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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第6章・宿命編

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第205話・僕は帰ります。

「ああ!? 僕のドグマ、僕のドグマだぞ、それ!!」


 僕のドグマが学ランの巨漢、スガミ・カイに回収された。

 叫んで手を伸ばす僕に対して、カイはドグマを脇に固めたデフィーナの頬へと押し当てて見せた。


「ちげぇよ!! ドグマは走者キュリオスの物だ。走者キュリオスが物語に殺されるたびに、アルハが無慈悲に回収して蓄積していくんだよ!! 走者キュリオスが死ぬ度に増える、経験値アイテムみたいなもんだなぁ。全くひでぇ話さ!!」


 僕は右手を暴れさせた。

 左にいるカイのドグマには全く届かないし体も痛いが、とにかく必死だった。


「許されないっすよ、そんなの、絶対に……!! 大体、支持者アルハを殺したら、世界が滅ぶんですからね!!」


「まぁまぁ、そうイキるなって素人君。滅ぶことは知ってるさ」

 カイはデフィーナの首に、太い腕を回して引き上げた。

「だから俺はしばらくこの世界で過ごして、デフィーナさんを殺して、次の世界に旅立つってワケだからな」



 僕は右足を思い切り曲げた。

 右足をバネにして無理矢理飛び上がり、カイの手に収まるドグマへと手を伸ばした。


「そんな事するなら、ドグマとデフィーナさんは返せよ!! 僕がこの世界の物語を走るんすから!!」


 カイは余裕の顔で僕の右手を避けた。

「バカだなあ、交代だって言ったろ? 走者キュリオスの交代が起きるとな、前代はどうあがいても12時間で死ぬようになってんだよ。もう手遅れってやつなんだよなあ」


「12時間で……死ぬ!? 僕がっすか……!?」


 カイはデフィーナを強引に引っ張って入口へと向けて振り返った。

「そうだよ。今まで何度かあったんだが、何をしたって必ず12時間キッカリで突然死さ」

 僕を軽く指さした。

「でもお前は最後に物知りの俺に会えて良かったな。分かった寿命は12時間。あとは美味い物でも食って、遺書でも書いて、のんびり過ごせや」


 パンッ! デフィーナの尻を強く叩いた。


「コイツは俺が可愛がっとくから、心配すんな! くははは!!」


 そう言ってカイはデフィーナの肩に体重を乗せて、廊下の奥へと消えて行った。



 僕の怒りは、限界を超えていた。


「くっそぉおお!! なんなんだよアイツ、バグってなんだよ!!」


 暴れた。 右しか動かない身体を目一杯に。


「なんで僕が、こんな目に……僕が何をしたって言うんすか……!!」


 もがいた。 ベッドのシーツが破けそうな程に引っ張って。


 しかし何も変わらなかった。

 僕の視界には、茶色くぼやけた天井。

 僕が出す音以外の存在しない、静かな一室。


 ヒグツワ・シゲルに奪われた。仲間たちと、左半身の自由。

 頼る人もおらず、寝返りすらもうてない体。


 スガミ・カイに奪われた、ドグマとデフィーナ、確定した寿命。

 目の前で連れ去られるのに、手すらも届かなかった。



「シグマ!! 聞いて無いんすか!! 物語にヤバい奴いますよ!!」


 静寂。


 ダメだ。


 あの人は物語を作ったけど、無数にいる走者キュリオスを一人一人なんて見ていない。

 僕もシグマの物語に消費される、ひとつの部品に過ぎない。


「天使さん、天使さん……!! 物語が終わらせられる前に、お話できませんか……!!」


 目を閉じて、天使さんをイメージした。

 しかし何かに届くような気はしない。


 ドグマが無いからだ。


 僕の身の回りの超常現象は全てドグマのせいだった。

 ドグマを取り戻すしかない。

 僕は右手を室内灯に向けた。


「僕のドグマは、ここに……ある……」


 ドグマ回収の呪文を唱えようとした。

 するとドグマの存在をわずかに感じた。


 スガミ・カイに奪われた僕のドグマ。

 それはカイのドグマに吸収されて、カイの制御下にあるようだ。僕の言う事を聞かないから回収できない。


 しかし、今の僕にも掴めるドグマが一つだけ存在した。

 位置は足の向こう側、十数キロか、かなり遠いという事だけが分かる。


