第54話・狂気の暴風雨1
「マグナ、もう33ミリ右だ」
工事中の看板で封鎖された道路のど真ん中、道路を断ち切るようにカットした穴の下から、ネオの声が響いていた。
「次55ミリ上の、22ミリ左手ー」
彼女は工具を持ち、汗を拭きながらミーアキャットの収納穴に身を沈めていた。
交通封鎖型トラップ「ミーアキャット」修理現場だ。
封鎖してる道路看板には『水道管緊急工事』と張り出されている。
ムキムキのオッサンことマグナは、穴の外から無言で重機を操り、精密機械のような動きでネオの注文をこなす。
マグナからもネオからもお互いの姿は見えていないが、狭い穴の中にネオを置いて重機を動かす危険工事に、二人は微塵の迷いも見せていなかった。
ノリコは穴の上でしゃがみこみ、ネオに変えの工具を渡していた。
「ネオっちー、スゴミっち大丈夫かなー?」
「知らねえよ、あんなやつ。別にターゲットでもなんでもねぇし、数日放っといたって死にはしねぇだろ」
ガンッ! ガンッ!
「マグナ、アームをガジェットGEAR・ホッグスパイクに変更だ」
「OK、待ってろ」
マグナは軽く答えると重機のアームを穴から出して、その巨体で重機からよじり出て、近くに停めているトラックへと向かった。
ネオが穴から出てきて穴の縁に腰をかけて水を飲みだすと、ノリコは頭の後ろで手を組んでわざとらしくボヤいた。
「はーあ、スゴミっちなぁ、ネオっちの無口メンバーの中でツッコミ出来る、希望の光だったのになぁ」
ネオはそんなノリコを冷ややかに見つめて冷淡に呟いた。
「私が許さねえって言ったら、居場所なんてねぇんだよ」
その時、その工事現場の上空に、爆音が鳴り響いた。
ブロロロロロ……ブオオオオン!! ブオンブオン!!
ネオはイラついた表情で上を見上げた。
「なんだ、うっせーな」
ノリコはピョコンと跳ねあがり、両手を耳に添えた。
「むむっ!? コレは、MNW-XX6系統のエンジン音!?」
「近寄ってくるな…」
そしてビルの上から影が飛び出した。ネオの工事現場に空からストームが降ってきた。その手には爆音のエンジン剣。本人の着地は静かに滑らかだったが、剣は地面に叩きつけられ、激しい金属音がビルの間に響き渡り、無骨な鉄塊が地面を叩き割った。
耳を両手で塞ぐポーズになったノリコが即座に反応する
「うるさっ!! てかバイクじゃねえし!! なんだよそのバイクの残骸を辱めたような武器! バイクへの冒涜だー!!」
ネオは既に穴から立ち上がり、格闘者の構えを取っていた。
「ノリコ下がれ。お前のバイク取ってこい。急げ」
「了解しあしたー!!」
ノリコは急転回していっきに現場から走り去る。
ネオはそれを見送りながら、着地の衝撃でしゃがんでいたストームに告げた。
「おい、工事中、立入禁止って書いてあんだろ、入ってくんなよ」
一帯を排気ガスが白く舞う。ストームは立ち上がると、その重い剣をアスファルトに擦り付けながら半回転させた。ネオの方にまで向けると、バスっと一回吹かして空中に持ち上げ、剣先でネオを指名するように向けてさけんだ。
「やっと見つけたぜぇ!! てめぇがネオ・ジョババだな!!」
「人違いです」
ネオは構えたまま即答していた。
「はははっ! 無駄だぜ! 俺の目は誤魔化せねぇんだよ!!」
「じゃあ聞くなよ、目がいいのに『立入禁止』が読めねぇって事は、さてはお前、馬鹿だな?」
「言ってろ雑魚が! 王女をかくまってるよなぁ? 暗殺するから居場所を吐きな! 言わなきゃ殺すし、言っても殺す!!」
「やっぱりお前、頭悪いだろ」
「なんだと?」
「言っても殺すなら、言うワケねぇだろ」
ネオのやりとりは極めて冷静だった。対照的にストームのテンションはグングン加速していく。
「そうか、分かったぜ! ネオ・ジョババ!! それじゃあ今からてめぇを正々堂々、真正面から暗殺してやるぜ!!!」
ストームが剣のエンジンを吹かすと、剣は暴れるように素早く後ろに配置され、腰を低く下ろして構えた。それに対してネオは半歩後退しながら、静かに号令を開始する。
「全トラップをコンバットモードへ移行。ストレンジARMS・スウォーマージャケット有効化」
それに構わずストームは剣を片手でグッと握りこんだ。
「おいおい、命乞いより先に念仏唱えるやつは初めてだぜ!! 行くぞっ!!」
ドォオオン!!
爆音と共に剣が爆発的に飛び上がった。それを掴んだストームの片手を中心に弧を描く。それは遠心力と質量による大剣の叩きつけ攻撃だ。
ネオは両手を前に出して唱える。
「マンティスウィング!!」
ネオが着ている白いジャンバーが生き物のようにうねりだす。ジャンバーの縫い目がはじけるように開くと、裏返って布が捻れて二本の棒に形を変える。
ネオはその棒からせり出した取っ手を両腕で掴んだ。装着されたのは、白いトンファー型の武器。
同時に、ストームが勢いそのままに剣を振り下ろす。縦のひと振りが迫っていた。
だがネオは微動だにせず、右腕を上げて剣を受けた。剣の軌道に合わせ、右手のトンファーで斜めに弾くと……
ガキィイイイン!!
