第55話・狂気の暴風雨2
「行くぜっ!天上天下唯我独尊」
ストームのエンジン付きの剣が光を帯びて、それを中心として、空気を弾き出すような旋風が巻き起こっていた。
その30メートル先、ネオは元の場所から動かずに、口に手を当てて声を上げた。
「あんまり大層な名前付けてるとよー、失敗した時ダサいぞー」
それに対してストームはキレ散らかしていた。
「てめぇも武器に名前付けまくってんじゃねえか!! アブソリュート・ワンは絶対に突破するっ!! 正面突破だっ!!」
ブォォオオオン!!
ストームが剣のアクセルを思い切り捻って、ネオに向かって一直線に爆発的な突進を開始した。
ネオはそれを待っていた。それに合わせて、ほぼ同時にネオは手前を指さした。
「前方30m指定、トラップGO! ジラフハンガー!!」
ゴゥンッ、ガギィィィーン!!
通路の両サイドの建物から、鉄骨がせり出した。まるで鉄の森が突如出現したかのように、一瞬で何本もの梁がストームの行く手を遮る。
ストームは既に勢いが付いており、急停止出来ない。柱の森に突っ込むしか無かった。だがストームはむしろ一切ブレーキはかけず、更にアクセルを加速させた。
「アブソリュートワンは、全てを弾くっ!!」
剣の周りを渦巻く空気が、ストームを包む気流のバリアとなっていた。柱に当たりそうになると滑るように上へ下へ、まるで葉っぱが激流を滑っていくように、重力を無視して柱をかいくぐっていく。
ストームの身体も上へ下へと強引に振り回されて、剣を掴む腕も伸びきっているが、それでもストームは剣を離さなかった。
そして柱の森を減速せずに走り切った。ネオの腰より低い位置の地面スレスレを、土煙と砂利を撒き散らしながら飛び出してきた。ストームのただでさえボロボロだった衣服が、さらにボロボロに短くなり、腕や足から柱にぶつけたであろう血を垂らしていた。
「失敗したら、なんだってぇ!?」
ストームはネオを視界に入れた瞬間、身体を縮めて剣を地面に擦り付けながら前進。縦回転を加えて下から掘り上げるようにネオに対して斬撃を放った。
「死ねぇぇえええ!!」
それに合わせてネオはジャンプして、棒になったジャンバーを下へと向けた。
「ハニカムヘックス!」
ネオの号令とともに、棒状の武器が折りたたまれていく、一周して完成したのは六角形の盾だった。ストームの下段からの回転斬りが、地面を切り裂いて正面から迫るのを、ネオはタイミングを合わせて盾を足の前に構えて足を突き出し、盾のキックで迎え撃つ。
ガキィン!!
金属と金属が正面衝突する音が鳴り響いて、ストームの斬り上げは振りぬかれた。ネオは足でガードしたが、勢いが強すぎて、盾ごと10メートルほど弾き飛ばされ、ビルのコンクリート壁に背中を打った。
「うぐっ……!」
それを見てストームは再び剣を振り回して、飛び出す為の構えに入ってにやけて見せた。
「おおっと! 今のをよく耐えたなぁ! もう一発、今度は正面突破だ!!」
間髪入れずに次の突撃を敢行するストームに対し、ネオは壁に寄りかかったまま、手を前に出した。
「前方10m! ジラフハンガー!!」
再び鉄骨の森がせり出して二人の間を閉ざし、ストームが吠える。
「おいおい、ワンパターンだなぁ!!」
「てめぇが言うなよ」
ストームはエンジンを吹かして直進、再びアブソリュートワンの風のバリアで障害物を蛇行して搔い潜るが、ネオは蛇行に掛かる一瞬の時間差を狙い、柱の死角をつたって隣の細い路地へと身を滑らせた。柱の森を抜けて、ネオのいた場所の壁を叩き、重い音とともに壁を深々とえぐるストームの大剣。
「逃げてばっかかよ! 大したことねぇな、ネオ・ジョババァ!!」
ストームは手元で剣についたレバーをいじり、ギアの回転を変速、ガチガチ……キンッ!
