第34話・姫と二人の宿探し。
「ちょっと! どれだけ歩かせるつもり!?」
「まだ5分しか歩いて無いじゃないっすか
この街初めてで、何があるかも知らないんで……」
姫の護衛と言うことで隠れ家となる宿探しを始めた。
見知らぬ地下街を、地理も知らないままに進んでいく。
姫は腕を組みながらずっとキレていて、僕はなだめ続けた。
10分後……
「ねえ! もう歩くの無理なんですけど」
「じゃあ待っててくださいよ、探してきますから」
「いやよ! なんで置いて行こうとするのよ!」
20分後……
「ねぇ、いい加減、もう、足が痛いわ……」
「ハイヒールなんて履いてるからでしょ。靴、脱いだらどうです?」
「私に命令するつもり? 土なんて踏んだら怪我するでしょ」
「じゃあ、僕の靴でよければ貸しますけど」
「あらそう。じゃあ交換ね、私の靴は持っててちょうだい」
「それ交換って言いませんよね……」
30分後……
姫は再び裾を掴んでついてくる。
「ねぇ……」「なんすか」
「ねぇ……」「大丈夫っすか」
「無理よ……」「頑張って下さいよ」
道端に男性が歩いていた。服装はカジュアルな洋服。どこからどう見ても現代日本人と言った感じだが、少しセンスが古いような感じもした。
ともあれ、地下街に来て初めて見る一般人っぽい人だった。
「姫様、ちょっとあの人に道聞いてきますよ。」
「うん……はやくしてね」
姫は素直だった。と言うか眠そうだった。
その通行人に目を向ける、もちろん知らない他人。
「Aボタン押したら勝手に情報くれないっすかね…」
僕は通行人に向かって駆けて行った。
「あ、あの……すみません、道聞きたいんですけど、この辺に宿とかって無いですかね……」
男性が振り向くとオッサンだった。伸びっぱなしの眉を動かし、シワの寄ったくたびれた目を細め、僕と姫の顔を交互に見ると、ニヤケながら通路の先にある薄暗い狭路地を指さした。
「あの路地を入ればあるぜぇ?」
「良かった! あ、ありがとうございます!」
オッサンは僕の腹を拳でつついた。
にやけ顔でブリアン姫を舐めるように眺めている。
「おい、良い女だなあ、楽しんで来いよ、ヒヒ……」
「えっ? あ、ありがとうございます」
すぐに姫の元へと戻り、言われた路地へと向かう。男性は僕達が曲がり角を曲がるまで、立ち止まって僕らを眺めていた。
そしてようやく、僕たちは宿屋街にたどり着いた。
そこにはピンクや紫の看板が怪しく乱立しているのが目に入る。
「休憩♡1000円」
「宿泊♡3000円」
つかまれた裾からブリアンの体温を感じる。
意識する程に心拍数が上がってくる。
「これ、宿っていうか、いわゆる…」
「ねぇ……もう無理。休憩したいわ。体も洗いたいし、その辺のやつって宿なんじゃないの?」
ブリアンはそう言って、服の裾をより強く引いた。
休憩……そう、これはただの休憩。
「そ、そこの……えっと、あそこ、三千円のとこで……どうっすか!」
少しだけ眉を寄せ、無駄にクールぶった声色を出してみる。
「うん。いいわよ」
「え、ほんとに?」
「ダメなの?」
「いや、いやいや、いいんですよ。僕は全然! でもあの宿、多分相部屋しかないですよ……」
「別の部屋とったら護衛の意味無いでしょ?」
「は、はいっ!」
*
顔の見えない受付で鍵を借り、2階の部屋で扉を開けた。
……狭い。
ブリアンと会って2時間もしてないのに、二人でラブホに入ってしまった。
部屋はきちんと片付いてて、ベッドと洗面台と小さなシャワーブースがついていた。空調も動いている。思ってたよりずっと、清潔。
「へぇ、案外快適そうですね」
「そう……? 市民って、こんな所で満足するのね」
鼻で笑う姫にカチンと来て言い返す。
「お国の吸い上げとかが厳しいんじゃないですかね。僕はよそ者なので知りませんが」
「嫌味とか…言うのね。」
姫は眉を寄せて横目でにらんで来たが、余程疲れているのか、キレた反応をしなくなっていた。
