第46話・三日目の朝
てんしさん!てんしさん!
聖域の門が開いているよ!!
聖域では女神様と賢者様が出てきてね!
みんなで吊り橋に向かうんだよ!
そこでは蜘蛛のバケモノが出てくるんだ!!
そしたら川がお風呂になっていて、体を洗うと戦争が始まるよ!
でもドラゴンが飛び出して、炎を吐いて全滅させちゃうんだ!!
夢を見ていた。
目が覚めた。
昨日って、あれで一日だったんだ……
異様なまでに濃い一日だった。
無機質なコンクリートの壁。窓ひとつない閉鎖的空間。
ここはネオさんの地下拠点。
空き部屋を一つ借りて、ベッドでぐっすり寝られた。
服も着替えた。部屋にあった服がちょうどいいサイズだった。
ここは、防壕都市ブリディエット。
日本っぽさが異様にあるけど、確実に異世界。
「……はあ、もう、かえっていいっすか……」
すると、廊下からドタドタと騒がしい音と
鍋を叩く金属音が近づいてきた。
「カンカンカンカンカン!! 朝だ!祭だ!
敵襲だ! ノリコちゃんの襲撃だー!!」
「来た、朝から騒がしいのが……」
バン!
なんの許可も遠慮もなく部屋のドアが開かれる。
「おはよー!! すごみっちー!!
おきろー!! 飯だぁ!! 朝飯だァー!」
ノリコがダッシュでベッドに飛び込んでくる。
鍋を放り投げ、毛布を持ち上げたかと思えば
そのままダイブ。懐に潜り込んで来た。
「二度寝か!寝るならノリコちゃんが寝かしつけてやろうか〜!
おー!よしよし!!」
息が当たるほどの距離で頭を撫でてくる。
「わー!!起きます!起きますって!!近いから!!」
「あ、くっさ……」
「えっ……」
昨日は怒涛すぎてホテルの後はシャワーを浴びる余裕もなかった。
それどころか、この施設の風呂の場所すら把握してない。
「風呂に行けー! 風呂に!! 何ぃ!? 一緒に入りたいだとぉ!?
え―!? すけべだなー!! どーしよっかなー!!」
「言ってない! 言ってないっすよ!
!場所だけ教えてください!!」
その時、ドアの向こう
廊下の奥からひとりの子供が歩いてくる。
「あ! スレっちおはよー!!」
「ん……っノリ姉……おはぉ……」
スレっちと呼ばれたその子供……
髪が白くて小柄で華奢。
昨日メインルームで静かに本を読んでた子だ。
ぱっと見10歳前後。白いボサボサの髪
ぼんやりした目で、眠たげな表情を浮かべている。
白いつなぎの上に、黒いベルトで身体を締めたような
ちょっと異様な服装。たぶん、囚人用の拘束着。
「スレっち、暇そうだな!!
この純情ボーイ、スゴミっちを連れて
風呂行って欲しいのだが!?」
「うん……いいよ」
突然の担当押し付けに違和感を感じ、自然と質問していた。
「ノリコさんは……?」
その瞬間、両肩をつかまれ、ガクンガクンと頭を揺らされる。
「はああああ!!なんだそんなにウチと一緒に入りたいのかー!!
もぉ、しょうがないなー! いいぞ!!」
「ちが!違いますって!!」
ノリコはベッドから飛び降り、投げ捨てた鍋を拾った。
「ノリコちゃんは腕によりをかけて
君たちの朝ごはんを作るのです!」
「……ありがとうございます。
ってか、そのテンションで料理出来るの意外っすね」
「ギャップに惚れちまったか―!!
まったく純情なヤツめ! 激うま頑張るから
さっさと良いニオイになってきなさい!!」
長い廊下をスレっちと並んで歩く。
目的地は、風呂。
「あの…スレっちさん……?」
「ん……あ、スレイって言うの、よろしくね……」
「スレイさん、ゆっくり過ぎません……?」
スレイの動きはとにかくゆっくり。
歩幅も小さく、一歩進むと足を揃え、次の一歩を出す。
たまに立ち止まっては、何も無い壁を見つめたりする。
ノリコさんが『動のマイペース』なら
この子は『静のマイペース』だ。
「あ、あの〜、ス、スレイさん…?
壁に何かあるんです? 風呂、先に……」
「……へへ……」
口を半開きにしたまま、スレイが小さく笑った。
何が面白いのか、全然わからない。
「行こうね……」
ちょこちょこと、一歩づつ、またゆっくり歩き出す。
昨日はネオさんと2分で歩けた風呂場までの距離。
今日はスレイと一緒で10分。ようやく到着した。
……この調子だと、朝飯に戻るのも一仕事だ。
この子の相手は正直、何か考えないとやってられない。
僕は提案した。
「スレイさん、ありがとうございます!
来た道は覚えてるので先に戻って……」
スレイは返事もせず、完全スルーでそのまま脱衣所へ。
そういやこの子って男の子? 女の子?
中性的すぎる顔。どっちにも転びそうな子供の声。
女の子だと思っていたが
扉も閉めずに拘束着を脱ぎはじめた。
その背中を見て、僕の疑問は加速する。
スレイが僕の方へと顔だけ振り向いた。
「あの……扉、空いてると……さむいよ」
ああ、なるほど。
ノリコが『スレイと一緒に行け』って言ったのは
つまり男子同士で入ってこいってことか。
「あ、すみません、すぐ入ります!」
キィ……パタン。
スレイはニコっと笑って、着替え続行。
仕方なく僕も棚を前にして、服を脱ぎだす。
…………が
ズボンを下ろしたタイミングで、違和感に気づいた。
スレイの上半身はピッチリとしたタンクトップというか肌着
胸も全然膨らんで無い。
だが、そのお尻を包む下着は、レースとリボンがついており
明らかに男の子のものではなかった。
一気に冷や汗が湧き上がる。
「ちょ、ちょっとスレイさん!?
もしかしてあなた、女の子じゃ無いっすか!?」
スレイはキョトンとした顔。
質問内容より、僕の大声に驚いている。
「え……そうだけど……何か、悪いの……ある?」
「それは別に!
ただ……ノリコさんが男の子って言ってたような…!?」
その瞬間、スレイの顔が変わった。
天井を見上げ、震えだし、瞳孔が開く。
「あっ…きた......」
「え、何が…...」
ドサッ!
スレイが突如魂が抜けたように目を閉じ、その場に崩れ落ちた。
操り人形の糸が切れたように、力なく唐突に。
「ス、スレイさん!?」
胸が一気に締めつけられた。
この世界自体が超常現象ではあるが
この世界の中での体験では、バイクやらトラップやらで、
どっちかと言えば科学現象。超常現象ではなかった…
ネオとノリコも、超人的だったが
天使さんやアルハのような魔法的な何かは感じなかった
スレイに駆け寄り、抱き起こす。
細くて白く、軽い身体。
完全に脱力している。
「スレイさん!!スレイさん!!」
全然反応しない…
…………死んだ?
毒か、霊か、特殊な攻撃か
または暗殺部隊が攻めて来たのか
一瞬で様々な最悪な妄想が頭を埋め尽くしていった。