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第47話・僕の防衛ライン。

 スレイさんの肉体が制御を失った。


 僕が少年と認識したその子は少女だった。


 浴室前の脱衣所、もっさりとした拘束着のつなぎを脱ぎ下ろし

 スポーツ選手のような上着と、可愛らしいレースの下着がさらされて

 思わずツッコミを入れた直後だった。


「スレイさん……!! スレイさん……!!」


 細い体を抱きあげて、必死に声をかける。


 天使が現れてから理不尽続きだった僕は疑心暗鬼だった。

 おだやかで無害そうな少女の、原因不明の突然死。

 一瞬で様々な最悪な妄想が頭を埋め尽くす。


 そんな思考をぶっ飛ばしたのは、かすかに聞こえた音だった。


 スピー……スピー……


 それは寝息だった。

 とても静かな小さな鼻からの呼吸音。


「え、寝てるだけ……?

 ここそんないきなり寝るすか!?」


 腰が抜けそうになる。

 心臓の鼓動が収まらないまま、呆然とその寝顔を見下ろした。


「ちょっと大丈夫ですか!!

 おきてください!スレイさん!?」


 とりあえず、下着姿の少女をこのまま抱えるのはまずい。

 僕は脱げかけた拘束着を整えようと手を伸ばした、その時……


 バンバンバンッ!!


 脱衣所の扉が思い切り叩かれた。


「ちょっと! 何があったの!? 大丈夫!?

  開けるわよ!? 開けるわよッ!!」


 ブリアンの声だった。一瞬スレイに服を着せるのを

 手伝って貰える。そう思ったが、背中に寒さが走った。

 僕はすでに下着一枚だ、下着姿のスレイを抱いた僕。


「ま、待ってください姫様!!

 今はまずいっす!! だめぇえ!!」


 ガチャ!!


「えっ……!? なにしてるの……?

 あなた達、裸じゃない……!!」


「ちがっ! これは違うんすよ!!

  スレイさんが勝手に寝てて!

  あ、そう!風呂です!風呂に入ろうとしてて

 それで……!!」


「寝てる女の子を脱がしてお風呂ですって!?」


 ブリアンの声が裏返った。

 ホテルでノリコが乗り込んできた時と同じハズなのに

 僕は何も悪くないはずなのに


「ちがっ、話を!!」


「堕ちたわね!!ケダモノ!!」


 パァァン!!


 強烈なビンタが僕の頬を打ち抜き、

 そのまま棚の服を取る事も許されず、脱衣所から蹴り出された。

 パンツ一丁、着替え無し、罪を背負い、死地に立たされるその姿

 それはまさにコロッセオの拳闘士。


「いや理不尽すぎないっすか……」


 静まり返った廊下で、魂が抜けそうになっていると


 カチャリ……


 扉がわずかに開き、ブリアンが中から睨みつけてきた。


「あの……服、だけでも……」

「いつまで覗いてるのよッ!! 変態ッ!!」


 くしを投げつけられた。

 昨日は相当な信頼をしてくれていた様子だったのに……

 物理ダメージより、精神ダメージの方が大きかった。


「うわっ!! すみませんっす!!」


 急いで立ち去りながら、思った。

 ……僕、悪くないよなこれ……


 急いで逃げたせいで、どこをどう通ったのかも分からず

 気がつけば知らない部屋に入っていた。

 廊下でノリコが見えて、とっさに飛び込んだのがこの部屋だった。

 下着姿などをノリコに見られたら、絶対にからかわれる。

 焦りでドアを閉めたあとも、心臓が跳ねている。

 部屋の中は暗く、照明は最低限しか点いていない。


 ……誰かの部屋か。


 地下基地は少し肌寒かった。

 とりあえず、シーツだけでも羽織らせてもらいますか


 ベッドの棚の上には、簡素な容器が置かれていた。

 透明な円筒形のボトル。ラベルはない。

 この世界のペットボトル飲料かな…?


 思えば喉がカラカラだった。

 朝、叩き起こされてから何も飲んでないし、洗面所にも入れない。

 喉が渇きすぎていて、あまり深く考えなかった。

 ボトルを手に取り、キャップをひねる。


「悪いけど、頂きます……っ!」


 水分補給は大事だ。代わりが必要なら買えばいい。

 ボトルに口をつけて一口すすって味見する。


「スポーツドリンク……?

