第198話・屈辱。
被災地の救助活動中に、英雄である王子を殺した女。
それが指名手配となったブリアンに被せられたレッテルだった。
僕一人が許しても、逃亡メンバー七名が許しても、百名の村人が許しても、国王を殺されたドラキールからすればブリアンは変わらず罪人だ。
そういう事なんだと思っていた。
カプセルの拘束具を背負ったボンテージの女、クイーンが背中の巨大なカプセルを外して掴みながら、ブリアンに向かって歩き出していた。
処刑対象の女性を入れたカプセルを軽々と振り回していた事から察するに、カプセルに入れられると動けなくなり、重さが無くなる能力だ。
ブリアンがカプセルに入れられたら終わり。
それだけが確かだと思った。
そしてそれとは別に、ブリアンに先に到達する危機がある。
ヒグツワ・シゲル。
巨大化した足がチーターのような速度で、ブリアンへと迫っていく。
僕は空気でできたノリコとバイクの概念体、ゴーストライダーの背に乗って、近寄りたくもないヒグツワの背中に全速力で近づいていた。
ブリアンは槍のステッキの先の水球を盾にして構えていた。
「ここから先は、通さないからっ!!」
その背中には子供のミナハちゃんが居る。
ブリアンの闘志に淀みはなかった。
しかしヒグツワは速度も落とさず、両手を腰元に据えた。
「ド素人の水遊びがっ!!」
ヒグツワの両手のひらが、自動車程のサイズに肥大化した。
その鉄板のようになった手のひらで、水球を挟み込むようにして叩き潰した。
水球は泡のように弾け飛んだ。
弾け飛んだ水が円盤状の刄のように、ブリアンとミナハちゃんを襲った。
「ああっ!!」
ブリアンは腕カバーと胸からスカートにかけて被弾。
痛みはありそうだが、ドグマ製の魔法少女の衣装が身を守っていた。
ミナハちゃんはブリアンのすぐ後ろに居る。
水球が弾ける寸前、手を繋いでいたメイアさんが、ミナハちゃんを引き寄せていた。
「危ない……!!」
メイアさんはミナハちゃんを包むように背を向けてしゃがんでいた。
その背中にショットガンのような水刃が打ち付ける。
「かは……っ!!」
メイアさんのナース服の背中が大きく破け、赤毛の三つ編みが血しぶきと共に宙を舞った。
ブリアンは片目を閉じて痛みに耐えながら、すかさず槍のステッキを両手で正面に構える。
「クリアリング・スプラッシュ・レイ!!」
高出力の水流ビームの詠唱。
ブリアンはしっかりと敵を見ていた。
しかしブリアンが唱え終わる頃には、ヒグツワは巨大化した手を地面に付いて、手の巨大化を腕の長さへと変換。
棒高跳びのようにブリアンの上を通り越していた。
「言わねぇと出せねぇのかぁ?」
悪辣な嘲笑がブリアンを見下した。
ヒグツワが通り越した後に、ブリアンは正面へと高圧水流ビームを発射。
ブリアンの瞳から光が消えて、涙が浮かんでいた。
外した水流を正面に構えたままで、動かせない。
水流が森の端の土草を跳ね飛ばすのを、ただ呆然と眺めていた。
ブリアンは必殺技二つを使えば、補給切れに陥る。
その瞬間に、歩いていたクイーンも走り出した。
「水の能力は二回までって言ってたね」
ブリアンの背中では、ヒグツワがブリアンを無視して拳を振りかぶっていた。
狙いは倒れ込むメイアさんの背中。
ミハナちゃんごと叩き潰すつもりだ。
僕は空気のバイクで進んでいるが、振り下ろしに間に合いそうにはない。
そこにノリコの声が、僕の中にだけに響いた。
「ファルコンストライク、バースト!!」
最低限の一声のみ。
ゴーストライダーはロケットブースターの加速を得て、空中に飛び出しながらヒグツワへ一直線上に突撃した。
振り下ろしに、間に合った。
バイクのタイヤを演じるちゃぶ台が、ヒグツワの左胸にぶち当たり、僕と魔法少女の衣装ごと村の端の電気柵まで吹っ飛ばした。
「座標能力じゃねぇのかよ!!」
ヒグツワは巻き込まれた体勢のまま、ノリコのヒーローハートのティアラとプレートメイルの部分を無理矢理に掴んだ。
透明人間のように人の形を取っているその衣装だが、中身は空気なので指は鎧の内側まで入り込んでいた。
そこでバイクのエンジン音が、ノリコの声を奏でる。
「手ェ入れて来やがった!! 痴漢だコイツ!! ラブたん、ビシッと言ったって!!」
「はあ!?」
およそ状況に相応しくないセリフに、ヒグツワは着地して踏ん張りながら短く反応した。
僕は右手で鎧の内側を握りながら、叫んだ。
