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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第6章・宿命編

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第196話・数字。

 ヒグツワが名乗りをあげてから二分足らずで、地獄は完成していた。


 二十名近くの村人が、そこに立っていたという理由だけではね飛ばされ、血の海が乾いた地面を赤黒く染めていた。


 僕はブリアンに守られて埋め込まれた、自分の身長程の穴の底でへたり込んでいた。

 ブリアンが守ってくれなかったら死んでいた。

 そして既にキリハラと、はねられた村人は救えなかった。


 ヒグツワの能力は、体のどこかが爆発的に巨大化して、殴る。

 動き出したら、目では追えない。

 状況的にはジャスティスと似ているが、より残虐で非道な男だ。


 僕は立ち上がるより先に、手を前にかざした。


「僕のドグマは、ここにある!!」


 ファルコンストライクで吹っ飛ばしたドグマが、光となって僕の手元に再構築される。

 立ち上がらなくてはいけない。被害をこれ以上増やさないために。


 それを穴の上のヒグツワが、太陽を背にした黒い表情で見ていた。

「それさえありゃ、何とかなるって顔してんな」


 穴の裏側から、ブリアンの声が落ちてくる。

「スゴミ、無事なのね!!」


「はい……!! ドグマ開放───秘密の食卓!!」


 僕はちゃぶ台の生成を唱えてブリアンに存在を示し、次の攻撃を警戒した。


 ブリアンはヒグツワに対して、刺すように声を張った。

「どうして、村人が何したって言うのよ!! どうしてこんな事するの……!?」


「バカか、全部説明しただろ」


 それだけ言って僕達を無視して広場を見渡し始めた。


「しかし英雄のいる村は良いなぁ、まだ誰も電気柵に突っ込んでねぇもんな」


 ヒグツワの腕がメキメキと肥大化し始めた。

 その視線は僕を狙っていない。

 空中のブリアンも狙っていない。


 ネオさんが鋭く叫んだ。

「全員、固まるな!! 柵の中で広く散って走れ!!」


 村人たちは一斉に散りながら走り始めた。


 それと同時にネオさんの拳銃が三連射された。

 音が重なって聞こえる、早撃ちと言うよりは機械的な連射だった。


 ヒグツワはその銃弾を軽く左手を振って手の中に収めた。

「お前だけは、マジで賢いな。採用してやったんだから、大人しくしてろ」


 ネオさんは銃をしまいながら即答した。

「そっか、分かった!! じゃあ大人しくしてるから、撃っちまった分は許してくれ!!」


「ネ、ネオさん……!?」  僕は叫んでいた。

 ネオさんは現実主義だけど、こんなに簡単に寝返るものなのかと。


 しかしその瞬間、ヒグツワの拳の中で爆発が起きた。

 爆竹が弾けるような高音と共に、指の間から血が噴き出した。


「は……? いて……っ」


 ヒグツワは眉を寄せて、手を開いた。

 黒い焦げ跡と共に、皮膚がただれて炎が上がり始めた。


 ネオさんは低く構えてコンバットナイフを取り出した。

「ああ、掴むと思って、榴弾と、硫酸弾と、ナパーム弾にしちゃってさ、悪い悪い」


 ヒグツワは目尻を歪ませ、より一層笑顔になってネオさんの方へとゆっくりと歩き出した。

「いいねぇマジでお前。後で構ってやるからクイーンの所に行ってな」


 ネオさんはナイフを持った構えを解いて直立し、気の抜けた声を出した。

「へぇ、マジで許してくれんだ。仲間には優しいってやつか?」


「ああ、お前は調教が済んだら、幹部にしてやっても良いぞ」


「そっか、じゃあお近づきの印に、ウチの名産品を受け取ってくれ」


 そう言ってネオさんはベルトについたポーチから、卵のようなものを取り出して放り投げた。

 ネオさんはそのまま視線を反らし、クイーンのいる石碑へと向かって歩き始めた。

 ヒグツワは疑うでもなく、それを火のついて無い右手で受け取り、顔に寄せて観察した。


「なんだこりゃ、餅か?」


