第200話・宿命。
電柱ほどの高さで、首が揺れていた。
敵の身体から枝垂れ柳のように背骨の束が伸びている。
背骨が地面を掴み、たわんで広がり、先端に着いたニッパーのような骨を、パキパキと鳴らしながら動かしている。
「殺す……? 殺すって俺の、俺を殺すのか? 俺は手足を断つだけなのに、俺のは命まで断とうって事か? 酷い、ズルい、ズルだズルズル……!!」
ビショップと呼ばれたその男は、背骨の脚をタコのようにうねらせながら、長い髪を振り回していた。
広場の外周を囲むドラキール兵士達のうち、数人は既にこちらへと寝返って、ビショップへと機銃を撃ち続けている。
残りの大半は逃げるでもなく戦うでもなく、ただ状況を静観していた。
デフィーナへの抱きつきによる、意志の補給は済んだ。
デフィーナは僕の胸を突き飛ばし、ブリアンへと押し付けてきた。
「敵の手数が多いわ。あんた達はくっ付いて、補給しながら水流を撃って脚を減らしなさい。私が接近戦で首を落とすから」
ブリアンはすぐに僕の腕に抱きついて来た。
「任せて! その作戦しかないわね……!!」
僕はブリアンの手に片手を添えて、デフィーナを見つめた。
「手数なら、その衣装はナラクさんのトランクも練り込んであるんで、シスターズネイルも使えるハズっすよ」
デフィーナはビキニパンツの横から垂れる、ローブの垂れ幕を緩やかに握った。
垂れ幕の先がナイフに変形し、紐でつながれた状態になり、手元で器用に飛び回った。
「……よくこんな事思いつくわね」
「褒めてるんすか? だってそれ、デフィーナさんにとって大事なものだと思ったんで、持ってられるようにって思ったんすよ……」
デフィーナは背中を向けて剣を振り抜いた。
「支持者は人を褒めない。って、聞いてるわよね? 大事と言うか……ずっと使ってたから、使うにあたって違和感が減るって、それだけよ」
言いながら早速シスターズネイルを四本伸ばして素早く体を浮かし、くるりと回って天使の翼を羽ばたかせ、水平に飛び出していった。
それを見送ってブリアンも片手で槍のステッキを構えた。
「素直じゃないわね、私達も遠慮なく行くわよ!!」
「いくらでも大丈夫っすよ、早く済ませて、みんなを助けましょう……!!」
ブリアンのステッキの先で水蒸気が集約して水となる。
「マジカルハート! クリアリング・スプラッシュ・レイ!!」
高圧水流ビームが飛び出した。
ビショップの背骨の腕はうねって広がり、近くに居る人の腕を切り落とそうと動き始めている。
それをブリアンの水流が横一文字に切り裂いた。
地面へと繋がるように伸びる背骨が一瞬にして切断され、上にいたビショップは逆さになって落下し始める。
ビショップは暴れながら絶叫していた。
「いぎゃぁあ! 痛い……痛い!! お前か、お前が切ったのか、お前も、背骨54本、切ってやるからな!!」
ビショップは吠えていたが、その威嚇は既に滑稽になりつつあった。
ブリアンは先程までの戦いでは瞬間的なビームしか撃てなかったが、僕がくっついて意志を補給し続ける限り、ビームは無限に打ち続けられる。薙ぎ払った水流が切り返した。
「いくらでも行けるわよ……それっ!!」
ブリアンのビームは、落下するビショップを追いかける。
僕はそれに停止をかけた。
「ストップ、村人に当たります!!」
広場には、まばらに村人が散らばっている。
薙ぎ払い攻撃はできない。
ブリアンが放射を停止すると、機銃を撃ち続けていたドラキール兵士達も撃つのをやめた。
ビショップは地面に激突する寸前、再び背骨を六本追加で伸ばして地面を掴んだ。
上の方で残った背骨が降りてきて、近くで倒れている、ネオさんとメイアさんの足を切断しようと狙い始めた。
「お前らの、足からなぁ!!」
そこにデフィーナがストレートキックで飛び込んだ。
「キモいわよ、あんた」
ビショップは大きくのけ反って倒れそうになるが、倒れる方向に背骨を突き出して身体を支える。
デフィーナの頭上から背骨のハサミを二本向かわせて反撃しつつ、横から伸びた背骨はネオさんの足を狙っていた。
デフィーナは上からのハサミを剣で受け止めつつ、ネオさんへと向かう背骨をシスターズネイルの触手で捕獲、別の触手の刃を背骨の接合部へと差し込んで、切り離した。
「おまえ、じゃ、邪魔ぁ!!」
「邪魔なのは、あんたでしょ」
新たにデフィーナへと四本の背骨が迫るのを、デフィーナは体操選手のように飛び跳ねて回避し、そのままの流れでビショップの首の上を取り、クロスソードを突き刺すように振り下ろした。
だがビショップは即座に反撃。
真上のデフィーナに対して、真っ直ぐに伸びる背骨のハサミを新たに生やした。
「取った!!」
「取ってから言えば?」
デフィーナは伸びてくる背骨の軌道に対し、シスターズネイルの輪っかを作っており、それを締め上げる事で上に伸びてる背骨をまとめて縛り上げた。
そしてガードも攻撃も出来なくなったビショップの首を、二本の剣が刺し貫いた。
そのタイミングで、スピーカーから鳴り響いていた、マジカルエンジェルのオープニングテーマが丁度一曲終了した。
『夢が、愛が、溢れちゃうよね!
