第196話・数字。
ヒグツワが名乗りをあげてから二分足らずで、地獄は完成していた。
二十名近くの村人が、そこに立っていたという理由だけではね飛ばされ、血の海が乾いた地面を赤黒く染めていた。
僕はブリアンに守られて埋め込まれた、自分の身長程の穴の底でへたり込んでいた。
ブリアンが守ってくれなかったら死んでいた。
そして既にキリハラと、はねられた村人は救えなかった。
ヒグツワの能力は、体のどこかが爆発的に巨大化して、殴る。
動き出したら、目では追えない。
状況的にはジャスティスと似ているが、より残虐で非道な男だ。
僕は立ち上がるより先に、手を前にかざした。
「僕のドグマは、ここにある!!」
ファルコンストライクで吹っ飛ばしたドグマが、光となって僕の手元に再構築される。
立ち上がらなくてはいけない。被害をこれ以上増やさないために。
それを穴の上のヒグツワが、太陽を背にした黒い表情で見ていた。
「それさえありゃ、何とかなるって顔してんな」
穴の裏側から、ブリアンの声が落ちてくる。
「スゴミ、無事なのね!!」
「はい……!! ドグマ開放───秘密の食卓!!」
僕はちゃぶ台の生成を唱えてブリアンに存在を示し、次の攻撃を警戒した。
ブリアンはヒグツワに対して、刺すように声を張った。
「どうして、村人が何したって言うのよ!! どうしてこんな事するの……!?」
「バカか、全部説明しただろ」
それだけ言って僕達を無視して広場を見渡し始めた。
「しかし英雄のいる村は良いなぁ、まだ誰も電気柵に突っ込んでねぇもんな」
ヒグツワの腕がメキメキと肥大化し始めた。
その視線は僕を狙っていない。
空中のブリアンも狙っていない。
ネオさんが鋭く叫んだ。
「全員、固まるな!! 柵の中で広く散って走れ!!」
村人たちは一斉に散りながら走り始めた。
それと同時にネオさんの拳銃が三連射された。
音が重なって聞こえる、早撃ちと言うよりは機械的な連射だった。
ヒグツワはその銃弾を軽く左手を振って手の中に収めた。
「お前だけは、マジで賢いな。採用してやったんだから、大人しくしてろ」
ネオさんは銃をしまいながら即答した。
「そっか、分かった!! じゃあ大人しくしてるから、撃っちまった分は許してくれ!!」
「ネ、ネオさん……!?」 僕は叫んでいた。
ネオさんは現実主義だけど、こんなに簡単に寝返るものなのかと。
しかしその瞬間、ヒグツワの拳の中で爆発が起きた。
爆竹が弾けるような高音と共に、指の間から血が噴き出した。
「は……? いて……っ」
ヒグツワは眉を寄せて、手を開いた。
黒い焦げ跡と共に、皮膚がただれて炎が上がり始めた。
ネオさんは低く構えてコンバットナイフを取り出した。
「ああ、掴むと思って、榴弾と、硫酸弾と、ナパーム弾にしちゃってさ、悪い悪い」
ヒグツワは目尻を歪ませ、より一層笑顔になってネオさんの方へとゆっくりと歩き出した。
「いいねぇマジでお前。後で構ってやるからクイーンの所に行ってな」
ネオさんはナイフを持った構えを解いて直立し、気の抜けた声を出した。
「へぇ、マジで許してくれんだ。仲間には優しいってやつか?」
「ああ、お前は調教が済んだら、幹部にしてやっても良いぞ」
「そっか、じゃあお近づきの印に、ウチの名産品を受け取ってくれ」
そう言ってネオさんはベルトについたポーチから、卵のようなものを取り出して放り投げた。
ネオさんはそのまま視線を反らし、クイーンのいる石碑へと向かって歩き始めた。
ヒグツワは疑うでもなく、それを火のついて無い右手で受け取り、顔に寄せて観察した。
「なんだこりゃ、餅か?」
「おお食ってみろ、プロミネンスフラワーって言ってな、甘くてぶっ飛ぶニトロだよ」
言ったっ瞬間、ヒグツワの目の前で卵型のガジェットが大爆発した。
黒煙がヒグツワを包みこみ、爆風が僕のいる穴の中で容赦なく吹き荒れてた。
