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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第6章・宿命編

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第203話・リザルト。

「どうなったんすか……? あの後」

 乾いた喉の奥から、力無く声が漏れた。


 右手を握り込むデフィーナの両手が、指の形を僅かに組み替えた。

「ブリアンが捕まって、マスターが来て、防壕都市に来たのよ」


 しばらく、間が空いた。


 デフィーナの説明は最低限だ。

 僕の記憶ではブリアンの魔法が僕たちを逃がして、ブリアンが捕まったという所までは覚えている。

 ブリアンに装備されたネプチューンハートから、それは感じていた。


「サザナさんが運んでくれたんすね……」


「運んだってか、結構歩かされたわね」


 視界の端にぼんやりと映るデフィーナは、アサシンハートのフードを外し、肩から重ね着のように普通のローブを羽織っていた。


「村の人とかは……?」


 デフィーナは言い淀んだ。

「……どこを説明すれば良いのか、分からないのよね。マスターが来るから待ってなさい」


 デフィーナがそう言った時、ベッドの左手の廊下で車椅子を動かす音が聞こえてきた。

 扉の付いて無い部屋のようだ。車椅子の音が止まるなり、クロス君の高い声が部屋の中へと響く。


「気づいたの!? スゴミお兄ちゃん……!!」

「クロス君、無事で、良かったっすよ……」


「ああ……サザナさん、連れてくるね!!」


 クロス君はすぐに反応して、車椅子の音が遠ざかっていく。

 左目が包帯で巻かれていて首が動かないので、その姿は見えなかった。


 デフィーナは僕の手を薄いシーツの中から取り出して上に向けた。

「あなた、ビショップに投げたドグマ、そのままでしょ。回収しときなさい」


「ああ、はい。───僕のドグマは、ここにある」


 僕の右手がわずかに動き、手のひらの中が光を帯びて、バスケットボール大のドグマの形が再構成された。

 それをすぐにアトラスの剣の形に変形すると、玩具の剣はパタリと布団の上に倒れた。


 デフィーナは再び僕の手を包み込み、ドグマをしばらく見つめた。


「なんか、減ってない?」


「マジカルエンジェルに使ってますからね……外しちゃったら裸っすから……」


「そうなのね……」

 デフィーナは普通のローブの下から、アサシンハートのローブを覗かせた。

「これ、回収する? それなら服持ってくるけど」


「良いなら着といてください、僕動けませんし……」


「そう……」


 デフィーナは僕の手の平に爪を立てて力を入れた。

 爪が手にくい込んで痛かったけど、それは左目の奥の痛みと違って、僕が今たしかに欲しい痛みだった。


 しばらく無言で待っていると、廊下からサザナさんの鼻歌が聞こえて来た。


「フン、フフン♪ フンフ、フンフーン♪」


 僕が少しだけ傾くようになった首を左へ曲げ、視力の落ちた右目で左を見ると、部屋の入り口に黒く高い影が映った。


「おっはよーう!! スゴミくぅーん!!」


 サザナさんの大きな声が病室に響き渡る。

 片腕を上げているのが分かった。

 僕は少しだけ、デフィーナの手を握り返した。


「おはようございます……っていうか、なんで、そんな……元気そうなんすか……」


「いやあ、スゴミ君が無事に生き返って嬉しいなあってのとぉ、デフィーナがスゴミ君を殺すどころか献身的に看護をしだすものだから、成長、青春って良いなあ。ってねぇ?」


 僕は助けてくれたお礼を言おうと思っていた。

 なのにアゴの力が入らなかった。


「村で……何人死んだと思ってるんすか……」


 しかし、礼より先に口が動いていた。

 それに対してサザナさんは、声のトーンを突然に落として返してきた。


「何人死んだと思う?」

「え……?」


 その落差に戸惑うが、サザナさんは続けた。


「23名だ、ドラキール兵士を含めると26名。行方不明が8名」


 その喋りが進むほどに、死体だらけの地獄の広場がフラッシュバックする。

 サザナさんはベッドの上へと身を乗り出して覗き込んでくる。