「僕が座標系だとしたら、それはノリコちゃんの魂の位置っすからね!!」
僕は後部座席から身を乗り出し、アトラスの剣を左手に生成した。
「アトラスの剣……!! 二回は当たらないって言ったっすけど、それって、当たりたくないって事っすよね!!」
僕はしがみついたヒグツワの肩へと、アトラスの剣を振り降ろした。
ピッ! っと言う玩具のような音と共に、ヒグツワの体に剣が接触。
「おいバカ、それ……!!」
有無を言わさず、ヒグツワの体が絶対加速を開始した。
ふっ飛ぶ勢いでヒグツワの体がバイクから離される。
その時に掴んでいた鎧を思い切り引っ張られ、僕は逆さまになって地面に落下して背を打った。
ヒグツワの体はまっすぐと地表を走って砂埃を巻き上げていく。森の入口の木々を薙ぎ倒し、激しい地鳴りと共に地面に穴をあけながら、奥へ奥へと沈んで行った。
それを見ていた正面のドラキール兵士は、ヒグツワが通過した暴風に髪を揺らしながら、目を丸くして僕と穴とを交互に見ていた。
「ま、マジかよ。ソレ……」
その反応に構う間もなく、僕は転んで土まみれのまま、ブリアンへと振り向いた。
ブリアンは錯乱状態だった。
血まみれのメイアとネオさんの間に立ち、二人の安否を気にしていた。
「メイア……!? ごめんなさい、私が守るって、ねぇ生きてる!? ネオ聞こえてる? メイアがやられて……!!」
崩れ落ちたメイアさんの腕の中でミナハちゃんは、うわんうわんと大泣きしていた。
ミナハちゃんの後ろから、クロス君が車椅子を寄せていた。
ミナハの脇に手を入れて、メイアさんから引き抜こうとしている。
「ミナハは僕が運びますから……!! しっかりしてください!!」
そこにボンテージ女の影が迫っていた。
拘束担当のクイーンは、ヒグツワが吹っ飛んだ事など気にするでも無く、カプセルを構えてブリアンに向かって走っていた。
「女神さん、そのカプセル、逃げて……!!」
僕は声を張り上げた。
クイーンは前傾姿勢でカプセルを振り上げて、ブリアンに叩き込もうとしている。
ゴーストライダーから落ちて村の端の僕からは、どうやっても間に合わせる方法が無い。
僕は無我夢中でアトラスの剣を突き出して、ドグマのウサギに変形させていた。
ドグマのウサギが走り出すのと共に、僕も走り出す。
だが僕は勿論のこと、ウサギですら間に合う速度じゃなかった。
「避けて、女神さん、避け……!!」
ブリアンは地面のメイアさんしか見ていない。
無理だ。ブリアンは捕まる。
捕まった後にクイーンを倒すしかない。
そう思った瞬間だった。
ブリアンの右側、クイーンが走ってくるのとは反対側から、白い紐が勢いよく伸びてきた。
白い紐の先にはメスのような刃が付いている。
その刃が真っ直ぐにクイーンの首を狙っていた。
クイーンはそれに気づくと、目を細めて呟いた。
「……生きてたんだ」
それだけ言い残し、クイーンの体は振り下ろし中のカプセルの角度を変え、自ら中へと吸い込まれることで攻撃を避けた。
白い刃がクイーンがいた場所を突き抜ける瞬間、カプセルは蓋を閉じ、白い紐はカプセルを弾き飛ばしてブリアンの周囲でうねった。
白い刃の触手。
デフィーナのシスターズネイルだ。
「デフィーナさん、無事だったんすか……!!」
僕が声をあげると、触手の伸びてきた先、建物の影からデフィーナが歩いて出てきた。
片腕を押さえながら息を切らし、潰れたトランクを手にしており、口からも血が出ていた。
ふらつくメイド服には枝葉やクモの巣が着いており、ヒグツワの初撃でふっとばされてから、森の中を歩いて帰ってきたのが分かる。
ブリアンの元へとドグマのウサギが到着した。
ウサギがブリアンへと飛び込もうと跳ねたのを、デフィーナのシスターズネイルが巻きついて掴み取った。
僕は立ち上がりながら叫んだ。
「デフィーナさん、それ、補給用の……!!」
デフィーナは僕の話を遮って叫んだ。
「……スゴミぃ!!」
その声は泣いていた。
触手で掴んだウサギを、スルスルと自分へと引き寄せて、震えながら絶叫していた。
「私、悔しいのよ!! ナラクから受け取った力で、殺せなくて……何も、出来なくて……!!」
引き寄せたウサギを抱きしめた。
デフィーナは周囲を見渡して、唇を血が出るほどに噛み締めていた。
デフィーナが吹っ飛んでる間に、最初の二十人が死んだ。
まばらに七名殴り殺され、ネオさんとメイアさんが倒れた。
広場には相変わらず、不快なデスメタルが流れ続ける。
キンキン、キング!