「熱……あっつ!!」
僕は爆風に吹かれながらも、ドグマを足元に構えて飛び乗った。
「ノリコちゃんお願いします……!! ドグマ開放───食卓ドライブ!!」
「よっしゃあ!! 出遅れを取り戻すぞ!!」
脳内に響くノリコの掛け声と共に、ちゃぶ台は浮遊し始め、穴の上へと飛び出した。
すぐにブリアンからの声がかかる。
「スゴミ……!! 補給が無いのよ!!」
「今すぐに……!!」
僕はすぐに空中のブリアンの隣へと並び立って手を取った。
高所から周囲を見渡した。
まず目に入ったのは、広場の左半分にいた二十人程の無惨な姿。
救えなかった後悔に目尻が痙攣して、唇を嚙みしめた。
次に見たのは広場の柵の中で広がって逃げる村人たちだ。
ネオさんの指示通りに広く個人で逃げている人もいれば、寄り固まって逃げている人もいるが、さっきのような、二十人まとめて殺されるような密度ではない。
一部の村人は外周を囲うドラキール兵士を説得しているようだったが、ドラキール兵士は機銃を構えたままで蠟人形のように動かなかった。
それを見てネオさんの判断が、全員救う事から、犠牲を出してでも多くを救う事に切り替わってるのだと分かった。
石碑前、カプセルを開いたクイーンと言うボンテージの女性は、紙の束を持っていて資料を見ているようだった。
カプセルに入っていた軍服の女性は、その目の前に捨てられるように崩れ落ちていた。
褐色の大男は腕を組んで仁王立ちしているが、動く気配も無い。
僕たちの足元には、キリハラの遺体と、ネオさん。
ネオさんの後ろに車椅子のクロス君と、ハナミちゃんを抱えるメイアさん。
ハナミちゃんは泣きじゃくっている。
そして一番の問題は、ネオさんが起こした爆炎の中だった。
黒い煙が噴き出す中に、三メートルの扇状の岩盤のような形をしたヒグツワがいた。
上半身、首の筋肉が盛り上がり、身体自体が盾のようだった。
その顔面の皮膚はむき出しになり、右腕は黒く焦げ付き、左腕は炎を纏っている。
ヒグツワはネオさんを見ながら笑っていた。
「痺れるねえ、お前が屈服した時、どんな顔すんのか……楽しみ過ぎて興奮が収まらねえよ」
ネオさんは再びナイフを構えて、震える声で挑発した。
「チッ、マゾすぎんだろ……」
ヒグツワはネオさんから視線を反らした。
広がって逃げようとする村人たちと、周囲の状況を確認していた。
「待ってろ、すぐ片づけて、相手してやる」
そう言うと、村人の内、老人二人と恐怖で動けない三名が固まる、五名の集団へと向けて駆け出した。
ネオさんは、その動きに不意を突かれたようだった。
「あぁ!? 村人かよ……!!」
ナイフを上に構え、受けの姿勢で構えたまま、その場に取り残されていた。
ネオさんは、すかさず拳銃を引き抜き発砲。
しかし金属板に当たるような音がするのみで、ヒグツワは気にしてすらいなかった。
「やらせるか……!!」
僕はすぐにブリアンの手を離して、ちゃぶ台を滑らせて発進した。
ブリアンも同時にステッキを構えて水流のビームを放った。
「クリアリング・スプラッシュ・レイ!!」
先にブリアンの水流が届いた。
ヒグツワは首だけチラリと振り返り、何かに気が付いたように振り返った。
それと同時に、ブリアンに対して怒り狂った声をあげた。
「この下手くそが!! 俺が避けたら、こいつ等に当たるだろうが!!」
腕を板のような異形へと変形させて、その水流に角度を与えて弾き飛ばした。
ヒグツワはダメージを受けていない。水流は村人五人の目の前で飛び散って拡散していく。
老人はその場へとへたりこみ、女性は過呼吸で泣きながら呟いた。
「た、助けてくれるんですか……!?」
「んなワケねぇだろ!! キルパクがウゼェんだよ!!」
そのまま振り向きながら、呟いた女性を極太の腕で殴りつける。
女性はボールのように吹っ飛ばされ、民家の壁にぶち当たって絶命した。