「おお食ってみろ、プロミネンスフラワーって言ってな、甘くてぶっ飛ぶニトロだよ」


 言ったっ瞬間、ヒグツワの目の前で卵型のガジェットが大爆発した。

 黒煙がヒグツワを包みこみ、爆風が僕のいる穴の中で容赦なく吹き荒れてた。


「熱……あっつ!!」

 僕は爆風に吹かれながらも、ドグマを足元に構えて飛び乗った。

「ノリコちゃんお願いします……!! ドグマ開放───食卓ドライブ!!」


「よっしゃあ!! 出遅れを取り戻すぞ!!」

 脳内に響くノリコの掛け声と共に、ちゃぶ台は浮遊し始め、穴の上へと飛び出した。


 すぐにブリアンからの声がかかる。

「スゴミ……!! 補給が無いのよ!!」


「今すぐに……!!」

 僕はすぐに空中のブリアンの隣へと並び立って手を取った。


 高所から周囲を見渡した。


 まず目に入ったのは、広場の左半分にいた二十人程の無惨な姿。

 救えなかった後悔に目尻が痙攣して、唇を嚙みしめた。


 次に見たのは広場の柵の中で広がって逃げる村人たちだ。

 ネオさんの指示通りに広く個人で逃げている人もいれば、寄り固まって逃げている人もいるが、さっきのような、二十人まとめて殺されるような密度ではない。


 一部の村人は外周を囲うドラキール兵士を説得しているようだったが、ドラキール兵士は機銃を構えたままで蠟人形のように動かなかった。


 それを見てネオさんの判断が、全員救う事から、犠牲を出してでも多くを救う事に切り替わってるのだと分かった。


 石碑前、カプセルを開いたクイーンと言うボンテージの女性は、紙の束を持っていて資料を見ているようだった。

 カプセルに入っていた軍服の女性は、その目の前に捨てられるように崩れ落ちていた。

 褐色の大男は腕を組んで仁王立ちしているが、動く気配も無い。


 僕たちの足元には、キリハラの遺体と、ネオさん。

 ネオさんの後ろに車椅子のクロス君と、ハナミちゃんを抱えるメイアさん。

 ハナミちゃんは泣きじゃくっている。


 そして一番の問題は、ネオさんが起こした爆炎の中だった。

 黒い煙が噴き出す中に、三メートルの扇状の岩盤のような形をしたヒグツワがいた。

 上半身、首の筋肉が盛り上がり、身体自体が盾のようだった。

 その顔面の皮膚はむき出しになり、右腕は黒く焦げ付き、左腕は炎を纏っている。


 ヒグツワはネオさんを見ながら笑っていた。

「痺れるねえ、お前が屈服した時、どんな顔すんのか……楽しみ過ぎて興奮が収まらねえよ」


 ネオさんは再びナイフを構えて、震える声で挑発した。

「チッ、マゾすぎんだろ……」


 ヒグツワはネオさんから視線を反らした。

 広がって逃げようとする村人たちと、周囲の状況を確認していた。


「待ってろ、すぐ片づけて、相手してやる」


 そう言うと、村人の内、老人二人と恐怖で動けない三名が固まる、五名の集団へと向けて駆け出した。

 ネオさんは、その動きに不意を突かれたようだった。


「あぁ!? 村人かよ……!!」


 ナイフを上に構え、受けの姿勢で構えたまま、その場に取り残されていた。

 ネオさんは、すかさず拳銃を引き抜き発砲。

 しかし金属板に当たるような音がするのみで、ヒグツワは気にしてすらいなかった。


「やらせるか……!!」


 僕はすぐにブリアンの手を離して、ちゃぶ台を滑らせて発進した。

 ブリアンも同時にステッキを構えて水流のビームを放った。


「クリアリング・スプラッシュ・レイ!!」


 先にブリアンの水流が届いた。

 ヒグツワは首だけチラリと振り返り、何かに気が付いたように振り返った。

 それと同時に、ブリアンに対して怒り狂った声をあげた。


「この下手くそが!! 俺が避けたら、こいつ等に当たるだろうが!!」


 腕を板のような異形へと変形させて、その水流に角度を与えて弾き飛ばした。

 ヒグツワはダメージを受けていない。水流は村人五人の目の前で飛び散って拡散していく。


 老人はその場へとへたりこみ、女性は過呼吸で泣きながら呟いた。


「た、助けてくれるんですか……!?」


「んなワケねぇだろ!! キルパクがウゼェんだよ!!」


 そのまま振り向きながら、呟いた女性を極太の腕で殴りつける。