溢れ出して、止まらない!?
エンジェルハートは、エンジェルハートは……
エンジェルハートは、君のため~!!』
ビショップの首からジェット花火のように血が溢れ出し、ギョロギョロの目が血走って、涎を垂らしていた口からは血がドロドロと止まらなかった。
「うぐ、グギギ、ズルい、なんで……なんで俺だけが不幸なんだ、俺だけ、俺だけが……」
ビショップの体中から生えていた背骨が、バラバラになって崩壊し始めた。
デフィーナはビショップの首から剣を引き抜きながら空中高く放り投げ、ビショップの上から前宙しながら飛び降りた。
着地すると髪をかきあげ、落ちてきたクロスソードを手にとって血を振り払い、仁王立ちをした。
「恋の盲目だと笑われたって、私の心は笑ってる。それが私の恋なのよ」
デフィーナは殺人的な無表情で決めセリフを放ってポーズを取っていた。
その背中でビショップが崩れ落ちて地に伏した。
ブリアンの口元がほどけていた。
「デフィーナ、あなたも恋を……」
「いやあれは、マジカルエンジェル37話の決めセリフ言ってるだけっすね……ポーズも完璧なんで」
デフィーナはそんな僕らを気にもとめず、石碑付近に転がった、クイーンのカプセルへと注目する。
「……残りはあの中身ね」
呟くと同時に、マジカルエンジェルにジャックされていたスピーカーが、ノイズを弾きながら本来のデスメタル曲に戻っていった。
……ジ、ジジ……ゴォ!……GO!
キンキン、キング!! 撲殺、虐殺、不滅の伝説!!
デンデン、デデン……
その音はすぐに、ガチャリ、という破壊音と共に停止した。
デフィーナがクロスソードのうちの一本を投げて、スピーカーを貫いていた。
「やかましいのよ」
村人とドラキールの反逆兵の間で、大きな歓声が上がった。
「すごい、勝ったぞ……!!」
「ビショップがこんなにあっさりと!?」
「マジカルエンジェル、最高だ……!!」
僕は焦って声を張った。
「みんな、倒れてる人を確認してください!! ここからは一旦離れましょう!!」
僕の心の中はザワついていた。
ルークが負け惜しみのように言っていた、キングが帰ってくるという一言。
あれが脅しでもなんでもなく、彼の信念のように感じていたからだった。
僕はブリアンと手を繋ぎ直した。
「ネプチューンハートは、水の操作で人を運んで、人命救助もするんすよ、お願い出来ますか……!!」
「当然だわ、さっきメイアとネオを見たけど、息はしてた」
最初に飛ばされた二十名へと目を向けた。
「向こうにも、助かる人がいるはず……」
ブリアンは目の前で水球を作り出した。
「マジカルハート、セイクリッド・クリスタル・ホープ!! 中を通せば、土や穢れは浄化出来るからっ!!」
僕はブリアンの顔を見て、一つ頷いた。
そして正面、ネオさんとメイアさんの元へと一歩を踏み出した。
その時だった。
デフィーナがスピーカーに刺さった剣を回収する為にシスターズネイルを伸ばしている背中で、崩れ落ちたビショップがピクリと動いた。
「俺の腕は……凄腕の、整体師なんだぞ、凄腕だったのに!!」
ボロボロのビショップの肩から、右手の骨が生えてきた。
腕の骨から腕の骨が生えて、鎖のように連結してデフィーナの背中を襲った。
デフィーナはそれを見ていなかった。
シスターズネイルと剣はスピーカーまで伸びている。
デフィーナは声を聞いてから振り向いた。
「え……っ!?」
それを見て、僕は何も考えなかった。
咄嗟にドグマを投げつけていた。
形は自然と野球ボール。僕が初めて変形させたドグマの形だった。
ボールは絶対慣性で手を離れ、思い通りの軌道でビショップの顔面へと命中する。
ビショップは、笑っていた。
「腕……!! 俺の、俺の腕だぁ!! 俺の……!!」
ビショップは絶対慣性による不自然な等速直線運動によって、村の端までボールと共に地面を引きずられた。
その先で、ドラキール兵士が倒れたビショップに対して悲鳴を上げながら機銃を乱射していた。
それがトドメとなり、ビショップは完全に動かなくなった。
デフィーナは呆気に取られたように振り返り、冷や汗を流す。
