第31話・魂の同位体
―――ピピピピ。
ネオさんの頭のヘッドギアから、電子音のような通知が鳴った。
「応答」
ネオさんが軽く言うと、ヘッドギアから明るい女の子の声が響いた。
「ネオっちーッ! やっと出たのかー!?」
聞き覚えは無い声、しかし、ハキハキしていて、人懐こそうな声だった。
それに対してネオさんはクールな態度で業務連絡的に答えた。
「ノリコか。風呂にゴキブリ湧いたから駆除してたんだよ」
「ゴキブリって……僕のことっすか……」
そんなボヤきも届かないまま
次の瞬間、明らかにテンションも口調も違う声が割り込んできた。
「なに? これがネオってやつなの!? 随分暇そうにしてるのね!
姫である私を待たせるなんて、いい度胸だわ!」
「ちょ、もういい、やかましいって、邪魔しないでー!」
その声を聞いて心がざわついた。
もうひとつの声、姫と言った方は聞き覚えのある声だった。
それはほんのさっき、明確に死体を確認したヒメガミさんの声。
完全に本人そのものの声だった……
ネオさんは面倒くさそうに返した。
「ノリコ、変なの連れてくんなって、いつも言ってるだろ。」
通信の向こうの明るい子
ノリコが投げやり気味に言った。
「分かってるけどさぁ、コレ、サザナっち直々の依頼だよー?」
「マジかよ……すぐ行く。待ってろ。」
「ちょっと! 聞こえたわよ!へんなのって何!?
それにまだ言いたいことが──」
ブツッ。
ネオさんは、騒ぐ姫のセリフの途中で容赦なく通話を切った。
僕は無意識に拳を握っていた。
性格はだいぶ違うが、ヒメガミさんの声にしか聞こえない。
手の中にはヒメガミさんの遺体から回収したウサギネックレスがあった。
覗くと、細いゴールドのチェーンに血液が入り込んで固まっている。
これは間違い無く彼女の血だ。
ネオさんが僕に振り返る。
「お前の処遇も考えるから、とりあえず来い。」
「えっと……すみません、あの……
ビショビショで……タオルとか借りても……」
僕がしどろもどろに言うと、ネオさんは視線も向けずに指を鳴らした。
パチンッ!
「トラップGO、ドライスコーピオン。」
直後、四方の壁の鉄板部分に換気口のような隙間が開き
網のような構造が展開される。
そこから轟音とともに、熱風が吹き出し、全身を包み込んだ。
押しつぶされるような威力の風圧で、一瞬息すら吸えなくなった。
「ぐっ!」
しかしソレもほんの数秒だった。
「バシュン」と風が止むと、静かなモーター音だけが空間に残っていた。
ネオさんは全く動じず、何も無かったような顔をしていたが
しっとりしていたポニーテールが大爆発してた。大爆発ポニーテールだ。
そのフワッとした髪を指先で軽くかき上げると、当然のように振り返ってきた。
「ほれ、行くぞ。」
「あ、はい……いや、えっと……タオル……」
言いながら自分の服を確認する。
さっきまで濡れていたはずなのに、どこもかしこもパリパリに乾いていた。
「え、今の風だけで……!?」
唖然とする僕をよそに、ネオさんはもう歩き始めていた。
「はぐれんなよ。はぐれたら死ぬぞ。」
平然と言った『はぐれたら死ぬ』に微塵の疑いも感じなかった。
おそらく本当にそうなるだろうと確信した。
ほんとに、すごい人だった。
*
ネオさんのあとをついて行き、長いコンクリートの廊下を歩いていく。
施設内は、まるで迷路だった。曲がりくねった通路に
用途不明の機械が無造作に置かれている。
天井には太いパイプが通り、ゴウンゴウンと低く重い振動が鳴っていた。
そして天井には監視カメラやら機関銃。
まるで地下刑務所のようだった。
やがて、メインルームと呼ばれた場所に到着する。
味気ないグリーンの金属扉をネオさんが開ける。
広がっていたのは教室の半分くらいの広さの部屋だった。
だが、中は……めちゃくちゃだった。
所狭しと、正体不明の機械が積み上げられている。
コードがうねり、パネルが明滅し、異様な空気が漂っていた。
そんな中に、四人の人影がある。
扉を開けるなり、活発な少女が飛び上がるように立ち上がった。
その勢いは、まるで早押しクイズの解答者のようだった。
「あ! ネオっちー!! はやくー! はやくして!!」
声で分かった、この子が通話相手のノリコ。
一言で言えば、バイカースタイルだ。
空色のフライトキャップとゴーグルにレザージャケットが特徴的だった。
そんなノリコを押しのけ、隣の女性がずかずかと前に出た。
「ちょっと!! あんた責任者!? どうなってるのよ、ここは!!」
一目でわかった。声も顔もヒメガミさんの、生き写し。
赤を基調とした胸元大きく開いたお姫様のドレス。
所々に金のかんざしのようなブローチ。
どう見てもヒメガミさん本人のお姫様コスプレの姿なのだが
優しいヒメガミさんとは対照的で、性格がトゲトゲしかった。
彼女の怒りに場がピリつく。
室内の、あと二人は無関心だった。
一人は白い髪、白い服の子供。
年の頃は10歳前後、テーブルの端で黙々と本を読んでいる。
ちらりとも、こちらを見ない。
そしてもう一人。
ムキムキのオッサンが、壁際で機械に夢中だった。
でかい体を丸めて、チマチマと端末をいじりまくっている。
やっぱりこっちなんか見ちゃいない。
ネオさんが無言で中央の机に向かって歩き出すと
ヒメガミさんっぽい姫が、怒りを爆発させていく。
「なんとか言ったらどうなの! ねえ! 私は怒っているのよ!?」
だが、ネオさんはまるで無風の中を歩くかのように完全に無視。
振り返りもしないで席につくと、淡々とコーヒーを淹れ始めた。
姫はネオさんの背中をずっと追いかけて文句を言っている。
「なによ! 私の言うこと全部無視するって
どういう神経してるわけ!? 死刑よ死刑!!」
ウサギのシンボルを握る拳に力がこもる。
あの明るくて優しいヒメガミさんのイメージが壊されていく……
その顔でそんな横柄な態度を取らないで欲しい。
すると、ようやくネオさんが静かに口を開いた。
「落ち着け、色々言いたいことはあるだろうが、要件から聞こうか」
静かなのに圧のある一言だった。
それを受けて姫がさらに声を荒げた。
「何よその態度!調子乗ってんじゃないわよ!!」
「話が進まん、要件から聞こう」
冷たい瞳が、姫を射抜くと、傲慢な姫様も一瞬たじろいだ。
だが、張り合うように、態度の大きさだけを示していく。
「ふん! 良いわ! 聞かせてあげる!
私こそはブリディエット公国第一王女、ブリアン・ブリディエット……」
「いい、要らない。要件だけでいい」
「なんですって!?」
それを聞いて感じた。ブリアン・ブリディエット姫……
ヒメガミさんのあだ名は『マリアン』と『姫』やっぱり似ている。
ネオンさんとネオさんも。
要素だけはことごとく同じだ。
その時、ふと頭をよぎったアルハの言葉。
───必ずまた会う時が来るわ。
居るのか、ここまで来たら……
アルハさんもどこかに居るのかもしれない。