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第52話・怒りの矛先

 僕の災難の始まり、ドグマを手に入れた。


 その白い球体が、僕の後頭部に張り付いている。重力を無視して、存在感も無くただ静かに。



 サザナさんもデフィーナも出て行ってしまい、ドグマの使い方は教えてくれなかった。ブリアンが食事を終えて箸を皿の上に丁寧に置くと、僕を見て問いかけた。



「それで戦うって言ってたけど、それを何に使うの?」


「いや、それは僕にもサッパリ分からなくて……」



 僕は後頭部についたドグマをさすっていた。全く動く気配はない。

 すると突然、メインルームの扉の向こう、施設の廊下の奥の方から怒声が響いた。


「おいィィィ!! 毛布取ったの誰だ――――!?」


 ネオさんの声だった。冷静なネオさんにあるまじき、発狂したような声だった。メインルームのドアが勢いよく開かれ、ネオさんが真っ赤な顔で飛び込んできた。相当息が上がっており、肩が上下している。



 僕は持ってきていた毛布に手を当てる。

「あの、これってネオさんの毛布だったんすか?」


「スゴミィ!? おまえかあああ!!」



 毛布を借りた部屋の写真、そこに映っていたのは、ドグマの持ち主であるナラクと、ネオとスレイ。僕はスレイさんの部屋だと思ってたけど、ネオさんの部屋だったのか。


 彼女は鋭い足音と共に猛然とこちらに駆け寄ってくる。机とソファの間に突っ込んでくるネオの前に、ノリコが割り込んだ。



「ちょっとネオっち! 危ないってばーー!」


 ネオは無言でノリコを押しのけ、スレイの前を横切って僕に向かって来る。ネオが突進してきた勢いで、テーブルの上に置かれていたマグカップが倒れた。それはスレイが飲んでいたココアの容器だった。茶色い液体が飛び散って、静かに座っていたスレイの拘束着にかかった。


 全員がその光景に視線を集めた。


「あっ」


 スレイも自分の茶色く濡れた衣服を見るが、見ながら箸をしゃぶるだけで、反応だけを漏らしていた。


「あっ……あわぁ……」


 ネオは顔だけ振り向いて即座に謝った。

「ごめんなスレイ」


「うん……もう冷めてたから、大丈夫。でも、あわぁ……」

 スレイは相変わらず他人事のように自分の服を見るだけで何も動かない。するとネオさんは視線をあげてノリコを見て指示を出した。


「すまんノリコ、余裕が無い。リーチアブゾーブで吸ってやってくれ」



「おまかせをー!! でも、ネオっちがこんなに怒るなんて、ただ事じゃ無いよ! ラブたん!! 人の毛布を盗んだらダメでしょ!!」


 ノリコは敬礼しながら僕に注意してくるが、怒っているというよりは、ネオさんからかばってくれてると言うか、どこか優しい感じがした。だが、その一言にネオが慌て始める。



「いや毛布は別に……あっ! いや、そうだ! 私は毛布とられて怒ってんだよ! 勝手にとりやがって! ちょっと来い!!」


 何か言おうとしてひっこめた感じがしたが関係なかった。僕はネオさんに胸倉をつかまれ、そのままソファの反対側からズルズルと引きずられていく。その歩かされている横で、ノリコとスレイのやり取りが続いていた。


「こっわ〜! 今日のネオっち、めっちゃ怒ってるね。スレっち濡れちゃったねぇ」


「うん……びちゃびちゃ……」




「よっしゃー! 任せなさい!」

 ノリコは胸をドンと叩くと、ガジェットを取り出した。


「よってらっしゃい、見てらっしゃい! 大事な布に液体こぼした! そんな時、あなたのお傍に、ガジェットGEAR・リーチアブゾーブ!!」


 胡散臭い広告番組のような演技で取り出したそれは、ハンドクリーナーに透明ボトルがくっついた奇妙なガジェットだった。


「これさえあれば、ココア汚れも綺麗に吸い上げちゃいますよォ〜!! そーれぇー!!」


 ノリコはスレイのココア汚れのついた足にその機械を押し当てて、スイッチを入れた。掃除機のようなモーター音がメインルーム内に響く。




「むむっ……」


 スレイは目をぎゅっと閉じて、じっと我慢の体勢に入る。ガジェットが作動すると、拘束着に染み込んだココアがみるみるうちに吸い上げられ、備え付けられた下のボトルにたまっていく。


「ウウウウウン……くすぐったい……」


 数秒もせず、黙って震えるだけのスレイの拘束着から汚れが取り除かれ、本来の白を取り戻した。それを見て、スレイの正面ブリアンが目を丸くしていた。


「あら、なかなか便利そうじゃないの」

「はい綺麗! このリーチアブゾーブが今ならなんと非売品!!」

「わぁ~」パチパチ…


 スレイとブリアンの小さな拍手、そしてノリコの謎の決めポーズとウィンクを受けり、扉が思い切り閉じられた。


 バァン!!