大剣はネオの中央を逸れ、アスファルトに深々と突き刺さった。そしてネオは睨みを利かせた。
「スティックインセクト」
左のトンファーが右のトンファーに吸い寄せられた。先端が磁力で引き合い連結。一本の棒と化した武器を握り直し、ネオはその動作で得た右回転の勢いを残したまま一歩後退。
そのまま棒と共に回転し、棒の先端でストームの顔面を正確に打ち据えた。ストームの顔が右に弾かれると共に、肌を平手で撃ち抜いた時のような高い音が弾けた。
「ぐっ……!」
ストームは血を噛んで、よろめきながら剣のグリップを握る。剣は音を立てて宙を舞い、ストームは棒の間合いから距離を取り、睨み合いの体勢に入った。
ネオは棒を無駄なく取り回すと、中国の武術家のように脇の下に挟んで構えた。
「念仏を唱える趣味はねぇな、私は国と宗教と馬鹿は嫌いなんだ」
「ごちゃごちゃやかましいな、てめぇはよお」
ネオは動じもせず、目を細めてストームの観察をしていた。
「てか、お前、正々堂々とか言ってたけど、丸腰の女をそんな剣で切りつけるのは、正々堂々ではないだろ」
「てめぇも……武器、持ってんじゃねえかよ」
「先に武器で攻撃された。だから出したんだ。分かったぞ、やっぱお前は馬鹿だな。マグナ、正面の少年、思い切り振り抜きだ」
「はあ!?」
ネオとストームのチグハグな会話を割るように、重機のアームがストームに飛び込んでいった。
ドゴォオオンッ!!
マグナの操縦する重機が背後から襲いかかっていたのだ。巨大なアームがストームの体ごと吹き飛ばして壁に激突させる。その隙にネオはマグナに次の指示を出した。
「マグナ、ストレンジARMS・キメラフォームを使う。転送の準備だ。それとスレイをE5C4に配置」
「了解っ! 任せな隊長!」
マグナがハンドサインを送ると重機のキャノピーが閉じ、重機は地下のハッチへと潜っていった。
ストームが叩きつけられた壁際で、頭から血をながしたストームが呻いていた。
「チッ……卑怯な真似しやがって……!!」
ネオは構えたまま、倒れ込んだストームを見下すように眺めた。
「お前が先に卑怯な不意打ちしたんだから、一回くらい良いだろ? しっかし、お前…タフだな。」
「てめえらの火力が低いんだよ!!」
ストームは鼻筋から血を垂らしながら立ち上がる。剣のエンジン脇のレバーをガチガチといじると、刀身が赤く唸りを上げた。
「次のは10倍速いぞ!! 正面突破だ!!」
「さっきの10倍だと、音速越えちまわないか?」
そう言いながらネオはバックステップで距離を取り始めた。それに対してストームは身を乗り出した。
「逃げるのかぁ!? 俺に一度見つかったらなぁ、もう逃げられねぇぞ!!」
そう叫んでエンジンをふかすと、ストームは剣を浮かせて駆け出し始めた。
その瞬間、ネオは指をパチンと鳴らした。
「 二度やる馬鹿は三度やる。トラップGO、ライノアセンド」
ストームのちょうど足元にはマンホールの蓋があり……
ボッ!! コォオーーーン!!
ネオの下水蓋爆発罠が炸裂し、ストームはマンホールの蓋と共に、体ごと真上に吹き飛ばされた。
「ぐあああっ!!」
空中に跳ね上げられたストームに対し、ネオは太ももに取付りつけられたホルスターから、コンバットナイフを抜き取り迷いなく投げつけた。
ナイフはストームのふくらはぎに鋭く刺さったが、ストームは構わず剣のアクセルを思い切り捻った。
ブオオオオン!!
エンジンが唸りを上げ、剣と一体化したストームの体は、まるで発射された砲弾のように、30メートル先まで一気にぶっ飛び、刺さったナイフも抜け落ちた。
そして、ナイフにはワイヤーが付いており、それが自動的に巻取られて、ホルスターの中に元通りに収まった。
30メートル先、工事現場の交通封鎖バリケードの外に着地したストームは、ブツブツとボヤいていた。
「チッ……うっぜぇ! やりにきい……!! ここは 燃料喰うが、しかたねぇよなあ!!」
ガチガチガチ……剣のハンドルを小刻みに動かし、ギアの接続をいじり始める。すると、剣の周りの空気が、目に見える程に歪んだ。
「行くぜガストライダー!! 天上天下唯我独尊だ!!」
バゥウウウウン!! コゥン! コゥン!
異音と共に、ストームの髪とコートが螺旋状に踊り出す。周囲の空気が圧縮され、砂ぼこりが地面から浮き上がり、立入禁止のバリケードが紙のように吹き飛ばされていった。
ネオは相変わらず構えたまま、気だるそうに目を細めた。
「なんか変わったな、仕掛けてくるか」
「止められるもんなら止めてみなァ! 今度の一撃は正面突破で行くぜェ!!」