 いやでも、なんか、クセの強い味」


 少し粘り気があって、常温だけど妙にぬるい。

 でも飲めなくはないと思って、一気に喉を潤した。


「異世界飲料、命の水……ごちそうさまでした」


 ボトルを棚に戻そうと思うと、写真立てがあるのに気がついた。

 写真に写っているのは3名。


 ネオさん、スレイさん、そして黒髪の青年。

 ノリコは居なくて、機械いじりしていたおじさんもいなかった。


 黒髪の青年が気になった。誰だろう、どこか自分に似ている。

 顔立ちも、雰囲気も近い。

 僕には兄弟はいないけど、兄がいたらこんな顔だろう。

 そう思わせるだけの雰囲気があった。


 ナラクさんと言う人かも知れない。

 ネオさんが最初、僕に間違えて抱きついた時、いってた名前。

 ネオさんは風呂で裸だったけど、平気で抱きついてきた。


「恋人……なのかな?」


 ……まあ、今は関係ないけど。


 ベッドに近づき、そっと毛布をつかむ。

 毛布をベッドから引き剥がして、羽織った。


 その時、ベッドシーツの中央の異変に気づいた。

 そこには、うっすらと染み込んだ、黄色いシミ。


「……うわ、これ」


 思わず顔をしかめてしゃがみ込む。

 念のため、シーツを持ち上げて鼻を近づけてみる。

 ニオイはしない、むしろ洗剤のいい匂いだ。

 しっかり洗ってるっぽい。

 でも布団のど真ん中の定番のこのシミは明らかに……


「おねしょ……ですよね」


 おねしょしてるなら、ネオさんってことはない。

 となると、写真のメンツ的にスレイさんのだろう


 ここはスレイさんの部屋だったのか。

 写真立ての中のスレイさんは、眠そうながらもニコやかだった。

 さっき下着姿に触れてきたばかりで、妙に生々しく思えてしまう。


 おねしょベッドに触れてた毛布の事は気になったけど

 匂わないし、今はパンツ一丁よりマシだ


 毛布を羽織りながら、後ずさるように立ち上がった


 その瞬間。


 ブンッ!


 部屋の隅、壁にはめ込まれたモニターが、突然点いた。

 コーン、コーン……

 聞きなれないサイレンのような音が部屋に響く。

 そしてモニターから、ザザッとノイズ音が鳴った。

 画面に映像が映っていた。映ったのは、無機質な廊下の監視カメラ映像。

「正面玄関」と表示された場所が映っていた。


 味気ないコンクリートの玄関。


 そこに、真っ黒な服の人物が立っていた。


 アタッシュケースを手にした長身の女性。

 スパイ映画に出てきそうなその姿。

 切れ長の鋭い目つきで、カメラを、まっすぐに睨んでいる。


「だ、誰……?」


 画面越しなのに、寒気がした。

 まるでそれを察したかのように、女は

 ゆっくりと人差し指を前に突き出し、銃口のようにカメラに向ける。

 その時目が合った。向こうから見られた感じがした。

 監視カメラを見てるのは自分なのに、僕の動揺を見透かすように……


 そして、唇がゆっくりと、確かに動いて見えた。

「バンッ!」とつぶやいて笑い、人差し指が跳ねた。


「……っ!」


 それと共に、プツンッと映像が途切れ、画面が暗転する。


 一人の部屋に沈黙が戻った。緊張で呼吸が止まりそうになる。


 異様な雰囲気だ。なんだ、あの女……!?

 侵入者? もしかして、暗殺者……!?


 僕は急いで部屋を飛び出し、メインルームへと向かった。


「報告しないと! ネオさんに……!!」


 僕はメインルームまで駆けつけると、迷わず扉を開いた。


「すみません! 敵襲っすよ! 敵襲ー!!」


 バンッ!


 ドアを開いた先には、目の前にエプロン姿のノリコ。

 壁際の調理台で卵をかき混ぜていた。


「ノリコさん! 敵襲! 敵襲なんですよ!!」


「えっ……」


 一瞬きょとんとした表情を見せるノリコ。

 しかし、即座にニヤリと白い歯を見せた。


「きゃあ―!! 敵襲ですってぇ!?

 って、その格好ー! 朝の仕返しだなあー!?」


 パンツ一丁に毛布を羽織り、思い切り扉を開いた。

 そのせいで、自分のしょぼい腹筋をノリコに見せつけるような形に…


「毛布で包んでモゾモゾって

 ノリコちゃんに敵襲しちゃうぞってか!?

 いやー!! 助けてー!?」


 悪ノリ魔神のノリコに対してこの格好は

 今この瞬間において最大の悪手だった。



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