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第36話・告白。

 壮絶な戦争が終結した。


 黄金の丘陵、ヴァルハラでの死闘。

 兵士達は槍を杖代わりにして命からがら後退し

 安息の砦で息をついていた。


 我々は勝利したのだ。




 ブリアン姫はホテルのベッドの上で脱力していた。

 うつ伏せのまま、大の字で、ぴくりとも動かない。


 乱れたシーツ、バスローブは腰に引っかかっているだけ。

 汗の香りに湿度の上がった室内……


「はあ……とても良かったわよ? あなた合格よ」

「ハァ……ハァ……何の合格っすか……」



 姫様からの危ないマッサージ指示をやり切りました。

 姫の背中に乗って生肌を押し込む展開に

 僕の脳内で『理性軍』と『欲望軍』が大戦争。

 でも理性が勝った、僕は我慢しきった。耐え切った。


 僕は勝利したのだ。




 ブリアンは脱力したまま視線だけ向け、微笑んだ。


「あなた、ええと……名前、そうよ、名前を教えなさい」


「そういや名前すら知らなかったんすね……

 スゴミです。久塚ヒサヅカ 凄巳スゴミ


「スゴミ。ふふ、そうなのね、名前に『 凄み 』があるのね」


 姫はそのままの事を言った。

 だがその顔は自信満々に上手い事を言った風であり

 どこか少し、楽しそうでもあった。


「そう言う意味で付けたらしいっすけど

 名前負けしてると思ってますね」


「あら、勿体ないわよ、ご両親に頂いた名前でしょ。

 名前はね、大事にしなさい。」


 そういうと起き上がり、はだけていたローブを戻す。

 壁を向いたまま、髪などの身なりを整えると、

 身体をこちらに向け、ベッドの上で足を投げ出して座った。



「スゴミ。こっちに来なさい」


 左手でベッドの隣を、ぽんぽんと叩く。

 顔を赤らめ、キリっとした上目遣いで誘っている。


 僕は慣れたのか?疲れていたのか?分からない。

 既に半裸のブリアンの背中で30分程は

 背中を揉むマッサージをやっていた。

 この時、特に考えずに彼女の待つベッドへと向かい

 静かに、姫のの隣に腰を下ろした。

 ただぼんやりと、休憩状態の頭で……


 座って足を伸ばし、背中を壁に付けた瞬間……


 ためらうことなく、姫の頭が肩にもたれかかってきた。

 至近距離の香り。柔らかな重み。艶やかな髪。

 その瞬間意識が覚醒し、鋭い意識で姫の頭を見た。




 これはもう、武器だ。誘惑の暴力だ。

 さっきまでの戦いは理性が耐え抜いた。


 僕の妄想世界は、完全勝利をおさめていた。


 欲望軍との死闘を生き延びた理性軍の兵は

 砦で休憩して、翌日の戦いに備えていたのだ。


 やっと一息つけた…その時。

 落ちて来た。姫の頭…


 それこそが、欲望軍の最終兵器……


 原子爆弾オッケーサイン、投下!!


 炸裂し、閃光が走る。

 一瞬で消し炭と化す理性軍の居城。

 燃え盛る欲望の炎。肩は黒焦げ。


 理性軍壊滅、無条件降伏。

 もはや、抑えは効かなかった。

 身体が、本能が勝手に起き上がった。

 身を前に出し、左手を彼女の肩へと伸ばす。


「ひ、姫様……!!」


 衝動のままに抱きしめてしまおうとした。

 後のことなど知るか、もし処刑されたとしても……!


