第48話・戦う覚悟
室内の天井に取り付けられた赤い回転灯が点滅を始める。
けたたましいサイレンが鳴り響いた。
ウーッ! ウーッ!
「警戒レベル3。自動迎撃開始。」
緊急のアナウンスが流れる。
それは機械音声と言うか、それっぽくしてるネオさんの録音だった。
僕は一瞬気が抜けるが、ノリコは逆に背筋が伸びた。
「ありゃ、マジモンじゃん。
こりゃただ事じゃなさそうだね。」
そうだ、ただ事じゃない、黒づくめの不気味な女が
既に基地の中を進んでいるのだ。
監視カメラ越しに睨まれた、ニヤケ顔が頭から離れない。
しかしノリコは警戒しながらも
僕の毛布の間からさらけ出された胸板にすり寄ってくる。
さらに、わざとらしく指を絡めてくる。
「でもでも、スゴミっちの気持ちは分かったから
それはそれとして、あとでじっくり受け止める……ね?」
「冗談言ってる場合じゃないっすから!!」
ちょうどそのとき、背後からブリアンが駆け込んできた。
髪がしっとりと濡れている。
スレイと一緒にシャワーでも浴びてきたのだろう。
「ちょっと、何なのこの騒ぎ!?
あっ、そうそう!」
と、ブリアンは思い出したように顔を向けつつ
パンツ一枚の僕にすり寄るノリコをジロリと見た。
「ほら! スゴミ! あなた部屋から出てく時
服忘れてったわよ! そそっかしいんだから!」
手には、さっき僕が脱衣所に置きっぱなしにした服一式。
その瞬間ノリコの顔がこの世の終わりのように暗くなった。
「えっ……」
それを尻目に、服を受け取る。
「姫様にすぐ出されちゃったからっすよ!
でも、わざわざ持ってきてくれて、どうもっす!」
ノリコは頭を押さえ再びテンションが上がる。
「ぬあ―!! ショックぅ!!
姫様の部屋に服忘れてくるって!!
やっぱ君たち、なんにも無くなかったんだ!!
ウチのことはただの遊びだったんだ―!!」
「何言ってんすか! 遊んでるのはノリコさんの方でしょ!?
ネオさんは!? ネオさんは居ないんすか!」
ノリコは僕から離れ、壁にもたれかかり
口をつっぱらせて、壁を指でいじいじグリグリしてる。
「ネオっちは今ー
修繕チーム雇って街の修理に行ってまーす。
拠点にいるのは5人だけー」
急に気怠そうな態度を取り出すノリコだったが……
「ウチー、オッサンー、スレっちー、泥棒猫とぉ
ス―ッ!! あと、ラーブちゃん!!」
突然上がるトーン。
グイッと毛布の下から背中に片腕を回し引っ付いた。
壁の次はスゴミの胸を指でグリグリ押してくる。
「ラブちゃんってなんすか!? 僕のことすか!?
また変な名前つけないでくださいっすよ!!」
「照れちゃって〜! かわいいなあ!」
ブリアンは冷えきった目をしてる
「泥棒猫って何……? わたし?」
僕は焦っていた、実際の所侵入者がどんなやつか分からない
最悪の理不尽だって有り得る。僕は話題を無理矢理切りり替えた。
「まあ、それはともかく
基地にいるのは五人ってことっすね……!」
オッサン...は
初日、メインルームの壁で延々機械いじってたムキムキのメカニック…
橋での戦いの後にトラックの運転席に居るのがちらっと見えた人。
「とにかく、ネオさんいないなら隠れますか!?
……ってか、武器とか無いんすか!?」
「武器ね! あるある! 出してくるよーー!」
ノリコはそう言うと、メインルームの端で機械をイジるオッサンを指さした。
「まともに戦えるの、たぶんあのオッサンくらいしかいないし。
ちょっと呼んどいて〜! オッサンは『マグナ』って言って
つっつけば! 気づくからね!!」
「ノリコさんは戦えないんすか?」
「ノリコちゃんはね!!
バイクと一体化してないと、雑魚なんで―す!!」
腕で思い切りバッテンを作ってる。
残念なことにこの一言には異様な説得力があった。
「そ、そうすか……」
「だからバッチリ守ってね!ラーブちゃん!」
「絶望的っすね……」
仕切りに僕にひっつこうとするノリコを尻目に
ブリアンはスレイを連れてくると言って風呂に戻った。
ノリコの話しによると、正面玄関から基地に入ると
トラップの発動を無視しても10分かかるらしい。
僕はメインルームの奥へと進み、
壁際の隅のマグナさんに声をかけに行った。
「あの、マグナさん……?