 通路の奥……


 僕は壁に追い詰められ後頭部のドクマの分だけ首が浮いた状態だ、その正面、ネオさんがものすごい近距離で僕を囲んで壁に手をついている。鼻息すら聞こえ、その長い髪が僕のTシャツの襟首から鎖骨をくすぐっている。ネオさんは顔を真っ赤にして怒鳴りつてくる。



「お前、私の部屋に勝手に入ったんだよな!!」


「すみません、すみません! ワザとじゃ無いんです!! いろいろ事故が重なってしまって…… 毛布は洗いますし、ジュースも買い直しますので!!」


 僕は平謝りで頭を下げようとしたが、ネオさんの顔が近すぎて頭を下げるスペースすらなく、視線はネオさんを正面から受け止めるしか無かった。しかしネオさんは目を閉じて首を振った。



「ちげえよ!! そんなことはどうでもいいんだよ!!」


「……えっ?」



 ネオさんの顔がさらに真っ赤になっていき、次は普段のクールな喋りでも怒りでも無い、モジモジとしたしゃべりに変わって至近距離で目を反らし始めた。


「お、おまえ、その、さ……? 毛布取るときにさ……何か見たか!? 見てなきゃそれでいいんだけどな!?」


 見られたくないものを見られたと言った余裕のない語り口、ネオさんと初めてであった浴室以来、初めてネオさんの女性らしい表情を見た気がする。


「え、えーと……部屋で見たのは、写真が置いてあったのを見て……」


「あっ……」 やばい、気がついてしまった。僕はあそこはスレイさんの部屋と思い込んでいた。スレイさんは、かなりのんびりとした子供だ、なのでそういう事もあるだろうと思って受け流していたが、あのベッドのシーツ。黄色いシミの存在感を思い出してしまった……


 この賢くて冷静なネオさんが…………まさか、おねしょをしていた……!? それに気が付いた瞬間、僕は必死で目を反らした、首を遠ざけたかったが、後頭部のドグマが押し込まれて痛いだけだった。



「あっ! あ―――!! 見てないですよ!! シーツとかは見てないですし、その……!!」


 言った瞬間、ネオさんは胸倉をつかんで、目と目でキスになりそうな程にえぐり込んできた。


「お前その反応……!! 絶対見たやつだよな!!」


「す、すみません!! 悪気は無かったんです!! 誰にも言いませんから!!」


「言ったら叩き出すからな……!!」


「もちろんです! 誓って言いません!!」


 とんでもない秘密を知ってしまった。何とか追い出されずには済んだが、この基地に置いてもらうならば、これは知らない方が安全だったかもしれない。 だがしかし今日の僕は間が悪く、無駄に頭が働い。


 僕はもうひとつ、嫌な事を思い出してしまった。


 それはさっきノリコが使っていたリーチアブソーブ。それの使い方を丁度知ってしまった。あの吸引機とペットボトル。あれと同じ形の物が、ネオさんの部屋にも置いてあったんだ。何を吸引するために……?



「あの、もしかしてなんですけど、ネオさんの部屋に置いてあったボトルの中身って……」


「おい……それも見たのかよ!!」


 ネオがついに壁ドンを解除して、顔を両手で覆った。羞恥の極致に耐えられなかったのだろう。しかし僕は馬鹿な程に正直だった。




「僕それ、飲んじゃったんすけど……」

「―――は?」


 ネオさんの顔は、羞恥から突如激怒に変わった。






 ボゴォオン!!


 次の瞬間、僕の背中の壁が動いて開いた。壁の中には狭いスペースがあり、僕はネオさんに蹴り飛ばされ、その空間に叩きこまれていた。その空間には座席のシート。ここに来た初日、姫様と一緒に押し込まれた脱出エレベーターと同じ構造。


「あれ、これってもしかして」


 ネオさんは感情無く告げた。

「トラップGO、モールズゲッタウェイ」


 殺意を帯びた光の無い目だった。起き上がる間もなく脱出装置の扉が閉まった。




 ドシュウウウウン!!


 脱出装置が高速で上昇して行く、有無を言わさず追い出されていた事を察した。


「理不尽すぎないっすか―――!! いや、飲んだのは僕が悪いのかもしれないけどおお!!」



 脱出装置はエレベーターと言うにはあまりに乱暴な代物だ。出口に到着すると座席がせり上がって押し出され、扉は自動で閉まる、戻ろうとすると扉の内側は岩にすり替わってる。再侵入が不可能なのは基地の保全機能らしい。出るのには便利だけど、僕みたいな部外者が戻る事は出来ない。



「マジっすか……今度はガチで見捨てられたかも」


 放り出されてしまったわけだけど、思えば昨日の夜にこの世界に来た。それからすぐに姫様の護衛。ホテル探しに必死だったので街の事を知らな過ぎた。


 防壕都市ブリディエット、防空壕を掘り進んだら出来た都市とだけの説明しかない。


 古びたコンクリートの裏路地を見渡しながら、僕は後頭部につけられたドグマをさすった。これもなんとか外さなきゃいけない。


「ここは、どこなんだろ?」

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