオがつぶやくと、棒だったジャンバーは硬度を失い、普通のジャンバーに戻る。そのままノリコは、バイクを加速させて路地を駆け抜けて出ていった。
ストームは一瞬呆気にとられるが、すぐに感情のギアを上げて行く。
「何度も何度も逃げやがってよお!! 俺からは逃げられねぇって……言ってんだろうが!!」
ピシャ...ピシャピシャ…
地面に血を撒き散らしながら、ストームの狂気が裏路地に吠える。
ブロロ…ブオオオン!!
ストームは再びエンジンを吹かして空に飛びあがった。空中でノリコのバイクを視認して捕捉する。
「地面走るバイクごときがよお、俺から逃げられるか!?」
ストームの剣がミサイルのようにノリコのバイクを追いかけて、地下都市の空を駆けて行く。地下都市の道は細く入り組んでおり、真っすぐにスピードを出せる場所は多くは無かった。空中から追うストームはすぐにノリコのバイクの頭上を取る。
「狩りの開始だなあ!!」
一方ネオを後部座席に乗せたノリコは、しっかりとハンドルを握って騒いでいた。
「アイツ空中から来てますけど!?」
ネオは冷静だった。
「ノリコは避けるのに集中しろ、あいつは直進突撃しかしてこない」
ストームが空中で角度を合わせ、突撃体勢に入った瞬間……
カコーン!!
突然剣が激しい金属音をあげて、空中のストームの体勢を大きく崩した。
「なんだぁ!?」
ストームはその不意のバランス制御喪失に耐え切れず、そのまま下へと落下していく。
「クソがっ!! 空中に罠は無ぇんじゃねぇのかよっ!!」
それを流し見していたネオは腕を組んで宣言した。
「オッケー入った、狩りの開始だな」