第33話・アンダーワールド
僕はスゴミ。姫の護衛任務を請け負った男だ。
こういうのを、ナイトって言うんですかね。
敵は不明だ。ただ……いつ、どんな奴が来たって
姫を四日間、暗殺の魔手から守り抜く。
……それだけだ。
「ちょっとー!!無理っすよー!?ネオさーん!!
ピンポンピンポンピンポーン!!」
僕は慌てて脱出ポッドの扉を叩いていた。
川に飛び込んで謎の地下基地に来たと思ったら
丸腰のまま姫の護衛を押し付けられ、
基地を放り出されてしまった。
僕は喧嘩すらしたこと無いし
なんの能力も無いと言うのに……
厳密にはドグマと死の未来予知があるハズだが
アルハさんに特定条件と言われてしまった。
条件を聞く暇もなく、実質不明で無いに等しい。
姫と一緒に押し込められた脱出ポッドは
出口に到着すると座席が立ち上がり
強制的に外に投げ出された。
そして出口の扉が締まり、完全な締め出し
僕はネオさんに助けを求めていたという訳だ。
扉の前で絶望する僕に、ブリアン姫が話しかけてくる。
「ねぇ!あなたが護衛なんでしょ!
私、あのネオとか言う女嫌いよ!
だって私の話をなんにも聞かないのよ!
あり得ると思う!?」
この高飛車な態度に余計にストレスが溜まっていく……
ヒメガミさんから回収したネックレスをポケットにしまった。
ブリアン姫は、ヒメガミさんとまったく同じ容姿と声。
それがこの態度で喋る度に、ヒメガミさんのイメージが壊れていく。
「ネオさんが無視してたのは
姫様の態度がでかかったからでは……」
「何よ!あなたまでそんなこと言うの?
あなたは自ら私の護衛に立候補したんでしょ!」
絶対にしてない、どう見たらあれが立候補に見えたのか。
「と、とにかく、ネオさんには本気で見捨てられたっぽいですし
どこかに隠れるしかないっすよ……」
辺りを見渡した。
地下基地を上昇ポッドで追い出された訳だが、ここも地下だった。
天井ははるか遠くにあり
蜂の巣のような六角形のコンクリートの梁が
敷き詰められてどこまでも続いている。
超巨大な地下ドームに建設された都市。
一言で言うならそんな感じだった。
建物は2~3階の雑居ビルが立ち並んだ古い昭和感の漂う街並み。
無機質で古びたコンクリートに、レトロポップな錆びた看板。
淀んだ空気、土と煤の匂い。
姫も辺りを見回して不安そうな顔をしていたが、こちらを見るなり怒り出した。
「隠れるってあなたね!こんな汚い所のどこに隠れるって言うのよ!」
「いや、僕も来たばかりで、何も分からないんですよね……」
「分からないって何よ!こんな所に住んでるから教養が無いんだわ!!」
「住んで無いっすよ、自分が住んでた所はもっと綺麗でしたよ。」
「なにそれ!私の国が汚いって侮辱してるわけ!?」
「汚いって言ったの姫様じゃないっすか……
国って確か、ブリディ……えーっと……」
「そう、ブリディエット公国、私の国よ!」
「いやあ……マジでどこっすか……日本じゃないよね
僕の異世界転生、始まってます……?」
しかし、ビルの看板には『酒』『診療所』などの日本語が書かれていた。
「異世界なのに日本語……」
違和感はあるが、逆にそこだけは少し安心感を覚える。
「メニュー!ステータス!……ウィンドウ!
精霊よ……!……あと、なにかあったっけ?」
異世界何とか系っぽいものが出て来ないか
腕を振ったりしてみたが、何も起きない。
するとブリアン姫が話しかけてくる。
「ねえ、さっきから何を意味の分からないことしてるの?
私もう疲れたわ、そろそろ休みたいんだけど。」
「あ……はい、じゃあ宿みたいな所を……」
ブリアンの顔を見ながら言いかけて、気づいた。
『宿』……泊まるのか、この姫と二人でか……!?
そんな意識がよぎると
さっきまでストレスの原因だった姫が、途端に違って見えてくる。
顔も体も完全にヒメガミさんである彼女。
よく見れば、バッチリ大きな瞳に、潤った唇。
綺麗に整えられた縦ロールと透き通るような肌。
服装は胸元とへそを大きく晒した赤いドレスで
零れ落ちそうなサイズが危なっかしく揺れている。
唾を飲んだ。急に心音がうるさくなってくる。
ヒメガミさんの死を目撃してから2時間も経ってない。
ブリアン姫とは会ってから20分もしてないと言うのに……
姫を直視できなくなっていた。
ポケットに手を突っ込み、ヒメガミさんのネックレスをにぎった。
うわつくな、この人は暗殺対象だ。
なんとか自分が出来ることをしないと……
「あ、あの……この辺泊まるところ無さそうですし、
ちょっと探しましょうか……」
状況が状況だ、仕方ない。
すると姫がすぐに反応した。
「ええ、いいわよ、じゃあさっさと車を出して貰える?」
コイツ……!! 怒りそうになったが、グッとこらえる。
だが今ので、車がある世界な事は分かった。
「あの、僕もここ来たばかりだし
車なんて免許すら無いんですよ。」
「なにそれ、本気で言ってるの?
そんな事で護衛が務まると思ってるわけ?」
僕の上がりかけた心の熱は一気に冷えていった。
「あの、護衛って言ってもね
ネオさんに押し付けられただけですし
僕は敵が来ても戦えませんよ
この国の事すら分かってないんですから。」
それを言った瞬間、高慢だった姫の顔がくずれた。
「えっ、嘘……なにそれ、だって私…あなたが護衛って…」
「本当ですって、あなた姫なんすよね?
もう家来とか呼んだ方が良いんじゃないっすか?」
「だ、だってそれは……! 兵士の中に刺客がいるかもしれないって
それで私は城を出てきたのよ! 呼べるわけないじゃない!
なんで! そんな事も分からないの……!」
彼女はひどく動揺している。そりゃ護衛が僕じゃね……
しかし僕も色々あり過ぎて疲れた。
早く休みたい気持ちは、この姫と同じだ。
「わかりました、じゃあとにかく宿探しましょう」
「あ、歩かせる気なの……!? この私を!!」
「歩きたくないなら待っててくださいよ、見つけたら戻ってきますから」
「待ってよ! 一人にしないで貰える!? こ、怖いでしょ……」
「怖いんすね。じゃあ行きます? 歩きですけど。」
「い、行くわよ! あまり調子に乗らないでよね!
私は姫なんだから!!」
ブリアン姫はそろそろと寄ってきて僕の袖をキュッと掴んだ。
まるで肝試しでのマリアンだ。
「じゃあ行くっすよ、なるべく明るい方へ」
ネオさんに押し付けられて、知らない街で怖がる姫のお供。
本当に肝試しを繰り返しているみたいだ。
今度は人間の暗殺者が出てくるかも知れないリアルサスペンス。
気を抜いてはいけない。
僕はもう、誰の死体も見たくない。
そしてアルハさん……
居るなら早めに出てきてくれ。
僕と姫は薄暗い街並みを歩き始めた。