「すみませんね。愚民なもので」
「言ってくれるわね。でも……」
彼女は口調を少しだけ落とした。
「ドラキール帝国との同盟が成立すれば、戦争も無くなる。きっと国も豊かになるわ。この国が潤えば、街の端まで綺麗になっていくと思うのよね」
それは本気で言ってるのがわかった。
あのトゲトゲしい姫が、威勢を張るでも無く、その夢がぽつりと溢れていた。
「戦争があるんですか……」
いつの日本だよここ……
「あなたって、本当になにも知らないのね」
「最初からそう言ってるんですけどね」
「まぁ、いいわ。あなたも疲れてるでしょ。シャワーは先に使いなさい」
「あ、ありがとうございます。なんか、気を使ってくれてるんですか?」
ブリアンは僕の足元を指さした。
「その格好、砂ぼこりまみれじゃない。部屋が汚れるわ。特に足」
「あー、靴を誰かに貸しちゃいましたからねー」
乾いた笑いしか出ない。
脱衣所で服を脱いでシャワーを浴びた。
同時にヒメガミさんの遺品である、ウサギネックレスを洗いながら、考える。
思い起こせば長い一日だった。
9年ぶりの学校。高校初登校でヒメガミさんに会った。
その日のうちに彼女への告白が決まり、プレゼントする為に走た。肝試しに巻き込まれ、事件が起きてワープして、ブリアン姫のお守りだ。
「マリアン、明るかったよな」
ヒメガミさんは常に明るかった。
でも本当は必死に取り繕って、まわりに流されやすいだけだった。
無理して明るくして、不器用で怖がりで、本当は優しい子だった。
ネオンさんに似てるネオさんは、少し大人びているが、見た目も中身も完全にネオンさんだ。
マリアンのクローンみたいなブリアン姫も、威厳とか見栄に拘って不器用なだけなのかも?
本当はマリアンみたいに怖がっているのも?
頭だって良くないのに、自分の立場を守るのに必死で、国を背負って、命狙われて...
そう考えれば、自分も正気ではいられないだろう……
手早く身体を拭いて、バスローブに着替えてシャワールームを出た。
すると、ちょうどブリアンが待機していた。
「ねえ、お湯出た?」
「えっ、はい、出ましたよ。」
「ふーん、少しはやるじゃない」
そう言うとシャワーに入っていった。
それを見送って呟いていた。
「お湯が出ないことあるんすか……」
サァ……
ソファに座って待機してると、姫のシャワーの音が部屋を包む。薄い壁一枚の向こうから響いてくる音を聞いていると、そういう目的じゃないと知ってても、どうしてもって劣情が盛り上がってしまう。
「目を閉じて深呼吸するんだ。落ち着け」
目を閉じた瞬間、意識が飛んだ。
そうだ、僕は疲れてたんだ。
悪夢のような出来事の連続だった。
ようやく緊張の連続から解放された反動だった。
僕はソファで眠りに落ちた。
*時間が経ち……
「ねぇ! あの?ねぇ!!」
怒り気味の声に、意識が引き戻される。
目の前にいたのは、バスローブ姿のブリアンだった。
思わず固まった。膝上ギリギリのローブから長く伸びた足。
そして弾け飛びそうな胸元は、布一枚と帯だけで形を保っている。
いや、保てているのが奇跡みたいな状態だ。
見てはいけないと本能が警鐘をならし、視線をそらす。
「あっ……そ、その……すみませんっ! 寝てました!」
「はあ、あきれた。家来なら湯上がりのローブくらい、ちゃんと着せてくれるものよ?」
「いや僕は家来じゃ……」
……は?
この人、僕に着せてもらう前提で、全裸で出てきたのか?
寝落ちしてた自分を心の中で張り倒す。
小さくため息をついたブリアンは、そのままベッドへ向かい、うつ伏せで倒れ込んだ。
そして首だけ曲げて、横目でこちらを見た。
「来なさい」
「は、はい」
恥じらいと緊張を持ったようでもあり、鋭く短い一言と視線。
表情を見せない横目からの圧。
僕はその命令に大人しく従うしか無かった。
ソファを立ち上がり、誘われたベッドへと向かった。
何が始まるんだろう……




