第206話・物語の破壊者1。コマンド
「ふんっ!! ふんぬー!!」
僕は必死で寝返りをうち、なんとか車椅子に体を収めていた。
左半身の不随をカバーするために借りたクロス君の車椅子、その車輪を前に進めることが出来なかった。
クロス君は僕のベッドの上に移り、心配そうな顔で僕を見ていた。
「大丈夫……? 片手で車椅子動かすなんて、無理だって!!」
「負けてらんないっすよ、ハンデは言い訳に使わないっすから……!!」
僕は右手だけで車椅子の車輪を思い切り押し込んだ。
車椅子はくるりと旋回し、ベッドのクロス君と向かい合った。
「やっぱり、両手が使えないと動かせないからっ!!」
クロス君はそう言って、車椅子の肘置きを両手で掴み、腕の力だけで体を浮かし、旋回して僕の膝の上に降りてきた。
足を失ってから二年間、毎日車椅子に乗っていた者の、卓越した動きだった。
「スゴミお兄ちゃん、重くない?」
「いや全然……軽いけど」
「だったら行きたい所教えて、僕が車椅子動かして、連れて行ってあげるからさ!!」
僕はその申し出に息を飲んだ。
たしかに僕一人ではどうにも動けそうに無い。
しかし、今から行くのは凶悪なドグマ使い、走者スガミ・カイの元だ。
「だ、ダメっすよ、今から行くところ、危ないんすから……!!」
僕の抑止に対して、クロス君の反応は速攻だった。
「分かってますよ、そんな事……!!」
クロス君は有無を言わさず車椅子を旋回、部屋から廊下へと出た。
「デフィーナさんを攫える程のやつの所に向かうって事でしょ!!」
僕は言葉が返せなかった。
彼は僕が思ってるより、よっぽど状況を理解していた。
クロス君は廊下で車椅子を進めながら、語りかけてきた。
「僕、危ないのなんて、慣れっこです! 二年前にエクリプスが僕の都市を滅ぼして、森の村で過ごして……熊も見ましたよ! ブリディエットでも襲われるし、キング狩猟団だって……死ぬのを覚悟しました……」
あっという間に旅館の玄関へ、表へと出るとそこは『コウチク』と呼ばれた防壕都市の天井。
天井までの高さは五階建てのアパートくらい、低いとは言えないが、ブリディエットと比べるとかなり圧迫感があり、なによりも土臭い。
「僕も、メイア姉さんみたいに、立派に戦いたいんです!!」
背筋を伸ばし、僕の胸に背をつけた。
「言っちゃ悪いですけど、今の僕はスゴミお兄ちゃんより動けますよ!!」
身をかがめて重心をズラしながら、旅館の石段を軽く降りた。
「それとも……命を預ける仲間が僕じゃ、嫌なんですか?」
僕は内から湧いてくる震えを抑えられなかった。
怖いからじゃない、クロス君を危険に合わせたくないからでも無い。
嫌な震えでは無くて、むしろ期待と嬉しさから湧いてきた、暖かい震えだった。
僕はクロス君の肩に右手を乗せた。
「仲間なんて言われたら、それ、断れないやつじゃないっすか……」
「断っても無駄ですよ! 意地でも役に立ちますからね!! さあ、どっち行くんです!?」
僕はドグマの存在を感じた。
操作は出来ないが、僕のドグマがどっちにあるかは分かる。そのまま右を指さした。
「右っす、ごめん……」
ふと思い出す、ノリコの声。
『ごめんより、ありがとうの方が嬉しいかなぁ?』
車椅子の肘置きをギュッと握った。
「いや、ありがとう。クロス君の足、借りさせて貰うっすよ……!!」
クロス君は素早く旋回、すぐさま右を向いた。
「任せてください! スゴミお兄ちゃんの手伝いをする時が来たら、やろうと思ってたのがあるんですよ……!!」
「え……なんすか?」
クロス君は身をかがめて車椅子の車輪をグッと握った。
「ドグマ開放───クロスドライブ!!」
言いながら勢い良く車椅子を動かし出す。
彼の操作は、車椅子とは思えない程にグングン速度が伸びていく。
「えっ!? クロス君、ドグマ能力使えたんすか……!?」
「あははっ!! 使えるわけ無いじゃないですか、言ってみたかっただけですよ……!! スゴミお兄ちゃんや、デフィーナお姉ちゃんみたいに、カッコイイやつ!!」
クロス君の楽しそうな声が、コウチクの寂れた路地に響いていた。
車椅子はスケボーのような速さで、人を避けるのも角を曲がるのも減速しないでスイスイと進んでいく。
「ちょ、あぶ、危なっ!! 速すぎないっすか!?」
