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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第2章・継承編

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第30話・ネオワールド

 ゴボゴボ……


 暗い。冷たい。


「どっちが上で、どっちが下だ?」


 僕は夏の夜の肝試しに参加した。

 

 みんなが死んだ、目の前に無惨な死体を晒された。


 しかし僕だけは廃墟から逃げのびて深い川に飛び込んだ。


「アルハ、ごめん。ヒメガミさん、ごめんなさい」


 

 夏の夜の空気は蒸し暑かったけど、水の中は、ただ冷たい。



 ……そして、暗い。



 深く、冷たく、冷たく、冷たく……



 ……コポン。



「あれ?」



「あったかい?」



 川底のはずなのに……


 いや熱い……?



「いや、あつ……」



「あっつ!!!」



 底に手がついたぞ。


 浅い。


 熱いし、目も痛い。



 まぶたの裏が白い……明るい!!



 僕は慌てて水面を探した。


 何も見えぬまま手を前へ突き出すと、柔らかいものに触れた。



 ぐにゅり。


「なんすか……肉?」



 水面があった。


 底についた手を押し

 肉のようなものを掴んで、水面から頭を出した。



「ブハッ、ゼェゼェ……」


 明るいお湯の中にいる。


 一呼吸で肺に熱い空気が満たされる。


 そして目の前に湯気に霞んで何かが見える。

 僕の腕が掴んだ柔らかいモノの正体がそこにあった。



 肌色のシルエット。

 その姿は人間。


 いや、女。

 ……女性だった。



 湯気に目が慣れると、女性はこちらを見ている。


 鋭いつり目だった。そして、頭にタオルを巻いた顔で動揺している。



「なにぃ!?なんだぁ……!?」


 女性の声が出た。


 その声は凛々しくもあり、少しの甲高さの入った声。


 完全にネオンさんの声だった。そして釣り目とスッキリとした顔立ちもネオンさん。


 ついさっきバケモノに惨殺され、顔面を切り取られ、晒し上げにされていたネオンさん。

 その本人が目の前に居て僕の登場に困惑の顔をしている。



 僕は思わず声を出した。


「ネオンさんですか!?」

「もしかして、ナラクか!?」



 僕の呼びかけに応えるように、女性が驚きに目を見開く。


「よく生きて……!!」「助かった!!」


 二人の声が重なった。


 衝動的にネオンさんが湯を分けて近寄り、僕の首に腕を回した。もう片腕は僕の脇を通り僕の背中へと爪を立てた。


 湯の中での熱い抱擁。


 僕も感情が前に出て、ためらいなく抱きつき返していた。

 きつく抱きしめ合い、再会の喜びを分かち合っていた。



「ネオンさん! 僕はてっきり、あなたも死んだのかと……!」

「何言ってんだ、私もお前が死んだなんて信じられなかったんだ! 本当に良かった……!」



 勢いでネオンさんに抱きついてしまったが指先に触れる感触が生々しい。

 自分は飛び込んだ時の学生服の夏服だが、ネオンさんが完全に裸だった。


 真正面、僕の胸に先程つかんだ柔らかい感触が直に当たっていた。密着して横に膨らむ水風船のように。


 その柔らかさ自体に対する興奮もあった。


 だけど何より、あの六名が惨殺された地獄の中、死んだと思っていたネオンさんが生きていて、再会出来たことの方がずっと嬉しかった。



 でも、僕は確かに彼女の死体を見た。


 顔は切断されていて分からなかったが、ずれ落ちた黒髪のポニーテールと、緑のリボン。制服も身長も胸の大きさもどう見てもネオンさんだった。


 それにいくらなんでも、裸で抱きついて来るなんておかしいよな?



「ここって、もしかして……天国っすか?」



 ネオンさんは泣いて鼻をすすっている。


「バカ……生きてんだろうが!」



 僕もつられたのか、気づけば自然と涙があふれていた。


「ごめんなさい僕。マリアンのこと守れなくて。あの子、バケモノに捕まっちゃって……!!」



 ネオンさんも声が震えている。

「ははっ、マリアンって誰だよ!! 私はナラクが生きてただけで……」


「ぐす。なんすかネオンさん、ナラクこそ誰の事言ってるんすか!」


 二人の間に、同時に違和感が走る。



「……え?」「……え?」


 ネオンさんが一番の親友のマリアンを知ら無いワケが無いし、本当にナラクって誰だ。


 僕たちはゆっくりと抱擁をほどき、お互いの肩に手を当てて見つめ合った。


 困惑と涙に歪んだ彼女の顔は、とても可憐で綺麗だった。

 彼女の頭のタオルがフッとほつれて水面に浮いた。


 出てきたのは前分けの長い髪だ。鋭い目つき、綺麗な高い鼻、凛々しくもぶっきらぼうな声。

 顔も声も確かに、ネオンさん本人でしかない。よく似ている。


 でもネオンさんは黒髪だった。

 目の前の女性の髪は、ありえないほど鮮やかなグリーンだった。



 そして何より、オール丸見えの全裸だった。




「誰だテメェ!!」 バシャーン!!



