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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第6章・宿命編

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第208話・物語の破壊者3。アイテム

 カイの動揺は、目に見えて分かった。


 眉は寄っているし、口は半開き、目も見開いている。

「なんだお前……そのボロボロの姿、シゲルにやられたのか?」


 僕は血まみれの右手で、動かない左腕を掴んだ。

「そうっすよ……ヒグツワ・シゲルに殴られて、体の半分、動かなくなりましたけど、でも生きてますから……アンタの理屈は間違ってるっすよ……」


 カイは静かにデフィーナを見おろした。

 デフィーナは顔色一つ変えず、しゃべれないまま僕のことを見つめ続けていた。


 カイはデフィーナへと問いかけた。

「アルハ、お前は何人の走者キュリオスの死を見て来た」


 デフィーナは顔は動かさずに、目だけでカイを睨み上げた。

「はあ? 一人、シシガミ・ナラクだけよ……」


「そいつはどうして死んだ!! 死因は何だ!!」


「ヒグツワ・シゲルに殺されたのよ。別行動中で死んだところは見てないから、死因は知らないわね」

 デフィーナは抑揚無く、聞かれた事だけを淡々と答える。


 クロス君がヒザだけで体を引きずって、車椅子の元へと戻って来た。

「大丈夫……? スゴミお兄ちゃん……」

「うん……ありがとう……」


 僕は再びカイへと視線を移した。

「カイさん……僕が生きてる間に、シゲルを倒しに行きませんか。僕はブリアンを助けたいんです」


「はぁ? 何言ってんだテメェは……」


走者キュリオス二人で挑んだら、倒せるかもしれないじゃないっすか。シゲルさえいなければカイさんは世界を壊す必要もないし、デフィーナさんをイジメる理由も無くなりますよね……!!」


 クロス君が僕の右腕を掴んだ。

「でもそれ、スゴミさんは12時間で死ぬんじゃないですか!? スゴミさんは、帰るって言ってたじゃないですか!!」


「僕も帰りたいっすよ。でも、死ぬのが決まってるなら、せめてデフィーナさんが苦しまなくて済むようにしていきたいんで……」


 その時、デフィーナの足が一歩前に出た。

「スゴミ……!!」


 その動きにカイがすぐに反応してデフィーナを殴りつけた。

「命令してない行動、するんじゃねぇ!!」


 デフィーナは正面から胸へと、大きな腕に押し飛ばされて、後ろへと転がった。

「あう……っ!!」


 カイはデフィーナが動けないのを視認したのち、僕たちの方へと一歩出てきて笑った。

「くははは、分かったぜ!! お前が生き残った理由!! その構造も分かった!!」


「な、なにがっすか……」


 カイは僕を指さした。

「まず、お前はもう死んでいる!! シゲルに出会って負けイベに突入して、判定としての死が確定したんだ!!」

 自身の胸を親指で示した。

「お前が物語に死んだと判定されたから、俺が呼ばれた!! お前は生きてると言っても、物語的には死んでるのと同じって事さ!!」

 カイはしゃがんで、転んでいるデフィーナの足を引っ張った。

「じゃあ今から三人でシゲルに会いに行ったらどうなる? 負けイベが始まる!! お前は死んでいる判定だから、生きてる判定の俺かデフィーナが死ぬのさ!! そうなりゃ俺は迷わずコイツを殺す!!」