「女神さんの……ネプチューンハートっすか!!」


 感じ取ったのは、ブリアンに着せたドグマの衣装。

 着せたままにすることを選んで手元に無かったので、奪われていなかった。

 これを回収すれば、僕はドグマを取り戻すことが出来る。


 そう思ってネプチューンハートのドグマを意識した瞬間、僕の首筋に強烈な心音が響いてきた。

 トットットット……恐怖か焦燥か、とにかく早く脈打って、緊張が伝わって来る。

 僕の首に鎖で締めるような熱さが走った。ウサギのネックレスの形に、首筋に赤い跡が浮かび上がる。


 そこにわずかな共感覚が入って来た。


 ブリアンは恐怖している。


 ブリアンが着ているドグマの衣装を、誰かが掴んで引っ張っているのを感じる。

 ブリアンから衣装を剥ぎ取って、全裸にしようとしている。


 それに気付いた瞬間に、僕は拳を思い切り握った。


「誰っすか!! ふざけんなよ!!」


 握った事で、ブリアンの衣装に薔薇の棘が生えたイメージが入って来た。

 ドグマが肉のような熱いものに食い込んでいる。

 ブリアンの服を剥ぎ取ろうとしていた奴の手に、棘をさしてやった。


 それと同時に、ネックレスの形の熱さは消えて、伝わって来ていた心音はゆっくりと落ち着いていった。

 ネプチューンハートの衣装を手が撫でて、優しい涙が落ちた感覚があった。

 完全に共感覚をしたワケではないが、ブリアンが僕に感謝をしている。

 そう解釈するしかないと思った。


「女神さんの衣装は……回収しちゃダメだ」


 全てを奪われた僕だけど、ブリアンの尊厳を考えると、とてもそれを奪って武器にする事などは出来なかった。



 そこに、廊下から車椅子の音が近寄って来た。

 クロス君だ。彼は僕の部屋の入り口に着くなり、心配そうに声をあげた。


「だ、大丈夫!? スゴミお兄ちゃん、騒いでたみたいだけど……」


 怒りと焦りの限界にあった僕だが、クロス君の声掛けに少しだけ落ち着いた。

 車椅子の子供に当たる意味も無いし、何かを説明してもしょうがない。


 僕はひとまず誤魔化した。


「クロス君……ごめんね、ちょっと色々あったから……」


 するとクロス君は食器にスプーンをこする音を鳴らした。

「そうだよね!! おかゆ……持ってきたんだ!! デフィーナさんいないなら、僕が食べさせてあげるね……!!」


「ああ……うん、ありがとう」


 今すぐ何かできるわけでは無い。

 僕は冷静に考える為に、受け入れる事にした。


 クロス君の安心したような一息が聞こえ、車椅子が近寄ってくる。

 温かい米ぬかの香り、玄米のおかゆだろうか、白米と違って香りが濃厚だ。

 クロス君がスプーンを動かし、掬ったおかゆにフーフーと息を吹きかける。


 僕の左から身を乗り出して、口元へとスプーンを運んでくれたので、僕は口を開けておかゆを口に含んだ。

 口の中には塩気の効いた旨味がじんわりと広がってきて、身体が求めていた栄養だと感じた。


「熱くない? 大丈夫ですか……?」

「うん、とっても美味しいよ。ありがとう」


 クロス君の顔は見えない角度だが、ワァ、と声が漏れて、笑顔になっているのが分かる。

「良かった、たくさんあるけど、ゆっくり食べてね……!!」


「う、うん……」


 僕の心はざわついていた。

 これからデフィーナが酷い目にあうだろうし、僕の命は12時間も無い。

 するとクロス君に、自分でも嫌だと分かる質問を投げかけていた。


「クロス君は足も無いし、メイアさんも死んじゃったのに、なんでそんなに元気なんすか?」


「え……それは……」

 クロス君は持ち上げていたスプーンをゆっくりと皿の中に戻した。

 一拍おいて、小さく喋りだした。

「僕が一番つらかったのって、二年前で……家族と両足をエクリプスに食べられて……」

 スプーンを手放し、おかゆを乗せていたお盆を車椅子の肘置きに置いた。

「あの時はずっと泣いてたんだよ。でも、エリオット王子の言葉の通りに、悲劇を力にって、思って……」


 声が震えはじめていた。

 僕は静かに謝った。


「ごめん、変な事聞いちゃったね……」


 するとクロス君は顔をあげ、食い気味に言葉を並べた。


「いや、聞いてよスゴミお兄ちゃん!! 僕は全部奪われて最悪だったんだ!! それでもミナミヅキ牧師やメイアお姉ちゃんが助けてくれて、だから、少しでもみんなの役に立ちたいって、ずっと何かしたいって、それで……!!」