 突如怒り出した女性は、胸を押さえて水中から鋭く蹴り上げと放った。

 ゴルフクラブのフルスイング並みに重い一撃が僕の顎に直撃し、仰け反りながら、血の味を感じた。



「あんたこそ誰なんすか!!」


 僕は川底にいたはずなのに、なんで風呂に?


 考える間もなく女性が次の動作に入った。


 片手でタオルを使って体を隠し、片手を振り下ろして指をパチンと鳴らす。



「トラップ・GO! サーペントドライブ!!」


 彼女がそう叫んだ瞬間、僕の体に異変が起きた。


 全身がきつく締めあげられ、そのまま動けなくなる。両腕は固まり、空中で仰け反ったままで

 完全に固定された。



「えっ……なんすか、これ……!?」


 目を泳がせて辺りを見渡す。部屋の作りは巨大で無機質な風呂場だ。

 四方のコンクリート壁に鉄板が張られており、その隙間から無数のコードが伸びている。


 それらが僕の身体中に巻き付き、完全拘束して空中に縛り上げていた。



 ネオンさん似の女性が怒鳴った。


「どっから湧いた! この変態野郎!!」


「なんなんすかこれ!!  僕にも分からないっすよ!!」


「ふざけた口きいてんじゃねーぞ!!」



 バシィ!!


 彼女の白い生足から放たれた凶器的な蹴りが、今度は僕の股間を容赦なく蹴り上げた。

 何かが潰れてダメになるんじゃ無いかという激痛が、下から全身を貫いた。

 あまりの痛みに呼吸すら止まりそうになる。



「ぐぅぅぅううう!!」


 押さえたいけど腕も完全拘束、僕の身体の一番弱いところになんのフォローも入れられない。悶絶。

 視界が涙でにじむなか、もう一度彼女を確認しようとした瞬間……



「見んな変態!!」 パチンッ!


 顔面にコードが巻き付き、視界と鼻をふさがれた。

 息が出来ない。



「ちょ、違っ。見ません! 見ませんから、話を聞いてくださいって!!」


「変態の言い訳なんて聞かねえんだよ! 死ぬか!」


「違うんです! 本当に、僕はなにかに巻き込まれてて、ワープして来たのかも……!!」


「はあ!? ワープだと……?」


 女性はワープに反応を示し、突如冷静さを取り戻す。


「そのワープってのはどういう原理だ? ワームホール系のやつか? 粒子もつれによる

 情報転移系のやつか?」



「すみません、何言ってるか分からないっす! 自分も何が起きたか分かって無くて、廃墟で敵に襲われて、川に飛んで逃げたんです。溺れたと思って、気付いたらここにいて……!」


「はあ?」




 時間が経ち……


 体に巻き付いていたコードが壁から取り外された。


 壁から取れたコードは一枚のゴムバンドのようになって僕の身体を拘束し続けている。

 そのままの状態で尋問が行われ、多少は誤解が解けた。



 女性の名前は『ネオ』



 僕が必死で「ネオンさん」と呼びかけていたのが「ネオさん」に聞こえてたらしい。


 彼女が僕に抱きついてきた理由も、勘違いだった。


 髪が濡れて、湯気に歪んだ僕の顔が「ナラク」という知り合いに似ていたからとのこと。

 特に声はそのまま過ぎて、聞き分けられないとのこと。


 まあ、珍しい顔では無いですけどね。

 どこにも居るんですね、モブ顔。


 今は脱衣所の床に転がされ、壁に向かされ、後ろでネオさんが服を着ている。



 パサッ、カチャ、カチャ。


 さっき風呂で裸で抱き合ったばかりなのに、服を着る衣擦れの音やベルトの金具の音が妙に生々しく響いてくる。その度に抱き合った感触を思い出しつつ、股間が痛む。


 ネオさんが着替え終わると、背後で短く詠唱がはいった。



「ディスエイブル」


 その一言と同時に、体を縛っていたゴムが、バチンと弾けて床にぺたりと落ちた。



「謎の技術っすね……」


 その脱衣所の周囲は風呂と同じく。コンクリートと鉄板の構造物。風呂もそうだったが窓が一つもない。地下施設なのかもしれない。



 ようやく振り返り、改めて服を着たネオさんを見る。


 黒のへそ出しインナーに、白いジャケットを羽織り、ホットパンツを着用。

 ストリート系と言う奴だろうか。

 風呂上がりで水を含んだ緑の長髪が垂れ下がり、水滴が落ちている。


 そして一見普通そうな衣装だったが、頭の上に被った巨大な機械羽が異質だった。

 真っ赤な機械羽が四枚展開した、奇怪なヘッドギアを装備している。


 重くないのかそれ……


 しかし見れば見る程、ネオンさんに似ている。

 ネオンさんがコスプレしてるようにしか見えない。


「あの……ここって、どこなんですか?」


「は……? 私の基地だよ。」


「基地とは一体……」


 どうやら、ここは僕の知ってる現実とは違う世界のようだった。

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