第27話・帰還への奔走
アルハは意味不明だ。
『だるい』と言いながら、僕を部屋まで殺しにきた。
そして彼女になって、今日の朝には別れた。
そして今、廃病院の肝試しで同級生が四人も死に
階段の上下を敵に封鎖されて追い込まれた。
絶体絶命の中、唯一の武器であるバットを捨てて
僕にキスして『抱っこしろ』と命令してくる。
まったく……
「意味わかんないんすけど!
何しようって言うんすか!アルハさん!!」
僕は彼女を抱き上げていた。
膝と脇に手を突っ込み、胸で支えて持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこ。
彼女の柔らかい体が、胸に押し付けられて熱い。
意味は分からないけど、意味はある。それがアルハさんだ。
「コレは一か八かよ、失敗すれば二人とも死ぬわ。」
「ええ、だから、ここからどうすれば!」
「私を連れて、行きたい所へ行きなさい。」
「えっ!?なに、どういう事っすか!
こんな時にデートの話ですか!?」
「発想がイカれてるわね。敵を殺す話でしょ?
あなたは今から『彼女』である私を守るって
それだけを考えて、行きたい所へ走りなさい」
「走るっても敵居ますし、両手使えませんよ
せめてバット拾わないと……」
アルハは抱っこされたまま、僕の唇を指でさした。
「ヒサヅカ スゴミ……」
真剣な眼差しで視線を合わせてくる。
「あなたは雑魚よ。ドグマも無いし、頭も悪い。
両手が使えても、バットを持ってても、確実に死ぬわ。」
「......分かってますけど。」
「でもこの状態なら、抜けるのも無理では無い。」
「どういう原理ですか……」
「部屋のベッドで私が刺そうとしたわよね。
あの時、何考えて起き上がったの?」
「今のその話します!? 早く下に行きたいんですけど!」
「だったらさっさと行きなさい。
戦うイメージよ、敵を殺してやるってイメージするの。
部屋で私と戦った時も、私を殺そうと思ったんでしょ。
だからあの戦士の人形が飛んできた。」
「殺すイメージ!? してないですよ!
僕は人殺しは犯罪だって言いましたよね!!」
「じゃあ何考えてたのよ、それの再現が出来れば
敵を抜けられるかもしれない。」
嫌なことを聞いてくる、言いたくはないが……
「あの時僕は……頭の中で
ムキムキのバナナの王様が高笑いをしていて……」
「ねえ、ふざけてんの? 今真面目な話ですけど。」
「ふざけてないですよ! 本当に思ってて……!」
「なんでバナナ……」
「そりゃあ……アルハさんが抱きついてきて
身体が擦れて……その、興奮して盛り上がったというか……」
アルハは視線を反らした。
「気持ち悪っ……最低ね」
「すみません……」
「ただ、本当にそう思ったなら、それが原動力だったのよ。
だったら、それを再現するしかない。」
「なるほど……」
ようやく腑に落ちた。敵を殺すなんて、僕には想像できない。
でもあの時、僕は自分の命を守りたかったし
純粋にアルハさんに興奮していた。
ここに活路があるとするならば……
アルハさんを……彼女を守る。
ヒメガミさんを助ける。
その為に……ただ、走る。
それだけの事ならきっと、僕は集中出来る……
「分かりました、アルハさん、ちょっと失礼します。」
スーッ
「ちょ!な、なに!?」
彼女のふわふわの髪の脇、首筋の辺りから
思い切り鼻で息を吸い込んだ。
「はあ、いいにおいだ……」
アルハの視線が暴れて動揺している。
「ふ、ふざけてんの!?」
「真面目にやってます。再現ですよね、気合い入ったんで、行きますよ。」
アルハはムスッとしながらも、抱っこされたまま身を寄せてきた。
そのしおらしい態度に鼓動が高鳴っていく。
下り階段の前に立って構えた。
アルハは大人しく腕の中、自分の腕はお腹の上に揃えている。
バケモノは階段には入ってこないが、絶えず腕を振り回し
殺人フィールドを展開し続けている。
「アルハさんを守って……!ヒメガミさんを見つけて……!
