第50話・過去と未来の話
ネオさんとの交流のある情報屋サザナさんと、そのメイドのデフィーナが突然訪問してきた。
ノリコは改めて朝食を人数分揃える為に慌ただしく動いている、いきなりの事なのに素早い対応だった。調理場からは中華鍋をオタマで叩く音と油の跳ねる音、そして何よりいい香りが届いてくる。
外出中のネオさんを除く全員がメインルームのテーブルをとり囲んで、朝食会が始まっていた。
サザナは普段ネオさんが座ってる席、長机の上座に堂々と座っていた。
「私も朝食も取らずに歩いてきたからな。ちょうど腹が減ってた、すまんなノリコ」
サザナの目の前、長机の一番端の席で向かい合うように、スレイとブリアンが食事を取っている。スレイは机にあごをつけて皿の目の前まで顔をもって行き、ゆっくりゆっくりと食べている。とても行儀が悪いが、ずっと眠そうなので、きっと寝落ち対策なんだろう。
ブリアンはずっとサザナをチラチラ横目で見ながら、ボソボソと文句を言っていた。
「なによ、私は姫なのよ、あんな触り方、許さないんだから……ボソボソ」
僕と裸で抱き合っても文句言わなかった姫なのに、どんな触られ方したらこんなキレ方になるのかが逆に気になる。
僕はスレイの隣でノリコが作った卵焼きをゆっくりと口に運んでいた。
「美味いっすねこれ! ノリコさんの卵焼き!」
「そうだろう!そうだろう! ノリコちゃんはな、良い嫁になるんだよ!」
そして僕の正面に、アルハと全く同じ顔の緑髪メイド、デフィーナが座って無言で感情も無く時間稼ぎでもするようにちまちまと卵焼きを口に入れる作業をしていた。視線はずっと料理、僕とはまったく目が合わない。
ノリコは茶碗によそった白米を僕とデフィーナの所から配りながら喋る。
「でもよく、警報なってるトラップ拠点を無傷で抜けてきたね?」
デフィーナは座ったままの目でノリコに目も向けずに答えた。
「出てくる場所がわかってる弾なんて、当たる方がマヌケなだけよ」
この毒舌……発言センスまで完全にアルハさんだ、ネオさんもブリアンもそうだった。僕が前に居た世界の人達と顔と本質的な中身は完全に同じ。
僕はポケットに手を入れ、そっとヒメガミさんにプレゼントしたネックレスを机の上に置いてみた。デフィーナは僕の指の動きだけ一瞬見たが、気にせずご飯を口に運ぶ作業に戻っていた。
しばらくしてサザナが話し始める。
「しかし、せっかく来たのにネオが外出中とはな、こっちも暇ではないんだが。」
ノリコはサザナの元にご飯を置きながら無遠慮気味に冷めた応答をする。
「ネオっちは街の修理の打ち合わせ行ってるからねー、伝えられる用件なら伝えとくよー、食べたら帰ったらー?」
「言って済む話なら電報で送っているさ。お前は本当に可愛いなノリコ」
「なーっ!? バカにしてんなー!! ラブたん!! ガツンと言ったって!!」
「え、僕っ!? えーと…… 渡すものとかあるなら、渡しときますけど」
僕が無難にそう発言すると、食事を開始してから初めてデフィーナが僕の目を睨んで言葉を発した。
「あんた、昨日来たばかりでしょ。なんでそんなに偉そうなのよ」
名前だけじゃなくて、それまで知ってるのか、完全にアルハの生き写しだし、アルハも超能力みたいなの使ってたし、やっぱりこのデフィーナって子も何かあるんじゃないか? 僕はそれが気になると、聞かずには居られなかった。
「ちょっと聞きますけど、デフィーナさんって、アルハを知ってるんすか」
それは知ってる者しか答えられない質問だった。アルハは必ずまた会えると言っていた。デフィーナがそれと関係あるのか無いのかだけでも知っておきたい。ドグマも天使さんの事も、結局何も分からなかった。謎が山ほど残ってる。
デフィーナは片手で数粒づつの米を口に運ぶ作業をピタリとやめ、ゆっくりと視線を上げて僕の目を睨んで冷たく答えた。
「彼女を守る時しか戦わないクズに教えることなんて何もないわ。近寄ったら本当に殺すわよ」
「なっ……!?」
コイツは全部知ってる……!!