 だが、肩へ伸ばした僕の左手を

 姫の両手が、そっと包むように捕まえた。


 その感触に意識が戻ってきた。

 生き残っていた、最後の、たったひとりの理性。



 そして、姫から静かに、震えた一言が零れた。


「スゴミ、あ、あのね……その、ありがとう……」


 僕の手を包む手が震えている。

 傲慢、高飛車、自分勝手に理不尽な命令。

 そんな姫からの突然の弱々しい『ありがとう』




「は……はい、どうも。」


 僕はその感謝の意味をすぐには理解できずにいた。

 しかし姫の言葉は、嘘のように優しかった。


「あなたの手、男性の硬さと力強さもあったけれど

 何より、優しかったのよ。必死になってるのがね。

 ちゃんと伝わってきたわ。」



「良かったなら…良かったっすよ。」


 ブリアンは肩に乗せた頭から、見上げるように視線を向けた。

 その上目遣いに目が合う、近すぎる距離、火照った汗の匂い……



「それに、こんな状況なのに…

 変な気を起こそうともしなかったわね……」


 それは今起こしそうになってましたが......なんて言えない。



「そんな、姫様相手に恐れ多いですよ……」

「ふふ、マッサージの方は遠慮無かったわよ?」



「それは、その......姫様が望むなら別にいくらでも……」

「ええ。あと三夜……あと、三夜なのよ。お願いするわね。」



 もともと4泊の契約、それに姫とは出会って三時間程度。

 ヒメガミさんの死を受けて数時間しか経っていない。それなのに……

 倫理でも理屈でも無く、僕の心は既に、彼女を受け入れていた。



「姫様……僕は、この任務の後......帰る場所が無いんです

 姫様が望むのだったら僕は……」


 そう言いかけた。

 すると、僕の左手を握る彼女の指の力が強くなり、強く震え始めた。




「あのね、スゴミ、やっぱり私、ちゃんと言うわ……

 だって、あなたは優しいから……」



「えっ?」


 手と手を握り、身を寄せて、目と目を合わせてそう言った。

 ずっと何かを言うことを恐れているようだった。


 だが、次の言葉はハッキリと、凛とした声だった。




「私ね、四日後に結婚するの。」


 その言葉が出た瞬間、姫の手の震えが止まった。





「……はい?」


 間の抜けたような高い声が、自分の口から出ていた。

 時間が、思考が止まって追いつかない。

 耳に届いてはいるのに、脳が死んでて処理できない。


 それは今の僕にとって、死刑宣告に等しい言葉だった。


「けっこん……?」


 じゃあ、握ったこの手は何……? この状況は……何?

 火照った汗が、冷や水に変わっていく。

 姫の頭が乗ってる肩が、爆心地から不毛の荒野に変わっていく。


 なにかの冗談かとすら思った。でも表情は真剣。


「お、お相手様は……?」


「ドラキール帝国の国王

 エリオット・ド・ラクロワ様。政略結婚なのよ」


 政略結婚……?

 感情が足元から崩れた。姫は背中まで触らせてきた。

 たしかに互いの距離は縮まっていた、そう思った。

 今だって姫の頭は僕の肩に乗っている。



「政略結婚だなんて、そんな……」


 相手は国王、ならばもう手の届く存在じゃない。

 自分が壊れる前に、包まれた手を引こうとする。

 だが、姫の手はそれを逃がさない様に握り込み

 胸元へと引っ張っていった。



「あなたは、知らなかったのよね、結婚式の事。

 ドラキール帝国は、今もっとも勢いのある国よ。

 今回の結婚で、私の国は完成される、それが希望なのよ」


 淡々と語るその声が、遠く、他人事に感じる。


「でも、姫様の気持ちとかは、どうなんですか……」

「私も望んでる、国のために、この身を捧げるつもりなの。」


 完全に、吹っ切れた声だった。

 それを聞いて僕の脳内では美女をはべらせた極悪王が暴れていた。

 目尻にしわを寄せ、不敵な笑みで髭をねじる中年王。



「……でも、帝国王って、スケベなオッサンとかなんじゃ…」


「スゴミ……エリオット様を悪く言わないで。

 彼は立派な王よ、今年で19歳になるわ。

 15歳で王位を継ぎ、たった4年で

 小国を繫栄に導いた、才覚ある王なのよ。」


「そんな人、本当にいるんすね……」



 15歳で王になったなんて、今の僕より年下だ。

 頭では分かっても、心がついていかない。


「彼は悲劇の王子様なんて呼ばれていたわ。

 それでも強き王を演じて国民を導いた。

 強き王を演じる事。私はそんな彼を尊敬しているの。」


 だめだ、言ってることが素直に入ってこない。


「ああ、それで強気出そうとして、滑ってたんすね。」

「あなたって、時々遠慮ないわよね……」


 見つめ合う姫の目が険しくなる。

 僕は既にベッドから降りたかった。

 姫の手と頭が、僕をロックしていなければ。


「すみません、もう帰ってもいいっすか……」


……その時だった。


 タタン!バババババ!!!


 ホテルの壁の外遠く、機関銃の銃声が響いてきた。


 姫は素早く頭を起こし身を寄せてきた。

 僕も反射的に両腕で姫を包み込み抱き込んでいた。


「なに今の……!?銃声!?」

「外だったみたいっすけど……」


 気まずくて離れそうだった体は再び密着し

 空気は不穏に暗く重なっていった。



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