第25話・切り返しの踊り場。
恐怖!!夜になるとデスマネキンが動き出す!!
丘の上の廃病院に死者の怨念が……!?
……たしか、そんな記事だった。
雑誌の片隅に雑に紹介された心霊スポットで始まった肝試し大会だった。
噂に尾ヒレがついた。なんで言葉がある。
でも、事実から本質を取り除くな。
マネキンじゃない、死体だ。怨念じゃない、怪物だ。
死体をはりつけにして晒し上げる
蜘蛛の機械のような怪物が、次の死者を作り出す。
既に、I♡姫Tシャツのカワダの惨殺された遺体を確認した。
他は……知らない、どうしようもない。
ヒメガミさんと、ネオンさんは先に逃げてくれた。
僕もあとは全力で逃げ帰ってやる。それだけだ。
「階段を降りて外へ! 最短コースで!!」
僕は廊下を数歩走り、一階へ向かう階段の手すりに手をかけた。
その瞬間……
階段の下、切り返しとなる広い踊り場に
異様な物体が立っているのに気づく。
「なんなんすか……今度は……」
全体的にはプロパンガスのタンク。
その高さが2メートル程になって黒くなった棒。
トウモロコシの房のように真ん中に向けて膨らんでおり
バランスが悪そうだが、物理法則を無視して直立っている。
「これも……敵……? にしても、階段は降りるしか……」
階段に一歩、足をかける。
すると、その塊の表面に、みるみると螺旋状に筋が入っていった。
そして頂点を中心にして、髪の毛のように渦を巻いて展開していく。
次第に、その黒い房の中から、死体が見えてきた。
その死体は細長い体格の、自分と同じ学生服で、赤いネクタイ。
頭はカワダ同様、鼻から上が切り取られている。
「ハルハラ……!?」
二番目に出発して、カワダを探しに行ったというハルハラ
細長い体格と状況がすぐに答え合わせとなった。
たわんだ黒い糸が、いくつもの束になる。
それが折れ曲がり、節が出来て、蜘蛛の足のように地面を掴んだ。
僕の顔は恐怖に歪んでいた。
「帰るなって……逃がさないって、そういう展開ですか……」
どう動くか分からない、危ない、近くは通れない。
二階の別出口を探すしかない。
僕は後ろを振り向き、二階のエントランス方向を見た。
そこで再び見たくないものが目に入る。
『 I ♡
姫 』
視線を全て奪ったのが、そのティーシャツのプリントだった。
上の階にいたはずの、カワダを捕獲したバケモノ。
それが音もなく、自分と同じ二階に降りてきていたのだ。
衝撃を受けてさらに階段を二歩降りる。
「くっそ! ストーカーじゃないっすか!!
もう隠れる必要も無くなったって事っすか!!」
そのバケモノはゆったりと階段の淵までにじり寄ってくる。
もはや二階へ戻るのは不可能。
「だったらもう、下いくしかないっすよね……!」
僕は思い切って階段を降り始めた。
ハルハラを捕まえたバケモノは、足を展開したあと動いてない。
上手く内側をすり抜けて、向こうへ! 自由の一階へ!!
「うごくなよ……!」
その瞬間、ハルハラのバケモノが、足を暴れ始めさせた。
それは超高速の動きで、全く見えなかった。
扇風機の羽は止まっていれば見える。それが回転する時
羽の動きが速すぎて、扇風機の羽の陰だけが丸く残り
反対の景色が側が透けて見える。
まさにそれが起きてきた。
目の前の黒い足が一斉にバタついていて
半径2メートルほどの、半透明の黒い球のように見える。
近くの壁が一瞬で削り取られていく。
音も無く一瞬で無数の切り込みが入り
細断された破片が粉のようになり
その粉の粒子を内側に引き寄せて集積されていく。
侵入不可能の斬撃殺人フィールドだった。
「死んだ……」
僕はもう階段を駆け降りていた。止まれない。
ミックスジュースを作る為のハンドミキサーに
放り込まれたような気分だ。
『マリアン、ネオンさん……ごめん……
僕は今日……帰りません』
そう思った瞬間だった。
階段下から凄まじい速さの物体が飛んできた。
カコーン!!