僕は今、帰ります!帰りますからね!アルハさん!!」
「行きたい所に行けって言ってるでしょ。」
階段を一段、二段と駆けおり、そこからは目を閉じた。
「うわああああああ!!」
殺人フィールドに対し、真っすぐに駆ける。
腕の中に感じる重み、温もり、僕とアルハ、二人分の命。
「アルハさんは、僕が守る!!」
そう言って彼女をきつく抱きしめると
その心音が聞こえる程の静寂に包まれた。
それと共に目の前が真っ白になっていく。
その瞬間、身体がスッと軽くなり、視界がパッと明るくなった。
思わず、目を開いた。
病院の階段にいたはずなのに、景色が違った。そこにあったのは高原。
桜の花びらが舞い、温かい、気持ちのいい風が肌を撫でていく。
小鳥のさえずりも聞こえてくる。
「え、どこっすかここ……!? もしかして斬られて死にました?
それで天国みたいなやつっすか……?」
気付けば右脇の中にアルハが居た。自分がその肩に腕を回している。
「アルハさん、ここって一体……」
喋ったはずだった、しかし言葉が出ていない。しゃべれない。
すると逆にアルハがしゃべり出す。
「ねえ、暑苦しいんだけど、何の意味があるのコレ?」
『むしろこっちが聞きたいんですけど……』って思っても声が出ない
身体の制御が効かないが、自分の身体が自分のものだという感覚だけがあり
身体を自由に動かせないタイプの夢の中のようだ。
そう思っていると、自分の身体が勝手にしゃべり始めた。
自分の意志とは無関係に、アルハと会話をしている。
「記念っすよー! 僕とアルハさんの中学卒業の記念っす!!」
「それに何の意味があるのかって聞いてんのよ」
「僕のモチベ維持的なやつっすかねぇ、これから一人で戦う為のモチベ!」
「アホくさ、敵なんて殺すだけじゃないの」
「はいはい、アルハさんはストイックですからねぇ!
じゃあ写真撮るから、ピース作って、こういう形ね!」
目の前にピースを作った手が出てくる。服の袖が黒い。
中学の学ランだ。それは僕が着たことのない制服。
「こ、こう?」
アルハの小さな手が目の前に出てきて
ぎこちなくピースの形を作っていく。
「はいOK、そしたら顔の前に持ってきて、はいピース! っすよ!」
自身のスマホで自撮りの画面が出てくる。自分だった。
画角に収まる二人は微笑ましく寄り添っていた。
そこに映るのは学ラン姿で満面の笑顔を作る自分と
目を反らしながら下手なピースを作ったアルハだった。
僕の中には絶対に無かった記憶。
だがこの写真は覚えてる、自室の玄関に飾ってあったやつだ。
誰だ、誰の記憶なんだこれは?
そして映像がブツッと途切れた。
視界は一気に暗闇に染まり、高原の風は無くなった。
そして次第に蒸し暑さが増してくる。
次は声だけが聞こえてきた、大人の女性の声だ。
聞いた事の無い、落ち着いた声。
「丘の上の廃病院にな、姫神 真理愛が肝試しに行くようだ。」
「なんでっすか、あそこ攻略してないですよ! 止められないんすか!!」
また自分の声が聞こえてくる。大人の女性と会話している。
存在しない記憶だが、熱のこもった声だった。
大人の女性は続けた。
「私は止める役目でも無いし、アルハは既に向かっている。」
「なんで、いつもいつも…言うの遅いんすか!!」
「教えてやったんだ、感謝が先じゃないのか?」
「分かりましたよ、アルハさんは、僕が守る。」
自分の声、しかし強い声だった。
絶対に無い記憶だが、確かにそのセリフは分かる。
たった今、自分が言ったものと同じだったからだ。
「アルハさんは、僕が守る。」
その言葉と言葉が重なったと認識した瞬間、視界が元に戻った。
景色は廃墟、薄暗い廃病院だ。
地面は平地で段差は無い。
謎の記憶の幻覚を見て、戻ってきたみたいだった。
「どこっすかここ、一階……?」
「自分で走ったのに、何で分からないのよ。」
腕の中には抱っこされたままのアルハが居た。
少し髪が乱れているが落ち着いた綺麗な目をしている。
「走った…僕が…?」
後ろを振り向くと、月光の降り注ぐ階段下にバケモノがいた。
一階から迫っていた、クロノのバケモノだ。
バケモノの、胴体に巨大な風穴が空き、よろめいていた。
「僕がやったんすか……これ」