第51話・継承の証
「あんただけしか玉を持ってないからでしょ! 早く玉を出して見せなさい!」
「天使さんも気になるなあ! スゴミ君の玉はね、大きくて光ってるはずだよ!」
始まりの日にアルハと天使さんが僕の玉を求めていた。
僕の過酷な体験の発端となった玉、ドグマと命名された物がついに僕の目の前に現れた。
しかもそれは、情報屋だというサザナさんが所有していると言う形で出てきた。
「なんでこれを、サザナさんが持ってるんすか」
サザナは黒い手袋でトランクのドグマを撫でる。
「これはな、獅子神ナラクのイマジンドグマだ。先日彼が戦死したため、その遺品を回収して来た」
それを受けて僕の正面でトランクを膝に置いたデフィーナが、冷めた目で口を挟む。
「まったく、アイツも最後までアホなやつだったわね……」
その口調には毒が含まれていたが、それだけではなかった。デフィーナの肩が小さく震えている。潤んだ瞳が悲しみを訴えていた。常に無表情だったその顔が、ほんの少しだけ歪んで見えた。
サザナの手前ソファの端で朝食を食べていたスレイも、いつのまにか涙をこぼしていた。
逃げ込んだ部屋で見た写真、黒髪の男性はやっぱりナラクさんだったんだ。ネオさんと初めてあった時も僕の事を間違えて、ナラクと言う名前を口にしていた。僕に少し似た顔の彼。彼は愛されていたんだ。そしてこのドグマがその遺品と言うわけだ、僕のドグマでは無い。
「すみません、なんて言ったらいいか分からなくて……」
サザナは僕を見つめたまま、飄々と笑顔でいる。
「構わんよ。君とナラクとは、完全に他人なのだから」
「マスター、こいつは……」
デフィーナがセリフを言いそうな所、サザナは片手を上げて制した。それだけでデフィーナの口はぴたりと止まる。デフィーナのメイド姿からも察しはついたが、二人の間には完全な主従関係があるようだった。
サザナは改めて指を組んで話し始める。
「私はこのドグマを、ネオに渡すつもりで持ってきた。だが誰かに頼まれて運んできたわけではない。だからもしこのドグマを箱から出せる者がいれば、その者に譲ろうと思っている」
デフィーナが抑止されてるにも関わらず、怒りだして身を乗り出す
「ちょっと! なにそれ本気で言ってるの!?」
明らかな動揺と激昂、それをサザナは無言のまま視線だけで制した。そして再び僕に目線を映す。
「どうだ、やってみるか?」
ノリコは顎に指を当てて、何も知らないと言った空気で質問する。
「それって、そんな高価な物なの?」
「世界にひとつしか無いものだな」
サザナは余裕たっぷりにそう答えた。
ざわつく一同の中、一番近いスレイが既に手を伸ばしていた。
「ナラクのやつ……」
そうつぶやくと、スレイはドグマに触れた。そしてなんのためらいも無く、それを引き抜こうとする。だが抜けない、それどころか、それがくっついてるはずのケースすら机から微動だにしなかった。まるで机に釘で打ち付けられているかのように。
僕はそれを見て直感し身を乗り出した。
「これって多分……自分しか触れないやつっすよね」
サザナは静かに視線を送り微笑む。デフィーナは生気を失った顔で引きつっている。
僕はドグマに手を伸ばした。それは柔らかな光を纏い、あっさりと手中に張り付くように収まった。 手元に戻し観察をする。重さは感じない。その空間にただあると言った印象を受ける。
ノリコがまず湧いた。
「ラブたんやったな! それ聖剣を引き抜いた! ってやつだよ!!」
僕はドグマを、見つめていた。
「これがドグマだったんだ……」
記憶が蘇って来た、天使さんが降りて来たあの時、野球ボールを掴む前に確かにこれを手にしていた。
「……チッ、だるいわね、ホントに」
デフィーナはわざと聞こえるように舌打ちをした。そのまま立ち上がるとソファーを飛び越えて裏に回り、機嫌悪そうに部屋を出て行った。僕は気づけばその態度の悪いデフィーナの背中を睨みつけていた、ノリコやスレイもブリアンも呆然として目で追っていた。
しかしサザナはデフィーナには目もくれなかった。
「おめでとうスゴミ君。私は君の登場を待っていたんだろう。拍手を送ろうか」
サザナが静かに拍手をすると、ノリコとスレイも小さく手を叩いた。遅れて空気を読むようにブリアンが指先だけを合わせるような拍手を送る。
それはまるで小さなお誕生パーティの様に……
このメインルームの真ん中で、確かに何かが動き出す、そんな予感が僕の中に反響していた。僕の手に収まった白い玉、ドグマ。その淡い光にはどこか安心感も感じる。
「これが……獅子神ナラクのイマジンドグマ……」
サザナは腕を組み、目を細めて腕の下から僕を指さした。
「想像力の高い者でないと、そのドグマは動かす事すらできない。このケースは特製で、私はこのケースに入ってる状態ならばドグマを入れて持ち運ぶ事が出来る。それを掴めた君には適性があるということなんだよ」
僕はドグマを見つめながら質問する。
「コレ、どうやって使うんすか?」
