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第53話・吹き始めた風

 僕は謎の地下組織のリーダーであるネオさんを本気で怒らせてしまった。


 基地を追い出され、知らない世界の地下国家で、ただ一人、孤独だ。



 後頭部には全ての話の発端となったドグマ、使い道はいまだ知らない。正直言って邪魔なだけだ。


 しかし考え込んでも答えは出ない。まずは自分がどんなところに居るのか、地形を把握しておかないといけない。周囲を見回すと少し先に小高い丘が見えた。



「あそこからなら、街全体が見渡せそうだな」




 街は見た目以上に入り組んでいて、時間はかかったが、登ってみると思った通り眺めは良かった。


 その地下都市は半球状のドームで、その天井は遠く、高層ビルもすっぽり収まりそうな高さだった。岩盤が掘られた洞窟の天井はハニカム構造のコンクリート。 無機質な古いコンクリートビルに、巨大な排気塔。細く入り組んだ通路と、むき出しの配管が絡まり、地下へと続く鉄の階段と、あちこちに並ぶクレーン。


 風に混じる煙と土の匂い。


「空襲から隠れる為に作った都市とは言ってたけど、こんなの造るのって、どれだけかかったんだろう……」



 異世界らしい夢も魔法も無さそうな眺めを見て佇んでいたが、現実は厳しい。


 まず金がない。ネオさんに追い出された。最初に追い出された時は姫様を囮にするって理由で見守られてたけど、ネオさんを怒らせた衝動だった以上、いつ戻れるかも、そもそも戻れるかもわからなかった。


 当面の生活をどうにかするしかない。幸いノリコの朝食を食べた後なので、まず今日の晩飯からだ。僕は仕事なんてバイトすらしたことなかった。



「しんど……」


 思わず呟いたとき、ふと横を見ると、もうひとり丘の上から街を眺めている少年がいた。風に煽られたような、逆立った金髪で、長い学ラン風のボロコートを羽織っていた。見た目を一言で言えば「平成の不良」って感じだ。ただ、その立ち姿には妙な落ち着きがある。



 チラッと見ただけだったのに、すぐにこちらに気づかれて目が合った。


「うわ、目が合った! しかも不良系って苦手なんすよね……」


 僕は慌てて目をそらそうとした、しかし少年はこちらに向かって歩き出し、話しかけてきた。


「おい」

「………」


「おい、そこのお前。」

「ああっ!? 僕ですか……!?」


「おまえしかいねぇだろ」


 口調は雑なのに、なぜか耳にスッと入ってくる声だった。乱暴というより妙にこなれていて喧嘩を売りに来てる雰囲気では無かった。少年はポケットから何かを取り出して、つまんで差し出してきた。


 それは二枚の写真だった。




「俺さ、人を探しててよ。この街にいると思うんだけど、こいつら見たことねえか?」


 僕がが覗き込むとその写真に写っていたは、ネオとブリアンだった。


「あっ、ネオさんと姫様!」




 思わず口が滑っていた。


 姫様は命を狙われてる立場なのに迂闊すぎた。不安だっただけに、つい写真に反応してしまった。僕のその反応を見て少年が近寄ってきた。



「おっ、知ってんのかよ! やったぜ! ありがてぇ!!」


 急なテンションと距離の近さに僕は一歩身を引いた。僕はこれは関わってはいけないとすぐに察して嘘で誤魔化すことにした。



「だと思ったんすけど。似てるだけで、人違いかも……?」


「え、マジかよー。やっと見つかると思ったのによぉ」



 少年は肩を落としていた。風に煽られてボロボロのコートの裾が虚しく揺れている。口調は軽かったが、その背中からは疲れが滲みだし、彼の苦労を感じさせていた。



 その落胆を見て、僕はつい口を開いていた。

「その二人が、どうかしたんすか?」


「ああ、俺は二人を探して昨日この国に入っただけどよ、昨日橋のとこでドンパチあっただろ? あのあとこの二人の姿がぱったり消えたって話で、ここから眺めて探してたんだよ」



 橋の所のドンパチ、間違いなくバドルド将軍の戦車と、ネオさんのドラゴンバイトの事だ。僕はそのドンパチのど真ん中にいました。なんて言えるはずもなく、曖昧に笑って見せた。


「はは……いやー、それは大変っすね」



 街を見下ろすと、昨日のカーチェイスで軍用車が突っ込んだ所、車両と共に壊れた『交通妨害罠ミーアキャット』の前で、重機が動いているのが見えた。何かの作業してるみたいだった。



 それに気づいて、もう一度少年を見る。この人はこの地下都市の外から来たと言っていた。防壕都市ブリディエットは岩盤ドームの内側に閉じ込められた王国だ。僕はまだこの世界の「空」すら見たことがない。