 ぼやけた視界にサザナさんの顔のパーツが並んで見えたが、笑っている事までは認識できる。


「生存者は68名、寝返ったドラキール兵士が5名。村人の7割は生き残ったんだ。キング狩猟団相手に上出来じゃないか」


 それを聞いて喉の奥が熱くなった。


「じょ、上出来っすか……!? たくさん、たくさん殺されて、ブリアンも攫われて、それなのに……!!」


「君らの活躍が無ければ、91名全員死亡は間違いなかっただろう。君らはその中から68名を救った。私はそれを褒めている」


 僕の手を包むデフィーナの手に、弱い力を目いっぱいに込めていた。

 デフィーナは気づいたのか、僕の手を少しさすった。


「そんな事、救えなかった人たちの方が……」


 そこにサザナさんに車椅子を押されて来たクロス君が口を挟んだ。

「叔母さんの村は、82人全員ダメだったんでしょ……スゴミお兄ちゃんたちが必死で戦ってたの、村のみんなは分かってるから……」


 僕の右目に涙が溜まった。

「女神さんは、悲劇はいらないって……僕も一人も死なせたくなかったんすよ、それがこんな……」


 サザナさんは腰を引いて遠ざかり、腕を組んだ。

「そうだったかぁ。私は話を聞いただけで、結局村には入らなかったからなぁ、色々大変だったみたいだなぁ」


 そういえば、サザナさんとは村に最初に入る時に別れて以来だ。

 洪水が来て、翌日にキング狩猟団が来て、その間ずっと居なかった。


 僕の声のトーンは落ちていた。

「当事者じゃないから、そんなに軽いんすか……」


 クロス君がすぐに声を挟む。

「そんな、サザナさんがいなかったら、僕達逃げられて無いですよ……!!」


 サザナさんはクロス君へと手を伸ばした。

「良いんだクロス君、君は黙っていてくれ」

 サザナさんはベッドを大きく回り、僕の右側、デフィーナの隣に立ってアトラスの剣に触れた。

「当事者じゃないと言うが、私はドグマ使いの走者キュリオスである君に資金投資して、ドラキール王国に敵対をしている。現場にいなかったというだけで、命懸けでやってる事は間違いないのだが、一緒に死にかけてくれないと不満かね?」


「いや……不満とか、そういうのじゃなくて……」


「良いだろう。今回の事で一番悪いのはキング狩猟団だ。そこに異論は無いか?」


「それは……はい」


 サザナさんが顔を近づけて、僕を覗き込んでくる。

「では次に、キング狩猟団に勝てなかったのは誰のせいだ? ネオか、デフィーナか? それとも私のせいか?」


 嫌な質問の仕方だ。

 こんな質問に答えは一つしかない。


「僕が……ダメだったからです……僕がドグマをもっと使えていれば……」


 僕の身体は力無く震え始めていた。

 答えるのが怖かった。

 右手の小さな震えに、デフィーナの手が上下から包み込む形に変わった。


 そこでサザナさんが目を細めて、声のトーンを上げた。


「そうだ、そうなんだよなぁ! 今回の敗因はな、君が未熟だったことだ!!」


 身体を覆って、襲ってくるんじゃ無いかという勢いで見つめてくる。

 視力がぼやけているのに、ハッキリと分かる真顔に目を合わせられない。


「は、はい……すみません……」


 声が震え、泣きそうだった。


 そこにデフィーナが、静かに口を挟んだ。

「マスター、あの現場に関しては、私も未熟でした」


支持者アルハの能力の強さは、走者キュリオス次第だ。黙ってろ」


 サザナさんの短く低い一言に、デフィーナは静かに下を向いて、僕の手を握る力を弱めた。


 サザナさんは腰を伸ばして、胸の下で腕を組んだ。

「私に過失があるとすれば、君へのドグマの訓練が優しすぎた事なのかも知れないな?」


「そんなこと……ないです。サザナさんが教えてくれたから、少しは戦えたっていうか……」


「そうかそうか、それでは聞く用意が整ったみたいだから、ドグマ使いである君が、何を失ったのかを整理しよう!」


 サザナさんの口調、声のトーンが上がった。

 飄々としているが、圧のある責め方をしてくるより、こっちの方がマシだ。


「は……はい」


 そう思って短く返事を取り、右目だけを動かして、ボヤけたサザナさんの顔を見た。


「まずは村という共同体。今居るこの部屋はコウチクと言う小さな地下都市の宿屋だ。私が独自に手配したが、防壕都市に難民68名を入れておくのは容易では無いし、資金に限度がある為、村と違って長期潜伏は出来ない」


