第35話・ヴァルハラの迎撃戦。
パンッ、パンッ、パンッ……
姫様と二人のベッドの上で、乾いた音が淡く響く。
「ああ、そこ……気持ちいいわ……
んっ……もう少し強くても大丈夫っ!」
姫のローブだけを羽織った肩が、震えている。
顔は枕に埋めて、くぐもった甘い声が溢れ出てくる。
僕は無心で動かしていた
……手を。
「いやぁ、柔らかいっすね、これホントに凝ってるんすか」
姫の命令で、ふくらはぎを叩くマッサージさせられていました。
姫とは会ってから3時間程度……
いくら二人でラブホに入って、シャワーを浴びて
ベッドにお呼ばれ下からと言ってね......
何も無いことなんて分かってましたよ!
期待してないです! 本当に分かってたんです!!
でも、もっとこう……
なにかあると思うじゃないですか……
ブリアンの足は白くむっちりして、柔らかかった。
両手を合わせ、手の甲で優しく叩くようにして押し上げていく。
バスローブのすそが腰にかかっているが
動くたびに少しずつズレてくる。
「ふふふ、いつもは、女性整体師の仕事なんだけど…
男の手でして貰うのも、なかなか悪くないわね?」
「……ありがとうございます。
男の整体師とかは……いないんですね」
「だって私……男に見せたりとか
触らせたりなんて、した事ないもの……」
頭を枕に押し込み、声を押し殺す様に続けた。
「ほ、ほら、今は非常時でしょ! しかたなく、だから。」
「あの僕達、さっき出会ったばかりですよ……
ちょっと飛躍しすぎじゃありません?」
思わず、手が止まる。
すると姫は顔を枕から少しだけ離し
そのままの格好でベッドの端を見つめ始めた。
しばらくの間、沈黙が二人をつつむ。
そして、姫がゆっくり切り出した。
「ねぇ、なんで私の護衛って、あなただけなのかしら」
「え……だってそれは…」
「……なに?」
「家来の兵士が裏切ってるんですよね?それで
ネオさんも怒らせて追い出されたからでは……」
その一言に、姫は枕を抱きしめ、再び沈黙した。
「そういう事を聞いてるんじゃ、ないのよね……」
「えっ……じゃあどういう……」
そう言うと、溜息をついて、足をバタつかせた。
「ああもうっ……手が止まってるわよ!もっとして」
顔を枕にきつく埋めて、投げやりだけど肩を震わし
声が震えていた。泣きそうな、潤んだ口調だった。
……だが、その要求と、更にズレあがった無防備なローブの裾に
思わず喉が鳴った。
「行くっすよ……」
*
マッサージを始めてから、どれほど時間がたっただろうか
程よくたたき上げると、休憩の許しを得た。
姫はぼんやり顔で、枕に頭を載せて横を向いている。
何を考えてるのかは、わからない。
沈黙のまま、しばらく時間が流れ
突如つぶやいた。
「別に……いいかな……」
耳が反応した。何がいいのか……
そして彼女は軽く頭を上げて続けた。
「ねえ、あなたは知ってるの……? 私ね......」
そう言いかけて、続きを言わず、止まった。
「えっと……」 聞き返そう。
そう思って詰まっていると、話題を変えられた。
「ねえ、あなたって、なんか、すごい真面目よね。」
「えっ、あ…どうもっす。」
褒められるのか? 分からない。
そして『 私ね…』は一体どこへ......
その一言のあと、不意に上体を起こした。
「男って本当に分からないわ、何考えてるのか」
そしてさらりと、バスローブの上半分を脱いで
生の背中をさらけ出してきた。
「ちょ!何を考えさせようとしてんすか!?」
思わず手で顔を覆い、目をそらす。
すると、そのままベッドにうつ伏せで寝転び
その背中を差し出すように、視線だけこちらに投げた。
「マッサージの続きでしょ、次は背中に乗って
手を使って押しこんで頂戴。」
「あの……僕ら会ったばかりですけど……」
「まだそれ言ってんの? 早くしなさい。」
「……はい。」
王族の距離感ってやつなのか?