彼女を守る時にしか戦わないクズ、その評価はもっともだった。でもそれはアルハと僕の二人しか知らないはずの情報だった。
―――アルハが言った言葉。『私は彼女に戻ったでしょ。だから私を死ぬ気で守りなさい』
昨日の夜、あの廃病院の踊り場で、僕とアルハさんの間だけで起きた出来事だ。僕ら本人以外が絶対に知るはずのない情報を平然と吐いてきた。アルハとデフィーナは繋がってる。それは間違いない。
もはや、僕に止まるという選択肢は無く、身を乗り出していた。
「知ってるんですか!! アルハさんはどこにいるんすか!! 僕のいた世界は……!!」
デフィーナの顔は完全に冷めて、僕が机の上に出したヒメガミさんの遺品のネックレスを眺めてから、殺意が塗りたくられた刃のような、黄金の瞳で僕を睨み付ける。
「あんた、アルハが目の前で死んだの見てたんでしょ? もしそのガラクタしか見えてなかったって言うなら、その目玉、付いてても無駄だし、潰してあげましょうか?」
「なんだとお前っ…………!!」
身を乗り出しかけた僕に対し、デフィーナは体を傾けつつも視線を反らさなかった。ソファの下に置いたトランクに手をかけているようだった。
コイツ……ヤバい。挑発と分かってても感情が爆発しそうだった。
―――『スゴミ、逃げて……あなたまで死んでしまうわ……』
僕は無力ですべて失った、誰も守れなかった。僕が悪い、そんな事は分かってる。でも、それでもアルハは最後の瞬間に命懸けで僕を助けてくれた。その救いとヒメガミさんの死を小馬鹿にするようなこの態度。考える程に怒りが渦となっていく。僕が歪んだ顔をデフィーナに向けると、デフィーナは箸を手放して膝の上にトランクを乗せた。
「悔しいならかかって来たら? そしたら遠慮なく殺せて手間が省けるわ」
「……お前なぁ!!」
全員の視線が集まり、僕が立ち上がりかけたその時、机の左側から、パンッ、と手を叩く音が聞こえた。視線を移すと黒い手袋を重ねてサザナが微笑んでいた。サザナはデフィーナの席側の手で、火花をもみ消すように空気を撫でて話し始めた。
「まあ待て。過去の話で楽しく盛り上がるのもいいが、今はブリアン姫を護衛するという任務の真っ最中だろ、もう少し明るい未来の話をしようじゃないか」
ノリコがヤカンを持ちながら僕の背中に回って来て、それに便乗する。
「うん、明るい未来の話がいいよねー!! ラブたん! 式場どこにするー!!?」
ブリアンが困惑した顔で僕を見ていた。僕の発言が完全に空気を悪くした。デフィーナがアルハさんと同じ性格なら、止められてなければヤバかった、本当に殺されていたかもしれない。
「ごめんノリコさん落ち着きました。大丈夫っす、ありがとうございます」
「よーしっ! 良い妻持ったなラブたん!! 水飲め、水をー!!」
ノリコはヤカンから僕のコップに水を継ぎ足してくれた。僕はコップを持ち、水を一息で飲み干した。そして、一呼吸おいてサザナの顔を見た。
「未来の話ってなんすか」
「フフフ……それが私が今日持ってきた本題でもある」
そう言うと、サザナは傍らにあったアタッシュケースをテーブルの上に置いた。重厚な音が響き、自然と全員の視線が吸い寄せられる。ノリコは両手を広げて目を輝かせて即座に反応を見せる。
「うおっ……アタッシュケース! かっけー!! 百万円! 百万円!!」
「いや、おそらく数千万円くらいは入るやつだと思うっすけど……何が入ってるんすか?」
サザナは無言のままニヤケ顔で僕を見ていた。そして両手で弾くようにして留め金を外した。硬質な音が重なって響き、ケースを机の上に倒すと、少し前に押し出して静かにフタを開いて見せた。
中には、見たこともない装置が収められていた。脈動する黒地に緑色の光を帯びた基盤だ。
その中心には球体がひとつ収まっている。白く光沢の無いその表面は、石灰とも粘土ともつかない。大きさは赤ん坊の頭蓋骨ほどのものであり、魂を失った生物の亡骸のようにも思えた。
その容姿に対し、僕の記憶の奥に引っかかりがあった。
「あれ、これってもしかして……?」
僕の額にじっとりと汗がにじむ。
サザナは振り向いて僕を見ていた。視界の外からその視線を感じていたが、僕は球体に集中していた。 そのまましばらく見つめて全員が沈黙。誰もしゃべらない奇妙な間が生まれ、おかしいと思ってサザナを見ると目が合った。彼女はずっと僕だけを見ていた。
その瞬間にサザナが告げる。
「これは、イマジンドグマだ」
その単語が耳に入った瞬間、僕の背筋に戦慄が走った。
「ドグマ……玉……!?」
―――天使さんが玉を求めていた「君の大切な『 玉 』をココに出して、天使さんに見せてくれるかな?」
―――アルハがドグマを語った「あなたがドグマを発動したから、物語が始まって天使が来たのよ。」
すべては天使さんとアルハが僕の玉の提示を求めたこと、ドグマをめぐる争いから始まった。
僕のドグマはどこにある?
僕はドグマを投げ捨てた。ヒメガミさんがいた学校の校庭に。そして玉無しだの戦えないだの言われ、バカにされて流されて、全てを失ってきた。
その発端が突然、目の前に現れた。
「なんでドグマがここにあるんすか……」