「はい……」


「次にブリアンと言う戦力。君のドグマ能力『マジカルエンジェル』は、特定の性格を持つ女子に魔法少女への変身と魔法を与える能力だ。その分の戦力低下」


「女神さんは戦力っていうか……助けに行かないとなんで……」


 サザナさんは屈んで近寄り、僕の胸を指さした。

「ブリアンと言う戦力が居なければ、あの戦場で村人はあと40人は死んでいただろう。ブリアンは戦力だ。戦力ダウンは事実として飲み込め」


「はい……」


「……次にネオと言う頭脳」


「……えっ?」


 不意打ちのように並べられる事実。言われて蘇る記憶。

 ルークの声爆弾で、内側から顔面破壊を受け、一撃で倒れたネオさんの姿が思い浮かぶ。


「ネオさん……ダメだったんすか……」


「いいやネオは生きているぞ。結構ヤバかったし、目覚めて無いけどな。村人もそうだが、ブリアンが最後の魔法で、血液を消毒する応急処置を無意識にやっていたと考察できる」


「そうですか……でも、生きてるなら良かったです……」


 少しだけ、安堵した。

 生死の境の記憶から戻る時に、サザナさんからジュースを貰っているネオさんを見た。

 元気そうな笑顔でジュースを飲んでいたネオさん。


 それを思うと同時に気になった。

 記憶の中で目が合ったメイアさんの存在だ。


「あの……メイアさんは……?」


「ん? 鋭いな、言おうと思ってたんだよ」


 僕の左で、クロス君の声が震えた。

「サザナさん……!!」


 そんなクロス君に一切構うことなく、サザナさんは僕の右から離れて、ベッドの向こうへと歩き始めた。歩きながら抑揚なく告げる。


「君が失ったものだ。メイアと言う医療従事者は、死んだ」


 驚きの声すら出なかった。

 左目から脳髄へと、杭が貫通したかのように痛み出した。

 身体が寒くなって、震えが始まった。


「ス、スゴミ……!?」

 デフィーナが右手を引っ張った。

 握り込む指が、デフィーナの体温が熱い。


 乾き出した僕の唇が、うわ言のように呟き出した。

「そんな……メイアさん、攻撃受けたの、背中で……ネオさんより、助かりそうな……」


 サザナさんは部屋の入口前まで移動した。

「ほう、結構よく見ていたんだな。メイアは脊椎損傷に至っていたが、死ぬ程の怪我では無かったよ」


 僕は首だけ軽く左へ傾ける。

 右目の左端に、サザナさんの体半分だけが映る。


「君の左目が無いのも、メイアが切除を判断して私が施術した。彼女の判断があったから君も生きているし、ネオの治療も成功したんだ」


「それって、メイアさん、意識が回復してたって事っすか……」


「そうだな、下半身不随は免れなかったが、本当はネオが死ぬはずで、メイアは生き残る側だった」


「どう言う意味っすか……」


 サザナさんは身体を揺らし、僕の視界に身体を収めた。

「ネオはAB型でな、輸血が必要だったんだが、血が無かったんだよ。メイアがちょうどAB型で輸血に使える血だったから、提供して貰ったんだ」


「提供って……じゃあ、輸血したからメイアさん、亡くなったんですか……!!」


 サザナさんは悪びれもなく、軽い声で答えた。

「その通りだ。そして私が輸血の施術をした」


「それって、人殺しじゃ無いんすか……そんなの……!!」


 僕が熱くなって声を張ると、クロス君が割って入った。

「違うよ……!! メイアお姉ちゃんは、自分で決めたんだよ!! ネオさんを助ける為に……!!」


「だってそんな……!!」


「私はメイアがして欲しいと言ったからしただけだ。メイアは言ってた。キング狩猟団を止めて欲しい、戦えるのは自分ではなくてネオだとな」


「それで……平気で輸血、やったんすか……」


「平気で輸血なんて言われるのは心外だな。私だって二人とも生き残るのがベストだとは分かってる。君が選択していたら、ネオを死なせて半身不随のメイアを残したのかもしれない」


 サザナさんは入口の柱に肘をかけた。


「こんなものに、正解は無い。私はやって欲しいと言われて叶えただけだし、正しさを追求するなら私がしたのは無免許手術だ。やらなければ君も死んでいた」


 クロス君が泣きそうな、震えた声を出した。

「それがメイア姉さんの戦いだったんです。メイア姉さんは、立派に戦ったんですよ……」


 僕はクロス君を責めることは出来なかった。

 メイアさんとの付き合いは数日だったが、クロス君にとってメイアさんは孤児院で生活していた本物のお姉さんみたいなものだ。


 やりどころの無い気持ちに、ベッドの上のドグマに触れて、力を込めた。


 そんな僕を見てか、サザナさんは再び身を乗り出して、僕の腹に指を乗せて、声をかけてくる。


「……それでは、本題に入ろうか」


「え……本題って……えっ!?」


「ああ……この損失が、私にとって一番重いものだからな」


 その一言だけで、僕の呼吸に異音が混じった。

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