「はぁ、なんで首刺されて生きてんのよ……」
溜め息を吐き、無表情でゆっくりと僕の目を見つめ返してきた。
……その瞬間。
デフィーナの表情が真っ青に変わり、戦慄を示した。
「ス、スゴミッ!! 後ろ……!!」
「えっ……?」
僕とブリアンが同時に振り向くと、そこにはまるで岩石の砲弾のごとき皮膚を纏った、ヒグツワの姿があった。
「ああ、めちゃくちゃだよ!! てめぇだなクズカスのクソゴミッ!! てめぇが全部の能力の起点なんだよなぁ……!!」
既に振りかぶり、とてつもない速度で村の端から飛び上がった暴力の化身。
僕は反射的に手を前に出していた。
しかし手の中にドグマが無い。
今、投げたばっかりだった。
ブリアンが水球を出したまま振り返ろうとしたのを、僕は腕を押して弾き飛ばしていた。
僕は殴られる。避けられない。
ブリアンが僕の身体から離れる姿が、超スロー再生に映っていた。
一瞬で変わりゆく、眉間のシワ、見開いた目、広がっていく瞳孔、滲み出す涙。
何もかもが鮮明で美しく感じられた。
そして僕は腕を突き出したまま。
ブリアンの顔を見つめたまま。
重い重い、電車の突撃のような拳を顔面に受けた。
視界が壊れた。
左目はヒグツワの歪んだニヤケ顔を視認している。
右目は自分の顔から飛び出た左目を視認している。
直後、映像は完全に途絶えた。
……水が。
体中が、水を浴びていた。
ブリアンが水球を使って、僕を守ろうとしてくれたんだ。
それだけを感じながら、村人達の声が悲鳴に変わり始めた中、僕の身体はボールのように弾き飛ばされた。
身体が制御を失ってすぐ、背中に柔らかい感触があたって受け止められた。
僕が叩きつけられたのは、地面でも壁でもなかった。
デフィーナの胸だ。
デフィーナが即座に反応して、僕を受け止めてくれていた。
「スゴミ……スゴミ!! 何してんのよ、ねぇ!!」
村人達の悲鳴が遠ざかり始める。
ヒグツワの悪辣とした声が僕の耳を犯した。
「ギャハハ、気持ちよかったか? 逝っちまったか!? ちょっと俺がいない間に、いい夢見ちまったようだなぁ!!」
デフィーナの腕が僕の肩をギュッと握りしめ、ギリギリと力が伝わってくる。
「お前は、こうして……こうしてナラクの事も殺したの……!?」
デフィーナは激昂していた。
僕は身体の何も動かせなかったが、小さく体を振るわせようとしていた。
声は出せない。
痛みすら感じない。
ただ逃げてくれ、逃げて欲しいと願っていた。
ヒグツワはズボンから血の染みたボロボロのメモ帳を取り出した。
雑にページを開くと、そこには正の字がビッチリと書かれていた。
「ナラクって誰だ? どっかの英雄だってなら、カウントだけはしてあると思うぜ?」
「貴様……ッ!!」
心身怒涛で心拍数が上がるデフィーナの心音。
そこへ、ブリアンが飛んできて僕の肩に触れた。
「スゴミ、生きてる? なんで、どうしてこんな
……!!」
ぼくは、死ぬんだなと思った。
命の危機、みんなの危機だと言うのに、僕の心は恐ろしい程に平静だった。
……どうして、こんなことに?
宿命だ。
7歳の時に叩き込まれた、僕の人生の真実。
僕はシゲル君には勝てない。
僕は無敵の英雄なんかじゃなかった。
コレはなんの事も無い。
コレは僕にとって、過去の出来事の再現に過ぎなかったんだ。
僕はちゃんと諦めていた。
今までちゃんと諦め続けていた。
ヒグツワがブリアンに答えた。
「どうしてだぁ!? 雑魚が出過ぎた真似するからだろうが!! テメェら、もう楽には殺してやんねぇぞ!!」
ヒグツワの罵声が迫る中、石碑の方で声がした。
「キング、悪ぃな、ビショップを使わざるを得なかった」
巨漢のルークの声だ。
カプセルの中から出てきたんだ。
続いてボンテージ女、クイーンの声がした。
「その黒い娘が速くってさあ、ヤバい香り……ビンビンしちゃった」
全員出て来てしまった。
ヒグツワはゲラゲラと笑っていた。
「どうでもいいぜ、この色ガキ共の手足を折って縛り付けてから、虐殺パーティの再開だ!!」
ああ……
嫌だ。
だから嫌だったんだ。
……帰りたい。
僕は最初から、帰りたかっただけなんだ。