「そっか……」

 僕は右目を細めて天井を見た。

「立派だよ、クロス君は……僕はメイアさんには、本当に申し訳ないなって……」


「そんなこと!! メイアお姉ちゃんは立派にミナハを守って、ネオさんも救って、それで死んだんですよ!! メイアお姉ちゃんは戦士です!! 僕の誇りなんです!!」


「そうか……そうだよね、本当に立派っすよ……」


 クロス君は再び食器を持ち、スプーンをあげて身を乗り出した。

「だから僕も、負けずに役に立ちますから!! さあ、ご飯食べてください!! 最強ドグマ使いのスゴミさんが元気にならないと、始まりませんからね!!」


 僕はその一口だけを口で受け取り、クロス君に質問した。

「あの……僕のゴーグル、どこに有るか知ってるっすか?」


 クロス君は僕が寝ているベッドの上を指さした。

「それならベッドの上にあるよ! でも壊れちゃってるけど……」


「取ってもらっても良いっすか。大事な親友の物なんすよ」


 僕が右手を持ち上げると、クロス君はすぐに身を乗り出してゴーグルを取ってくれた。

 右手に収まったノリコのゴーグルは、左のグラスが割れて血がこびり付き、フレームも歪んでいた。

 僕はそれを片手で頭を通して取り付けた。


 ゴムバンドが左の骨を押して痛みが走る。


 クロス君がすかさず注意をする。

「それ……割れてるから危ないよ!!」


「しー、静かに……」


 僕は目を閉じて、ノリコの存在をイメージした。

 ドグマの能力、意識の定点で、生前のノリコの意識にアクセスできる。

 それによってノリコとの通信を試みた。

 しかし、耳の奥からは何も聞こえてこない。


 当然、僕の手元にドグマが無いからだ。


「やっぱり、ノリコちゃんもダメってわけっすね……」


 僕はゆっくりと右目を開けた。

 ゴーグル越しに見た茶色の天井に、迷路のように入り組んだ、不気味とも言える木目がハッキリと見えていた。


 視力が回復したのか、ゴーグルに度が入っていたのか、理由は分からない。

 ただ今まで全てがぼやけていた世界が、ハッキリと見えて来た。


 ゴーグルの中で、涙が一粒こぼれた。


「ああ、木目を数えられるのって、こんなに幸せだったんすね……」


 クロス君は不思議そうにして、僕を覗き込んだり、天井を見たりしていた。

「ん……? え、どういうこと?」


 僕は木目の辿る、入り組んだ道を追っていた。

 狭い道、太い道、行き止まりに、ヘアピンカーブ。

 まるでノリコと走った、ブリディエットの街並みだと思った。


「僕もね、ノリコちゃんって立派な人に助けられてね、言葉を貰ったんすよ……」


「ノリコさん……ですか、ゴーストライダーの人?」


 クロス君はドグマ能力や兵器の事をよく覚える。

 強いもの、英雄とかが好きなんだろう。


 僕の右目に光が戻り、声のトーンは上がって行った。


「そうっすよ……ノリコちゃんは言ったんすよ。辛い時こそ、乗り越えたら楽しいぞって、だからワハハって笑うんだぞってね!!」


 僕は右ひじを使って、身体を左側へと傾けた。

 クロス君のキョトンとした顔が、僕の目線と同じ高さにあった。


「僕いま、めちゃくちゃ辛いんすよ……!! だからこれ乗り越えたら、めちゃくちゃ楽しいと思わないっすか!!」


「いや……まあ、そうかもしれないけど……」


「デフィーナさんがね、攫われたんすよ!! それと一緒に、僕のドグマも奪われちゃいました……!!」


 クロス君は目を丸くして驚き、おかゆが揺れてお盆の上に数滴こぼれた。

「えっ!? それってヤバくないですか!? サザナさんに報告しないと!!」


「ダメっす!! あの人はここで甘えたら、絶対に僕を見捨てますから!!」


「そんなこと言ってる場合!? どうする気なんですか!!」


「僕が追いかけます!! クロス君の車椅子、貸してくれないっすか!!」


 クロス君はおどおどしながら、廊下の奥をチラチラと見ていた。

「絶対安静だって、メイア姉さんも言ってましたよ!? その身体じゃ無理ですって、大人の人呼んで……」


「半分は動くんで!! 無理だ怖いやって、泣いてビビって止まってたんじゃ、渡れる橋も渡れないんすよ!!」


 次第に身を乗り出していく僕に対して、クロス君は車椅子を引いた。


「めちゃくちゃじゃないですか……!!」


「めちゃくちゃだとしても、僕は今、行かないといけないんすよ!!」

 足を使ってベッドから落ちそうな程に体を伸ばした。

 クロス君の車椅子の手すりへと手をかけて引っ張った。


「ほら届いた! 今の僕には何も無いんすよ、だからここから全部を取り返します!!」


 目を見開いたクロス君の目をまっすぐに見つめた。


「全部奪い返して、僕は必ずここへと、帰って来てやるんすよ!!」


 クロス君の小さな顔が、喉を鳴らした。

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