この人どうなってんすか……
ベッドに立って下を見下ろす。
そこに広がっていたのは、強烈な光景だった。
キメ細かい肌が、やわらかく光を反射している。
そして背中側からでもわかるほど
押しつぶされた物の存在感が、横からはみ出ていた。
「ここに……またがるんすか?」
理性が警報を鳴らしている、ここは地雷原だ。
「……なにしてんの、さっさとしてくれる?
ドラキール帝国が来るまで あと三夜なのよ?
慣れてくれないと…その......困るでしょ。」
姫が首だけ少し上げて寂しげに催促をする。
「護衛してくれるの、あなたしか居ないんだから。」
「慣れないと困ると言われましても……」
断りきれず、ブリアンの背中にまたがる。
自分もローブ姿だ。素足をさらけだしている。
直に接触しないように、細心の注意を払い
ギリギリの姿勢で、上を取る。
無理な姿勢のせいで腰が痛くなってきた。
背中に手を近づけると、触れても無いのに
背中の体温を感じ取り、指が幸せ状態になった。
手間取っていると姫は何度かチラチラとこちらを見る。
「ね……ねえ?何をしてるの、始めないの?」
その一言に意を決し、肩甲骨あたりに触れた。
……熱い。肌の温度が、想像以上だった。
「……すご……柔らか……」
「ふーん、そうなのね」
つい口に出てしまっていた。返しは冷淡だった。
我慢がきかない。死を覚悟で飛びこみたくなる。
そこは黄金の丘陵の聖域。まさしく『ヴァルハラ』
今はまだ、たどり着いてはいけない。
下から湧き上がる欲望たちを押しとどめる。
これは、タワーディフェンス。
欲望軍に陣地を渡せば、天国送りだ。命は無い。
指を使い、背中を少しずつ揉みほぐしていく。
触れる場所によって硬さが微妙に違う。
そして押し込む度にゴムボールのように
形を変える脇の下の膨らみ……
脳がショートしかける。
「……ああ……いいわ……もう少し力をいれて…」
くぐもった声が、シーツに吸い込まれていく。
「その声、マジでやめてください……
効きすぎるんですよ今の僕には……!」
「効くって何よ、手が震えてるわよ?
ほら、ちゃんと立ってるわけ?
膝をつけて……しっかり締めなさい。」
「それを当たらないように、我慢してるですからっ!」
「当たったらなんになるのよ、我慢ってなに?
もう既に触ってんじゃない。」
「……だめです! 壊れる!」
「ふーん、壊れるとどうなるの?」
「分かりました!もう知らないっすよ!
これは、姫様が命令したんですからねっ!!」
「えっ、何する気……」
言われた通りに、膝で姫の腰をロックする。
その瞬間、姫の背中がビクンッと跳ね、甘い声が飛び出る。
「あっ…」
「なにが、あっ、なんすか!!」
膝が地肌に触れて、暴力的な柔らかさと
破滅的なきめ細かさの肌が、質感を伝えてくる。
「行きますよ!命令ですからね!くらえっ!」
力を込めて、肩甲骨のくぼみに親指を押し込んだ。
この一撃で、流れを変える……!
「ああっ、なんであなたは……
くぅ……あっ、いいっ!入る、そこ……っ!」
「っぬふぅ……!」
涙を飲み込みながら、くちびるを噛みしめる。
姫の反撃の一撃、地雷を指で押し込んで脳内は爆発した。
僕の心の中では内乱が勃発していた。
それは理性軍と欲望軍の決戦。
思い浮かべるのは……
雄叫びをあげて突撃してくる『欲望軍』の怪物。
『理性軍』は槍を立ち上げて怪物を食い止める。
次第に泣き声と叫び声に倒れゆく『 理性軍 』の旗
『 欲望軍 』の怪物は、下から無限に湧き出してくる。
流れる血液と、逆流する血液がぶつかり、弾け飛ぶ
これは血で血を洗う大戦争だ。
明日の朝、どれだけの理性が
生き残っていられるだろうか……
この戦いは、あと三夜続くのだ。
僕の戦いは……一体どこに向かっているのだろう。