「速いでしょ!! メイアお姉ちゃんには危ないから止めろって言われてましたけどねっ!! 僕は制限を開放しましたからね、出来た道だったら走るより速いですよっ!!」
薄暗い地下都市を車椅子は駆ける。
僕のドグマの感覚に従って進んで行くと、裏路地の途中にデフィーナの姿を見つけた。
そこは、うどん屋だった。
路上にパラソルとアウトドア用の机が無遠慮に置かれ、赤い旗に『うどん』の文字垂れ下がっている。
机にはカイが座って一人でうどんをすすっており、その後ろでレインコートのような地味なローブに身を包んだデフィーナが棒立ちしている。
するとデフィーナがこちらに気づき、口を開いた。
「スゴミ……!!」
それに反応するようにカイが僕達を一瞬睨んだ。
しかし、気にする事無く油揚げを摘んで口へと運んでいた。
クロス君に近づいてもらい、僕は正面からカイへと声をかけた。
「おいっ! 話はまだ、済んで無いんすよっ!!」
カイは目も合わせず、面倒くさそうにうどんに七味をかけながら返した。
「なんだ? 無理せず寝とけって、どうせ何やっても死ぬんだからさ」
「デフィーナさんは、ずっと僕の事を見ててくれたんすよ!! ご飯も食べれてないですよきっと、それをそんな、物を扱うようにして……!!」
カイはうどんのネギを、麺に合わせるようにして持ち上げた。
「……色んな世界に行くとな、色んな食いもんがある。まるで世界旅行ってやつさ。ここは随分と貧乏臭い世界だけど、こういう臭ぇ土地のショボイ飯ってのは妙に記憶に残るんだよなぁ」
そのうどんを口に挟み、すすった。
「はあ!? なんの話をしてるんすか!!」
カイはうどんを一本だけ引き出し、地面へと投げ捨てた。
「飯の話じゃねぇのか? アルハ、テメェの分だよ、食え」
デフィーナは歯茎を見せて怒りの顔でカイの背中を睨んだ。
しかしすぐに膝をつき、地面へと落ちた土まみれのうどんへと手を伸ばす。
僕は身を乗り出した。
「デフィーナさん、食べるなっ!! そんなもの……!!」
しかし僕の静止も虚しく、デフィーナは眉間にシワをよせ、目を必死に閉じながらうどんを口へと運んだ。
クロス君は身をかがめた。
「ひ……酷い……」
僕はカイに怒鳴りつけた。
「おまえ、いい加減にしろよなっ!! デフィーナさんをなんだと思ってるんだよっ!!」
カイはニヤけて僕のことを箸で指し示した。
「お前こそアルハをなんだと思ってるんだ。命令出来ることすら知らなかったくせによ」
「デフィーナさんは、仲間で、僕と一緒に命懸けで戦ってくれて……」
「あーはいはい、それね。その程度ね。戦うのは支持者の仕様だからな。つまり知ってるのはその程度までって事ね」
カイは僕の発言をぶった切ってふんぞり返った。
デフィーナは目を閉じて、口の中から砂利を出しながら、口を拭いていた。
カイはそんなデフィーナのローブのフードを引っ張って、自分の前へと引っ張り、膝まづかせた。
「コイツは走者が真面目に戦うように物語から派遣された、命令を聞くだけのポンコツロボットのNPCだよ」
脱力するデフィーナを、カイの太い左腕がぶら下げた。
「俺はアルハの全てを知っているぜ。どこに何個ホクロがあるのか、何をすると苦しむか、どのタイミングで声を出すのかも、全部知ってる」
「それの、何が知ってるって言うんだよ!! 知ってるってもっと、何をしたら喜ぶとか、そういう事じゃないんすか!!」
カイは口をポカンと開けてデフィーナを手放した。
「喜ぶ……? マジかよ、お前……」
カイは机に肘を置き、ひたいに手を当てて項垂れた。
そのままの姿勢でうどんに箸を突っ込み、だるそうにうどんをかき回している。
僕はクロス君の腕をさすった。
「デフィーナさんに近づいて貰えますか、うどん食ってるやつはドグマ使いなんで気をつけて……」
「は、はい……っ!」
クロス君が数メートル接近する間、カイは気にせずうどんをすすっていた。
僕たちがデフィーナの目の前まで来ると、カイは箸をどんぶりの中へと投げた。
「お前、アルハを喜ばせるとか、本気で言ってるわけ?」
「当たり前の事じゃないっすか、デフィーナさん、さあ、立ってこっちへ……」
デフィーナはへたり込んだまま、泣き入りそうな顔をゆっくりと上げた。
カイは両手を机の上に置いて、僕を睨んだ。
「その程度の認識でアルハを知ってるのかなんて、良く言えたもんだな。アルハは絶対に笑わないし、喜ばない。それを見せてやる」