結局アルハさんも天使さんも、ドグマを出せだの使えだの言うだけで、具体的にどう使うのかは教えてくれなかった。サザナさんなら教えてくれるかも知れない、そう思った。
サザナはドグマを見つめて答えた。
「それはね、君次第だよ」
意味を含んでいそうな表情でそう言ったが、しかし意味が分からない。
「僕次第と言われましても……それだけ?」
「それだけだ。私はドグマがそう言う物だと、ナラク伝えに知ってるだけであって、具体的な使い方までは知らない」
「そ、そうっすか……」
サザナが腰を上げる。
「じゃあ、ネオに会えなかったのは残念だが、用は済んだ。私はこれで失礼するよ。」
その言葉に僕も立ち上がった。
「待ってください! 僕はこれ戦いに使うものだと聞いています。使えたら守れたかもしれない人がいるんです……僕はこれ、ちゃんと使いたいと思ってて……!」
サザナは背中越しに振り向き、笑みを投げた。
「戦いに使いたければ使えばいいだろう。ナラクは繋げるために使っていたがな。」
「繋げる…...? どういうことっすか?」
「そのままの意味だ。私は彼の保護者ではない。ただ死んだと聞いたから取りに行っただけだからな。それ以上の事は分からん。」
「また、何も分からないんすね」
気付くとドグマを見つめる手が、ドグマを掴む形で固まり、指一本動かせない状態で止まっていた。
「あれ……? これ取れないっすよ……」
ノリコが覗き込んできた。
「え? どうしたん、ラブたん?」
「ドグマが手から離れないんすけど!?」
「うっそぉ!? ノリコちゃんを抱きしめるためのラブたんの手が!?」
「いや違いますけど! ちょっと引っ張ってもらっていいっすか!?」
「任せときな! これが夫婦の初の共同作業ってやつだな!」
ノリコがドグマを引っ張る。だがまるで手の一部になったように動かない。
「いっだだだだだ! タイムタイム!! 腕がもげる!!」
「大丈夫かラブたん!! 今ダイナマイト持ってくるからっ!!」
「死ぬわ!!」
そんなやり取りをしながらノリコとドグマを引っ張っている間に、サザナは机から離れていた。
それを急いで呼び止める。
「待って、サザナさん!! これ取れないっすよ! どうなってんすか!!」
「やれやれ……貸してみろ」
サザナは戻って来て僕の腕を取った。そしてスッと腕を後ろに曲げさせる。ドグマを後頭部へ押しつける形に。顔が近づきサザナさんの切れ長で整った横顔が視界に入る。
「なにしてます? ちょっと顔が近い......」
と言いかけた瞬間、耳元で一言。
「ほら、取れたぞ」
「えっ!?」
何をしたのか全く分からなかった。なにも気づかなかった。だが手を手前に戻してみると、確かに手には何もついて無い。
「えっ……!? ほんとに取れた! ありがとうございます!! でもドグマはどこに?」
僕は周囲を見渡すが、ドグマはどこにも無かった。
それを見てノリコが僕の顔を指さして大笑いした。
「あははは! なにそれ冗談でしょラブたん! 頭についてるじゃん?」
ブリアンも僕を見上げて便乗しだす。
「本気で気付いて無いの? それ」
指を後頭部に触れると、そこにドグマはぴたりと張り付いていた。まるで重力を無視して浮いているかのように。サザナは肩をすくめ、半ニヤケで息をついた。
「そこならノリコを抱きしめるのにも支障はないだろう」
ノリコはバンザイしながら小躍りを開始した。
「やった! サザナっちグッジョブ! ウチら幸せになりまーす!」
ブリアンは無言で目を伏せて食事を再開した。僕は遠のくサザナさんを再び呼び止めた。
「違いますけど!? てかこれ、くっつけ直しただけじゃないすか! ちゃんと取ってくださいよ!!」
サザナはケースを軽くあげた。
「私には動かせないと言っただろ、正直ケースに戻す手もあるんだが、コレは私の大事な私物なのでね。ドグマを渡すなら中身だけって決めていたんだよ」
サザナはそっとアタッシュケースをぶら下げて帽子を直した。それでも僕は抗議していた。
「こんなのついてたら、寝れないっすよ!!」
「じゃあ夜までに頑張って取るんだな。私も次の面会相手を待たせているんだ。もう行かせてもらおう」
サザナは再び背中を向けて歩き始める。
「いや待って!じゃあケースに戻しますんで!!」
サザナが首だけ振り返り、高い視線から冷たい目線で見下ろしてくる。
「スゴミ君、私は確かに君を認めているが保護者じゃない。だから甘えないで貰いたい。もし甘えたいならノリコの胸でも存分に借りるといい」
返しが突き放しの上にセクハラだった、そのいじりに乗るようにしてノリコが騒ぎ出す。
「うおー! サザナっちにしては良い事言うじゃん!! さっさと甘えやがれー!!」
ノリコは立ち上がって両手を広げていた。それに合わせるようにサザナはケースを持ち替えた。そして無防備なノリコの胸を無言で二回揉むと、何事も無かったかのように足早に部屋から出て行った。
「なんでこうなるんすか……」
僕は後頭部に引っ付きながらも動かす事すら出来ないドグマをそっとさすった。