あの―! マグナさんですよね!!」
カチャカチャカチャ……
ムキムキのオッサンが、太い指で超細かい基板にパーツを取り付けている。
まるで機械のように、チクチクと定速、精密。
瞬きすら忘れてギョロりと開いた目。
肩に刻まれた無数の針のような刺傷、ただならぬ雰囲気だった。
そして、完全無視だった。
早く動いてくれないと敵が来てしまう。
僕は精一杯耳元で声を出した。
「あの!! あ―! の―!!
マ―グナさ―ん!!」
僕がそれに手間取ってると、後ろからノリコがやってきた。
「ダメダメ、ラブたん。
オッサン、今めっちゃ集中してんだから
つっついて呼べって言ったでしょ!」
ノリコが横からスッと割り込んだ。
そしてためらいもなくフォークを取り出し
マグナの分厚い肩にフルスイングでぶっ突き刺した。
無数の刺傷に傷が追加され、血が滲んだ。
「ちょっ、何してんすか! 危ないっすよ!!」
フォークが刺さってからワンテンポおいて
マグナが首だけこちらに傾けた。
「お、ノリコか。 いてぇな、どした?」
ノリコはフォークを抜き、マグナの顔の前でマイクの様にして持った。
「気づかないんだもん!!
5億兆回は呼んでたからね!! 敵襲だよ!!」
マグナは平然と頭をかき、立ち上がった。
でかい。2mくらいありそうな体格。
「おー、そかそか。わりぃな」
「はい、これ持って。状況収まるまで、いじり禁止ね!」
ノリコが拳銃をマグナに手渡す。
「良いとこだったのにな、仕方ねえ、早めに片づけるか」
マグナは一瞬で銃をバラバラに解体して見せた。
そしてそのまますぐに組み立て直した。
その手さばきに僕は圧倒されていた。
「凄い、凄腕っすね……!」
しかし、ノリコがすぐに否定する。
「そうでも無いよ、オッサンは手先器用だけど射撃はヘボいから。」
マグナは拳銃を100円の水鉄砲でもつまむかのように構えた。
その手の大きさに対して小さすぎる。
「そうなんすね……」
改めて思った。ネオさんのチームには、変なのしかいない。
もはやノリコさんが一番まともに見えてきた。
だがそれは、気のせいであって欲しい。
「はい、これラブたんの分ね〜!」
ガチャリ
ノリコの手から、ずっしりとした金属の重みが、手に落ちてきた。それは拳銃……
「えっ……」
「撃ち方、知ってる?」
昨日から今日にかけて
祢音さん、姫神さん、アルハさん、そしてあの軍隊の兵士たち。
人が死ぬのを、何度も目にしてきた。
でも、どこか現実じゃない感覚があった。
心が追いついてなかった。
そして今、自分の手の中にあるこの拳銃。
これは、人を殺す道具だ。
敵は確かに、僕らを殺しに来ている。
だから、戦うことは正しい。分かってる。
だけど……
「僕が……?」
胸の奥が震え始める。指先が冷たくなっていく。
「無理だ。絶対にできない」
頭じゃなくて、体が拒絶していた。
そのことだけはなぜか変に確信があった。
回り続ける回転灯をノリコが見上げていた。
「ホントなら、ここはネオっち自慢のトラップハウス。
ちょっとの侵入者なら、機関銃トラップで一発なんだけどね。
警報が鳴り止まないってことは、敵が生きてるってことなのよ」
それだけで敵が常識の通用しないやつだと察しがつく。
「敵がどこまで来てるか、分からないってことっすか……」
ノリコは頭の上で羽を作るように手を動かした。
「ネオっちのアウルウォッチャーがあれば把握できる!
予備もある! でも、あれは完全にネオっち専用!!
使い方がワケ分からんのよ!!」
「確かに難しそうっすね……」
「うん! 無理だよ!! でも、ネオっちはもう気づいてると思う!
だから、耐えてれば来てくれるよ!!」
「持久戦……ってやつっすね」
「ラブたんの我慢強いところで……
きゅん! ってさせてねっ!!」
「ふざけてないと死ぬ病なんすか……」
「ヤバいとき程笑わないとな!ビビってちゃ、助かるもんも助からん!
ってなあ! 面白くなって来たぜぇ!! わっははははー!!」
「いや……その……」
そのとき、扉の向こうから声が響いた。
ブリアンの高い声だった。
「きゃっ! いやあ!! なにするの!やめて!!
スレイちゃん、スレイちゃ……!!」
スゴミの額に一気に汗が浮き出る
「――っ!」
思考よりも先に体が動いた。怖いなんて言ってられない。
今は行くしかない!
「見てきます!ノリコさんは下がってて!!」
「きゅん…」