僕はすぐに顔を起こしてカイの顔を見た。
細めたその目に光は無く、どこまでも深い闇のようだった。
カイは真面目な顔で命令をした。
「アルハ、二歩下がって踊り狂え」
デフィーナはビシッと規律すると二歩下がり、頭と腕をブンブンと振って、オタ芸のような乱癡気な踊りで暴れ始めた。
その異様な光景にクロス君の顔が強ばっていく。
「な……何してるのデフィーナさん……!!」
カイは振り返って大口を開けて笑った。
「くははっ、やっぱり下手くそだなぁ、おいっ!!」
「おいバカ、やめさせろよ……!!」
デフィーナは顔が見えないような動きで、髪を上下左右に降っている。
カイはうどんの箸を掴みながら次の命令を入れた。
「おいっ、この盛んな少年共に、ローブの中身を広げて見せてやれ!!」
デフィーナは顔を真っ赤にしてカイを睨んだ。
しかしすぐに目を細め、顔を伏してローブの両端を持って広げた。
その瞬間、僕が装備させていたアサシンハートの衣装がないことに一瞬で気付いた。
アサシンハートの黒色が無く、肌色が広がっていた。
デフィーナのローブの下は、どこで買ったかも分からない、赤いレースの際どいショーツ一枚のみだった。
僕は右手でクロス君の顔を隠した。
「やめさせろっ!! 衣装はどうしたんすか!!」
「……ドグマなんだから回収したに決まってんだろ。アルハなんて戦力にもならねぇポンコツに、ドグマ持たせる意味ねぇしな」
デフィーナは顔を赤くしたまま目を伏せて震え続けている。
僕は見ていられず、目を逸らして叫んだ。
「やめろ、デフィーナ!! 僕が命令する!! 嫌な事ならやめてください!!」
カイは口に入れたうどんをモチャモチャと噛みながら、僕を煽った。
「ははっ、童貞丸出し。そんな命令聞かねぇよ。せっかく大好きなデフィーナさんが見せてくれてんだから、ありがたく拝んどけよ」
「嫌がってんだろ!! 見られたくないって顔、してるだろ!!」
僕の視界の端で、デフィーナの身体がピクッと揺れた。
カイは僕を睨み、うどんを飲み込むと追加の命令を出した。
「アルハ、喜べ!! お前の飛び切り笑顔をコイツに見せてやれ、コイツに顔を見るように言えっ!!」
その一言に反応して、デフィーナからポツリと短く声がした。
「スゴミ……私の顔を見なさい」
僕はそれが命令で言わされてると分かっているのに、視線をあげてしまった。
デフィーナは相変わらずローブを大きく広げて身体を晒していた。
眉を垂れて、顎を痙攣させ、涙目で僕を見つめ続けながら首を横に振っていた。
そこには笑いも喜びも無く、あるのは恐怖だけだった。
カイはデフィーナ側に半分振り返りながら、僕の顔を見た。、
「分かっただろ。アルハはここまでの命令を聞くのに、笑う、喜ぶみたいな命令は実行できない。前向きって概念がねぇんだよ」
カイはデフィーナを覗き込む。
「おい、俺を殺したいか?」
「当然、殺してやりたいわ」
「俺に勝ちたいか?」
「……どうでも良いわね」
それを聞いてカイは口角をあげ、デフィーナの尻をパチンと叩いた。
「はい、サービスカット終了ー」
デフィーナはローブを閉じて俯き、肩を震わせた。
カイはうどんのどんぶりを両手で持った。
「分かったか、コイツは殺すは言えるのに、勝つとかの前向き発言は出来ないんだよ」
どんぶりを目の前にあげて、残り汁を見つめた。
「それが、つらいつらーい物語の、慰め以外に用途の無い、このショボイ玩具の仕様なんだよ」
そう言って、うどんの汁を飲み始めた。
どんぶりで顔が隠れて、視線が切れた。
僕はそのスキを狙い、うどんの机にあった箸立てから箸を取り、カイへと向かって振り上げていた。
「お前……絶対に許さないからな……!! こんな事して、絶対に……!!」
その瞬間、どんぶりで顔が隠れたままのカイの肩から、真っ白な長い針が伸びてきた。
針は二メートルは伸びて、僕の手を刺し貫いた。
「痛っ!! ぐぅう……」
「スゴミお兄ちゃん!?」
クロス君はすぐに振り返る。
僕は針の貫通と出血の痛みに、掴んでいた箸を落としてしまった。
デフィーナは目を見開いて、口を半開きにしつつも、無言で僕を見るしか出来ない。
カイは汁を飲み干すと、どんぶりをおろすと共に、針を引っ込めた。
「やめようぜ……俺はお前と、戦いたくないんだよ」