甲高く透き通るような音が響き渡り、カイブツの足が止まった。
そしてハルハラの遺体を含めた敵の全身が
奥の壁へと叩きつけられる。
まるで壁に投げつけたトマトのように
激しい血飛沫と黒い液体を吹き出してはりついた。
カイブツの多脚は死にかけのセミのように、力なくゆれている。
そして、飛んできた物体の姿が明らかになった。
目の前にはヒラヒラと揺れる女子制服のスカートと
そこから細く伸びる白い太もも……
女子だった。
女子が着地すると、バットを持っていたのが分かった。
黒いショートボブの髪がふわっとゆれ
くるりと振り向くと、刺し貫くような赤い瞳がにらみつけてくる。
「あら、元気そうね、ゴミカス
まさか、まだ生きてるとは思わなかったわ」
「アルハさん……!!」
その毒舌と冷酷さを持った小柄な彼女が
今の僕の目には救世主としてうつっていた。
すかさず踊り場に飛び降り、アルハの元へと駆け寄る。
「まさか、助けに来てくれたんすか!
ありがとうございます、今のもう、本気でダメかと思って……」
「なんで私があんたを助けんのよ」
「だって僕、死にそうなところで……」
「偶然でしょ、死ねば良かったのに。」
「ははは……きっつ、ツンデレってやつですか……」
「あなた本当に勘違いしてるわね。
だってわたしとあなたは他人でしょ
他人を助ける訳ないじゃない。あなたがそう言ったのよ。」
──それは確かに言った。しかし……
「じゃあ、なんでここに来たんすか……」
「私は上に用があって来ただけよ」
「はは……マジ?」
「嘘言ってどうすんのよ。」
近寄った所を肘で突き返され、一歩後退した。
「あ、ああ!でも上ですよね!上にも一匹いるんですよ!
さっきの速いので、バチンとやっちゃってくださいっすよ!!」
カワダのバケモノは階段上で静かに揺らめいている。
アルハは僕の体の影からそのバケモノの姿を確認していた。
「はあ、だるいわね……さっきのはもう無理よ
さっきのが最後で弾切れだから」
弾切れとは一体……
しかし内容を聞く暇は無かった。
「そうなんすね!じゃあ無理です!逃げましょう!!」
アルハは胸の辺りから睨みあげて来る。
「なんなのよ、あんたのその切り替えの早さ……
なんでそんなに元気なのよ……」
「今まで死にそうだったっすからね!
アルハさんカッコイイですし
ランナーズハイってやつかも知れないっす!!」
「ったく……アホだわ……
アホなところだけ一緒なの、終わってるわね」
「一緒とは……」
アルハはそっと目を伏せた。
「こっちの話よ……」
一拍おいて、アルハは再び視線をあげた。
「そうだ、どうせ生きてるなら……
あなたドグマ持ってないんでしょ?あるわよ、ここの最上階に。」
ドグマ……天使さんが最初に要求してきた、玉なるもの……
「そうだ!思い出したんです!ドグマなら野球ボールなんすよ!
野球部の備品倉庫にあるかも知れないって気づいたんです!!」
カンッ! アルハがバットで床を叩いた。
「ある訳ないでしょ、私が上にあるって言ってんのよ。」
「自分、こんな所来たことないっすよ。
ってかそのバットどこから持ってきたんすか」
「私はあなたの過去なんか、興味ないのよ。
バットは野球部の備品庫から借りてきたのよ。」
「だから、そこに野球ボールがあるんですよ!
玉ですよね! 僕それ投げましたもん!!」
「ったく、めんどくさ……」
―――ウィィィィィイイイイイン!!!
アルハの怒り顔の発言を断ち切るように
バケモノの丸鋸の音が二階の奥から響いた。
「丸鋸だ!!」
僕は立っていた折り返しの踊り場から、二階のカワダの遺体を見上げた。
カワダに動きはない、階段に入ってくるでも無く
腕を振り回すわけでも無く、ただそこに居る。
それと同時、視界の右下に何かが動いた。
階段の踊り場は折り返しだ。左が上り階段、右が下り階段になっている。
右下、一階へ向かう階段の奥からムカデのように蠢く足が見えた。
その中心には、遺体。
自分と同じ学生服で体格は小柄、おそらくクロノの遺体。
それと同時に旋律が走る。
クロノが下から来た。ヒメガミさんとネオンさんは下に逃げた。
遺体を拘束する怪物、顔を切断された遺体。
丸鋸の音……繋がらなくて良い漆黒の糸が
絡み合って蜘蛛の巣のように繋がっていく。
僕はアルハの肩を掴んだ。
「アルハさん! ここに来る時
女子とすれ違いませんでしたか……!?」
アルハは無表情で2階を見上げながら
数回瞬きをして、振り返り、こちらを見つめた。