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第29・覚悟の突入

 丘の上病院


 文字通り、川沿いの小高い丘の上に立った

 見晴らしの良さを売りにして開業した病院だったという。

 十年以上前に川の増水で土砂崩れがあり

 危険性があるとして廃墟になった。


 僕が存在を知った頃には最初から廃墟で

 心霊スポットとして有名だったようだ。



 バケモノに捉えられた瀕死のアルハが

 僕を突き飛ばして命令した。


「そこから真っすぐに走りなさい。

 窓を突き破って出ると崖があって

 その下に川がある。頭から飛び込みなさい。」


「なんでですか! 僕だけ逃げろって!!」


「スゴミ、今はまだ、何も分からなくても良い。

 でも必ずまた会う時が来るわ。」


 アルハはそこまで言うと、目を閉じた。



「アルハはね、嘘を言えないのよ。」



 直後、ヒメガミさんの遺体を拘束したバケモノは

 天井に空いた穴へと器用に足を折り曲げながら

 音も無くのぼっていった。


 薄暗い病院の一階ロビー

 初めから何も無かったかのような静寂に包まれる。


 僕はヒメガミさんの手から拾った

 ネックレスのウサギのシンボルを握りしめた。



「結局、誰も、なにも助けられなかった。」



 拳の上に涙が落ちてくる。


「でもアルハさん……

 あなたは、めちゃくちゃだったけど

 確かに一度も嘘はなかった。信じますよアルハさん。

 理由なんて知らない、あなたが会えるって言うなら

 その言葉を信じて僕は逃げます。」



 僕の心には小さく光が灯っていた。


「ありがとうアルハさん、だから今は、さよならです。」


 僕は病院の奥に背にして

 アルハの示した窓へと真っすぐに駆けだした。

 割れたガラスを踏みしめ、前へ、前へ……

 窓から外に出ようとしたとき、背中から音が聞こえた。



 ウィィィイイイイイイン!!


 丸鋸の音だ。上の階から響いてくる。

 今確実にアルハさんの身体が

 バケモノの無慈悲によって処理された。

 二度と聞きたくない、おぞましい音だ。


 勢いよく窓を飛び出して

 荒れ果てた伸びっぱなしの草むらをかき分けて走る。

 草木の無い空間が見える、崖だ。


 崖の前に立つと大きな川があり、黒く曲がっている。


 対岸には変わらぬ静かな町の夜景と黒いピラミッド。


「川に頭から飛び込む…意味は知らなくていい

 アルハさんがそう言っていた」


 崖の高さはビルの3階ほどあった。

 その高さの下には、深さも分からない黒い川。

 身のすくむような光景だったが、恐怖は無かった。


 僕は崖から飛び出した、頭から水面に向かって降下。

 月明かりに照らされたその水面に映る僕の顔は

 決意に満ちていた。


 トポンッ


 川に小さな水柱が立った。

 蒸し暑い夏の夜なのに川の水はしっかりと冷たかった。

 川の深さが分からない。

 どこまでもどこまでも、落ちていく感じがした。



 冷たい、冷たい……水、どこまでも水だ。


 真っ暗だった視界が、次第に明るくなっていく。

 幻覚か、幻聴か、再び誰かの記憶が侵入してきた。



 痛い。体中が痛くて、身動きが取れない感覚だ。

 何かが全身を挟み込み、僕の体を掴んでいる。


 視界が開ける、薄暗い空間……

 さっきの廃病院の手術室のような部屋だ。




「どうして!! なんでこんな奴らにやられてんのよ!!」



 アルハの声が聞こえた。声が震えている。

 視線の左側に、泣きそうな顔のアルハが映っていた。



 あれ、これってさっきの逆なんじゃ……?

 さっきはアルハが捕まって、僕がしがみついていた。

 今見てる幻覚はその逆

 僕が捕まっていてアルハがしがみついている。



 すると再び、記憶の中の僕が

 勝手にしゃべり始めた。僕の意志は届かない。



「すいませんっす、アルハさん

 でも僕は……君だけには助かって欲しいんすよ」


「そんな!スゴムが居なかったら

 どっちみち終わりじゃない!!」



 ……スゴムって言いました?

 僕スゴミなんですけど……でも声は出せない。

 見てるだけだ。


「アルハさん、僕のドグマを持っていってくれませんか…」

「無理よ!だってあなたの、大きすぎるもの!」


「そうっすか……せっかく9年間、ここまで来たのにね……」


 9年間は僕が学校に行かなかった期間だ

 その時に何かがあったのか……

 短い時間の中で考える。

 そうだ、この世界のピラミッドは

 9年前に出現したと分かってる。


 だから、きっと天使さんもその時に来ているんだ。

 アルハさんは天使は殺したと言っていた。

 って事は、これは僕が9年前に天使さんを

 呼んでいて、既に殺したと言う、可能性の記憶……?


 いや、きっとこの記憶の方が事実なんだ。

 僕は今、確かにここに居る。でもそれと同時に

 9年間を自室のフィギュアとゲームで過ごしてきた

 不登校引きこもりの記憶もハッキリとある。


 記憶の僕が再びしゃべり始める。



「アルハさん、あなたを逃がしますので

 物語の続きは、次のキュリオスによろしくっすよ。」


「なんで!ダメよ!私はそんなの聞かないわよ!

 だって私はあなただけの……」


「さようなら、アルハさん。ありがとう。」



 その一言と共に、アルハの身体が宙に浮き

 強制的に水平に、ロケットのように離れて行った。



「卑怯だわ! こんなの! だってこんな……

 私はあなたと戦う為に……!!」



 すさまじい勢いで遠ざかり

 病院の扉を抜けて窓を突き破るアルハが

 ずっと罵声を浴びせていた。


「アルハさんがあんなに思ってくれてたなんて……

 ああ、僕は幸せだったんだな……」


 自分の言葉では無い最後の呟きと共に

 自分の頬を涙が伝う感覚が残った。

 アルハの罵声が遠ざかっていき

 聞こえなくなるほどになった時

 後頭部にチクリと痛みが走り、直後…




 ウィィィィイイイイン!ギギギギャギャギャガガガガ……



 耳をつんざくような丸鋸の音が後頭部から響き


 記憶はブツッと切れた。




「うわっ!うわあああああ!!」


 全身に鳥肌が走る、後頭部から丸鋸で頭部を切断される。

 それは生々しく、鮮明な死の記憶だった。


 幻覚が終わった瞬間、全身に水の冷たさが戻って来た。



「冷た!つめ‥‥」


 不思議な体験が連続した。


 友人を失い、アルハを失い。

 夜の川に飛び込んだ。


 僕の身体はただ川の形のままに流されていく。



「僕は一体、どこに向かってるんすかね……

 アルハさん……もう帰っていいっすか。」





 この川への飛び込みを境にして

 僕の『物語』は本格的に動き出した。


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