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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第6章・宿命編

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第197話・運命。

 トラウマ、原罪、人生への諦め。


 この異世界に来る前、最初の世界の幼少期にあった、僕の正義の敗北。

 僕に根付いた現実逃避癖の始まりとなった、侮蔑の言葉が再現されていた。


 久塚 凄巳を『クズ・カス・ゴミ』と呼ぶ、クソガキの言葉遊びレベルのその侮蔑。

 それを全く同じセンスで発する狂気の悪漢、ヒグツワ・シゲルが僕を見下ろしていた。


 背を太陽が焼き、背後では村人が震え、正面の絶対的トラウマ的存在に、僕の骨が震えていた。


 この世には、絶対に逆らってはいけない存在が居る。

 それを初めて僕に教えたのが、小学二年生の時に同じクラスになったイジメっ子。


 ───『シゲル君』だった。


「シゲル……お前、シゲル……」


「気やすく呼んでんじゃねえよ!! このゴミカスがよぉ!!」



 最悪だ。



 この異世界はパラレルワールドに近い物のようだ。

 世界観は全然違うのに、僕がいた世界と似たような歴史があって、似たような人物が出てくる。


 ネオンさんは、ネオさんとして。

 ヒメガミさんは、ブリアン姫として。

 アルハは、支持者アルハのデフィーナとして。


 最初の世界にいた人の生き写しとなる人物が次々と出てきた。


 だから薄々、気付いてはいた。

 他の知り合いも、この世界に生き写しが居るんじゃないかと。


 そして、目の前にいるヒグツワ・シゲルこそが、僕が生涯会いたくないと思ってる奴の、生き写しだという事が、僕の中で確定してしまった。


「僕は、シゲル君には、勝てない……」


「はあ!? 当たり前だろうが、そんな剣、二回も当てられねぇぞ!!」


 ヒグツワは叫びながら腕をメキメキと肥大化させた。

 デフィーナを吹き飛ばした時の、電車サイズのパンチを振りかぶっている。


 僕はアトラスの剣を握り込んだ。

 手汗で剣が握りにくい感じがする。

 振っても当たらない確信があった。


 そこに耳の奥から、ノリコの声が僕に語り掛けた。

「ラブたん!! 一人じゃないから!! 今は守るんだよ!!」


 僕の後ろには、動けない村人が四名。

 そうだ、僕は今、この攻撃を受け止めるしか無い。


「ドグマ解放─── 女神の円卓!!」


 ドグマを二メートルの円卓に変形して、正面をガードした。

 突き出す動作と同時に、電車大の拳が放たれた。


 拳の大きさは円卓の面積を優に超えており、拳の風圧だけで髪が逆立った。

 だが、円卓の防御は空間固定による無限の防御力だ。

 円卓はビクともせず、逆にヒグツワの拳に丸くめり込んだだけだった。


「はぁ? 硬っ」


 ヒグツワの拳へのめり込み方は、指の骨が折れているだろうと言う程に深い。

 しかしヒグツワは反応が薄く、痛みより苛立ちより、面倒くささが優先しているといった顔をしていた。

 それと共に拳を開き、二メートルの円卓を、巨大な手のひらの中へと握りこんで引っ張った。


 引っ張られても、固定された円卓が動くことはない。

 それを確認すると、ヒグツワは目を細めた。


「座標系の能力か、くだらねぇな」


「座標系……」


 僕には能力の分類等分からない。

 敵は心核能力と言っているが、ネオさんもサザナさんも知らなかった事だ。

 だがしかし、能力を見るのに慣れてるようであり、冷静に分析されている。


 ジャスティスとの戦いを思い出していた。

 いわゆる『同じ手は効かない系』の敵だ。

 もう円卓を殴ってはくれないだろう。


 だが僕はそれを最初で最後の機会とも捉えていた。


 それを見透かしたかのように、ノリコが背中を押す。

「バカが、掴んだぞ! ラブたんの何かを炸裂させてやれ!!」


「やるしか無いっすからね……!!」


 僕は円卓を手放す際に、円卓から紐を伸ばしていた。

 僕のドグマは触れている時か、共感覚をドグマに乗せている時のみ、次の形に変形出来る。

 だからデフィーナさんの触手のように、机の端に紐を繋げた。


「ネオさん流、ヒモ食卓!!」