暴力! ボゥ! ボゥ!
殺戮! GO! GO!
殺せ、殺せ、殺せ殺せ、撲殺ナンバーワン!!
キング狩猟団!! ダンダン、ダダダン……
そのBGMに合わせるように、デフィーナの目から涙が消えて、光が消えていく。
身体を震わしながら、冷酷な瞳が告げた。
「私はキング狩猟団を皆殺しにするわ。殺す為の力……私をアサシンハートにしてちょうだい」
そう言うとデフィーナの触手は力尽きて地面に落ち、バキバキだった触手操作用のトランクは音を立てて二つに割れた。
デフィーナはドグマのウサギをギュッと胸に押し付けて正面を睨んでいた。
ドグマのウサギはデフィーナの首筋の匂いをクンクンと嗅ぎ、ペロペロと優しく舐めた。
ドグマウサギの共感覚で、デフィーナの胸の体温、早すぎる鼓動、怒りと殺意が伝わってきた。
デフィーナが絶対に着ないと断言していたアサシンハートの衣装を今、彼女自身が望んでいる。
断る理由なんて無かった。
僕は拳を握り、声を張った。
「マジカルエンジェルは天使の心、欲望と憎しみを、愛と希望で浄化する、魔法少女なんすよ……!!」
デフィーナは目を細めて僕を睨んだ。
「あんたが欲望全振りのくせに……やかましいわよ」
僕は胸に拳を当てて、声をあげた。
「だから、天使の心を降ろして宿すと、叫ぶんすよ……!! 変身の合言葉を……!!」
デフィーナは愛も笑いも知らない。
クソ真面目で効率主義で理論的だ。
僕の発言にドン引きしているのが見てわかる。
嫌そうな顔で冷や汗を垂らすと、淀んでいた瞳に僅かな光が灯った。
デフィーナはウサギを片手で抱え直すと、顔を赤くして手首を首へと運んで呟いた。
「エ……エンジェル、ハート……」
「ダメっすよ! 魔法少女の登場は、大声で……!!」
デフィーナは目を閉じて思い切り叫んだ。
「なんなのよ、もう!! エンジェルハート! フォール・イン……!!」
それと共にデフィーナの胸元にいたウサギが、流体となってデフィーナの襟元からブラウス中へと入り込んだ。
「ちょっと……!! え、何これ装備方法、違うじゃない……ああっ!!」
デフィーナの全身が光りだし、ボロボロになったメイド服が弾け飛んだ。
それと共にデスメタルを流し続けていたスピーカーが電波妨害を受けたかのような壊れた音色を弾き出した。
そしてBGMが変更された。
マジ! マジ? マジカル!! 辛くてもー!!
諦めないで、天使がハートを、射抜くからー!!
マジ! マジ? マジだよ!! 貫いてー!
エンジェルハートは、君の為ー!!
流れて来たのはマジカルエンジェルのオープニングテーマだった。
村人も敵兵士も唖然としてスピーカーを見る中、石碑前の巨漢、ルークが振り向いて一番に驚愕していた。
「ああっ!? なんだ!!」
その中でデフィーナの変身が始まっていた。
パンッ! 羽の着いたロンググローブ。
カキン! 足に格式高い漆黒のレギンス。
プリン! 隠す範囲ギリギリのビキニパンツ。
キラリン! 胸部を覆う、クリスタル付きの鎧。
フワフワーン!長い裾を揺らす、神聖なローブ。
デフィーナは折れた腕も歩いてきた疲労も、無かったかのように歩きだし、流れるように前転を行った。
その動きの中で、どこからともなく二本のロングソードが出て来て、その手に握られている。
鎖をつけた天使の翼が広がると共に、剣を構えて名乗りをあげた。
「恋の迷路に踊らされ、彷徨う心を導くために、マジカルエンジェル、アサシンハート。ただ今降臨」
デフィーナは、凍るような無表情だった。
ポーズとセリフを、すぐに辞めて腰を落とした。
「ちっ……やっばりだるいわね、コレ……」




