第207話・物語の破壊者2。ウラワザ
右手にズキズキと、痛みが走る。
左半身が動かず、何も感じない分、右手の痛みが余計に鋭敏になり、拳を握り込んで我慢するしかなかった。
僕は痛みを堪えながら、カイを睨みつけていた。
「戦う気が、無いって……針、刺したじゃないっすか……!!」
カイは食べ終わったうどんのどんぶりを机の横に避けると、その中に箸を転がした。
「今のは自動防御だ。お前が攻撃を狙ったからドグマが反応したんだよ。正当防衛ってやつだな」
右手の痛みが増してきて、頭を落としてクロス君の後頭部へと触れた。
クロス君は車椅子を動かして、カイから距離を取った。
「スゴミお兄ちゃん、無理だよ、僕達だけじゃ……!!」
カイは席に座ったまま、机に肘をついて僕を見た。
「俺を襲ってアルハを連れてってさぁ、何の意味があんだよ。お前死ぬんだぜ? 俺はしばらくしたらこの世界を去るけれど、それまでは犯罪とかしたくねぇんだよな、追われるの面倒クセェし」
「デフィーナさん連れさらって、言う事聞かせて……それって犯罪じゃないっすか!!」
カイはデフィーナのローブを引っ張って、自分のヒザの上に跨るように座らせた。
「コイツは良いんだよ。しゃべらねえし、警察にも行かねぇからな」
ヒザの上で目を閉じて震えるデフィーナの首に、腕を回した。
「戦いなんてやめて、平和的にいこうぜ。お前もうどん食うか? おごってやっても良いぜ?」
僕は血の滲む手で、車椅子の手すりを握り込んだ。
「僕はどうでも良いんすよ!! デフィーナさんを離せって言ってんすよ……!!」
「ああ、ったく、しつけぇな……」
カイはデフィーナの首を腕で締めあげながら、耳元でささやいた。
「おい、コイツは世界をいくつ滅ぼしたんだ。それだけ回答しろ」
デフィーナは息苦しそうに、短く答えた。
「ふたつよ……」
カイはデフィーナの首を解放して前へと突き倒し、背中を肘置き代わりにした。
「くははは……ふたつ、ふたつね。ド素人の割にはする事やってるじゃねえか、そんでデフィーナさんってのは、三人目のアルハってワケだな?」
「あ……はあ……!?」
僕はカイが言ってる事の意味が飲み込めずにいた。
カイは両肘をデフィーナの背中に乗せて、押しつぶすようにしてくつろいだ。
「お前もアルハ二人と、世界を二つ。全人類50億人を二回分も殺してるだろうが。俺がテメェにアルハを返しても、12時間後にお前が死んだら、俺がまた連れて行く。無意味だ。だったらテメェの為だけに最後の時間を過ごせば良いんじゃないのか?」
僕はその一言に反論がすぐに出なかった。
最初の世界で逃亡し、世界が滅んだ。
次の世界でアルハを拒絶して、二つ目の世界も滅んだ。
アルハが死ぬだけで世界が滅ぶとか言う、いかれた均衡。
そんな物語と言う世界を翻弄するシステムで、僕はふたつの世界を滅ぼした。
それはカイの言う通りで、事実だ。
お父さんも、お母さんも、知らない外国の人も、世界中全員が僕の誤った判断の犠牲になった。
その罪の償いのためってワケでもないが、シグマが言ってた通りに、今の世界の支持者であるデフィーナだけは、守らなくてはいけない。
「そうっすよ……!! 僕は何も知らなくて、守れなかった……!! だからこの世界こそは守りたいって、デフィーナさんを……」
言い淀みながらも主張する僕に対して、カイは遮って口を開く。
「お前が大事にしたいこの世界もな、俺にとっては通過点に過ぎねぇんだよ」
デフィーナの背中に肘をついたまま、デフィーナの髪をすくって、流すように落とした。
「俺は今、46個の世界を滅ぼして、ここに居る」
「46個……!? はあっ!?」
胃の奥から、気持ち悪いものが上がってくる。
「まあ、なんだ。最初は守ろうと思って戦ってもな。生き残って十回も世界を渡れば、どこへ行っても似通った世界だ。嫌気もさしてくるってもんさ」
僕はカイを睨んでいた。
「だとしても、ワザと世界滅ぼすなんて、とんでもない大量殺人っすよ……」
カイはヒザの上のデフィーナを突き飛ばした。
デフィーナは転んで地面へとへたりこむ。
「滅ぼしてんのは天使っていう抹消装置だよ。俺はそれに巻き込まれないように逃げてるだけだ」
「アルハを殺してるのがお前なら、お前が滅ぼしてるのと同じじゃないっすか!!」