 デフィーナはローブがめくれないように必死に抑えながら、逆さで吊るされている。


「お前が言ってる一緒に戦おうってのはな、コイツを今日殺しましょうって言ってんのと、同じことだよ!!」


「違う!! そんな事、やらないと……分からないじゃないっすか!!」


「分かるね!! 無駄さ、俺は物語のパターンを見切って攻略してきた!! 最初に決めた通りに、Xデーまで適当に過ごして、その時が来たらこの世界を去るだけだ!!」

 そう言うとカイは、逆さのデフィーナを持ち変えて、肩に担いだ。


 僕は車椅子の車輪を握った。

「だったら、デフィーナさんは置いて行けよ!!」


「それも断るね。シゲルはいつ出てくるか分からねぇ、アルハは世界を抜け出す為のエスケープアイテムだからな、常に持ち歩かねぇと行けないんだよ」

 そう言いながら、カイは路地の奥側へと向けて振り返った。

「ナラクってやつが一人で死んだのも、そのせいだ。支持者アルハと別行動なんて、ありえねぇんだよ」

 担がれたデフィーナが、カイの背中で苦悶の顔を浮かべて僕へと手を伸ばしていた。


「僕から逃げるんすか!! どこ行く気だよ!!」


 カイは振り返りながら、担いだデフィーナの尻をポンポンと叩いた。

「腹が溜まったんだから、する事なんてひとつだろ」


 デフィーナの顔が殺意と憎悪に染まっていった。

 拳をギリギリと握っているのに、全身の動きでは逆らえない。

 カイの命令の冷酷さが、そのままデフィーナさんの心を蝕んでいるのが分かった。


 僕はクロス君に声をかけた。

「クロス君、このまま行かせちゃダメだ!! 手伝ってくれるっすか……!!」


「もちろんだよ……!! スゴミお兄ちゃん!!」

 クロス君は素早く両腕を使い、車椅子をのぼり、僕の膝の上へと乗って来た。


 僕はカイを睨んだ。

「僕はドグマ感知で、どこまで逃げても分かるんですからね!!」


 カイはそんな僕たちを見て溜め息を吐いた。

「はあ、しつけえな。せっかく殺さないでやったのにさぁ、どこまで着いて来る気だよ。短い寿命を大事にしろよな?」

 そう言いながら、デフィーナを僕へと向けて地面に降ろした。

「分かった。スゴミだったよな。お前もどうせ死ぬんだからさ、最後に思い出作りしたら、未練も無くなるだろ?」


「……はぁ?」


 カイはデフィーナの背中を叩き、よろけて一歩前に出たデフィーナへと命令した。

「おいデフィーナ、スゴミ君を誘惑してやれよ。最高にいい顔作ってな、色っぽいセリフで、スゴミ君が思わず興奮しちゃうようにな!!」


「おい……!!」 僕は叫んだが、デフィーナは動き出した。


 デフィーナは顔を赤くして、ほんの一瞬だけカイを睨みつけたのち、画面が切り替わったように無表情になった。

 感情の端すらも見えない無表情顔で、呼吸を速めてハァハァと口を開いた。

 ローブの下端を軽くめくり上げ、白いヒザ先だけを見せ、片手を伸ばして武闘家のような手招きをした。


「スゴミ、アンタどうせ我慢してたんでしょ。私が相手してやるから……さっさと来なさい」


 それは誘惑と言うにはあまりに冷淡で、挑発にしか見えない言動だった。


 カイはデフィーナを見て、腹を抱えて笑い始めた。

「くはははっ!! それのどこが色っぽい誘惑なんだよっ!! アルハのセンスの無さだけは最高のギャグだぜ……!!」



 僕の心の中で、音がしていた。

 大きな壺が割れたような、悲しさが響き渡っていた。


 デフィーナと出会ってからの短い期間に、デフィーナと交わした様々な言葉が、僕の脳内を駆け巡った。


 初めて会った日……

  ───近寄ったら本当に殺すわよ。


 結婚指輪を受け取れと言って、渡した時……

  ───チッ……後悔するわよ!!