「そういや、外から来たんですか。外ってどんな感じなんすかね」


「どんなって言われてもなぁ、空は青くて、ずっと森かな」



 ずっと森と聞いて唖然とした、本当に外は空襲で焼き尽くされて森に還ってると言う事なのか。



「外に街とかないんすか?」


「街って言ったら穴ン中だろ? 外には、たまに村とかがあるくらいか」


「へぇ、そんな感じなんすね……」



 想像しきれないスケールの話だったけど、その少年の口調は素朴で気負いがない。この世界で会った人たちはマグナさん以外女性だし、誰もかれも一癖も二癖もあって絡みずらかっただけに、この少年に対して妙に親近感を感じ始めていた。


 この街に放り出されて孤独。行く先の見えない一人旅だ。どこか他人のような気がしなかった。




「しっかし参ったな。せっかくの手がかりだと思ったのによ」


 少年は相変わらず写真と街を見比べていた。これから一人でサバイバルする可能性を考えると、外の人間との交流は、この先の役に立つかもしれない。僕はそう考えた末に切り出した。



「……あの、写真の二人なんすけど」


「なんだ!? なんか知ってるのか!?  知ってる事ならなんでもいいんだ、教えてくれよ!!」


「居場所までは分かんないんですけど、昨日あそこの工事現場で色々あったみたいで、ネオさんが工事を管理してるハズなので、行ってみたら何か分かるかも」


「おいおい! マジかよ!! ありがてえ!!」


 彼はとても嬉しそうに、分かりやすいガッツポーズをとっていた。僕はその姿を見て少しホッとした気持ちになっていた。少年は顔を上げ、笑顔で名を名乗った。



「俺ストームって言うんだ!! お前の名前は!?」

「スゴミっていいます」

「スゴミだな! 覚えたぜ! 上手くいったらお礼するぜ!」

「あ、どうもっす……」



 行動力もありそうだし、知り合っておくのは悪くないかもしれない。お礼してくれるらしいし、ご飯でも奢ってくれるならありがたいけども。



「よっしゃ、いっちょ行ってみるかぁ!!」


 ストームは振り向いて、丘に植えられた大木とベンチの方へと歩いて行った。そして木の裏に立てかけてあった何かを掴み、引きずりながら戻って来て、丘の断崖の前に立った。


 彼が持っていたのは大剣だった。


 それは身長程の刃渡りの鉄塊で、バイクのエンジンと排気筒を無理やりくっつけたような重厚な剣だった。ストームは丘の向こう、ネオさんの罠の工事現場を眺めて、口が裂けそうな程ににやけている。僕はその顔に何か不穏な空気を感じて訪ねてみた。



「そういえば……写真の二人には何の用事ですか?」



 ストームは顔だけ振り向いた。彼の顔は傷だらけで、目の焦点が定まっていなかったが、それでも爽やかな笑顔を浮かべた。



「俺は暗殺者なんだよ! こいつらは暗殺対象でよ。今からぶっ殺しに行くんだわ!」


「えっ……!?」



「そうだ! 情報のお礼に、今度お前が殺して欲しい奴がいたら、一人だけ無料でぶっ殺してやるよ!」


「ちょっと待て!! 君は笑顔で何言ってんすか‥‥!!」




「ガストライダー起動だ!! いくぜぇええ!!」


 ストームは剣のエンジン部分に付いたつまみをガチガチと数回引き、ワイヤー付きのレバーを思い切り引っ張った。


 ブロン! ブロロロロロ……ブオオオオオン!!


 低く重いエンジン音が鳴り響き、彼の周囲を暴風が吹き荒れ始めた。僕は暴風に目を閉じた。その大剣はまるでバイクだった。しかしノリコの機能美に魅せるようなタイプのバイクでは無い。


『俺はココに居るぞ!』と主張する暴走族のような爆音。




「待ってください!! あの人たちは……!」


 僕は大声をあげたが、その声はエンジンの轟音にかき消された。ストームがエンジンを吹かすと、爆風が起きて周囲に土埃が巻き上がり、大木の葉が騒めいた。彼の剣は爆発したように、断崖の前方に吹っ飛んでいた。そしてそのバイク剣を掴んだままのストームも、街の上空へとぶっ飛んでいった。原理は不明だ。


 だがその様子は飛行と言うにはあまりに乱暴で、人間大砲か、人間ロケットと言うべき状態だった。それでもストームは高笑いながら、暴れる剣と共に、あっという間に遠く、小さくなっていった。



「マズいマズい……! とんでもないヤツに変なこと教えてしまった!!」


 僕は叫ぶように言いながら駆け出していた。


 もしも自分が迂闊にしゃべったせいで、ネオさんや、姫様に何かあったら僕の責任だ。

 そんな想像だけでも足が止まらなかった。


 ネオさんの工事現場に向かうため、僕は丘を駆け下りてとにかく夢中で走っていた。

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