そこでようやく僕のちゃぶ台がたどり着いた。
「やめろ、ヒグツワァー!!」
「クソガキが、呼んでんじゃねえ!!」
ヒグツワは僕の方に振り向きもせず、女性を殴って振りぬいた腕から、老人達に裏拳を叩き込もうとしていた。
僕は詠唱した。
「ドグマ開放───アトラスの剣!!」
ちゃぶ台から玩具の剣が飛び出すように生成されて、僕の手に収まった。
その剣を前進の勢いのままに振りぬき、ヒグツワの背中を思い切り殴った。
「ぶっ飛べぇー!!」
スゴム君から継承したアトラスの剣は、殴った者を絶対加速で打ち出す。
ヒグツワの背中には一切のダメージがはいらないが、その巨体を容赦なくぶっ飛ばした。
「はぁ!? なんだ、これはぁ!!」
ヒグツワの身体は老人の上を飛び越して、村を囲う電気柵を飛び越え、民家の屋根にぶち当たって瓦をはね飛ばし、それでも威力は死なずに、更に向こうの森まで吹っ飛んていく勢いだった。
その瞬間、広場は歓声に包まれた。
「おぉぉおおお!!」 「飛ばしたぞ!!」
同時に、電気柵の前で機銃を構えていた兵士が、それを見上げていた。
「おおっ!! すげぇ……やるのか!?」
その直後だった。
ヒグツワは空中で胸から腹の肉を広げて、自分の身体をパラシュートに変形した。
さらに腕を十メートルほどの長さに伸ばして、木にしがみついた。
その時、遠い距離のままで僕に一瞬ギラリと視線を合わせ、すぐに身体を収縮して木の足元へと着地した。
そして僕の事は無視して、見上げていたドラキール兵士の元へと駆け寄っていく。
「なにがスゲェんだボケが!! テメェはもうキルカウントだからな!!」
兵士は機銃を手放して両手を挙げ、必死に弁明した。
「俺じゃ、言ったの俺じゃないです!!」
だが兵士の言い訳など聞かず、ヒグツワの巨大化した拳が兵士を叩きつぶした。
強烈な地震と音が、広場を駆け抜ける。
ヒグツワは立ち上がり、他の兵士達へと叫んだ。
「逃がしたラインのやつは、代わりにカウントするからな!! 逃がすんじゃねえぞ!!」
兵士たちは機銃をしっかりと構えて、震えた声で揃った返事をした。
「サー!! イエッサー!!」
ヒグツワが柵を飛び越えて中へと入ってくる。
一番近くにいた少年を、ついでのように殴ろうとする所で、手が止まった。
「お前、採用されたガキだな!!」
「う、うぇっ……!! ふぇ……!!」
少年は泣きだす所だった。
伝説と回答した少年も、恐怖で柵付近まで逃げていたのだ。
ヒグツワは少年に覆いかぶさる勢いで見下し、叩き潰した兵士が居た場所を指さした。
「そこで死んでるカスの代わりに、ここ守ってろ、しくじったら叩きつぶすぞ!!」
そう言って足で軽く蹴とばして転ばすと、僕の方へと真っすぐに歩いてきた。
「普通の村なら、この時点で三人は電気柵で焦げてんだけどな。こいつ等なんか逃げねえから良いわ。先にテメェから殺してやるよ」
村人たちは確かに散らばって逃げているが、電気柵を無理矢理突破するでもなく、僕やブリアンを見ている。
ネオさんの注意と、ブリアンの強さに、解決を期待している。
僕たちを見つめる周りの目が、そうなんだと訴えていた。
その時、石碑前で待機していたクイーンという女が、紙束をめくりながら声を出した。
「そいつ、スゴミって呼ばれてたよね。クヅカ・スゴミってやつかも。ネオ一味の指名手配だけど?」
「ああ!? このクソガキがか!! どっちだ!!」
「デッドorアライブ。殺してオッケーだってさ」
クイーンはだるそうに答えると、紙の資料をめくり始めた。
ヒグツワは口が裂けそうな程に口角を歪ませた。
「お前の名前、クズ・カス・ゴミかよ。だっせぇな、ぶっ殺したらクソもつけといてやるよ!! ギャハハハ!!」
その呼ばれ方に、僕の腹の底から、名状しがたい恐怖が湧きだしていた。