 混浴訓練を、命令でさせられてると知った時……

  ───嫌に……決まってんでしょ。


 雪山の遭難で、裸で抱き合った時……

  ───支持者アルハが愛を知ることは……無いのよ。


 巨大エクリプス相手に、女神像を使うのをお願いした時。

 ───自分の身体を都合の良い資源として消費されるのが、死ぬより嫌なのよ。



 僕は右手でクロス君の背中を押していた。

 彼の背中に血をべったりと付けながら、無遠慮に身を乗り出して叫んでいた。



「……言うワケ、無いだろっ!!」


 僕の本気の怒声に、笑っていたカイは眉を寄せて険しい顔で固まった。

 誘う手を伸ばしていたデフィーナの目が、くしゃりと悲しい形に変わった。


「デフィーナさんがそんな事、言うワケ無いだろ!! 言わせんな、言うなよ!! そんな……言いたくも無い事を……っ!!」


 僕の大声が、狭い路地裏に高く反響した。


 その瞬間だった。


 デフィーナの顔が一気に泣き顔に変わり、大粒の涙を散らしながら、カイの横を駆け出した。


「スゴミッ!! わたし、こんなの嫌っ!! 嫌なのよっ!! 言いたくない、したくない!! 私はこんなの……!!」



 デフィーナの命令解除に、カイの顔が驚きに染まって硬直していた。

 僕は車椅子から思い切り右手を伸ばした。


「分かってますから、デフィーナさん……!!」


 デフィーナも手を伸ばした。

 それに合わせてクロス君はすかさず車椅子を前へと進める。


 あと数歩と言う所で、カイの命令が短く入った。

「止まれぇい!!」


 デフィーナは駆け出す姿勢のまま、両足が止まってその場でバランスを崩した。

 手はギリギリのところですれ違って届かない。


 デフィーナはローブの袖の下から、シスターズネイルの触手ナイフを伸ばした。


 ナイフはそのまま僕の右手のひらの、針で開けられた穴を重ねてこじ開けて貫通した。

「うがぁう!! 痛っ!!」


 直後、触手が千切れてデフィーナは地面へと倒れ込んだ。

 それを追うように、僕とクロス君の車椅子も倒れる。

 僕はナイフの刺さった右手をデフィーナに伸ばし、デフィーナも手を伸ばした。

 届く距離、手が重なる瞬間だった。


 カイの命令が追加で入る。

「しゃべるな!! 駆け足、戻れぇい!!」


 手が重なる前に、デフィーナは即座に地面に手をつけて、兵隊のようにビシッと立ち上がった。

 するともう僕には目もくれず、回れ右してカイの元へと走って戻った。


 それに対して、僕も命令をだした。

「デフィーナ、こっちへ来い!! そんな奴の言う事、聞くなっ!!」


 デフィーナは背中を向けたまま、僕の言葉にはピクリとも反応しなかった。


「バカがっ!! そんな命令、無効だよ!!」

 カイはデフィーナのローブの袖を乱暴に破り捨てた。

 デフィーナの腕には黒い腕カバーが巻かれていた。

 それは僕がデフィーナに着せた、ドグマ製のアサシンハートの衣装の一部だった。


 カイがその腕カバーに触れると、腕カバーは白いドグマに戻り、カイのマントへと吸収されていった。

「こんな所にドグマ装備してたとはなっ!! もう付けてる場所はねぇのか!?」


 言いながらデフィーナのローブをめくって覗いている。

 デフィーナは身動き一つ取らず、顔を上げたまま答えた。


「……無いわ」


 カイはデフィーナの背中へと回って両脇に腕を差し込んだ。

「クソが、興覚めだぜ……!! ドグマ開放───有刺鉄道!!」


 カイのマントが二本の触覚のように針を突き出し、カイの足の裏から地下都市の奥深くへとレールを伸ばした。

 カイがレールに足を乗せると、スケートで走るかの如くレールを滑り、地形を無視して高速で遠ざかって行った。


 クロス君が地面から車椅子を立て直しながら、それを見て驚きの声をあげる。

「速っ!! あんな逃げ技あったんじゃ、追いつきようが無いですよ!?」


 僕は地面に投げ出されて、左半身が動かせないままのうつ伏せだった。

 伸ばした右手には、デフィーナのシスターズネイルのナイフが刺さって、血がドクドクと噴き出している。


 クロス君が車椅子に乗って、僕の元まで近寄った。

「どうしよう、僕一人じゃスゴミさん起こせないし……誰か連れてこないと……」


 僕は右手を顔の前まで持ってきた。

「クロス君、サザナさんに報告しに行って貰って良いっすか」


 クロス君は勢いよく返事した。

「うん、そうだよね!! 応援貰えるように、お願いしてくるから……!!」


 僕は手のひらに刺さった白いナイフを、見つめていた。

「いいや、応援は良いんで、僕がデフィーナさんを助けに行ったとだけ、伝えて欲しいっす」


「助けに行った!? 行けないじゃないですか……!!」


 僕は動けないまま、首だけをあげて前を見た。

「フフフ……僕は今、最高に楽しいってやつっすよ、クロス君」


「え、どうしたの、大丈夫……?」


 僕はクロス君を見て、ナイフの刺さった右手をあげた。

「まずはふたつ、アイツから奪い返してやったっすよ」


「奪い……返した?」


 右手に刺さったナイフが溶けて、グローブの形に変形した。

 グローブは宙に浮いて、僕の身体を引っ張り上げ始めた。

「ひとつはドグマ。デフィーナさんのシスターズネイルは、僕のドグマっす。僕が触れれば僕の制御下に入る」


 グローブを見たクロス君の瞳が輝きだした。

「ああ、それ!! 取り返してたんですね……!! あと一つは!?」


 僕は浮いたグローブで左手に振れた。

 左手にもドグマのグローブが生成され、左の不随とは無関係に浮き始める。


「デフィーナさんの本当の声です。こんなの嫌って、デフィーナさんの言葉で、助けて欲しいって意味っすから。そんな求められたら、やる気も出てくるってもんじゃないっすか……!!」


 僕はグローブで浮いた腕を手前に揃えて突き出した。


「ドグマ開放───ゴーストライダー!! 低燃費モード!!」


 狭い路地にバイクのエンジン音が鳴り響き、拡散する空気が土煙をあげた。

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