「わたし……!?」 後方でネオさんの声が聞こえた。


 コレはデフィーナの記憶で見た、六歳のネオさんがやっていた、紐の先に物をくっつけるという、発明品とも言えないような、発明品だ。

 ナラクさんがドグマで紐ナイフを作ってたので、できる気がしていた。


 紐が繋がっているから、中距離でもドグマを直接触らずに変形の意志を伝える事が出来る。


「弾けろ!! 腐った牛乳ボム!!」


 ヒグツワが握りこんでいた円卓が、拳の中で液体と化した。

 その拳のスキマから、ぐちゃぐちゃの白い液体が飛び出してくる。


「くっさ……」


 身を引いて牛乳を手放そうとするヒグツワに対して、僕は追加号令を入れる。


「空間固定……!!」


 拳にベッタリと張り付いた形で、牛乳ボムは空間に固定化された。

 ヒグツワの巨大な拳が、その空間に接着されたように固まった。

 ヒグツワは身をよじり、無理やり拳を引きはがそうとするが、拳は握ったままで動かせない。


 その状況に、細い釣り目が更に鋭く僕をにらんだ。

「てめぇ!! どうなるか分かってんだろうな……!!」


「さ、最初っから、殺すつもりっすよね!!」


 僕とヒグツワが睨み合う中、離れた位置でネオさんがブリアンに声をかけていた。


「おいメガミ!! さっきの水球使えるか……!!」


「マジカルハートなら、一度の補給で二回使えるわ! あと一回は行けるわよ!!」


「十分、狙うのは一番後ろの軍用車だ!! 水没させろ!!」


「どうして、敵じゃないの!?」


 そのやり取りが、僕たちの元へと届いた。

 その瞬間、キレるか笑うかしか無かったヒグツワの顔に、初めて焦りのような表情が浮かんだ。

 拳が固定されて、僕が目の前にいるのに、視線は完全にブリアンに向いている。


 僕はそれを見て叫んだ。

「メガミさん!! ネオさんの言う通りに……っ!!」


「……分かったわ!!」

 ブリアンは口を結んで短く答えた。

 すぐに軍用車両まで飛んでいき、ステッキを振り下ろす。

「マジカルハート! セイクリッド・クリスタル・ホープ」


 ステッキの先から出た水が球を形作り、軍用車両を包み込んでいく。

 バチバチと電気がショートする音が響き、水球の表面にギラつく油膜が浮いてきて、シャボン玉のように水球を包んだ。


 それを境にして、環境音が一つ変わった。


 聞こえ続けるのは、『撲殺、ボゥボゥ!』という不快なデスメタル。子供の泣き声、蝉の声。

 混ざり合う音の中からただ一つ、電気柵の高圧線が奏でる、ボッ、ボッと言う電流の音が消えていた。


 それを確認したネオさんが叫ぶ。

「電気柵の電源装置を破壊した!! 村人は全員別方向、森の中へと逃げろ……!!」


 その号令が、真なる混沌の皮切りだった。


 村人達は広場を背にして一斉に走り出す。


 ここでヒグツワが、一番キレた。


「あの……クソアマがぁあ!!」 


 牛乳に固定されていた拳を皮膚と肉ごと剥がしとって振り上げた。

 巨大な拳の内側に指の骨が見えた。しかし本人は気にすらしていない。

 膨張していた腕が小さくなると、余った肉が傷を埋めるように閉じていき、無傷の手へと回復していく。


 ヒグツワは、さらに石碑側を見て叫んだ。


「ルーク!! 一匹許可する、あの緑髪女はもう要らねぇ、殺せ!!」


 それに反応したのは、石碑前でずっと腕を組んで仁王立ちしているだけだった、褐色の巨漢だった。

 ルークと呼ばれた巨漢は、組んでいた腕をほどき、両手を口の前に持ってきて、メガホンの形を作った。


 そして、割れるような大声で叫んだ。


「すまん、罠だった!! みんな、まだ逃げるな!!」


 その声は女性の声だった。

 と言うか、完全にネオさんの声だった。


 僕はその異質さに硬直していた。

 逃げ出そうとしていた村人は、一斉に立ち止まって振り返る。


「いいか、わたしを信じろ、絶対に勝つから、今は逃げるなっ!! 逃げたら死ぬ、そういう罠だっ!!」


 ルークの声真似の大声は続いていた。


 それを見てネオさんの顔に焦りが浮かんだ。

「ちがう、今の、わたしじゃ無……」

 驚いた顔で呟きかけるも、ネオさんは即座に飲み込んで切り替えた。

 村人への指示を出すために首を持ち上げた。

「騙されんな、アレは、わたしの声真似……」




「バウッ!!」 ルークが吠えた。