カイが席を立ち上がって、数歩近寄ってきた。
クロス君は車椅子の車輪を逆手で掴んで力を込めた。
カイはクロス君を指さした。
「その脚の無いガキ、どうせクロ何とかって名前だろ?」
クロス君は息を飲んでカイを見上げた。
「なんで、僕の名前を……」
「どの世界に行ってもな、似たような顔と名前のモブキャラが出てくるんだよ。クローム、黒川とかな、車輪とセットで出てくるのが定番だなぁ」
クロス君は僕の顔へと振り向いた。
「そうなんですか……スゴミさん……」
「いや、それは……その……」
カイの言ってる事には思い辺りがある。
ブリアンは、ヒメガミさん。
ネオさんも、ネオンさんがいた。
カイは腰に手を当てて、気怠そうな顔を見せた。
「クロームは出現率三割くらいだからなぁ、知らないかもな。でも乳のデカいマリア姫か、気の強いネオナなら、どっちかは出てきてるだろ。生きてりゃほぼ絡んでくるからな」
カイの言ってる事は正確過ぎると、僕の中で答え合わせが出来ていた。
僕は震えてしまい、カイの目を見ることが出来なかった。
クロス君が僕の右腕を掴んでゆすった。
「それって、ブリアン姫と、ネオさんの事じゃ無いんですか!?」
僕はいったん目を閉じた。
認めたくないと。走者同士の意見の一致に流されたくないと。
僕は目を開き、カイを睨み返した。
「それとアルハを殺す事って、関係ないですよね!! 僕が言ってるのは、デフィーナさんをイジメるなって話なんすよ!!」
カイは更に近づき、高い身長から僕たちを見おろした。
「話の順序ってものがあるだろうが。俺が思うに、ドグマの物語ってやつが流れを作ってる。それで同じモブキャラを登場させてんだ。それが走者を物語のレールに乗せようとすんだよ」
カイは背中から針を突き出して、後ろでしゃがみこむデフィーナのローブを突き刺して引っ張り上げた。
デフィーナは無言で驚いた顔をしながら、ローブがめくれ上がらないように必死で押さえ込む。
針はデフィーナを吊るし上げたまま、カイの横まで運んで立たせた。
「その最たるNPCが、このアルハだ。コイツは100%寄ってきて、敵が出て来る。自死と世界の滅びがイコールだと知ってるくせに、勝てもしない戦いにに突っ込んでいくポンコツだ。覚えあんだろ」
「それは……」 僕は目を合わせられなかった。
デフィーナは震えて僕を見ている。
だが実際に覚えはある。
それを言われて考えると、アルハもデフィーナも、我先にと無謀を承知で突っ込んでいた。
僕はそれを、支持者達が果敢で、敵を殺す為に全力を出しているからだと思っていた。
カイは言い返せない僕を見てニヤけてデフィーナの髪を掴んだ。
「なんでコイツが無能なクセに、無謀な事するのか分かるか? 走者に守らせるためだ。俺達に戦いを強制するためなんだよ」
カイはデフィーナの顔を掴んで、思い切り前へと突き出した。
「なんでアルハに酷いことすんのかって聞いたよなぁ!? 復讐だよ!! コイツこそがシグマの手先だ!! 物語とかいうクソゲーで走者を食いもんにして殺そうとしてんだよ。イラつくだろうが!!」
僕は突き出されたデフィーナさんに対し、血の垂れる手を伸ばした。
「デフィーナさんは、僕を、殺そうとなんてしてないっすよ……ずっとずっとこの手を、握っててくれたんすよ……」
デフィーナの手が持ち上がり、僕に向かってわずかに伸びた。
カイはそれを引き離すように、デフィーナの身体を引き上げて後ろに下がった。
「お前もそんなにボロボロになるまで戦わされてよ、最悪だったんじゃねぇのか? このポンコツが突っ走ったんじゃねぇのか?」
「ちがう……!! デフィーナさんがいたから、僕は生きてる!! 死なずに戦って来れたんすよ……!!」
カイは溜息を吐いてデフィーナを地面におろした。
「はあ、ダメだな。同じ走者なら分かると思ったのに、話になんねぇわ」
カイは片腕を横に伸ばした。
「俺がわざと世界を滅ぼしてるから悪い。とか言ってたな」
カイの学ランの上の白いマントが、伸ばした腕にそって横へと広がった。
「なんで俺が世界を捨てて、次の世界に行くのか、教えてやるよ」
マントから針が無数にせり出して、僕の方へと壁のように伸びてくる。