「アブソリュートワン、解除!!」
バイク剣が唸りを上げながら再び発進、火花を散らして道路を滑走して旋回、ネオが逃げこんだ路地の正面へと回り込む。
「逃がさねぇぞ!!」
ストームはスピードを上げ、路地へ突っ込んだ。だが路地は狭く、奥に進むとビル一軒分の距離で、すぐT字路の壁になっていた。ストームは剣ごと壁に飛びつき壁に対して着地するように柔らかく停止。一瞬の後、追いついた剣が壁にぶつかり、コンクリを叩く金属の甲高い音と共に壁に亀裂が入る。
ゴキィン! ビキビキビキ……
壁に張り付いたストームの視線の先、入り組んだビル群の行き止まりに、ネオが背を向けて立っていた。
「もう逃げらんねぇなァ?」
ストームの顔に口が裂けそうな程の邪悪な笑みが浮かぶ。 ストームはそのまま壁からアクセルを全開で入れて、狭い路地の中を縦回転の裁断機のようになって、ネオに突撃した。
「袋のネズミだなぁ!!」
振り下ろされた豪剣が、ネオの身体を真っ二つに裂き、石畳を砕いて深々とめり込んだ。だがその時、ネオの体からは血すらも出ず、風船のようにはじけ飛んで、中から紙吹雪が舞った。
「はぁ!?」
その狭い空間にネオの声が届いた。
「袋のネズミとか、バカと同じネーミングにしちまったな」
声はストームの頭上からだった。ネオは3階建てのビルの屋上から狭路を見下ろしていた。その片手には、鎖鎌へと変形した白いジャンバー。既にストームが来るのを予測して、風船のダミーを用意して壁を鎖鎌で登っていたのだ。
「トラップGO!! ポケッツ・ラット!!」
その号令とともに、袋小路の入り口のビルの壁がせり出して塞がれた。更に周囲の壁を這っていた配管のジョイントが外れて、その配管の群れの中から大量の水が噴き出した。
ストームに全方位から水がかかり始め、その足元をグングンと水が満たしていく。
それに対してストームは暴れた。
「うわ冷てぇ!! ちっくしょう、水はうぜぇな……アブソリュートワン!!」
再び旋風がストームを包み、空気が弾けた。彼の周囲の水だけが押しのけられ、気泡のようにバリアが形成される。逃げ場を失った水は、建物の隙間から空へと噴き上がり、水蒸気爆発のように霧の柱を形成した。
その直後、ストームが垂直に跳ね上がり、ネオのいた三階の屋上よりも、遥か上まで舞い上がった。ネオはそれを見上げてつぶやいた。
「やっぱ、エンジンの弱点は水ね」
だが、ストームの耳にそんなつぶやきは届かなかった。
「空中戦の方が広くてやりやすいからなあ!! 空にはトラップあんのかよ!?」
「空にトラップはねえな。ストレンジARMS・スワローダーツ」
ネオのジャンバーの鎖鎌は弓の形へと変形した、トンファーの形の時から継続した筒状の構造を利用して、筒の中を通した鉄筋が矢として放たれる構造だった。
ネオはどこからか切り取った鉄筋を筒に通して、矢として即座にストームに向かって発射した。それを見たストームは、剣から爆風を噴射。空中で一回転しながら、剣で鉄筋を弾き飛ばす。
「くだらねえオモチャだなぁ!! 神風モード!!」
ガチガチガチ……!! 剣のエンジンのレバーを細かく刻むと、剣が青白く発光し始めた。その光景をネオは冷めた顔で見上げながら、言葉を返していく。
「お前の剣も、十分オモチャだろ」
「火力がチゲェんだよ!!」
空中でストームが剣をネオのいる屋上の地面に向けて正面に構える。ネオはそれに対して片足を一歩引いて横向きのポーズを取って忠告した。
「突っ込んで来るのか、その角度はお前も死ぬぞ」
「バカが! てめぇの方が先に死ぬ!! 直下降神風爆雷!!」
ストームがアクセルを全開に入れると、一瞬でストームの姿は消え、その位置に丸く水蒸気の輪が残った。直後爆音が周囲の建物を揺らした。
ストームの速度は瞬時に音速を越えていた。