 女性はボールのように吹っ飛ばされ、民家の壁にぶち当たって絶命した。


 そこでようやく僕のちゃぶ台がたどり着いた。

「やめろ、ヒグツワァー!!」


「クソガキが、呼んでんじゃねえ!!」


 ヒグツワは僕の方に振り向きもせず、女性を殴って振りぬいた腕から、老人達に裏拳を叩き込もうとしていた。


 僕は詠唱した。

「ドグマ開放───アトラスの剣!!」


 ちゃぶ台から玩具の剣が飛び出すように生成されて、僕の手に収まった。

 その剣を前進の勢いのままに振りぬき、ヒグツワの背中を思い切り殴った。


「ぶっ飛べぇー!!」


 スゴム君から継承したアトラスの剣は、殴った者を絶対加速で打ち出す。

 ヒグツワの背中には一切のダメージがはいらないが、その巨体を容赦なくぶっ飛ばした。


「はぁ!? なんだ、これはぁ!!」


 ヒグツワの身体は老人の上を飛び越して、村を囲う電気柵を飛び越え、民家の屋根にぶち当たって瓦をはね飛ばし、それでも威力は死なずに、更に向こうの森まで吹っ飛んていく勢いだった。


 その瞬間、広場は歓声に包まれた。

「おぉぉおおお!!」 「飛ばしたぞ!!」


 同時に、電気柵の前で機銃を構えていた兵士が、それを見上げていた。

「おおっ!! すげぇ……やるのか!?」



 その直後だった。


 ヒグツワは空中で胸から腹の肉を広げて、自分の身体をパラシュートに変形した。

 さらに腕を十メートルほどの長さに伸ばして、木にしがみついた。

 その時、遠い距離のままで僕に一瞬ギラリと視線を合わせ、すぐに身体を収縮して木の足元へと着地した。


 そして僕の事は無視して、見上げていたドラキール兵士の元へと駆け寄っていく。

「なにがスゲェんだボケが!! テメェはもうキルカウントだからな!!」


 兵士は機銃を手放して両手を挙げ、必死に弁明した。

「俺じゃ、言ったの俺じゃないです!!」


 だが兵士の言い訳など聞かず、ヒグツワの巨大化した拳が兵士を叩きつぶした。

 強烈な地震と音が、広場を駆け抜ける。


 ヒグツワは立ち上がり、他の兵士達へと叫んだ。


「逃がしたラインのやつは、代わりにカウントするからな!! 逃がすんじゃねえぞ!!」


 兵士たちは機銃をしっかりと構えて、震えた声で揃った返事をした。

「サー!! イエッサー!!」 


 ヒグツワが柵を飛び越えて中へと入ってくる。

 一番近くにいた少年を、ついでのように殴ろうとする所で、手が止まった。


「お前、採用されたガキだな!!」


「う、うぇっ……!! ふぇ……!!」


 少年は泣きだす所だった。

 伝説と回答した少年も、恐怖で柵付近まで逃げていたのだ。

 ヒグツワは少年に覆いかぶさる勢いで見下し、叩き潰した兵士が居た場所を指さした。


「そこで死んでるカスの代わりに、ここ守ってろ、しくじったら叩きつぶすぞ!!」

 そう言って足で軽く蹴とばして転ばすと、僕の方へと真っすぐに歩いてきた。

「普通の村なら、この時点で三人は電気柵で焦げてんだけどな。こいつ等なんか逃げねえから良いわ。先にテメェから殺してやるよ」


 村人たちは確かに散らばって逃げているが、電気柵を無理矢理突破するでもなく、僕やブリアンを見ている。

 ネオさんの注意と、ブリアンの強さに、解決を期待している。

 僕たちを見つめる周りの目が、そうなんだと訴えていた。



 その時、石碑前で待機していたクイーンという女が、紙束をめくりながら声を出した。

「そいつ、スゴミって呼ばれてたよね。クヅカ・スゴミってやつかも。ネオ一味の指名手配だけど?」


「ああ!? このクソガキがか!! どっちだ!!」


「デッドorアライブ。殺してオッケーだってさ」

 クイーンはだるそうに答えると、紙の資料をめくり始めた。


 ヒグツワは口が裂けそうな程に口角を歪ませた。

「お前の名前、クズ・カス・ゴミかよ。だっせぇな、ぶっ殺したらクソもつけといてやるよ!! ギャハハハ!!」


 その呼ばれ方に、僕の腹の底から、名状しがたい恐怖が湧きだしていた。


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