クロス君は車椅子の車輪の前の方を掴み、思い切り引き上げた。
「やばい、下がりますよ……!!」
しかし手がすっぽ抜けて、車椅子は全く動かなかった。
車椅子の車輪に伸びた針が無数に絡んでいて、地面へと固定されていた。
カイは冷たい目で僕たちを見ていた。
「負けイベントがあんだよ。ドグマが成長すると、確実にぶち当たる地獄のイベントだ」
針はゆっくりと、僕とクロス君を刺し貫くように迫ってくる。
僕たちの事を見つめ、泣きそうな顔になっているデフィーナと目が合った。
「クロス君、ごめん!!」
僕は右手をクロス君の左脇に突っ込み、右手だけで強引にクロス君を押して、車椅子から放り出した。
「スゴミさん!!」
クロス君は地面で受け身を取りながら、僕を見あげていた。
迫る針が僕の右足をチクリと刺して、痛みが走る。
ヒザにも刺さり、太ももをこすりながら、僕の上半身にまで迫ってくる。
カイは針をジリジリと進めながら、淡々と話している。
「俺はその負けイベントの発生日を『Xデー』と名付けた。それは必ずやってくる、走者か支持者のどちらかが、100%死ぬイベントだ」
針が胸に当たり、痛みは全身を包んでいく。
「うぁああ!! デフィーナさん……!!」
精一杯に身を引く僕の顔面のギリギリで、針は停止した。
カイはデフィーナの首に腕を回して絞めて上げた。
「分かるか。このクソゲーは俺を必ず殺しに来る。だからその前に、アルハを殺して次へ行くんだ」
デフィーナの胸をさすりながら、口角をあげた。
「でもコレもな、割り切っちまえば楽しいもんだぜ。攻略不能なドグマの物語をぶち壊す、必勝の裏ワザってやつかな」
僕へと向けていた針を引っ込めて、ただのマントの状態へと戻した。
僕は息を切らして、心臓の動きも暴れるように早くなっていた。
針の処刑から解放され、車椅子の右肘置きへと倒れ込み、脂汗を垂らしていた。
カイはデフィーナを地面に降ろすと、こちらに背を向けて、デフィーナの肩へと腕を乗せた。
「分かったか、俺の絶望と怒りが。分かったら、もう諦めて絡んでくんな」
僕はカイの背中を見て、このまま立ち去られたら追えないという感覚が先行していた。
ここで距離を取られたら、追ってもキッチリ逃げられる。
そんな感覚が、僕の背中を押していた。
「諦めてんの、アンタじゃないっすか!! 何が負けイベっすか、アンタが勝てないからって、挑むのやめて、言い訳してるだけじゃないっすか!!」
それに対してカイの背中がピクリと動き、こちらへと振り向いて怒声を放った。
「ああ!? 知らねぇクセにほざいてんじゃねぇよ!! どんだけ馬鹿なんだよ!! どうせテメェなんざ、その辺のしょぼいエクリプスにやられたんだろうが!!」
カイの怒声は止まらなかった。
「俺の段階になるとな、出現率100%のクズ野郎が出てくんだよ!! 引きこもろうが、ブラジルに飛ぼうが関係ねぇ!! 必ずだ、必ず出てくる!! そいつに会ったら最後、絶対に死ぬ……!!」
僕はカイを睨み返した。
「ドグマがあれば、絶対なんて事、無いっすよ……誰なんすかそいつ、僕が倒してやりますよ……」
「お前が倒す……? 無理だね!! 46人分の走者の力を持った俺が全力を出そうと、チームを組もうと、不意打ちしようと、奴は必ず瀕死で生き延びて、俺が届かないレベルに進化する!!」
「なんなんすか、そいつ……」
「シゲルだよ!! 奴が現れた日がXデー、物語の終わりの日だ!!」
クロス君が目を見開いた。
「シゲルって、ヒグツワ・シゲル……!?」
僕も反射的に叫んでいた。
「アレが、どこでも出るんすか!?」
カイの息は上がり始めていた。
「ああ……!? 知ってんのか? 苗字は固定じゃねえけど、シゲルは固定だ! 出現率100%、死亡率100%!! だから俺はシゲルが出るまで自由に遊んで、出てきたらアルハを殺して次に行くんだよ!!」
僕の損失した左目の穴が疼いていた。
僕から全てを奪った、巨悪の根源。
それがどこの世界にも、100%出てくるという事実……
……最悪だ。
だが僕は、血の滲む右手で車椅子の車輪をギュッと握って、カイを睨んだ。
「だったら、シゲルに会ったら100%死ぬってのは……嘘っすね。だって僕は、生きてますから」
カイの顔に、初めて驚きの表情が浮かんだ。