 ネオさんが必死に声をあげようとしているのを、断ち切るような蛮声。

 石油タンカーの爆発のような、強烈な音圧が響き渡り、肌も髪もビリビリと痺れる。


 その直後、ネオさんの顔が真っ赤に膨れ、顔面のあらゆる穴から、一斉に血が吹き出してきた。

 何が起きたかを飲み込む間もなく、ネオさんは立った姿勢から直接地面へと倒れ込んだ。


 ネオさんの脇にはメイアさんとミナハちゃん、車椅子のクロス君が居たが、ダメージを受けたのはネオさんだけだった。


「ネ、ネオさん……!?」 メイアさんがすぐにネオさんに寄り添った。


 ブリアンも飛んできてネオの元に降りてきた。

「ちょっと? 何してんのよ、ネオ!!」


 僕はその光景に圧倒されていた。

 僕達の作戦の支柱だったネオさんの突然の退場に、僕の思考はパニック寸前だった。


「ネ、ネオさん……」


 その目を覚ますかのように、強い砂粒が頬を叩いた。

 僕の目の前にいたヒグツワが、いなくなっている。


 ヒグツワは足を太くして、駆け回っていた。

 僕が視線を逸らしてから戻ってくるまでの三秒たらずで、既に五人が殴り飛ばされて宙を舞っている。


 僕は踏み込み、牛乳のドグマに触れた。

 ドグマは一斉に僕の手の中へと戻ってくる。


 そう、動きながら叫んだ。


「なんで僕より村人を殺すんですか……!!」


 ヒグツワはチラリと僕を見た。


「バカか!! テメェもコイツらも、同じキル数1だ!!」


 ヒグツワは高速で駆けながら、ネオさんに寄り添うメイアさんの方へと向かっていく。


「どうせ逃げねぇ奴は、後回しなんだよ!!」



 その一言は、僕の心を突き刺していた。

 僕だって逃げたい。関わりたくない。

 それなのに、無理して立ってるだけなのに。

 逃げない奴扱いされて無視される。


「くそったれぇ!! 誰が逃げないって!? 僕はね、僕が、一番……帰りたいんすよっ!!」


 僕はドグマを突き出して詠唱した。

「ドグマ解放───シチューのうさぎ!!」


 突発的な速度を出すために、ウサギを走らせた。

 ウサギは獣の全速力でブリアンの胸に向かって突撃。


「……補給です!!」


 僕がそう叫ぶと、ウサギはブリアンのネプチューンハートの衣装の中へと溶け込み、キラリと光ってブリアンを立ち上がらせた。


「受けとったわっ!! セイクリッド・クリスタル・ホープ!!」


 ブリアンが向かって来るヒグツワに対して防御の水球を張ってる間に、僕のドグマも変形を進めた。


 僕はドグマを抱きしめた。

「秘密の食卓、ゴーストライダー!!」


 ドグマは僕の胸の中でプレートメイルに変形し、マントとスカートが生えてきて、透明人間の形を作り出した。

 足元に熱が溜まり、ちゃぶ台が二個出てきてバイクのタイヤの配置を取る。

 ここにノリコがいると信じる事で、空気のエンジンが唸りをあげた。


 僕の体が空気のバイクの後部座席に乗る形で宙に浮き、生成された衣装へと抱きついた。


「ノリコちゃん、お願いします!!」


「キェエエ!! 許さんぞシゲルゥ!!」

 エンジンを吹かす音が、ノリコのセリフとして再現されて、即座に地面を蹴って滑り出した。


 ブリアンはメイアの前に出て、向かって来るヒグツワに集中していた。

 クロス君は急いで車椅子を動かして距離を取り、メイアさんはミナハちゃんの手を引いて、走り出そうとしていた。


 その引く手に、ミナハちゃんは一瞬、逆らった。

 ブリアンの背中へと、短い手を伸ばしていた。


「ブリアンお姉ちゃん……!! がんばって!!」


 ブリアンはアゴを引いて、静かに笑った。


「もちろんよっ!! 私は、戦うんだから……!!」



 その純粋で小さなやり取りが、僕達が進むレールを大きく切り替えていた。


 この戦場で、初めてブリアンの名が呼ばれたからだった。

 石碑の脇で資料を見ていたクイーンが、大声を出して歩き出した。

「おいキング!! それがブリアンなら、指名手配だ!!」


 ヒグツワは砂煙を上げながら急ブレーキ。

 怒りのままに叫んで聞いた。

「ああ!?……どっちだ!!」


「アライブオンリーだ。あたいがやるよ」


「チッ、めんどくせぇなあ!!」


 ヒグツワは悪態をつきながらも、再びブリアンたちの元へと駆け出していた。

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